SideB テンプレ嫌いの組織ども06

「響、大したケガじゃなくてよかったですね……あ、次の信号左折です」

「……そもそもあいつには"ヒーリングウェーブ"がある。まあこの世界でも応急手当ぐらいにはなるし、心配などする必要がない」


 むすっとした表情でハンドルを握る印野さん。言葉ではああいってるが、対向車のライトに照らされるたびにその紅く染まる頬が見えて思わず口元が緩みそうになる。まあ、あまり突っ込むのも野暮というものか。


「はは、そうなんですか。それよりも、車出してもらってすみませんね……あ、この先しばらく道なりです」


 さすがに運転中はホワイトボードでの筆談はできないが、今日はそういえば朝からずっと普通に喋ってくれている。なんとなくだが、大人数の中でしゃべるのが苦手……とかなのかな。


「気にするな。あまり外食をする機会もないし、かえっていい店を教えてもらえて助かる」

「ふふっ、そういえば十字さんと食事に行くのもこちらでは初めてですね」


 後部座席から顔をひょいっとのぞかせ、有栖がうきうきとした表情を見せる。そういやそうだっけか。いや待て、"こちら"とか言ってたな。


「覚えてないんだが、元の世界では俺は何度も外食に連行されてたのか?」

「そこは素直にご一緒したでいいんじゃないですか?」

「うーん、元の世界だと俺って門番重兵ガドナーとかいう組織の人間だったんだろ? いまさらだけど、俺とお前はどういう関係だったんだ?」

「え!?」

「なんでそう驚くんだよ……あ、次の信号右折です」


 俺が不審な表情をしているのを見て、くすりと運転中の印野さんが笑っている。有栖はというと絵に描いたような慌てふためく様子が見て取れる。うーん、俺の本能が告げている。これ以上つっこむとめんどくさそうだと。


「まあ、言いたくないならいいさ。それより、そろそろ着くぞ。いい加減顔引っ込めておとなしく座っとけよ」

「そ、そうですね、ははは……」


 明らかにばつが悪そうな様子だが、ほんとどんな関係だったんだよ。まさか専属護衛とかやらされてたんじゃないだろうな……いやでもそれなら有栖がいた聖教所属の巡回騎兵クルーラーがいるか。


「ふふ、リトルマーメイド……いや、ロミオとジュリエットの方が近いか、なあ有栖」

「ま、摩子さん! しーっ! しーっ!」


 なんだか印野さんが楽しそうに呟き、それを制止しようと有栖が指を立てて慌てている。ロミオとジュリエットか……聞いたことぐらいはあるがあれってたしか恋愛ものだった気が。


「そ、そんなんじゃないんですからね、十字さん」

「お、おう……その言葉、信じとくぞ」


 くそう、さっきの響の振りの報復だろうか。どこか印野さんが小悪魔的な笑みでこちらを見ている。さすが悪魔を祖とする種族だわ。今後あまりからかうのはやめとこう。


「それにしても、よかったな、有栖」

「な、なんです摩子さん?」

「……もう一人の友達のことさ。まあ、おかげで共会荘の住人全員が晩飯難民になったわけだが」

「あ、ああ、エメルさんですね。そうですね……シーアさん、本当に嬉しそうでした。本当に良かったです」


 エメルの復活……それはシーアにとっては何よりの悲願だったらしい。確かにあのバイオレンスな女があそこまでしおらしく、そして子供のように泣きじゃくる姿を拝む日がこようとは。ここだけの話だが、正直あの泣き顔には男性心をくすぐられた思いだ。


 あの後さすがに幼女用の服だけではまずいのでエメルには俺の上着を貸した。んでそれを着てシーアと共会荘へと帰っていったわけだ。正直命拾いして万々歳だったんだが……そのあとにまた面倒ごとがいろいろあったわけで。


 残された俺たちは響を病院に連れて行き、警察に図書館での不審者襲撃の件を報告し、事情聴取を受けた。どうやら奴はすでに警察内では有名人のようで、死人こそ出してはいないが他の場所でもガードマンや警察官を襲撃しているとか。ニュースでも取り上げられていたらしいし、こりゃ新聞やニュースも見るようにしないとな、希源種オリジンワン対策に。


