SideA 愛国正義の階級制度07

「へー、会議が終わって真っ先に出てったと思ったら……こうしてまた俺たちを招集するわで何事かと思ったっすけど、その話が本当なら話は早いっすね」

「うむ……せっかくこれだけ戦えるものが集まっとるんじゃ。さっさと行って倒してしまわんとの。まーたうちの拠点や街中で暴れられると面倒じゃ」


 椅子に深くもたれかかり、足を組む男性。黒いマントの下に着込んだ紺のスーツは高級感を感じさせる上質さが伺える。それをだらしなく着こなすその男性はちらりと横に立つ少女、カグラに目を向ける。


「昨日はさぼった……と思ってたんすけど、いい仕事したじゃねぇっすか、カグラ」

「ふふん、まあ会議に行くよりも不審者の取り締まりのほうが私には向いてるからね、ルーカス?」


 カグラはふふんと鼻を鳴らし、得意げな表情を浮かべ椅子に座るルーカスを見下ろす。それを見て最初は笑っていたルーカスだが、徐々にその表情がどこか冷たさを帯びていく。


「ちなみに、情報では街中で周囲に市民がいるにもかかわらず催涙薬ティア・リキッドを使用したと聞いてるっすけど、本当っすか?」

「え!? あ、あれは……そう、門番重兵ガドナーの第二位に追い詰められた不審者が街中で市民を巻き込まないよう……ね?」


 無言のままカグラを見つめるルーカス。疑惑に満ちたその視線にカグラは目を背けなかったとはいえ、冷や汗がだらだらと流れている。それを見てルーカスの横に座っていた女性がくすくすと口元に手を当てて笑う。


〈うちの子がご迷惑をおかけしたようで。でもまあ、私も市民の無事を考えるなら手っ取り早く催涙薬ティア・リキッドで市民への眼を奪うことを優先していたかもしれませんね〉


 大人数が囲む円卓の中心から聞こえるおっとりとした口調の女性の声。それを聞きちょうど声の主であるシルビアの対面に座っていた黒髪の男性が苦笑いを浮かべる。


「あはは、まあ市民優先なのは構いませんが、もう少し犯人寄りに投げて欲しかったですかね。僕も少しくらっちゃいましたけど、さすがは戒律等兵プライアの支給品、その効果を身で感じましたよ」


〈それはいけませんね。後でカグラにも正式に謝罪させにいかせますわ、クロスさん〉


「うげげっ!?」


 各組織の重鎮が揃う厳かな場に響く場違いな子供らしい声。カグラはシルビアを見てその満面の笑みにぎょっとする。全力で笑っているが内心は穏やかでないのが容易に見て取れる。


 シルビアを見ていても状況は変わらないと思ったようで、泣きそうな表情のままカグラはクロスを見つめる。その瞳はさながら雨の中捨てられている子犬。無論それを見たクロスも何かを察したようで、シルビアへと相変わらずの苦笑いのまま向き直る。


「そこまでは不要ですよシルビアさん。僕はこうしてピンピンしてますしね。それよりも……」


ドンッ!


 机に叩きつけられた踵の衝撃に重々しいその円卓が揺れる。退屈だと言わんばかりに舌を打つこの場の中では若く見える金髪の男性。まるでライオンのたてがみのように逆立つ髪は彼の怒りを体現しているようにも見える。


「悪いなクロス、あんまり上っ面を気にしてのやり取りは俺は嫌いなんだ。さっさと本題に入ろうぜ」

「……いいですよレングスさん。ラグーンさんもいいましたが、これだけの精鋭がそろってるんですからちゃっちゃと片付けちゃいましょうか」


 怯む様子もなく憮然とした態度のレングスに笑みを向けるクロス。それを見てラグーン、そしてルーカスが口元を緩ませる。


「どうっすか? お互いどの組織にも非が無いことは分かったみたいですし、ここは共同戦線というのは?」

「共同戦線?」


 レングスとクロスの重なる疑問の声にラグーンがにやりと笑う。


「どの組織も害を被ったわけじゃし、その希源種オリジンワンとやらに一矢報いたいのは同じ。ならばこその共同戦線かの? ルーカス」

「はっはっは、そんなんじゃねぇっすよ。ただの早い者勝ち防止……三組織に対し犯人はお一人様みたいっすからね。下手に各々が動くと誤って潰し合いフレンドファイア……なんてことになりかねねぇっすからね」


