第6話 クラスにひとりは王子様
「エリン! お前エリンだろ? 俺のこと覚えていないか?」
「あなたは……もしかしてクジュ!?」
目の前の再会劇に私はため息を吐く。そういえばこんな攻略対象居たな〜と。
遡ること一時間前。ティスカトル学園での外部講師による講演中のことだった。講堂に集まった全校生徒がマナー講師によるマナーを学びましょうという集まりだった。貴族、一般両方におけるマナー講習。貴族が知らない一般のマナーや、一般が知らない貴族のマナー。そのどちらも学び理解を深めましょうと言う会だ。
前世でもこんな感じの講習あったよなあ。なんて考えながら話を聞く。
「では、六人グループを作っていただきます。一年生、二年生、三年生の二人ずつでお願いします」
一気に講堂に喧騒が溢れる。一応前もって教室でくじ引きで決められていたので、Jグループと決められたエリンと私は紙が貼り付けられている指定の場所へと向かう。
二年と三年は既に席に着いており、二年にはエルマの姿があった。
「あらエルマ様。奇遇ですわね」
「やあ、アリシアもこのグループだったんだね。エリンも一緒か」
「……エリン?」
エリンの名前を呟き、不思議そうな表情をしたエルマの隣に座っている獣人。犬科の獣人らしくぴんと立った耳や麻呂眉のような模様から柴犬を連想させる。
「彼はクラスメイトの」
「エリン! お前エリンだろ? 俺のこと覚えていないか?」
「あなたは……もしかしてクジュ!?」
エリンは獣人の彼の名前らしきものを告げると、あれ、知り合いかい? とエルマが不思議そうに言う。
「あ、申し訳ありません。クジュ・イグリです。アリシア嬢」
「お二人はお知り合いなのかしら」
クジュと名乗った獣人はエリンと知り合いらしい。確かにこんな攻略対象は居たなと思い出す。ケモナーからの需要が高かった攻略対象だ。
「昔、少しだけ一緒のキャラバンに居たことがあって」
「そうなんです! 一緒に遊んでた思い出もあって、まさかこの学園に通ってたなんてすごい偶然だねクジュ!」
「そうだなあ」
「ふふ、いい再会が出来てよかったわね。とりあえず今は講習に集中しましょうか」
「あ、すみません!」
一旦再会劇を終了し、三年生の名前を聞いてから講師からのお題についてディスカッションをする。
エリンもクジュもそわそわとしており、余程嬉しい再会だったらしい。講習を終えた後、四人で昼食を摂らないかと話をして食堂へと向かう。
相変わらず海のように割れる人波に笑みを浮かべながら、食事を持って空いている席へと四人で座る。
「クジュ。本当に久しぶりだね!」
「ああ、エリンと別れてからもう七年くらいにはなるか」
「どこにいるんだろうってずっと考えてたんだ。エルマさまはクジュとご友人なんですか?」
「ああ、クジュは忌憚ない意見を言ってくれるからね。仲のいい友人だと思っている」
「わたくしの生家にも獣人の方が居るのですが、王都ではあまり見かけませんわよね」
「うち商家なんですが、数年前にここに根を下ろすことになりまして」
「私の家もそうなんだ。すごい偶然!」
きゃらきゃらと可愛らしく笑うエリンを見て私も微笑む。
ゲームにおいてのエリンの幼馴染キャラだったと思い出した。可愛らしい思い出が彼女たちの間で交わされ、私はそれを聞いて時たま笑う。微笑ましい光景だ。
「クジュ、今度おじさまとおばさまに挨拶に行ってもいい? 可愛がってもらったの思い出しちゃった」
「ああいつでも来てくれよ」
「本当に嬉しい! クジュと再会出来るなんて、夢じゃないかな」
「夢だったら困るぞ」
本当に微笑ましいが、アリシアルートへと行ってほしい私にとってはクジュは敵だろう。後押しをしてやりたい気持ちはあったが、生きたいという気持ちもあるのだ。ワルになってまでも生きたいと、考えてこうしてスケバンスタイルでいるのだから。
「エリンはアリシア嬢と友人なのか?」
「えと、うん。そうだね」
「あら、嬉しいお言葉だわ」
エリンに友人判定を受けるとは思っていなかったので素直に嬉しい。まあリップサービスの線も無くはないが。
「アリシアさん、実技の時とか男子生徒をばっさばっさと薙ぎ倒すんだよ。格好いいんだ」
「あらあら、わたくしが格好いいだなんて、ほほほ」
「噂には聞いていましたが、本当なんですねえ」
クジュは私を見て驚きの表情をしている。噂が回るのは学年が違えど早いらしい。
「今日の午後も実技だから、また格好いいアリシアさんを見れるんだよ〜」
「アリシア、あまり無茶はしていないかい」
「心配には及びませんよ。わたくし、殿下よりも強いと自覚がありますので」
「ふふ、そう言われると手合わせしたくなってしまうな」
「見てみたいです! エルマさまとアリシアさんの手合わせ!」
「それなら、そのうち闘技会が開かれるから見れるんじゃないか? 推薦受けた生徒が出られるんだ。各学年から六人ずつ」