 んで、話を戻すが警察を出て共会荘に戻ると食堂に張り紙が貼ってあった。


〈住人の皆様へ。諸事情によりしばらく平日の朝・夕食は各自でご用意をお願いいたします〉


 偶然その場にいた零華やどら子が何事かと首をかしげていたが、有栖がエメルのことを伝えると秒で納得していた。あの食の申し子、どら子までもが……だ。まあ、まだ聞いたわけじゃないが、元の世界でのシーアとエメルの関係がなんだか想像がつく。


「1年くらい……いえ、この世界に来てからも含めると1年と半ぐらいですかね、彼女が"眠って"から」

「私たちがこの世界に来てもう半年ぐらいになるのか……早いものだな」

「そうですね。この世界にこんなにも順応できているのがなんだか不思議です」


 この世界に来て半年……あれ? 以前見せてもらった新聞記事だと別の世界線での火事は確か一か月ほど前、ちょうど有栖が俺の家に過剰訪問を始めたころなわけだが。こいつらはそれよりも前にこの世界に来ていたということか?


「なあ有栖? お前ら共会荘の火事のタイミングでこっちの世界に来たんじゃないのか?」

「ああ、あなたは一番最後にこの世界にやってきたんですよ。そしてその瞬間にまた以前より来ていたこの世界に変化が起きた。そのおかげでまあ私たちも十字さんの存在に気づけたわけですが」

「変化?」

「ええ、以前お見せした共会荘の火事ですが、あの記事を読んだときは驚きましたよ。私たちが住んでる場所で火事なんて起きていないはずなのに、新聞に書かれていて」

「どういうことだ? わかるようなわからないような……」


 この世界はなんだか都合を合わせるために色々とせわしなく変化しているようだが、だとしたらそんな記事の存在は残さないはずだが。


「ふふ、十字さんのコンティニューが働いたんですよ」

「はい?」

「あなたの登場であの火事の日が繰り返された……そしてそこからあなたという存在がこの世界にやってきたことを悟りました。あの新聞記事はおそらく入れ替わる前のあなたの前の人物が手にしていたもの。そう、あなたがこの世界に合流する際に持ち込まれたものです」


 うーん、持ち込まれたといっても俺新聞は読んでないしとってもないし。ああでも待て……一度だけ新聞を共会荘に持ち込んだ覚えがある。


 あの日は確かバイトシフトの交代が重なって……長時間の夜勤明けで結構睡魔がひどかったな。んで、売り物の朝刊を一部陳列の際に落として踏んづけて……。


「あの日か……たしか朝刊を一部ダメにしてしょうがなく買い取って持ち帰ったんだっけか」

「ええ、そして読んでもいいから捨てておいて欲しいと食堂に置いて行ったんですよね? それを志亜さんが部屋に処分のため持ち帰ってきて……ふと私がそれを見て気づいたんですよ」

「ふふっ、あの日は大騒ぎだったな、お前は。"クロス"がこの世界にやってきたと……今日のシーアと同じだったな、あの時のお前は」

「ま、摩子さん!?」

「ああ、言わない約束だったか。ふふ、悪い悪い」


  今思うとあの時の微睡まどろむような睡魔。あれが俺がこの世界で元の人格を上書きする瞬間だったのだろう。そしてあのとき手にしていた新聞も本当は商品じゃなく別の世界線からの持ち込まれたものだったのか? うわー……だったら買い取る必要なかったじゃんかよ。うん、我ながら発想が貧乏だわ。


「それにしても、印野さんや他の住人たち、あと管理人のあの女や絵芽とは何度も食堂で顔を合わせていたけど、お前はいなかったよな?」

「え?」

「いや、だってお前が俺んちに来たのは一か月くらい前だろ? あの宗教勧誘みたいな怪しさ満載の挨拶でさ?」

「そんな風に思われてたんですか……あのとき」

「いやだってさあ……あそこは初対面だし普通は"はじめまして"から入るだろうよ」

「……"はじめまして"じゃないでしょう私たちは」


 不貞腐れる有栖はそのまま視線を窓の外に向ける。なんだか一気にテンションが下がり、機嫌もよろしくないようだ。取り繕う隙を見いだせず、少し気まずくなり俺も前へと視線を戻す。その横で印野さんがちょいちょいと俺に耳を貸すよう手招く。


