第5話 エリンと愉快なバーサーカー
「聞いた? この時期に編入生来るらしいよ」
「そうなの? なんでこんな中途半端な時期に?」
朝、スズキで爆走を終えた後。教室に着いてからそんな話を耳にした。遂に主人公が来るらしい。
どこのクラスに来るのかな〜と話している女子生徒だったが、このクラスに来ますよ。なんて話しかけられる訳もなく。
行儀悪く机に足を乗せて腕を組んでいると、カナンに声をかけられた。このワルですムーブ体勢を見て怯まずに話しかけられるカナンはやはり肝が据わっている。
「どうしました?」
「編入生、どんな方だと思いますか? 私気になって気になって」
「そうですわね。女の子だと予想するわ」
「女の子ですか。お友達になれるといいなあ」
うふふ、と笑うカナンに夢見がちな少女なところがあるな。となんとなしに考える。
「どなたが仕入れた情報なのかしらね」
「さあ……でも他のクラスの方も噂していましたし、これで肩透かしに嘘でした〜はないとは思うのですが」
「それもそうねえ」
予鈴が鳴って生徒が各々席につき始める。ぎいぎいと椅子を斜めにしていると本鈴も鳴り担任のショルメが教室に入って来た。
「えー、皆さん噂していたようなのでご存じだと思うんですが、転入生が入ります。エリン、入りなさい」
騒めく教室内に出入り口から入って来たのはブラウンのボブカットに赤いカチューシャを付けた少女だった。青い制服に身を包んでおり、表情は少々不安げだったが可愛らしい顔立ちだ。
「自己紹介を」
「エリン・トースと申します。よ、よろしくお願いします!」
お辞儀をして顔を上げたエリンは強張った表情で大分緊張してるらしい。エリン・トース。主人公のデフォルトネームだ。これからゲーム本編が開始するのだろう。ショメルに後ろの空いている席に、と告げられエリンがこちらへとやって来る。私に気がつくとぎょっとした目で私を見ていた。関わりたくないと顔に書いてある。それが少し面白い。
おずおずと私の隣の席に座り、私は彼女に話しかけた。
「わたくし、アリシア・ローズレッドと申します。よろしくお願いしますね」
「は、はい、よろしくお願いします……」
目線がどこか別の場所に飛んでいる。目を合わせたくないらしい。まあスケバン染みた制服に竹刀が机の横に立てかけられ、私も前世だったら関わり合いになりたくないだろう。しかし今は面白くてたまらない。
座学の授業が始まり、姿勢を正して授業を受ける。ノートを取りながら考え事に耽る。
ゲームに置いて、メイン攻略者は私の婚約者であるエルマになる。他にも攻略対象はいるが、生憎記憶がはっきりとしない。初日の昼にエリンとエルマは出会うので、共に昼食を取ろうと誘ってみるべきか。
休憩時間にエリンに話しかけると強張った表情で私を見ている。
「昼食、ご一緒してもよろしいかしら。エリンさんのことを知りたいわ」
「は、はい、私でよければ……」
断りてえ〜みたいな顔をしているので、腹の底では爆笑ものであった。私の存在故に他の生徒から話しかけられることもなく、遠巻きに関わったらやばいのではと見られている。普通編入生が来たら群がることだろうが。
午前の授業を終えて昼食を摂ろうと食堂へと向かう。
「エリンさん、わたくしが居れば海割りの如く昼食がスムーズに摂れますわよ。ええそれはもう壮観な」
「そ、そうなんですか?」
「お腹が空きすぎた時はわたくしと共に食事を摂るとよろしいですわ」
食堂に入れば、私に気がついた生徒からざあ、っと人の波が出来て割れてゆく。いつ見ても壮観である。
スムーズにビュッフェタイプの食事を手に入れ、席に着けばエリンがすごいですね……。と若干引き気味で話しかけてきた。
「すごいですね。その、海割りの如く……」
「ええ、私、これでもワルで通っていますので。ほほほ、毎度のこと面白い光景ですわ」
「肝が据わってますね……」
昼食中雑談などしながら王子はまだ来ないかと頭の片隅で考えていると、爽やかな声が聞こえてきた。
「アリシア、僕も昼食一緒にいいかな」
「あら、エルマ様」
「エルマさま……って、王子様ですか!?」
「彼女は?」
「今日編入生してきた方ですの。エリンさん」
「やあ、エリン。僕はエルマ。一応王子だね」
「あ、あの、お邪魔じゃあないでしょうか……」
「いいのよ。一緒にお話しいたしましょうよ」
エリンはかちこちに緊張しながら、食事の味がしないとでも思っていそうな顔であった。一般の出の生徒だったはずだし、貴族や王族に馴染みがないのだろう。
「エリンは一般の出かい?」
「は、はい。その、一応実家は商家ではあるのですが、小さなもので」
「この時期に編入してきたのはどうしてなのかしら」
「私、親に着いて色々な土地を回っていまして、この街に一応本店を築くことになりまして、その、中途半端なのはそのせいですね……」
「まあ、旅をしていたのね。そのお話今度聞かせていただける?」
「僕も聞きたいな。国は出たことがないから」
「私でよろしければ……」
