SideA 愛国正義の階級制度08

「よし、服を脱げ、カグラ」

「あんた常識が無い奴だとは思ってたけど……ついに見境みさかいさんまでお亡くなりになったの?」

「馬鹿違う。その戒律等兵プライアのマントを貸せと言っている。もしくはお前がいつも持ってるあの紋章入りの懐中時計でもいいぞ?」

「あんたねぇ……人に用があるからってこのくそ忙しいのにわざわざ会ってあげてるのに、どういう了見よ。貸すわけないでしょうが。ましてや、あの懐中時計は戒律等兵プライアの第二位以上の証なのよ」


 宿屋の一室にてカグラは突然の来訪者に大きくため息をつく。二人部屋ということもあり広さは十二分に取られており、その装飾品や家具のグレードからこの宿の質の高さが垣間見える。


 部屋の中央にあるテーブルに雑多に並ぶ書類の数々。それを前に手にした白のカップに劣らぬ純白のワンピースに身を包む女性の姿。にこりとドア前に立つシーアに微笑み、優雅にカップに口をつける。


〈そんなドアの前で大声で話すと他のお客様に迷惑ですよ。せっかくですし部屋に入ってもらったらどう?〉


 ドアの敷居を境に対峙する二人の間に響く声。それを聞きカグラは腕を組み不機嫌そうに声の主、シルビアへと振り返る。


「う~ん、でもこいつがいると仕事の邪魔になるだけよ?」

「安心しろ、用が済んだらすぐに出ていく。私もこのあと忙しいんだ」


〈あら残念ですね。せっかくですからシーアさんにも書類の書き方を教えて差し上げようかと思いましたのに〉


「え? なにそれ? まさかカグラったら今書類の書き方をお勉強中?」

「うるっさいわ。わ、私はただ書類仕事だと集中力が持たないだけよ。書き方なんか教わる必要ないわよ」


〈ふふ、そうですよ。こう見えてカグラったら、文章や字は上手なんですよ〉


「そうは見えない代表格だと思っていたんだけど……」

「ほんと無神経族の代表みたいな奴ねあんたは」

「新手の種族にしないで下さい。まあ、いいからマントを貸してくれない?」

「ったく、何に使おうっていうのよそんなもん借りて」

「ちょっと気になる実験をな?」

「なによそれ? 言っておくけど戒律等兵プライアの紋章もついてるからいくらあなたとは言えそうホイホイ貸せないわよ」

「むぅ……」


 カグラは眼前で頭を抱え困りだしたシーアを見てちらりとシルビアのほうを振り返る。無言でシーアのほうをつんつんと指差し「どうすればいいこれ」と口を動かす。


「うーん、かくなる上は現地調達か。しょうがない……邪魔したな」

「ちょ、ちょーっとまったぁ!」

「うげっ!?」


 何事もなかったかのように背を向けてそのまま去ろうとしたシーア。そのマントを掴み引き寄せたカグラは呆れと疲労が混じる顔をシーアに近づける。


「な、何をする!」

「あんたが黙っていられない不穏なことをいうのが悪い!」

「な、なにも悪いことはしないぞ?」

「それ悪いことする奴の常套句だから」


〈シーアさん?〉


 いつの間にかいがみ合う二人の傍へと移動してきたシルビア。その手にはたたまれた黒いマント。


〈これをどうぞ。カグラの予備のマントですわ〉


「え? いいの?」

「え? それ私の予備のやつ?」


 シルビアに向けられる子供のように爛々とした瞳と不満たらたらな瞳。シーアはマントを受け取ると軽くお辞儀をし、逃げるように走り去っていく。カグラがその背を呼び止めようとしたときにはすでに遠くから足音が聞こえていた。


「な、なんで渡しちゃうのよシルビア!?」


〈ふふ、彼女は悪い子ではありませんしね。大丈夫ですよ、カグラ〉


「う、疑ってるわけじゃないけど、でもいいの? 何に使うかよくわかっていないのに渡しちゃっても」


〈ふふ、どうせ今回の襲撃事件……その犯人の希源種オリジンワンと戦う際にでも必要なのでしょう〉


「え? なによそれ」


 シルビアは予備のマントを取り出すために開いたカグラの鞄を直しつつ、すっとその中から一つの小瓶を取り出す。その中には薄っすらと赤みを帯びた液体が入っており、シルビアが揺らすと渦を描くように液体が波打つ。


〈ねえカグラ? あなたが街中で使用したという催涙薬ティア・リキッドだけど、あれを使用したのはあの子ね?〉


「えぇ、なんでそれを……はっ!?」


 隠していた嘘があっさりとばれ、気まずそうにその場にうずくまるカグラを見てシルビアはくすりと笑う。そしてその頭を優しく撫でたところでカグラが顔を真っ赤にして慌てて振り払う。


「……なんでわかったの?」


〈最初はあなたがうっかり落としたのかとも思いましたが、あなたとシーアさんがすでに会っていた可能性があると読めましたからね。ふふ、久しぶりのはずなのにお互い全然そんな雰囲気じゃなかったですし。これはもうどこかで先に会っていたと。あとは簡単でしょう、それがどこで出会ったのかと想像するのは〉


「あー……うぅ……」


〈ふふ、別にいまさら追及するつもりはありませんよ。おおかた門番重兵ガドナーの第一位様も一枚噛んでいるようですしね〉


 シルビアはなおもふさぎ込むカグラの背をポンポンと叩き、席に戻るよう促す。がっくりと頷くととぼとぼとした足取りで書類仕事が待つテーブルへと戻っていく。


〈まあ、私たちは本来粛正する対象は人族ヒューマンレイスのみ。あなたやスティルを危険な目にあわせてはまずいですし、ここはシーアさんを頼りましょう〉


「はぁ……本当に大丈夫かなぁ。あいつのことは心配しないけど、終わった後ちゃんと返してくれるのかな私のマント。あれを失くしたってなったら……ルーカスに怒られちゃうよ? 私たち」


