【連載版】悪役令嬢に転生したって言うのなら、とことんワルになろうじゃない!バイクが無いなら馬に乗り、嫌味を言うならタイマンで。バーサーカーお嬢様がお通りですわよ〜!

塩谷さがん

第一章

第1話 アリシア・ローズレッド

 このアリシア・ローズレッドは、この世に生を受ける前、日本という国で暮らしていました。成人の身ながら学舎で学ぶ日々。家族仲も悪くはなく、友人にも恵まれていました。しかしある日、突然意識を失ったと思ったら、目覚めるとわたくしは濡れ鼠で介抱されていました。


 状況がよくわからなかった中、アリシアであった記憶が流れ込み意識を失いましたの。目覚めた時にはベッドの上で、ベットサイドの椅子に座ったお母様が泣いておられましたわ。


 前世というものを得たわたくしにとって、状況判断が難しい中、お母様がわたくしがボートから転落して溺れ、二日も目を覚さなかったと告げられました。

 わたくしはそれが前世を思い出したきっかけになったのだと理解いたしましたわ。それに……。


「お嬢様、その妄言は謹んでいただきたいと毎回申しておりますでしょう」

「あら、わたくしまた独り言を申しておりました?」

「前世がどうとか、サバタは聞き飽きました。あなた様の乳母の身ではありますがあまりにも胡乱すぎます」

「ふ、そうですわよねえ〜……」


 かちゃ、と紅茶をソーサーに置いてソファの肘掛けに肘を置く。


 私、アリシア・ローズレッドは転生者だった。先ほどの独り言、というか回想は気が付くといつも思い出してしまう。前世では一般人の身であった自身が今世は貴族。寒暖差で風邪を引きそうだ。


 アリシア・ローズレッドと言う名を私は前世から知っていた。自分がいつだったかプレイしたことがあったゲームに出てくるライバルキャラだったからだ。主人公の障害となる悪役令嬢、アリシア嬢だった。

 まさか自身がそんなテンプレ転生をかますとは前世の自身が聞いたのなら抱腹絶倒の爆笑ものだっただろう。


 しかし、ゲームの中でのアリシアは、ほとんどのルートで追放や殺害をされる悲劇の存在だった。唯一生き残れるのは主人公と友情を育む最後に解放される特殊ルートのみ。しかもそこでも選択を間違えると死ぬのだ。呪われているのだろうか、アリシアって。


「お嬢様、もうすぐ名門ティスカトル学園に通うことになるのですよ。その独り言の癖、早々にお直しになられてくださいな」

「わたくしからこれを取ったら何が残ると言うの」

「その美貌と剣術と体術くらいは残りますよ」


 アリシアの見目は確かに美しい。異国から嫁いできた母から受け継いだ褐色の肌。父から受け継いだ銀色の髪と緑の瞳。私はアリシアの神秘性を思わせるその見目が好きだった。


 この世界での母と父のことも私は充分好いている。前世の父母も同様だったが、もう声も思い出せないことに悲しみはあった。

 だが実際のところ、今世が現実ならば今世で生きる他ない。前世の父母は思い出として心の奥に閉まっている。


「あ、そうだわ。エンリケのところに行かなきゃ」

「まあた挑戦なさるのですか? 飽きないものですねえ」

「ふふ、行ってきますわ!」


 壁に立てかけてあった特注で作らせた竹刀を取り、華美な自室から出て父の書斎へと向かう。今この時間ならば彼は居るだろう。

 父の書斎の前へと辿り着き息を整える。そっとノブを捻って、瞬間一気に蹴り開けて竹刀を頭上に掲げ構えた。


「キィエエエエエェエエェエ!!!」


 私の猿叫に咄嗟に反応した男が居る。頭上に叩き込もうとした竹刀は避けられて男は私の頭上に手刀を叩き込んだ。一気に床に沈む。


「お嬢様、何故そのような叫び声を……」

「うう、薩摩藩主の誇りがあ……」


 実際前世では九州出身ではないのだが。

 私を沈めた男、執事長のエンリケは狼の獣人の男性だ。この男に挑んで、今日で二百六回目である。

 なんでも父が戦争に行っていた頃に出会った傭兵だったらしく、父と意気投合して仕えることになったという経緯があるらしい。

 父は呆れた声色で話かけてきた。


「アリシア、お前がエンリケに勝てる道理はないぞ。彼の強さは私が身に染みて知っているから断言するが」


 父は銀の髪に緑の瞳を持つ男前な顔つきで、筋骨隆々とした人だ。しらけた目で私を見ていた。


 最早父すら私のエンリケに対しての奇行を咎めようとはしなかった。初期は諫言をもらっていたが、そんなもの無意味だと今はちょっとした注意くらいに格下げになっている。


「こいつは熊に素手で勝てる男なんだぞ。女の身のお前が勝てる相手ではない」

「まあ! お父様! わたくしはエンリケに一本入れると幼少の頃から挑んで参りましたのに応援の言葉くらいくださってもよろしいではないですか!」

「無理を言うな。お前は公爵令嬢なんだ。その血の気が多いのはどうにかならないのか」

「わたくしから血の毛を取ったら何が残ると言うのです! この役立たずの美貌くらいですわ!」

「自意識が高いのか低いのかわからん」


 起き上がると父は額に手を当てて苦悩しているような表情をしている。父からすれば私の奇行は悩みの種だろう。だが私は奇行を止める気は更々なかった。エンリケに本来の要件を伝えるために立ち上がった。