三人で昼食を摂り終えた後、トレイを下げながらエリンはひと言ふた言エルマと言葉を交わしていた。恐らく私をよろしくとでも言っているのだろう。という推測だ。私はこの見目で避けられているところもあるので、心配性のエルマのことだからそんなところだろうと当たりをつける。
帰ってきたエリンは気が抜けた表情をしていた。余程緊張していたらしい。
「教室帰りましょうか」
「はい。アリシアさんは、その、ご婚約者だったんですね。皇太子殿下と」
「ええ、そうよ。あなたはここに来たばかりだから知らないのも無理はないでしょうが」
「私失礼なことしていなかったですか」
「何もしていませんよ。さあ、参りましょう」
教室に戻るとエリンはクラスメイトに声をかけられ始めた。私は隅の席でそれを見守る。笑顔を見せ出したエリンを見て、私の存在はやはり彼女にとってはよろしくないのかもしれないな。と考える。ゲーム本編では私はライバルキャラだし、エリンに初っ端から接触することはなかった。
イレギュラー行動でアリシアルートに向かって欲しいとは思うが、彼女の心情を操るのはそう簡単にいかないだろう。
まあしばらくはちょっかいをかけながら静観だな。と結論づける。他の攻略対象とも接触が今後あるだろうが、思い出せるだろうか。
午後の授業を終えて放課後、少々図書室で本を探す。読みたい貴重な本があったのだが貸出中と言われ、代わりになりそうな本を貸してもらう。
帰ろうと厩舎に向かおうとすれば、どこからか荒々しい声が聞こえてきた。女の声だが複数人が何か問い詰めるようなきつい声だ。厩舎は校舎裏にあるためそこを通らなくてはならず、影からこそりと様子を伺う。
「あなた、皇太子殿下に近づくなんてどう言うおつもりかしら」
「え、ええと」
「高貴なお方にあなたのようなポッと出が話していい相手ではないのよ。アリシア嬢ならばまだしも」
まさか昼食を共にしただけでいちゃもんをつけられるとは。なんて運が悪いヒロインだ。ここは私が割って入るか。と竹刀を帯刀ベルトから抜いて片手に持って乗り込む。
「わたくしの名前をお呼びになって?」
「え、あ、アリシア嬢!」
「まあまあ、ひとりに向かって徒党を組んで攻め立てるだなんて、良いご趣味ですのね」
「わ、わたし達はただ、身の程を弁えろと言いたかっただけですわ」
「あら、貴族も一般家庭の出も、どちらも同じ人間なのに、なぜそんなものを気にしなくてはならないの?」
「あなたは、」
ひゅ、と竹刀を振って空を切る音を出す。怯んだ女子生徒一味は一瞬怯む。にや、と笑いながら私は一味に告げる。
「気に入らないのでしたらわたくしと勝負でもいたしますか? そちらは魔法あり。私はこの身と竹刀だけ。いい条件でしょう?」
「な、なぜアリシア嬢がこの女を庇いだてするのですか! アリシア嬢の婚約者に取り入ろうとしているのでは」
「まあ? ただ昼食を共にしていただけでそのような噂でもございますの? 私は特に気にも留めてはおりませんよ。さあ、勝負。勝負勝負勝負! 私が勝ったのならばエリン嬢には二度と近づかないと誓ってくださいませ!」
だっ、と駆け出して竹刀を振り下ろす。女子生徒一味は四人。突然のことに戸惑っていたがすぐに応戦の体制に入る。魔法が脇をすり抜けていくが当たらぬよう避け続ける。
近づいて竹刀を振り下ろしひとりを戦闘不能に。続けて魔法を打ち続ける女子生徒一味をもうひとり、ひとりと倒してゆく。残されたひとりに向かおうとしたが、戦意喪失したのか背中を向けて駆け出した。それに追いすがり竹刀を脳天に浴びせて昏倒させた。
「まあ弱い。弱者は汚泥を啜って生きるしかないのですから、今度からはお気をつけて」
「あ、あの、アリシアさん。その、やりすぎかと……」
「まあ! そんなことございませんわ! 争いの芽は摘んでおかないと。明日からは安心して学園生活をなさってね。噂が広がるのは早いですから」
にこりと微笑むと、エリンから引き攣った笑みが返ってきた。
家まで送ってやろう。と告げると拒否したさそうにしていたが、苦渋を飲んだようにか細い声でお願いします……。とエリンが言った。
「じゃあ厩舎に参りましょう。私の馬が居ますから」
「お迎えの方、いらっしゃらないんですか?」
「私拒否していまして、自分ひとりで登校しているのです。ささ、参りましょう」
厩舎に向かい、スズキに鞍やハミなどをつけて馬房から出す。馬に横乗りに乗ってエリンも後ろに乗せると、捕まっていてくださいね。と柔らかく告げた。
「さあ! 飛ばしますわよ!」
「え、え、え?」
思い切り馬の腹を蹴ると馬が走り出す。私に力強く掴まったエリンの悲鳴が聞こえてきたが知らぬ存ぜぬと無視を決め込む。
「おどきになりまして〜!」
学園の生徒にとって私は最早名物生徒。海割りのように人が避け、学園を後にして、教えられたエリンの家へと向かうのだった。
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