「なんですか?」

「後で謝っておくといい」

「え!? 悪いの俺なの?」

「まあ、お前が悪いとは言わないが、有栖が不憫だからな」

「不憫?」

「ああ……ずっと"お前が来る"のを待っていたからな」


 そういって視線と姿勢を前に戻す印野さん。目的の店につき、駐車場へと入っていくためハンドルを回す。


「お二人さん、仲よさそうに何をお話してたんですか?」

「ん? ああ、別に何も」


 視線をこちらに向けず、頬を膨らませた有栖の声は随分と苛立っている。あれ? 返事間違えたこれ? どうしたものかと思ったが駐車を終え、エンジンを切った印野さんがすっと後部座席でなおも不貞腐れる有栖へと笑みを向ける。


「そうだ、大したことじゃない。ただこの後どう有栖に謝ればいいのかと十字から相談を受けただけだ」

「うえぇ!?」


 変な声出たわ。いやだって、ねえ? 突然身に覚えのないことを……ああ、もしかしてこれは助け舟というやつか。印野さんはすっと俺にも微笑み、先に車を出ていく。車に残された俺と有栖だが、有栖は顔を外に向けたまま降りる気配がない。


「そうか、色々と待っててくれたんだな」

「なんのことですかね」

「まあその理由をもう少し説明できるようになったらあらためて謝ってやるよ。そうだな、今日のところはデザート一品奢りで怒りを収めてくれよ」

「……待つのも放っておかれるのももう嫌なんですからね」


 ぽつりと聞こえるか聞こえないかのぎりぎりのラインで呟いた後、有栖はそっと車を降りた。俺が車を降りる頃には印野さんは店の入り口前に立って俺たちを待っていた。


 俺とその横に並び無言のまま歩く有栖。その手がそっと俺の服の端を掴んでいたようなので、まあ有栖の歩幅に合わせゆっくり歩くのが正解なんだろうな。


* * * * * *


「十字さん? この店のおすすめは何ですか?」

「そうだな、初めてなら炒飯チャーハンは絶対食べておけ。この店のはマジで一度は食べておかないと人生の損だぞ」

「ふむふむ……あ、でも炒飯といっても色々あるんですね」

「おう、シンプルにノーマルなのもいいがまあ折角いろいろあるしそこは好みでいいんじゃないかな。どれもうまいと思うぞ」

「私は……この"地獄の業火炒飯ヘルフレイムライス"というのにしようかな。見た目も名前も可愛らしいしな」


 印野さんが指をさす見た目も料理名のフォントも真っ赤なそのチョイスに俺と有栖はしばし苦笑。それを見て首をかしげる印野さんに気付き俺と有栖はすぐに視線をメニューに戻す。


「わ、私はこの五目炒飯にします。あ、から揚げ頼むのでよかったら皆さんも食べませんか? たぶん私一人だと持て余しそうなので」

「あー、それなら俺が唐揚げ付きのセットで頼むからそれ分けてやるよ。ちょうど3つついてくるし一人一個ずつでどうだ?」

「あ、それなら私もセットにすれば一人二個ずついけますね」

「むぅ……私の頼むやつだと唐揚げのセットはないのか……あ、でもこの"阿鼻叫喚地獄巡りアビスヘルツアーセット"だと私の頼む炒飯でもちょっと辛口の唐揚げがついてくるみたいだな」


 印野さんの指さすメニューについてる炎のマークが本来5段階がマックスのはずなのにその倍マークがついてて大炎上している件について……。俺と有栖の喉がゴクリと鳴った。


「く、車も出してもらってますし悪いですよ! あ、そうだ! 餃子も頼みますよ俺。1皿6個なんでこれも2個ずつ分けるとなんだかんだ結構いい量になるんじゃないですかね」

