第4話 王子様に恋してる?
「おどきになりまして〜!」
馬を爆走させながらの通学し、学園に着いて厩舎にスズキを預け教室へと向かう。学園の生徒も街の人間も慣れてきたのかモーゼの海割りのように人々が避ける姿に謎の快感を覚えつつあった。
教室に着いて後ろの席を陣取ると、カナンが話しかけてきた。寮生活組は登校が早めなのもあり、教室にはそこそこの人数が居る。
「アリシアさん、昨日教室でクラスメイトの方と話していた際に、皇太子殿下がいらっしゃって、アリシアさんが居ないかと尋ねられたんですが」
「あら、そうだったの。わたくし昨日は早々に帰ってしまっていたものね。失礼なことをしてしまったわ」
「学園に入学してからまだお会いになっていらっしゃらないんですか?」
「そういえばそうだったわね」
「……抜けていらっしゃいますねえ」
「ま! そのように呆れた目をしないでください」
そういえばそうだった。婚約者である皇太子と私はまだ学園に入学してから顔合わせをしていなかったのだ。別に避けているとかそう言う理由ではないのだが、単純に授業が面白かったりしたのもあり忘れていた。
今日の昼にでも、彼の教室へ出向いて見てもいいかもしれない。
「教えてくださりありがとうね。カナンさん。昼にでも会ってくるわ」
「いえいえ、会えるといいですね」
授業開始の鐘が鳴り、各々生徒たちが席に着く。世界史の授業は中々に面白いものだ。この国、ガルシア王国は私が生まれる前は隣国と戦争状態にあったらしいが、私が生まれる頃には戦争は終わり、この国は国土拡大が叶ったそうだ。
略奪や侵略は正直言って当時は酷いものだっただろうが、勝てば官軍、と言う言葉がある。正当化されている部分もあるだろうが、植民地化された地域は今現在はそこまで治安も悪くなく、統治している貴族が有能な証なのだろう。
授業を聞きながら、そういえば、母の母国は戦争していた相手の国だったな。と思い出す。母方の祖父母には私は出会ったことがないのだ。ただ、戦争中に母と父は出会ったらしく、詳しく聞こうにも話を濁されることばかりだったために、何か訳ありなのだろう。もしかすれば貴族令嬢の捕虜か何かだったのかもしれない。
いつか話を聞ける時が来れば良いが。
午前の授業をこなしながら、父母のことから婚約者について意識が向かっていた。この国の第一王子であり、皇太子殿下と呼ばれる男。
二年に在籍しているが、教室も近くないために出向かなければ出会えないだろう。
昼食時になりカナンと昼食後、二年の在籍しているだろう教室へと向かう。入り口付近で話し込んでいた生徒に話しかける。
「もし」
「え? あ、アリシア嬢!?」
「エルマ様はいらっしゃるかしら」
「あ、はい。呼んできます」
遠目にエルマの姿を確認出来たが、生徒がエルマの元へと向かえば、私に気が付いたエルマが片手を上げた。こちらに向かってきたエルマに礼をする。
「お久しぶりでございます」
「ああ、学園に通うようになってから滅多に会わなくなってしまったからね。久しぶり、アリシア」
エルマ・ガルシアの見目は金色の髪を一つに束ねてポニーテールにし、顔つきは爽やかなイケメンと言って良いだろう。少しつり目がちな涼やかな目には赤銅色の瞳が輝いている。
「その制服、素敵だね」
「ふふ、ありがとうございます」
「放課後中庭で話でもしないかい。久しぶりに会ったのだし、色々話したいこともあるんだ」
「わたくしでよろしければ。ご学友との歓談中失礼をしました。放課後、中庭で」
「ああ、気をつけて帰るんだよ」
では失礼を。と礼をしてその場を後にする。教室に戻り、午後の授業の準備をする。午後は錬金術の授業だ。移動教室だし早めに行っておこうと教科書類を持って教室を出た。
廊下を歩けば生徒は私を避けてゆく。気分がいいものだ。上機嫌になりながら工房室に着くと、私より前に来ていたらしいタルガが居た。
「げ、アリシア」
「あら、名前の知らない誰かさん」
「あんたそれずっと貫く気なのか……早いな来るの」
「錬金術って面白いですので、予習でもしておこうかと」
「俺も錬金術好きなんだよ。他の奴らは面倒とか言うけど」
「へえ、意外ですわね」
「どう言う意味だコラ」
オラつき始めたタルガを無視して端の席を陣取る。教科書を開いて今日の範囲だろうページを見る。今回の授業は確か、魔法石の生成方法だったな。とそのページを見ていた。
机に肘をついて頬に手を当てながらページをめくってゆく。タルガも同じように教科書を読んでいるようだった。居心地は悪くはない。
「アリシア、あんたさあ。この学園出たら結婚するんだよな」
唐突に話しかけられタルガの方を向くと、教科書に目を向けながら話している。それに習って私も教科書に目を落とした。
「そうですわよ」
「嫌じゃないのか?」
「嫌とかそんな次元の話ではありませんから」
「……俺は一般の出だからお貴族様のこととかわかんねえけど、自由とか欲しくならないのか」
自由。欲しいに決まっている。喉から手が出るほどに。しかし私に自由を得る資格はない。それに今は生きるか死ぬかの瀬戸際だ。それをどうにかしない限りは自由どうこうではないのもあった。
