第2話 遅刻しても通えば偉い

「遅刻ですわよ〜!!!」


 セーラー服を身に纏い馬に横乗りしながら爆走する。手には朝食と昼食の入ったバスケット。サンドウィッチにかじりつきながらの馬上であった。背中には皮のスクールバッグ。愛用の竹刀は腰に帯刀ベルトに差している。


「ああ〜ん! イベントごとがある日に眠れないのは昔っからでしたけれど、まさか早朝に寝落ちなんて〜!」


 私はイベントがある前日に眠ることが出来ず徹夜になるのが常だったのだが、今日、ティスカトル学園の入学式に遅刻するとは思わなかった。しかも新入生代表挨拶は私だった。サバタに叩き起こされて叱られながら準備をして屋敷を出たのは十分前。もう入学式は始まっているだろう。


 もぐもぐと馬上で食事を摂りながら駆ける。騎馬は父から幼い頃から習っていたので食べ物を食べるくらいでは酔いはしない。


 急いでくださいませ〜! と愛馬のスズキに向かって叫びながら街の坂を駆ける。因みに名前がスズキなのはバイクから取った。学園が見えてきた。そう時間もかからず門をくぐり、入学式の会場だろう講堂に馬に乗ったまま突入した。


「遅刻して申し訳ありませんわ〜!」


 サンドウィッチを口に詰め込みながら、馬上から降りる。講堂内は静まり返っていたが、もぐもぐと咀嚼し飲み込んで、愛馬とバスケットを呆然と私を見ていた職員らしき人物に預け、講堂の端の席に座る。


 視線が集中しているのを感じたが、あれ、入学式での遅刻って結構ワルじゃないかしらん? なんて考えながら少し気分が上がった。カバンを隅に置く。

 えー、おほん。と咳払いが聞こえて、学園長らしき人物が話を再開した。


「その、遅刻してきた者もいますが、我が学園は自主性を重んじる学園です。遅刻しようが入学式に参加するだけ良い、と言っておきましょう」


 くすくすと笑いが溢れたが私も自分で笑ってしまった。そりゃそう。馬で乱入してくるとか阿呆のすることだ。


 その後校長の話が終わり、新入生挨拶、アリシア・ローズレッド! と名を呼ばれて立ち上がる。すると若干講堂が騒ついた。それを無視して講堂の前方の机を前に立ち礼をする。


「新入生代表、アリシア・ローズレッドです。


新緑が鮮やかな季節の中、我々は学園の門を潜りました。春の息吹が感じられる今日、わたくしたちはティスカトル学園へ入学いたします。


本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます。


未だ実感が湧かない、というのはありますが、真新しい制服に身を包み、これからの学園生活では、勉学や交流に励み、新しい未来の可能性をわたくしたちの手で掴み取ってゆけたらと思っています。


まだ未熟なわたくしたちではございますが、先輩方や先生方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。


伝統あるティスカトル学園に入学出来たことを心から誇りに思います。以上を持ちまして、新入生代表挨拶を終えさせていただきます。ありがとうございました」


 礼をすれば拍手が講堂内に溢れた。座っていた席に戻ると再び視線を感じた。


 その後在校生挨拶などを終えて入学式は終了した。愛馬を預けた職員の元にゆくと、厩舎に預けてくるから教室へと向かえ、と告げられてその通りにする。昼食も入っているバスケットだけは受け取った。


 教室に入ると一瞬で部屋中の視線が私を捉えた。無視をして後ろの席を陣取って、腕を組みながら俯く。ちょっとワルっぽいムーブ、してみたいよね。


 騒つく教室内だったが、教師が入ってきたところでしいん、と静まった。


「えー、新入生諸君。入学おめでとうございます。僕は担任になりますショルメです。担当教科は魔法学。と言っても君たち新入生はしばらくは座学だけどね。教科書を配るので後ろに回していって〜」


 男子生徒は運ぶの手伝ってね〜。とショメルが数名の男子生徒を連れて廊下に出る。騒めきが教室内に戻ってきたと思うと、ひとりの女子生徒が近づいてきた。


「アリシアさん、ですよね?」

「ええ、そうですわ」

「私、カナン・サイファ。びっくりてしまいました。馬に乗っての登場だなんて……とてもユニークな方なんですね」

「あら、ふふ、そうかしら」


 カナンと名乗った女子生徒は恐らく貴族令嬢だろう。桃色の髪に柔和な可愛らしい顔つき。シンプルだがグレーを基調とした制服を着ている。やはり、私の制服は浮くな。と再確認し、これもワルへの道だ。と自分に言い聞かせる。


「お昼にお話しませんか? 私アリシアさんのこと知りたいわ」

「ええ、よろしくてよ」


 ショメルが教室に戻ってきたところで、カナンは席に戻りますね。と離れていった。


 教科書が配られてぱらぱらと捲って中身を見てみる。この国での公用文字はアルファベット表記だ。初めて記憶を思い出した時は単語が少ししか分からず困ったものだったな。と思い出す。