 漂う気だるそうな雰囲気とは裏腹に、ルーカスの目は爛々とラグーン、そしてレングスへと向けられる。


「はん、いいんじゃねえのか、なあ? アグロの旦那」

「ふむ……」


 レングスの横でまっすぐに背を伸ばし座る気品を感じさせる初老の男性。アグロは口に手を当て目を細める。その目は発案者のルーカスへと向けられるが、その視線に感づいたルーカスはにへらっと表情を緩め、横にいるシルビアと何やら小声で話しかけている。


「いいんじゃないでしょうか。確かにルーカス殿のおっしゃる通り各々が動いていては効率も悪いですし、"間違い"も起きないに越したことはありませんしね。構いませんよね? 聖女様」

「そうですね、ここは手を取り合うべきでしょう、この国の平和と市民の安全……そして法に背くものの粛清のために」


 その幼い見た目からは想像できないほどに落ち着きはらった態度でアリスはこの場にいる全員を見回し、深々と頭を下げる。


「どうか、お力をお貸しください、皆様方」

「頭を上げてくだされ聖女様。こちらとしても人手不足なもので、共同戦線というのは助かるわい。のう? クロス?」

「はは、まるで僕がこの後の共同戦線の門番重兵ガドナー代表みたいに言ってくれますね」

「みたいじゃないわい。わかっとろうが、お前は犯人を見ておるんじゃ。他のものでは後れをとるやもしれんし、任せたぞい」


 ラグーンはそう言ってドカッと椅子の背もたれによしかかり、出されていた紅茶の入ったカップを手にし口をつける。クロスはやれやれと頭を掻き、同様に出された紅茶を飲む。


門番重兵ガドナーからは第二位様っすか、はは、だったらスティル、うちからはお前がいくっすよ」

「うむ」


 ルーカスの後ろに立ち、それまで置物のように一言も発していなかった長身の男性スティルは静かに頷いた。だが、それを見たカグラが慌ててルーカスの肩を掴む。


「わ、私が行った方がいいんじゃないの? ほ、ほら? "勾玉"で犯人の場所も追えるしさ?」

「"レヌギーヌの山"にいるのはもうわかってるんすから、カグラにはこのあと会議に出なかった分しっかり働いてもらうっすよ、主に内勤業務デスクワークをね」

「な、なんでよ! レヌギーヌの山近辺は森も連なってるし、無闇に探すとなると大変だし困るでしょ!?」

「ふふ、門番重兵ガドナー戒律等兵うちからは戦力要員を出してるんすよ。だとしたら探索要員は……ねえ? アグロさん?」


 ルーカスがどこか煽るかのような笑みで円卓に肘をつき、組んだ手に顎を乗せアグロを見据える。その射貫くような視線にかすかに口の端をピクリと震わせ、アグロはコホンと咳き打つ。


「いいでしょう、巡回騎兵わたしどもからは"ヴィノ"を出しましょう。彼女の鷹見眼イーグル・アイがあればレヌギーヌの山ぐらいの広さであればそう時間もかからず"見渡せる"でしょう」

「ははっ、さすが豊富な人材が揃ってるっすね巡回騎兵クルーラー様は。まあ、今回はラグーンさんも出張らないみたいですし、トップは楽させてもらいましょ、ねえ? レングスさん」


 ルーカスの明らかにつくったとわかる笑顔にレングスは再度舌打ちをし、立ち上がるとそのまま部屋を出て行った。それに続くようにアグロも無言のまま彼を追いかけるように席を外す。


 二人が出ていくその背を見送ったのち、どこか不慣れな色目づかいでカグラがぴたりとルーカスの傍に身を寄せる。


「る、ルーカス? 思うんだけど私まだ犯人の仲間とかがこの王都にいるとまずいなあって思うのよ。見回りとかももっと人手を増やして行ったほうがいいんじゃないかなーって思うのよ?」

「あはは、あきらめるっすよカグラ。なんせ今回の共同戦線の人員配置はシルビアの意見っすからね」

「うえぇ!? シルビアの!?」

「スティルはフィールドワーク、カグラはシルビア指導のもとたまってる報告書類をさっさと片付けるっすよ。王都に提出する書類もため込んでる見たいだし、ここで片付ければまたわざわざ王都に書類を提出するためだけに足を運ぶ必要もないっすからね」

