SideB テンプレ嫌いの組織ども08
帰るころには時刻は23時近くにまでなっていた。あの後有栖の口直しのため牛乳とアイスを買うためコンビニにも寄ってもらったしこんなもんだろう。あとはどうせ寝るだけだしな……と思ってたんだぞ? もうここからイベントなど起きないとな?
共会荘に戻ると印野さんは挨拶ののち、そのまま小さくあくびをしながら階段を上って部屋へと向かった。まあ彼女も今日は疲れただろうしすぐにでも寝たいのだろうな。
有栖は買った牛乳を飲もうと食堂に向かったので俺も有栖に便乗して買ったアイスでもそこで食べようかと付き添った。今思えばそこでまっすぐ部屋に帰ってアイスを食べてればよかったのだと思う。
「うぅ……ひどい目にあいましたよ。まだ舌がひりひりします」
「一応俺は止めたからな」
「わ、わかってますよう。やっぱりあなたの注意はちゃんと聞かないとですね、ふふっ」
俺の顔を懐かしそうな表情で見てくる有栖。察するにまた何か俺の中のクロス君が過去有栖に何か吹き込んだのだろうか。なんだかそんな顔で見られるとむず痒いというかなんというか。
「まあ、今日はもうさっさと寝るぞ。また明日、トライドの対策を考えないとな」
「そうですね、次は準備万端で挑まないとですね」
「おう、まあまずはまた探さないとだけどな」
「あー、そうですね。見た目は人型でしたけど、どこにいるんですかね」
その後しばらくたわいもない会話をし、食堂を出た。食堂横すぐの101号室で有栖と別れ階段を上り、お布団が待つマイルームへ……さすがに今日はもう俺の安眠を遮るものはないと……ほんと思ってたんですよ?
「うえぇ!?」
「ん? どうしたそんなでかい声で。一応あんな奴らだけどご近所迷惑だぞ夜中に大声は」
「こ……これ……」
有栖はひくひくとひきつった笑みで101号室のドアを指さす。なんだ? なんか貼ってあるな。どれどれ……。
〈同居人の皆様へ。諸事情によりしばらく部屋は各自でご用意をお願いいたします〉
本日残り一時間を切ったところで本日一番の理不尽なやつ。101号室の同居人の皆様もくそも管理人さんと絵芽を除くと一人しかいないだろうに。
「あ、あはは……ほんとシーアさんとエメルさんは仲良しさんですねぇ」
「お、おう……それはなんかもう察したわ」
「あの人たち、たまに二人だけの世界に入って全然周りに目がいかないときがあるんですよ」
「それも今ほど予想から確信に変わったわ」
「ところで十字さん……折り入ってお願いしたいことがあるんですけど……」
「その件に関しましては明日お伺いする形でよろしいでしょうか?」
「ことは急を要しましてですね?」
有栖と俺がにっこりと笑顔のままにらみ合うこと体感1分。実際は10秒ほど。ここで引き下がっては今晩の安眠が害されると俺の直感が告げている。
「いまならまだ印野さんとか起きてるんじゃないかな」
「そ、そうですね。部屋の前に行って電気がついているようなら……」
はい、ダメでした。印野さんはおろか203号室の零華んところも真っ暗だな。お、でも俺のもう片方のお隣さんとこは……。
「おい有栖?」
「あそこはダメです……なんだか危険な香りがします」
「おまえF子に失礼だぞ」
「大丈夫です。あの方はそういうの気にしませんから」
すたすたと一応ドアの前まで行ったが、何やらキーボードを叩くカチャカチャという音が慌ただしくなっている。あと俺の気のせいじゃなかったら俺のよく知らない日本語の数々が聞こえる。
「なんだか賑やかそうじゃないか。F子も起きてるみたいだし、意外と住めば都、泊まればスイートルームかもしれないぞ?」
「そう思うなら十字さんがF子さんとこに泊まって私が代わりに十字さんの部屋で眠るという代替案でどうでしょう?」
「なんで自分の部屋があるのに代替案がいるんだよ……」
「まあ……ここはひとつ何卒折衷案で?」
くそう、こいつ一応俺が男性だとわかってるのか? 見た目幼女でも一応成年女性なんだぞ? 前の世界でどういう関係だったかは追求しないがそれでももっと常識をだな?
