SideB テンプレ嫌いの組織ども07

 食事も終わり、しばし歓談中。まあ、客もまばらだし少しぐらいならいいだろう。というか有栖が絶賛ワンコお冷チャレンジよろしく水を口に含んでは飲んでを繰り返している。だからあれほど無茶はするなと・・・言ってはいないか。


 それに、気のせいか外を見るとなんだか渋滞気味だ。時刻はすでに夜10時を回っている。ここら辺は大学が複数近くにあるいわゆる学生街というやつだ。案外この時間は遊びに出歩く学生たちで混むのか?


 ふと耳を澄ますと微かに聞こえるサイレンの音。これはパトカーかな? もしかして近くで事故でもあったのかもしれない。これはもう居座る理由としては十分だな。


「そういえば印野さん」

「ん? なんだ?」

「以前公園で聞きそびれたんですけど、"天恵ブレージング"ってなんですか?」

「ああ、有栖からは聞いてないのか」

「はっはっは、有栖は重要な説明をよく忘れる術式の持ち主ですから」

「んっ!? んーっ!」


 なおも口に残るダメージにまともに口も開けないようだな。まあ、さっき氷を口に含んでたし、それを見越しての台詞だがな!


天恵ブレージングというのは印章術式を使うために使用される対価だ。そうだな、体が疲れると体力が減るというだろう? そして体力がなくなると動けなくなる。それと同じで印章術式を使用すると体に宿る天恵ブレージングが消費され、空になると術式は使用できなくなり、展開している印や紋章は消滅してしまう」


 あれだ……エムピーってやつだな、まさに。ここにきてようやく馴染みある設定が出てきた感。


「回復する方法とかはあるんですか?」

「ああ、眠れば治るぞ。寝ている間に徐々に回復するんだ。それ以外だと……よし、ないな」

「いや、なんか隠してません? というか無かったことにしましたよね?」

「あ、有栖に聞け有栖に! 私から……その……そんな恥ずかしいこと言わせるな」


 はい今日一番の天魔族ダークレイス可愛いいただきました。もじもじと手を組み俯くその仕草、男性の8割以上は萌えますから。でも悲しいかな、答えが聞けなかったな。まあ、今度有栖に……。


「んえぇ!? んん?」


 目が合ったがどうやら有栖もなんだか顔を真っ赤にして照れているようだ……まあまだ辛さと戦っているということにしておこう。


「ちなみに天恵ブレージングの残量みたいなもんはどうやって……あ、俺だと"ステータス"でわかるのか」

「それ以外にも印章術式を使える者は体のどこかに残量を示す星の紋章が現れるはずなんだが、お前はどこにあるんだろうな」

「へぇ、そんなのがあるんですか。帰ったらシャワーのついでに探してみるかな」


 ん? 何やら有栖が俺の服を引っ張っている。んでちょんちょんと俺の背中、いや、首根っこをつついている。


「ああ、そんなところにあったのか」

「うげっ、そこだと俺が見えないじゃん」

「ふふ、まあ有栖にでも随時確認してもらうんだな」

「え~、有栖さんのエッチ~」

「んんっ!? んー! んー!」


 冗談だから。そんなに顔これ以上赤くすると倒れるぞ有栖……いやほんとごめんて、睨まないで下さい。


「うひっ!?」


 首元を何かが這うような感触に思わず背筋がピンとなる。どうやら印野さんが俺の首根っこを確認するため服をずらしたのだが、その際に指がつつーっと俺の弱いところに。思わず変な声も出ちゃったし恥ずかしい。


「ふむ、三角形、いや、別れた六芒星(ヘキサグラム)……三芒星(トリグラム)というやつだな」

「なんだか半端っぽいですね……」

「印章術式は使用するたびに星の頂点と頂点をつなぐ線が一つずつ消えていく。それがすべて消えてしまっては術式は使えなくなる」

「あー、それだと俺は三回使用すると使えなくなるってことですか?」

「少し違うな。先ほども言ったが最後の線が消えるとその瞬間に紋章は消えてしまう。つまり最後に使用する術式は発動と同時に消えてしまう」


 え、なにそのあと一回あると思わせての罠。仕様まで悪魔的なんかい。


「なんか一回損した気分ですねそれ」

「ふふ、だが、"ライトライト"ならば描いてからしばらくは持続するぞ。あれは描いた紋章が力を発揮するというよりはその線そのものに力が宿っているからな。まあ、天魔族ダークレイスの中でも基本中の基本の術式にして最後の砦ともいえるな」

「ああ、俺も今日ライトライトにはお世話になりました。結構丈夫ですよねあの線」

「ふふ、ちなみにこの術式を最も使いこなした奴は人族ヒューマンレイスだったな」

「え? そうなんですか?」

「ああ、奴は、いや、奴だけがこの術式の"制限"をぶち壊した。人族ヒューマンレイスゆえに使える術式もせいぜい一つか二つが関の山なのだが、その一つであるライトライトが奴は異常だった」

「はは、俺もこのライトライトしか使えないみたいですし見習わないとですね」


 さて、そろそろ食事も終わって有栖の口以外は落ち着いた頃だし、帰らないとな。あまり長いしたつもりはないが気づいたら客はもう俺たちしかいないようだ。


 てか、今から帰ろうというのになんだかパトカーのサイレン音が徐々に近づいてくる気がする。それにバイクのやかましいエンジン音も聞こえてくる。どっかの馬鹿が交通違反でもして追われてんのか?