「教科書渡ったかな〜。んじゃあ自己紹介しようか。前の席から順繰りでお願いします。はい君から」


 指名された生徒から順に自己紹介が始まる。場所的に私は最後だろう。何を言ったら友人が出来るだろうか。と考えたが、ワルになるのにお友達募集です! ってダブスタではなかろうか。と考えた。


 自己紹介が最後の私に回ってきて席から立ち上がる。


「初めまして、アリシア・ローズレッドと申します。入学式の時は騒々しくて申し訳ありませんでしたわ。好きなことは鍛錬、目標は素手で熊に勝つこと」


 しいん、と教室内が静まり返っている。おかしなこと言ったかしら。と軌道修正しようと口を開く。


「わたくしよりも強い方が好きですわ。そうね、熊のように強い方が。ああでも、そうすると熊と結婚した方がいいのかしら……」

「あー、アリシア嬢、その、好きな食べ物とかでいいんだよ自己紹介とか」

「あら、申し訳ありません。好きなものはラム肉ですわね。以上で」


 まばらな拍手が返ってきて何か間違えたかしら。と席に座って考える。だってアリシアの初恋はエンリケだったし、熊に勝てる方がいいのは本当だし、と考え込む。


 一旦休み時間になったが、話しかけてくる生徒は居なかった。カナンは別の女子生徒に話しかけられているから割り込んじゃ悪いだろうと席に座って教室内を観察する。


 ある程度グループは出来始めているらしいが、ワルを目指すなら一匹狼では!? と教室の片隅で厨二ムーブをするべきかと悩む。今までサロンなどでは淑やか令嬢を演じていたが、この学園がアリシアの破滅の物語の主軸になるのだし、とことんワルを突き詰めるならばやはり孤高の公爵令嬢を貫くべきなのか。


 悶々と考えていると授業開始の鐘が鳴る。ショメルの魔法学の授業らしく、基礎知識の説明から始まった。


 本で読んだことばかりだなあ。と少々退屈に思ったが、貴族が多いこの学園だが魔法に触れてこなかった一般庶民の学生も在籍している。そう言った学生に対しての講義なのだろう。


 ゲームの主人公も一般の出だ。途中からの編入生になるためこの教室には現在は居ない。私が目指すべきは悪役令嬢。つまりワルだが、生き残るためにアリシアルートに進んでもらう必要がある。ワルにはなりたいが、主人公には近づくべきだろう。


 主人公を害する存在はゲームでは別の令嬢でもいたはずだ。そう言った輩に目を光らせて牽制しておくべきか。


 なんて授業なんて上の空で終えて昼食どきになった。カナンが食堂に行きましょう。と私の席にやってきて微笑んだ。なんだかマイナスイオンが出ている気がして若干癒しを感じる女の子だ。


「わたくし、昼食を持ってきてしまったのだけれど、いいかしら」

「そのバスケット? そういえば、アリシアさんは寮生活ではないのね」

「ええ、毎日馬で通うつもりですわ」

「その長いスカートで乗れるの?」

「横乗りすれば可能ですのよ。それに、わたくしマザコンってやつだから母から離れられませんの……」

「マザコン?」

「お母様が大好きってことですのよ」


 食堂へと移動しながらカナンと話をする。カナンは伯爵令嬢らしく、寮での生活になるそうだ。一般庶民のほとんどは通いの生徒だが、貴族階級になると寮生活をする生徒が多い。だから余計私は目立つ存在なのだ。


 食堂に着くとやはり多く視線が飛んできた。カナンが食事を持ってくるまで待ち、バスケットからサンドウィッチの入れ物と水筒を出して待っていた。すると見知らぬ男子生徒から声がかかる。