有栖はくいくいと俺の服を引っ張り、すっと俺の顔を見上げる。なんだよ……その澄んだ笑みは。
「……信頼してますからね、あなたのことは」
「おま……はぁ、わかったわかった。今晩だけだぞ」
このタイミングでずるくない? その台詞、その表情。俺の観念した声に有栖が小さくガッツポーズをした。
「よかったです……クオリティを使うことにならなくて」
「いまなんて?」
「気を使う必要はありませんよと?」
聞こえたぞクオリティって……こいつまた俺んちのドアを豆腐にしようとしやがったな。
「まあいいさ。言っとくけど布団1セットしかないからこの後じゃんけんな」
「あ、私枕が変わるとよく眠れないかもです」
「お前もう食堂でコーヒーでも飲んで一晩明かすってのはどうだ?」
「えー、あの苦いの私飲めないです。まあ、大丈夫ですよ、私が本気を出せば枕なんてなくてもぐっすり熟睡してみせますよ」
その本気をもっと有効活用してほしいものだ……。ドアの鍵を開け、中に入ると「おじゃましま~す」と意気揚々とした声が背中越しに聞こえた。あれ、もしかしてこいつを不法侵入ではなく正式に家に入れたのこれが初めてじゃないか? ちと照れるな。
「さあ、お布団かけてじゃんけんですね。私としては掛布団狙ってるんで負けませんよ!」
うん、一瞬でもときめいた気がしたけどなしなし。というか明日朝一で管理人さんとこにクレーム入れに行こうそうしよう。目の前で手をグーパーと変えて意気込む有栖を前に早くも明日の予定が決まった。
ちなみにじゃんけん勝負は5回勝負にまで延長されたが、俺の全勝で幕を閉じたことを伝えておこう。
* * * * * *
時刻は朝の9時少し前。101号室のドアの前にて深呼吸。よーし、戦闘準備はオッケーだ。俺は意を決してドアをノックする。
「鬼が出るか蛇が出るか……まあ鬼だろうな」
俺は早くも揺らぎそうになった決意を奮い立たせ、ドアが開くのを待つ。そう、管理人さんへのクレームに来たのだ。俺の部屋でなおも眠り続ける幼女、兼、聖女の有栖をさっさと連れてけとな。
「はいは~い」
俺の予想と違い、ドアの向こうから聞こえてきたのは陽気な女性の声。そして現れたのは……明らかに服のサイズ、主に胸回りなど、を間違えた女性エメルだった。
下着の上からきつきつのブラウス"だけ"を纏ったその姿に思わず目が釘付けになりそうになったが、何とか自制して目をそらす。
「あ、クロス君? じゃなかった、十字君。どうしたの? もしかして有栖というお姫様がいるのに私に会いに? 駄目よ! そんなっ……有栖に悪いわ!」
「ツッコミが追い付かないペースで喋るのやめて。あと、流石にその服どうにかならないんですかエメルさん? さすがに目のやり場に困るんだが」
「ああ、私に会うサイズの服がなくってさ。とりあえずシーアが今日着る予定であっただろう服を拝借して着たわけ」
へらへらと肌を晒しているのも構わずマイペースなエメル。うーん、これはこれでなんか管理人さんや有栖と違った問題のある女性な気が。
「あー、その格好の女性に言うことじゃないが、とりあえず有栖をこの部屋にちゃんと入れてやってくれ。じゃないと宿無し聖女様になるぞ、あいつ」
「え? 宿無し? そういえば昨日は有栖帰ってこなかったけど、何かあったの?」
「なんだ知らないのか? これだよこれ」
俺は少しドアから離れ、表に貼ってある張り紙を指さす。それを見てエメルが苦笑いを浮かべる。
「あはは、シーア……じゃなかった、志亜ったら。気持ちはうれしいけどこれじゃあ有栖が……あれ? でも待って。そのほうが有栖は十字君と一緒に? ハッピーエンド?」
「良くて少女誘拐、悪くて幼女誘拐の罪でバッドエンドしか見えないんだが?」
「ぷっ、あははっ! それは有栖が可哀想だよ。幼女って、あははっ!」
どうもツボに入ったらしく笑いが止まらないエメル。もとからお調子者というか、デフォルトが笑顔みたいな奴とは思ったが、なんか埒があかないな。
「なあ、さすがにあいつだけ邪魔者扱いって方がちょっと可哀想じゃないのか?」
「うん、そうだね……可哀想ってのはあってる。でも、有栖を邪魔者だって思ったことはないよ? 十字君」
「む、そ、それはちょっと言い方が、いや……俺が悪かった」
「あはは、謝らなくてもいいよ。わかってるから。でもね……」
「でも?」
「私が今の姿でいられるのはたぶんそう長くはない。明日の朝にはまた子供に戻って"私"は寝たきりになっちゃう」
「え?」
「だから……我儘を言ってごめんなさい。だけど、今日だけ一日、よかったらまた有栖と一緒にいてあげて、"クロス"君。私も次はいつ戻れるかわからないし……少しでもシーアと一緒にいたい」
それまでの陽気さは消え、悲しみに暮れた笑みを浮かべるエメル。ほんとそういう表情と理由はずるい。叶えてやりたくなってしまうだろうに。