闘技会、確かにゲームでもあった記憶がある。パラメータの上昇具合では主人公であるエリンも出られるイベントではあったが、今現在のエリンにはその実力は無さそうだ。格闘などよりも座学の授業の方が伸びは良いらしい。エリンのパラメータによって出会える攻略対象も違って来たりするのだ。
「闘技会、わたくし出られますかしら」
「君の実力なら問題無いだろう。楽しみにしておこう」
昼食を終えて教室へ戻る途中、あ! とエリンが声を上げた。どうしたのかと問うと、図書室に返却しなければならない本があったのだと思い出したそうだ。
「帰りはクジュと話をしたいので、今返して来ます。先に教室に取りに行っていてもいいですか?」
「ええ、図書室まで行くのなら早めに行ったほうがいいでしょうし、実技の着替えもあるでしょう。お行きなさいな」
「すみません! 午後の実技にまた!」
廊下を駆けてゆくエリンを見送り、着替えに向かうかと更衣室を目指す。
更衣室着けばカナンが丁度着替えをしていた。
「ああ、アリシアさん。今日も男子生徒薙ぎ倒してくださいね!」
「お任せくださいな」
着替えてからカナンと共に校庭に向かう。途中急いで着替えてきたであろうエリンも合流して授業開始を待つ。まばらに生徒が集まってきた。予鈴の頃には全生徒揃っており、後はルーザーが来るのを待つばかりだ。
「ルーザー先生って、ご自身で戦われるの見たことないですよね」
「いつもローブで体覆ってて太いのか細いのかもよく分からないですしねえ」
「能ある鷹は爪を隠すと申しますし、かなり実力者かも知れませんわね」
雑談がそこら中で咲いていたがルーザーが姿を現した。聞こえる声はまばらになってゆき、ルーザーが口を開く。
「今回の授業はアリシア嬢に稽古を付けてもらう」
「へ? わたくしですか?」
「もう君は殿堂入りさせることにした。本職の冒険者でも上ランクほどの実力あるしな。俺は女子を見るから男子を見てくれ。面倒」
本音が出たところで男子生徒から非難の声が上がる。負け確じゃん! ぜってー勝てねえよ! などなど。
まあそれなりにルーザーの信用は得たというかことなのだろう。喜んでお引き受けいたしますわ。と言えば男子勢から悲鳴が上がった。
男子と女子に別れて授業を開始する。男子のひとりひとり薙ぎ倒しながら、もっと骨のあるやつと戦いたいなと心の中で愚痴る。
「さあさあ! 軟弱な方々! 次にわたくしに挑むのはどなた! 勝負! 勝負勝負勝負!」
「ぎえー! アリシア嬢もう皆満身創痍だよ!」
「アリシア、俺と勝負を!」
「負けろー! タルガ!」
「そこは俺を応援しろ!」
男子の外野から野次が飛びつつ、竹刀を構える。飛び込んでくるタルガに、脇が甘いですわね! などと指導しながらボコスカ叩きまくる。流石に最初の手合わせの時のように泣き出したりはしなかったが、しおしお顔になりながら男子勢の元へと戻っていった。皆に慰められている。
タルガは実力は普通に考えるのならば充分ある方なのではなかろうか。だが私にとっては羽虫も同然であった。なんせ私は熊を素手で倒した男を目指しているのだ。たかが学生如きに負けていては示しがつかない。
「さあ次はどなた! 複数人でも構いませんわ! 魔法も構いません!」
その言葉に三人前に出て木刀を構える。初手で魔法を使った生徒に近寄り首を殴打する。ひとり落とし次に切り掛かってきた生徒の脇に薙ぐ。体勢を崩したところで頭上に一本で沈む。
最後の生徒に突きの攻撃で腹を突いてうずくまったところをぶん殴る。
「きゃー! アリシアさま〜!」
女子生徒陣からの黄色い声を受け、ウインクをすると再び声が上がる。学年にひとりは居たよね。女子生徒から格好いい扱いを受ける女の子って。それが今自分になっているのを考えると悪い気分にはならなかった。
授業終了の鐘が鳴り、ルーザーから今日は終了〜と声が上がる。ルーザーに名前を呼ばれて向かうと、闘技会は知っているか。と告げられた。
「推薦を受けた生徒が出られるのですよね?」
「君もう確定するから。他はもうちょい吟味するけれど」
「あら、光栄ですわね」
「まあ詳細は追々。はい解散」
ルーザーの元を離れるとカナンとエリンが待っていたらしく話しかけてきた。
「今日も格好よかったですよね。ねえカナンさん!」
「ええ、とても凛々しくって……男性だったのなら惚れちゃっていたかも」
「あらあら、そんなに褒められると照れてしまいます」
更衣室に向かいながら三人で話をする。闘技会の話をすれば、やっぱり! とカナンが声を上げた。
「絶対出られると思っていました!」
「アリシアさんなら優勝出来るんじゃないですか!?」
「わたくし二年生も三年生も詳しくは知りませんから、手強い相手はいると思いますよ」
「でもでもいい線は行くと思いますよ!」
更衣室にたどり着いてからは、アリシアさま格好良かったです! などと声をかけられ礼の言葉を口にする。
その後の午後の授業も終えて、帰路に着くかと考えていると声がかかった。
「エルマさま」
「ちょっとお話しいいかな。アリシア」
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