「別に」
「ふうん。まあそう言うやつもいるか」
「ええ、全部が全部、あなたの尺度と同じではありませんからね」
「嫌味なやつ」
生徒がぱらぱらと入ってきたこともあり会話は終了した。生徒が揃ってから本鈴が鳴り授業が始まる。自分の目の前にある釜で魔法石の精製を始めると、教室が騒がしくなり始める。失敗しただの成功しただのと声が上がる中、自分の釜の中でも魔法石が出来上がった。赤銅色の石。それにエルマの瞳を思い出した。
指で摘みながら観察し、エルマとどんな話をしようかと考えた。友人が出来たとか、ワルになりたいだとか。彼なら笑ってくれることだろう。
錬金術の授業を終えて放課後になり教科書などバッグに詰め込み、中庭に移動して木陰のベンチに座り込んだ。
そう時間もかからず、エルマの声が聞こえてきた。
「アリシア、待たせてしまったかな」
「いいえ、来たばかりですわ」
隣に座り込んだエルマは、本当に久しぶりだね。と微笑んだ。
「学園に通うようになってからはあまり会えずにすまないね」
「勉学は必要でしょう。お気になさらないでくださいまし」
「アリシア、友人は出来たかな」
「ええ! とても可愛らしい方が。素直な方でとても好感が持てる方なんです」
それならよかった。とエルマが笑う。エルマにも友人は居るのかと聞くと、忌憚無く意見してくれる親しい奴が居るんだ。と楽しげに話し出した。
「王子だなんて最初は敬遠されるかと不安だったんだが、面白い奴が多い。一般の出でも親しい奴も居るし、学園に通って正解だった」
「良い学園生活をなされているのね」
「そうだね。そういえばアリシア。君、その竹刀持ち歩いているってことは、まだ執事の方に挑んで居るのかい?」
「休みの日には必ず。稽古もつけてくれますのよ」
「変わらないなあ。でもそんなところが可愛いな」
にこりと目を細めて笑うエルマに私も笑みを返す。エルマは私の奇行については知っているが、拒絶をされたことがない。むしろ自分の身を自分で守れる人間を好いているようだった。
「もしかしたら、剣の腕は僕よりも上になってしまっているかもな」
「今度手合わせでもいたしますか?」
「それも面白そうだ」
カラカラと笑いながら、エルマはそうだ。と何か思い出したように白で統一された制服の胸ポケットから何かを取り出した。
ハンカチだったが何か包んでいるらしく、それを広げると赤銅色の石が付いたネックレスのようだった。
「これを君に。加護を込めてあるんだ。悪意あるものから一度だけ守ってくれる」
「……よろしいのですか?」
「受け取って欲しいな。その、僕のこと思い出して欲しいからね。これを見るたびに」
赤銅色、エルマの瞳の色だ。ゆっくりと手を差し出してそれを受け取る。チェーンの金具を外して首に回してつければ、エルマは穏やかな優しい瞳をしていた。
「似合っている」
「……ふふ。ありがとうございます」
私は、彼を好いている方だろう。異性として見ているかと言われると微妙なラインではあるのだが、穏やかで優しい彼は母を思い起こさせる。それもあってエルマに対して忌避感を持たないのだろう。
彼と結ばれる未来はきっと幸福なのだろう。自由が無いと言う人間も居る。自分自身自由に焦がれているところはある。けれど、自身が歩む道が間違いであったなんて、言えるわけがないのだ。先のことなどまだ分からないのだから。
「その制服も似合っているよね」
「わたくし、ワルになりたいのです」
「ワル?」
「孤高の存在と言いますか。誰からも恐れられるようなカリスマ性を得たくてこの制服にいたしましたわ」
「あははっ、面白いこと考えるなあ! 君は神秘的な見目だから、きっと本当の君を知ったら慕われそうだけれど。……孤高の存在かあ」
「皇太子妃になるのですし、やはりカリスマ性は必須かと」
「……僕との未来、考えてくれることが嬉しいよ。きっと君を幸せにする。小さな頃に約束したの覚えている?」
「覚えていますわよ」
私が前世の記憶を思い出してから、エルマとは婚約関係に至った。何故婚約者になったかと言うと、エルマの一目惚れだったのだ。母に似た私は異国味がある見目をしている。自分で言うのもなんではあるが、可愛らしい子供だった。
見目からの一目惚れであっても、彼の人となりを知ってからは私も好感を持った。だから穏やかな関係を続けられている。
けっこんしてください。と舌足らずの告白を聞いた時、思わず笑ってしまったのは無理もないだろう。
「君、僕の告白聞いた時、すごい爆笑していたよね。一世一代の告白だったって言うのに」
「エルマ様。まだ六歳だったではないですか。可愛らしい告白だったのですもの。ふふ」
「君には敵わないなあ」
その後思い出話に花を咲かせていたが、日が暮れてきたのもあり解散することになった。気を付けて帰ってね。と手の甲に口付けを落とされむず痒い気持ちになりながら、厩舎に向かいスズキに乗って帰路に着いた。
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