「そ、そんな~」


〈カグラ……〉


 身を寄せ合うように近づいていたルーカスとカグラの間に響く穏やかだがどこか威圧的な声。その言葉にルーカスは苦笑、カグラは単純に苦いものでも口に放り込んだような渋い表情を浮かべる。


〈あなたの自由気ままな性格は嫌いではないですが……やることをやらないのもまた人ではなく獣と同じですよ? そして私たち戒律等兵プライアは獣には……〉


「だーもうっ、わーかーりーまーしーたー」


〈ふふ、そう不貞腐れないで。ちゃんと仕事が終わったらお菓子ぐらい出してあげるわよ〉


「ほんとっ!?」


 シルビアは瞳を閉じたままこくりと頷くとゆっくりと立ち上がり、ルーカスに向かい小さく会釈すると部屋を出ていく。その後ろを子猫のようにちょこちょことした足取りでついて出ていくカグラ。


「女性陣は相変わらず仲良しさんっすね、ねえスティル」

「……」


 ルーカスの会話に一向に応える様子のないスティルにルーカスも頭を抱えて乾いた笑い声を漏らす。そして立ち上がるとぐっと背伸びをし、扉へと向かい歩き出す。


「そいじゃあ今回は俺は楽させてもうらうっす。そっちは任せたっすよスティル。くれぐれも油断するんじゃないっすよ」

「……ああ、言われるまでもない」


 ルーカスがどこか意気揚々と部屋を出て行ったのち、彼がどいたことで空席になった椅子に座り、無言のままクロス、そしてクロスと話をしているラグーンのほうを見つめる。それに気づいたクロスは話を中断し、スティルの方へと歩み寄る。


「スティルさん、今回は共同戦線ということでよろしくお願いします」

「うむ、よろしく頼む」

「おそらく今アグロさんがヴィノさんを連れて戻ってくるでしょうし、そしたら旅の準備に行きましょう」

「そうだな」

「馬で行けば半日ほどでつくでしょうが、現地ですぐに見つかるとも限りませんし準備はきっちりしていきましょう。それに、今回は組織持ちですし少しくらい食事の質を上げても文句は言われないでしょうしね」

「……そうだな」


 無愛想というよりは話しなれていない雰囲気のスティルだがクロスはさしてそこに気を遣う様子もなく、にっこりと笑みを浮かべる。そして、椅子に座ったまま自分たちを眺めるように見ていたアリスにもにこりと微笑む。


「聖女様も今回の共同作戦の許可、ありがとうございました。はは、相手は中々に一筋縄では行かない希源種オリジンワンですし、外部の力を借りれるのはありがたいですよ、うちとしては」

「……そうですか、それは良かったです。でも、気を付けてくださいねクロスさん。スティルさんも、くれぐれもお怪我だけはなされないよう気を付けてくださいね」

「善処します」

「絶対に……絶対ですからね」


 それ以上何も言わず、どこか不安な表情を浮かべたままアリスもまた部屋を後にした。その背を見たまま棒立ちになっていたクロスの背に響く小気味よい音、そしてひりひりとした痛み。


「お主ならまあ大丈夫じゃろうが、まあ戻ってきたらわしんところは後でもいいからしっかり他の組織の方々にも報告に行っておけよ」

「は、はい。それはいいんですけど少しは手加減してくださいよ。鎧越しでもだいぶ痛かったですよ今の」

「はっはっは、手加減と辛気臭いのは嫌いなんじゃよ、それじゃあわしは拠点に顔も出したいし先に行くぞ。拠点の修繕状況と……ついでに訓練でもつけてやるとするかの」

「……手加減ですよ? ラグーンさん」


 去り際のアリスが浮かべていた不安に不満を足したような表情のクロスにラグーンは声を出して笑った。


「お前こそ、相手は希源種オリジンワン……うちのものも死人こそいないが負傷したものもいる。手加減なんぞいらんからの……やつらには」

「ええ、わかってますよ」


 最後に表情を引き締めて警告をしたラグーンはすぐさま元のように表情を緩め、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。


「相変わらずだな、ラグーン殿の手加減のできない強さは」

「はは、僕からするとルーカスさんのようなタイプのほうが怖いですよ。考えが読めないですからね」

「ふ……案ずるな。あいつは考えているようで何も考えてないぞ」

「はは、そう見せるふりをしてそうでまた怖いんですよね、彼の場合は」

「ふふ……深読みしすぎだ」


 その日初めて見せたスティルの笑みにクロスもまた笑みで答えた。

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