〈大丈夫ですよカグラ……〉


 シルビアはカグラに余裕の笑みを浮かべる。それを見てカグラもどこかつられて笑顔が戻る。


〈渡したのはカグラのマントですし……たぶん私は知らぬ存ぜぬでセーフですから〉


「なにそれひどい! てかシルビアまでシーアみたいなこと言ってるし!」


〈ふふ、冗談ですよ。その際は一緒にルーカスに謝ってあげますから〉


「うぅ……私悪くないのに……ん? あ……ああぁ!」


 突如大声をあげて冷や汗を浮かべるカグラ。それまでずっと落ち着き払っていたシルビアも驚いたようで、何事かと首をかしげる。


「あ、あはは……あの予備のマント……前盗賊を粛正したときに武器に引っかかっちゃって破けちゃったんだった」


〈え? ええぇ!?〉


「あ、あはは……だからあのマント、紋章の部分が破けてるんだけど、今着てるのがあるしいいかって交換してないままだったや。ははは、どうしよう……」


〈……あとでルーカスとシーアさんにお渡しする謝罪文書から手を付けましょうか、カグラ〉


「うぇえ……だから書類仕事は嫌いなんだってばぁ」


 書類の上からテーブルに力なく突っ伏すカグラ。この後の展開を想像したのか、うーんという悩み声ともうなり声ともとれる声がしばらく広い室内に響き渡っていた。


* * * * * *


 レヌギーヌの山はその麓を森に覆われている。それほど規模としては大きくないのだが、それでもこの森、そしてそこから続く山々に人一人が隠れるとなると探すのは困難である。


 森の中に続く道を歩くクロス、そしてスティル。奇しくも黒髪の男性が二人揃って歩くその先からは森を流れる川の音が聞こえてくる。


「ああ、野営地はあの川の近くでどうですか? スティルさん、ヴィノさん」

「問題ない」 

「はい……構わないです」


 スティルの背後から聞こえた弱々しい声。まるで独り言のように宛先なく呟かれた声にクロス、そしてスティルまでもが苦笑いを浮かべる。


 その幼い少女の見た目とは裏腹に髪は白みがかっている。生まれつきの白髪はくはつとは異なり、本来の艶やかな髪を数多くの白髪しらがが埋め尽くしているのだ。


 どこか生気のない少女、ヴィノは目の下のくまをさすりながら自身を見る二人に目もくれず、どこか遠くを見ている。


「きょ、今日は朝早くからずっと移動でしたから昼はしっかりとりましょう。それからですね、希源種オリジンワンの探索は」

「はい……構わないです」

「じゃあ僕は火の準備をしますから、食材を切り分けるのはお願いしてもいいですか? お二人さん?」

「わかった」

「はい……構わないです」


 まるでその言葉しか知らないかのように同じ台詞を同じトーンで返すヴィノ。スティルが馬にかけていた袋からパンと玉ねぎ、そして干し肉を取り出す。


「肉と野菜は俺が切ろう。パンは任せてもいいか」

「はい……構わないです」


 顔こそスティルへと向けられたが、焦点の合わない瞳はまるで別世界を見ているかのようだ。パンを受け取ったヴィノは自分の袋からナイフを取り出し、うっすらと口元に笑みを浮かべ切り分け始める。


 その様子に火を起こしていたクロス、そして野菜の皮をむくスティルがごくりと喉を鳴らす。二人が何を考えているかは容易に想像できる。"不気味だ"……その一言に尽きるに違いない。


 火をおこし、肉をあぶり、玉ねぎのスライスを小さな片手鍋に入れ……着々と準備が進んでいく。昼食は干し肉と玉ねぎのサンドイッチ。それに余った玉ねぎのスープ。


 自身の手よりも少し小さいくらいのフライパン。そこにスライスした玉ねぎをのせようとしていたクロスがふと二人を振り返る。


「あ、サンドイッチの玉ねぎのスライス……僕は生に近いのが好きなんですよ。皆さんはどうします? よかったら試してみませんか? 玉ねぎの辛みはありますがその分肉やパンが甘く感じられておいしいですよ」


スティルはその誘いにこくりと頷く。ヴィノは……。


「はい……構わないです」

「え、ええっと、生のままでオッケーってことかな?」


 クロスの問いにヴィノのこめかみがピクリと動く。そしてすぐさま小さく首を縦に振る。色白なその肌が仄かに朱に染まり、それを隠すように両手を頬に添える。


「すみません……言葉足らずでした」

「あ、ああいや、そんなことはないよ。よし、それじゃあ玉ねぎと干し肉をパンにはさんで……サンドイッチは完成だね」

「スープのほうもこんなものだろう」


 木皿に盛ったサンドイッチと湯気の立つスープ。目の前で流れる清流を前に3人は食事を始める。


「ふむ、うまいな。これなら玉ねぎを炒めるフライパンもいらんし長旅では楽だな」

「はは、僕も最初のきっかけはそれですね。遠征任務の帰りにもう準備が面倒で玉ねぎを生でのせて食べたんですけど、それが美味しくって」


 二人が笑いながら食事を続ける中、火の傍で黙々とサンドイッチを頬張っていくヴィノ。だが何も言わずともそのどこか和らいだ雰囲気にクロスは安堵し、ヴィノに感づかれないよう顔をそらし、そっと微笑えんだ。



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