 再度外に目を向けると渋滞は解消されていた。いや、それどころか車一つ通っていない。なんだ、やっぱり事故でもあったのかもしれないな。そう思って出ようかと立ち上がったとき、"やつ"はいた。


 バイクにまたがる全身黒のライダースーツ。そしてフルフェイスのヘルメット。これだけならさして違和感はないんだ。だがその背にベルトで固定されている双刃剣(ダブルソード)はこの世界とはアンバランス。というか異常だし違法だ。


「ちっ、伏せろ有栖!」


 トライドが何かを投げる素振(そぶ)りを見せたので咄嗟に背を向け、身を屈(かが)めている有栖を庇う。背後から聞こえるガラスの割れる音。そして俺の横に投げ入れられたのは……布切れにくるまれた石?


 フロアにいたスタッフは慌てて厨房の方へと戻っていった。おそらく警察にでも通報に行ったのだろうが、たぶんすでに奴は警察に追われていたのだろう。パトカーの音が一層強くなっていく。


「やつめ……こんなところまで」


 印野さんの怒りに彼女の髪が風に吹かれたかのように刹那ざわつく。無理もない、昼間は奴のせいで危ない目にあったし、それに……命に別条はないとはいえ、響をやってくれた礼もあるしな。


「んっ! んんぃあん! ほえ!」


 相変わらず口を閉じたままなので何を言っているかわからないが伝えたいことはわかる。有栖は投げ込まれた石、それを包んでいた布を広げ俺たちに見せる。


『山頂に向かう道 そこで殺してやる』


 山頂……山頂……ああ、この先の山間(やまあい)にある大学のキャンパスに続く道のことか。確かにこの時間なら学生もいないし邪魔も入りづらい。それに、あそこは確かぐるぐると構内を走れる環状道路。はは、お互い乗り物に乗って殺り合おうという気だろうか。


「上等だ……いくぞ! 十字! 有栖!」


 走り去っていくトライドを見て印野さんが車のカギを手に俺たちを顎で促す。有栖もどこか表情をこわばらせているが俺を見て力強く頷く。それを見て俺も大きく頷き返す……力無くな。


「そうだな……今日はやめとこう」

「よし、そうと決まれば早く……え? 今なんて?」


 しばしの沈黙。印野さんは心なしか少し口元が引くついてるように見える。まあ、ちょっと落ち着いて考えてほしい。


「いや、そもそもあいつの都合に合わせる必要ないし、どうせどこかで待ち伏せして奇襲でもしようって魂胆だろう」

「あ、ああ、そうだろうな。だがそんなもの私がこの手で……」

「いやいやいや、印野さん運転手ですし、手を離せないですよね?」

「そ、そうだが……え? 本当に行かない気か?」


 トライドの挑発に少し冷静さを欠いていた印野さんがどうでしょう……なんだかいっそうと冷静じゃなくなった。なんなら混乱しているように見える。だが、俺も言うときは言うぞ。というかわかったんだ……もうノリや勢いでセオリー通り戦ってたら命が一日三回までオッケーでも足りない。


「こう考えましょう印野さん。なぜ格上のあなたがそもそも格下のもとに出向いてやる必要があるのかと!」

「む、そ、それはたしかにそうだが……いやいやいや、でもだな」

「あいつが俺たちの優雅な晩飯時を邪魔した上に挑発してきやがったんですよ? ここはおちょくってやってもいいんじゃないでしょうか」

「あー……それはちょっと愉快だな。ふふ、暗い道路で待ちぼうけか」


 お、ちょっと印野さんの表情に笑みが戻った。しかも邪悪なやつな。


「よし……帰るか」

「帰りましょう」

「んぇえ!?」


 はい有栖君、口は閉じてるけどお静かに。せっかく帰れるんだし。俺は依然困惑中の有栖の頭にポンと手を添えにっこりと微笑む。んで帰り支度を済ませ会計に向かおうと離れていく印野さんを確認し、有栖に囁く。


「俺、今印野さんと響の能力をセットしてるだろ? んで印章術式はあと一回が限度だし、詠唱術式のハウリングもあいつすばしっこいしそもそもまともに食らってもダメージが入ってないみたいだったし。今日はいったん退くぞ」

「ん~……」

「お前が嫌だといってもまあ今回は勝ち目ないだろうし、問答無用でお前を担いででも逃げるぞ。だから……ん?」


 なんだろう、有栖がポカンとした表情で固まっている。呆れたというよりは単純に驚いているようだ。だが、しばらくしてそっと俺の服を掴み、くいくいと引っ張る。どうやら同意してくれたみたいだが……いったい何だったんだ今の間は? 顔をそらされているせいで表情が見えない。


「会計を済ませたいが店員が来ないな」

「まあ立て込んでるみたいだし金だけおいて行きますか。どうせ客も俺たちだけだし、店員たちもあの襲撃のせいで客の対応どころじゃないでしょうし。なによりもたもたして警察に来られるとま~た事情聴取くらいますし」

「ふふ、それは御免被りたいな。さすがにあれは日に何度も受けたくはない」


 一応俺が店内に響くほどにばかでかい声で叫ぶ。会計カウンターに金を置いておくぞってな。店員さんの「すみませ~ん」という慌ただしい返事も聞こえたし、もういいだろう。


 店を後にし、印野さんの車に急ぎ乗り込む。駐車場を出てしばらく道なりに進んだところでちょうどパトカー数台が俺たちのいた店へと入っていくのが見えた。ふう、なんとかセーフだったみたいだな。

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