「あ、あはは、そうですよ摩子さん。あ、十字さんがさっき私の分デザート奢るって言ってくれたので、摩子さんも何か頼んでくださいよ。その分は私が奢りますので」

「むう、なんだか悪いな。まあでも、ここはお言葉に甘えるとしよう。ああでもデザートは奢らなくてもいいぞ。さすがにそこは自分で出すから」


 印野さんはそう言ってメニューのデザートのページを探しぱらぱらとメニューをめくっている。その傍ら、彼女に見えないよう俺と有栖は今日一番の連携、そして互いの健闘を称え大きく頷いた。世界よりも食卓を守るのに本気出す俺たち……はは。


 その後、注文を取りに来た店員に各々自分の注文を伝えていったわけだが、印野さんは照れながらメニューの写真を指差し注文を伝えていた。俺の勘だが、注文を取っていた店員は男性だったが絶対彼女の仕草に萌えてただろうな。まあその後注文の品を見てぎょっとしてたようだったけど。


「摩子さんそういえば今日はホワイトボードは持参してないですね」


 お、有栖が気になるところを突っ込んでくれた。印野さんは有栖から窓の外へと顔を向ける。ガラス越しの夜の闇に映るその笑顔はどこか自嘲じみている気がするのだが。


「あ、あれはまあその……なんだ。私は緊張すると声がちょっと小さくなるからな。ま、まあ一応は私も境界を分かつものアナザーディメンションだし。他の国のものに舐められたらだめ……らしいからな」

「あ、あはは、境界を分かつものアナザーディメンションってのは大変なんですね。あ、俺もそういやそうだっけか」

「まあ元の世界じゃある意味各国の代表みたいな位置づけでもありましたし、私から見ても各国の皆さんはいろいろと大変そうでしたね」

「大変というか……まあ、面倒なだけだったな」


 憂鬱そうに窓を見るその横顔はどこか絵になるのだが、それ以上に目の前に運ばれてきたブクブクと沸騰するマグマのような真っ赤なあんかけのかかったこれまた真っ赤な炒飯。その地獄絵図ぶりに残念ながら俺と有栖の視線は釘付けだ。


「ふふ、みんな揃ったし、重たくなるような話は忘れて食べるとしよう」


 俺と有栖は印野さんがすました表情でその禍々しい料理を口に運ぶのを息を飲んで見守る。彼女は口に入れたその見た目劇物炒飯を静かに咀嚼し、ごくりと飲み込む。そしてうんうんと満足げに何度も頷く。


「あ、あはは、どうですかお味のほうは」

「うむ、この世界で食べた料理の中でも悪くない、いや、実に私好みの味だ。だが……」

「な、なにか?」

「少し辛みが足りないな。ふふ、まあ家族連れも多いし、子供に合わせた味付けなのかもしれないな」


 俺が知る限りこの炒飯の辛さに耐えれる子供は存在しないと思われるんだが……天魔族ダークレイスの子供はもしかして悪魔の味覚をお持ちなのだろうか。


 悶々と想像を続ける俺の横で有栖が恐る恐る印野さんの炒飯を見つめており、それに気づいた印野さんがすっと地獄の業火のような赤い料理の乗った皿を有栖に差し出す。


「なんだ? 味が気になるのか? ふふ、よかったら一口どうだ? まあ、この程度なら辛いのが苦手なものでも大丈夫だろう」

「か、辛くないんですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 有栖はそっと横目で俺に同意というかGOサインを求めてくる。もちろん俺は首を横に振った……振ったのに有栖は好奇心に敗れ、その差し出された料理を手にしたレンゲで口へと運ぶ。


 カチャンという音とともに卓上に落ちた有栖のレンゲ。ああ……いわんこっちゃない。有栖は瞳を潤ませ、顔を真っ赤にしながら口を手で覆っている。


「……むぐっ!? むー! むぅううう!」

「あはは、大げさだぞ有栖」


 なんだろう、必死に水を飲み返事もままならぬ有栖。それをけらけらと笑う印野さんがどこか悪魔的に見えた……うん、天魔族ダークレイスを舐めてかかったら死ぬなと思いました。


 俺は近くを歩いていた店員をつかまえ、注文してあった有栖のデザートをできるだけ早く持ってきてくれるようお願いした。すまん有栖……これ以上は俺力になれそうにないわ。


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