「まあ……せめて今度からは事前に言っておいてくれ。そうしたら零華や印野さんにでも頼めば寝るところぐらいなんとかなるだろうし」
「あれ? そこは十字君宅で甘い夜を……じゃないの」
「
「え? なにそれ興味深いね? あはは、でも、残念だなぁ」
「何がだ?」
「いやね? 一回言ってみたかったんだけどなぁ、"昨晩はお楽しみでしたね?"って。この世界じゃ鉄板ネタだって昨晩志亜から聞いたけど?」
「言わんでいい言わんでいい。てかもっとまともなこと教えろよあの女も」
けらけらとエメルは腹を抱えて笑い、息も絶え絶えに俺のほうを見る。
「まともさをあの子に求めちゃダメだよ十字君」
「まったくもってその通りなんだが、まあせっかくならエメルさんからもあいつにもっと常識というか人の心を教育してやってくださいよ」
「あ、ごめん、無理」
即答かよ。俺が呆れて頭をかいてると「ふーん」とどこか不穏な笑みを浮かべてのぞき込んでくるエメル。
「あ、そうだ、ちょっと待ってて」
「え? あ……」
俺が止める間もなく部屋の奥へと戻っていくエメル。んで……聞こえてくる陽気な声と眠たげな甘い声。
「シーア? シーアが"持ってきたもの"ちょっと貸し出すねー」
「んんー? なーにエメルー。まだ寝ててもいいでしょー」
「はいはいー、寝てていいよー。ああ、あったあった、時計と彼の紋章」
「んー、寂しい……エメルー」
「はいはいー、ちょっと待っててね甘えん坊さん」
なんか聞いてるだけで悶々としてしまう声色での会話はご遠慮願いたい。エメルは何かを手に戻ってきた。
一つは銀製の懐中時計。少し年季が入っているようだが、今もなお時計は動き続けている。背面に刻まれている剣と本が乗った天秤のマークがなんかかっこいいな。
そしてもう一つは名刺サイズぐらいの盾の形をした
「はいこれ」
「え、ええっとなんですかこれ?」
「これから"トライド"と戦うんでしょ? だったら持っていって」
「は、はぁ……」
「その盾のほうはまあもともと十字君というかクロス君のものだし、そのまま持っていればいいよ。シーアが借りたまま拝借してた奴だし」
「はい?」
「その銀製の懐中時計のほうは終わったら返してね? あ、傷もつけないようにね? じゃないと十字君が傷だらけにされちゃうかもだし」
「はい?」
だからツッコミが追い付かないペースで喋るのやめれとあれほど……。てか盾の紋章の方はいいとして、時計のほうは持ち主に呪いをもたらすアイテムじゃねぇかその条件だと。時計ぐらいスマホで今は事足りるだろうし。なんで必要になるかもわからないし。
「よくわからないので返却してもいいですか? エメルさん?」
「あはは、まあ持ってけ持ってけ。それに十字君?」
「ん?」
「この世界じゃ私は絵芽だよ? そこんところよろしくー、あははっ!」
口元に指を立て、ぐっと俺に顔を近づけて言う。その服でそんなに前かがみな姿勢でやると……一種の術式じゃないかという破壊力がある。まあHPは減るどころか増える気分だけどな。
「あーっ! え、エメルー! 私の服っ!」
部屋の奥からブラジャーだけつけた上半身をのぞかせ叫ぶ管理人さん。俺と目が合うと頬を赤らめ、目を細めてじとーっと睨んでくる。そこに殺気などはなく、どうっていうことはない、ただの人をゴミでも見るかのような目つきというやつだ。あ、MP減った気分。
「にゃははっ、私はシーアとは違ってちゃんと服を着て客人の相手をする
「その格好も
俺と管理人さんのツッコミが重なる。あれ、なんかデジャヴ。
「えー、ちゃんと服着てるのにー」
「と、とりあえず、今日一日は他で宿を探すよう有栖には言っときますよ」
「うん、面倒をかけるね。このお礼はいつかちゃんと有栖の体で……やだ十字君ったら」
「はは、とりあえず今の台詞も有栖にもれなく伝えときますよ」
「言わなくていいからっ! ご内密に!」
ほんと恐ろしいぐらいに朝からテンション爆超だなおい。まあ、事情は知らないがずっと長いこと"眠っていた"らしいから、少しはしゃぎ気味なのかもしれない。
「あ、もし私が戻るのが先になったら延長よろしくね? 延滞料金とかいうのはなしでね!」
うん、やっぱ元からテンション高いんだろうなこの人。
俺は訳も分からず渡された懐中時計と紋章を土産に、部屋へと帰った。どうせ外に出たなら近くのコンビニで朝飯でも買ってこればよかったか、と思ったがまあせっかくなら有栖を起こして一緒に行くか。
「厨二感満載なこの時計や紋章持ったままコンビニにはいけないわな」
絵芽が渡してくれたこれらは何に使うのか。"トライド"と戦う際に必要みたいなことを言っていたが……。
自室のドアを開けると玄関からでも見える有栖の姿。部屋の隅でなおも掛布団をまとい丸くなっているが……部屋主の俺よりも惰眠を貪るその幸せそうな
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