「アリシア嬢ですか?」

「ん? ええ、そうですが」

「熊に勝つのが目標って本当なんですか?」

「ええ、本当ですが」

「そんなほっそい体で? 無理じゃね〜?」


 この生徒は覚えている。私の二つ前辺りで自己紹介をしていた男子生徒だ。カラカラ笑いながら馬鹿にしているらしい。にこりと微笑んで、私は死刑宣告を告げた。


「午後の実技、楽しみにしておいてくださいませ。タイマンいたしましょう」

「え」


 その後はカナンが来るまで、どういうことだよ。なんて話しかけられたが無視を続ける。そのうち諦めて離れていった。カナンが来てから食事を共にする。


「先程、名前なんだったかしら。男子生徒に絡まれたのですよ」

「え! 大丈夫だったんですか?」

「午後の実技お楽しみにと申しておきました」

「……そういえば、木刀、ではないですけれど何か腰に帯刀していらっしゃいますよね」

「これは竹刀という竹で特注で作らせたものですわ。愛刀ですの」


 わたくし、この子が居ないと不安で不安で。と竹刀を撫でる。随分と使い込んでいる竹刀だ。そのうち作り直す必要があるだろう。この竹刀で何代目だったか。


「アリシアさんは実技の授業、楽しみそうですね」

「ええ、だってわたくし熊に勝つほど強くなりたいのですもの。素手で」

「素手で……」


 引き気味のカナンにおかしなことを言っただろうか。と疑問が浮かぶ。


「アリシアさんって、ちょっと天然ね」

「あらやだ。天然だなんて。わたくし少し人とずれている自覚は一応ありますが、真面目に申しておりますよ」

「そうですか……、でも、面白い方だわ」


 やることが全部規格外そうで。とカナンはくすくすと笑っている。サンドウィッチを口に運びながらカナンに笑わないでくださいまし。と告げる。


「わたくし、ワルを目指しておりますの」

「ワル? ですか」

「そう、まるで物語に出てくる悪役のような。カリスマ性があって、何事も卒なくこなせるような万能でいて。……まあ嫌いな人間なんて捨て置いて幸せを掴めるような、ね」

「やっぱり面白いですね」

「まあ! そのように笑わないでくださいまし」


 カナンと昼食を終え、午後の実技のために着替えようと更衣室へと向かう。動きやすい服は前もって運んでもらっていたので更衣室で着替え、帯刀ベルトを付け直し、校庭へとカナンと共に向かった。


 生徒各々雑談をしながら教師を待っていると、黒いローブに身を包んだ実技の教師としてはふさわしくなさげな教師が現れた。


「新入生諸君、入学おめでとう。俺はルーザー。今日は簡単な準備運動から、生徒同士手合わせをしてもらう。この世界には魔物が多く住まう。自分の身を守れるくらいでなければこの学園を卒業はさせられない。ここは名門の名で通っているが、それにふさわしい生徒になるよう願う」


 陰気な雰囲気の教師だ。各々準備運動をするように、と投げやりに指示を出して腕を組んでいる。


 私はラジオ体操を思い出しながら準備運動をしてカナンに笑われていた。笑わないでくださいまし。と言えば言うほど笑ってしまうらしい。笑い上戸だ。


「初めにやりたいやつはいるか」


 ルーザーの言葉に、私が手を挙げる。こっちに来いと手招きされルーザーの前に向かう。


「相手は、そうだなあ」

「ああ、あの方を所望します」


 私が指差したのは昼食どきに絡んできた彼だった。にやりと挑発的な笑みを浮かべている。じゃあお前来い。とルーザーの指示に彼が従った。


「アリシア嬢は俺の名前覚えてるか?」

「はて、なんでしたかしら」

「……ぜってー負けねえ。俺が勝ったら名前を覚えろよ! タルガだ!」

「はあ……んじゃあ両名木刀……。いや、アリシア嬢はそれ使うか?」

「ええ、わたくしの得物です」


 竹刀を帯刀ベルトから抜き目の前に掲げる。へ、とタルガは鼻で笑う。


「そんなモン持ち歩こうが、俺に勝てるのかよ」

「さあ、どうでしょうか」

「両名ちょっと距離取れ。……構えろ」


 ルーザーが離れ、タルガと向き合う。竹刀を構え、始め! と合図と共にタルガが向かってきた。上段の振りを避けて左へと回る。背中目がけて竹刀を振れば難なく派手な音を立ててぶち当たった。


 よろめいたタルガに追い討ちをかけるように手首に竹刀を振り下ろせば、タルガが木刀を離した。


「いってえ〜!」

「まあ弱い! さあ拾ってください! まだですわ。まだ足りない。勝負を! もっともっと勝負を!」

「アリシア嬢落ちつ」

「くっそがああああ!」


 タルガが木刀を拾って再び向かってくる。雑な振りを避けながら頭に上段の振りを下ろす。痛みに呻きながらもタルガは向かってくる。何度も何度も手首を狙い木刀を下ろさせ、その度に勝負を! と叫ぶ。


 タルガが叫びながら手に光がほとばしった。魔法を使ったのだと理解し、迫り来る炎弾を避けて首に竹刀を叩きつけるとタルガは沈んだ。

 私はそのタルガにまたがってばしん、と頬を張った。


「起きてくださいまし。まだ終わりにはいたしませんわ」

「アリシア嬢、ご、ごめん。ごめんなさい!」

「勝負を! もっともっと勝負を!」

「アリシアもうやめろ! タルガは戦意喪失だ!」

「これがオークだったら!?」

「!?」


 私はルーザーに向かって叫んだ。驚いたように目をかっぴらいてルーザーは黙る。


「オークだったのならこの程度で死にはしません。ゴブリンだってそう。サラマンダーだってそう。いつだって諦めたら死ぬ! わたくしはもっと強くなりたいのです!」

「し、しかし、相手はまだ子供だ! 君はやりすぎだ!」

「ごめん……もう許して……ごめん」

「情けない……」


 あなたの名前を覚えることは、一生無さそうね。とだけ吐き捨てて、竹刀を帯刀ベルトに戻しながら生徒たちの元へと戻る。生徒がさっと避け、怯えた目をしていた。私はそれに美しいだろう笑みを浮かべた。


 これでいい。だって私の目標はワルだもの。悪役令嬢と言われるのならば、これくらいしなくてはね?

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