「エンリケ! 稽古の時間ですわよ! 早く庭においでになってね」

「ええ、お嬢様。先に向かっていてください」

「お前たちは、本当に……」


 呆れて言葉も出ない。と言う顔をしている父。待っていますわね〜。と手を振りながら書斎を後にした。

 既に服は動きやすいものに着替えてある。庭に出ると太陽の日差しを感じて目を細めた。


 私がエンリケに挑み続ける理由は、悪役令嬢に転生したと言うのならば、とことんワルになろうと思ったからだ。そのためには力が要る。勉学も、体術も、剣術も、魔法も、その全ては力を手に入れるため、死にたくないなりに足掻き続けてやると言う意思表示だ。


 私はそろそろ学園へと入学することになっている。害する者が居るのならとことん戦い精神をへし折って汚泥を舐めさせるような屈辱を与えてやる気概だ。


 死ぬなら受け入れる。けれど足掻くことは辞めない。足掻いて足掻いて、その先に死があっても、私は私の高潔さを胸に掲げ続ける。悪役令嬢なら、そのくらいしないとね。


「お嬢様」

「あら、エンリケ。お待ちしていましたわ」


 ふふ、と笑いながら微笑むとエンリケは木刀を構える。私も習って構えると稽古が始まる。


 竹刀と木刀のぶつかる音と小鳥の囀りが庭に溢れる。エンリケは強い。傭兵をしていただけあり隙がない。私だってそれなりの腕ではあるのだ。警備兵相手に全勝出来る腕前はある。

 しかしエンリケは規格外と言っていい。夕暮れまでエンリケと稽古をし続け、汗まみれで庭に座り込んだ。


「エンリケには勝てませんわねえ〜」

「十五年生きた程度のあなた様に負けたのなら示しがつきませんよ」

「エンリケって何歳ですっけ」

「秘密ですよ」


 またそれですの〜? とエンリケに笑いかけると、エンリケも笑い声を上げた。

 屋敷に引き返して風呂で丸洗いされ自室に戻れば、乳母のサバタがお待ちしておりましたよ。と何か箱を持って近づいてきた。


「学園で着る制服が出来上がりましたよ」

「まあ本当? 早速着てみてもいいかしら」

「ええ、どうぞ。私は採寸の場に居合わせませんでしたが、どのような制服を?」

「ふふ、見ていてちょうだい」


 箱を開ければ黒い布地が目に入る。上着とネグリジェを脱いで服に裾を通す。サバタの目はどんどん呆れが見て取れる表情になっていった。


「……本当にそちらの服を制服になさるのですか?」

「ええ! いいでしょうこれ」


 私の着ている制服は前世のセーラー服をイメージして作ってもらった。黒い布地に赤いライン。赤いスカーフリボンに長丈のスカート。スケバンのような制服をイメージして作らせた。


 だって私は悪役令嬢。見た目からワルになるのもいいでしょう?

 お母様に見せてくるわ! と呆れ顔のサバタを残して母の部屋へと向かった。

 るんるんと鼻歌を歌いながら、すれ違うメイドから驚きの表情をもらう。母の部屋に着いて扉をノックすれば中からお入りなさい。と声がした。


「お母様見て見て〜! 制服出来上がりましたのよ〜!」

「あら、不思議な服ね」

「学園って制服は各々自由で良いって聞いていたから、これを作っていただきましたの」


 母は白い髪に褐色の肌をした美しいかんばせの人だ。母の座るソファの隣に座り込み、母の腕に腕を回す。


「よく似合っていますよ」

「んふふ、お母様ならそう言ってくれると思った。だってお母様、わたくしの前世のお話だって信じてくださるのだもの」


 母以外には胡乱な話と取られる前世の話は、母だけはいつも否定せず聞いてくれた。温和な母を私はとても好いている。いつもどんな時でも受け入れてくれる母。


 ゲームでのアリシアは嫌味な性格だったが、主人公がアリシアルートを選ぶと聞ける話がある。母は病弱で、自分の意思をあまり持たない性格。だから母を守るためにきつい性格が身についてしまった。と言う話を聞くことができる。


 アリシアは母思いの優しい子なのだと、最後に解放されるアリシアルートで判明するのだ。アリシア自身、主人公に嫌味をぶつけるだけではなく影では守ろうとしてくれる時もあるイレギュラー的存在の側面があった。ほとんどのルートで悲惨な最後を迎えるが、私は黙って従う道理はない。


「アリシア、学園には寮には本当に入らなくてもいいの? その方が楽だと思うのだけれど」

「寮生活なんて息もゲロも詰まりますわ〜! そもそもエンリケに挑めないではないですか!」

「あなたの血の気が多いのは誰に似たのかしらねえ」


 ふふ、と柔らかく笑う母にぎゅっと抱きつく。


「アリシアはお母様とも一緒に居たいのです。わたくしが居なくなったら寂しいでしょう?」

「ええ、そうねえ」


 アリシアの母はゲーム中盤あたりに不慮の事故で亡くなってしまう。そこからアリシアの精神が不安定になり主人公への嫌がらせが激化する場面がある。


 絶対にそんなことにはさせないから。と私はこの世界の運命に歯向かう。だって私の両の手は全てを拾い上げるには小さすぎるもの。だから大切なものだと思えるもの以外どうでもいい。ワルになってでも生き残るのです。


 母におやすみのキスをして、部屋を後にした。

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