SideA 愛国正義の階級制度06

 しわがうっすらと浮かぶその顔つきこそ歳を感じさせるが、鎧の継ぎ目からのぞき見える鍛え抜かれた肉体は老いとは無縁のようだ。そして、その背には優に2メートルはあろうかという戦槌ウォーハンマーが担がれており、一層この男性の剛健さを物語っている。


 装備の重量を感じさせぬ軽快な足取りで襲撃者、そしてその前で自身を振り返るシーアとカグラへと歩み寄り、男性はにかっと笑った。


「そっちはルーカスんところの不良娘か」

「な、不良娘とは失礼ね!」


 横でうんうんと大きく頷くシーアを肘で小突き、プイっと顔を背けるカグラ。


「そっちの仮面のは……あー、もしかして聖女様んところのやんちゃ娘か」

「誰がやんちゃだ誰が」


 横で指をさし笑いをこらえるカグラの頭をつかみぐりぐりと拳で挟むシーア。


「それで……そっちの巡回騎兵クルーラーっぽいのが噂の不審人物とやらか。ははっ、探す手間が省けて助かったぞい」


 男性は場違いな陽気さで無防備に近づいてくるが、敵は何かを察知したのかじりじりと後ずさる。


「貴様……強いな」

「ん? なんじゃわかるのか? はっはっは! まあ、これでも門番重兵ガドナーの頭を張っとるしの。弱くはないと思っとるぞい」


 腰に手を当て大声で笑う男性。それを見て顔を近づけひそひそと話すシーアとカグラ。


「ねえ、"ラグーン"が来たわけだしもう私たち帰ってもいいんじゃない?」

「うーん、あの希源種オリジンワンは"私の狙ってる"のとも違うみたいだし……それもありだな?」

「はっはっは! 聞こえとるぞ悪ガキども。まあこれが終わったら茶ぐらい出してやるし少し待っとれ。何でここにいるのか、その経緯もじっくりと聞きたいしの」


 笑った表情とは裏腹にどこか威圧を感じさせる重みのある声に二人はごくりと喉を鳴らす。


「おい、私はワンチャン今なら仮面もかぶっててはっきりと顔を見られたわけじゃないし、逃げてもしらを通せる気がするんだ」

「あんたねぇ……あ、ちょっと5秒待ってて」

「うん?」


 カグラは振り向くとシーアを指さしにっこりとラグーンに微笑みかける。


「ラグーン? これ、シーアだからそこんところよろしく」

「ん? まあそうじゃろうとは思っとったぞ?」

「オッケー……というわけで5秒前と状況変わったんでその辺よろしくぅ!」


 どやっと決めポーズ付きでシーアに向き直るカグラ。それを見てシーアはカグラの襟首をつかむ。それに負けじとカグラもシーアの襟首をつかむ。


「お前ふざけるなよ!」

「あはははは! こうなったら一緒にお茶していこうじゃない! さっき付き合ってあげるっていったじゃない」

「そんなお茶会まっぴらごめんだから!」


 大声で罵り合う二人を見てラグーンはぽりぽりと頬をかく。そしてなおも自身への警戒を続ける襲撃者へと視線を移す。


「さて、あの二人以上にお前さんには聞きたいことがある。そうじゃのう……まずは反省の意も込めて正座するところからでどうじゃ?」


 ラグーンの台詞が口火となった。本気と言わんばかりの俊敏な動きでラグーンへの距離を詰める襲撃者。そしてあわやぶつかるという距離まで詰め寄り、そこから急速に向きを変え、ラグーンの傍らを過ぎ背後へと回る。


「ふむ……おまえさん、竜承ドラゴナイズ持ちだったか」


 それはまるで大人と子供の構図。襲撃者の全力の一撃を武器で受けるでもなく、ただむき出しの手の甲で防いだラグーン。それはまるで子供がじゃれて振り回す棒を軽くあしらうかのような光景。


「悪いの、"鍛えすぎてしまって"そんな攻撃は痛くもかゆくもないんじゃ」


 にっこりと笑い、すっと腕を引いたかと思うとそのまま正拳突きを放つラグーン。それを腹に食らった襲撃者は勢いよく吹き飛び、縁石を越え城壁から落ちていく。


「あ、しまった! ちと飛ばしすぎたかの!?」

「相変わらず加減を知らない奴だな、お前は」

「どうすんのよ……さすがに死んだんじゃない? あれ」


 シーアは襲撃者が落ちていった城壁の縁まで行くとふと城壁の外を見下ろす。


「死んではいないようだな……いや、ダメージが入ったのかも怪しいところだ」


 城壁の外に広がる平野にあるべき襲撃者の姿はなかった。地面を蹴るように素早くその場を後にしたのだろう、点々と不自然にえぐられたような小さな跡が城壁から離れるように続いている。


「ふん、逃げおったか」

「逃がしたの間違いじゃないのか? あれは」


 シーアは仮面を取り、あきれた表情で悪態をつく。その言葉に周囲の門番重兵ガドナーたちはどよめき、カグラはぎょっとした表情でシーアを、そして無言のままにっこりと笑顔を浮かべるラグーンを見遣る。


「さて、それじゃあお前さんたちがここにいる理由を聞かせてもらえるかの」

「さっきのやつと街で出くわし追いかけてたらここに来た。それだけだ」

「ふむ……そうなのか? カグラよ」

「え、ええ! そんなところね! まあ、あんたのところの部下だけじゃ大変そうだからしょうがないから共闘してあげたのよ」


 口元は笑っているがその瞳はいつの間にか険しさを帯び、相手の真偽を探るかのように鋭く光っている。それを見て冷や汗を浮かべすごすごとシーアの後ろにさがるカグラ。


「やっぱあのおじじ苦手。なんだか昔いた教育係の爺やに怒った雰囲気が似てて……」

「なんだ、じゃあラグーンが教育係につけばお前の素行も改善され……」

「そんなの嫌っ!」


 ラグーンは城壁の縁石にどっしりと腰を下ろし、辺りでなおも緊張から直立姿勢を維持する門番重兵ガドナーたちを見回す。


「まあ、うちの連中だけでは危なかったのは事実じゃ。礼を言うぞ、カグラ」

「え、ま、まあ、貸しだなんて思わなくてもいいわよこのくらい。朝飯前なんだから!」

「おい、さっき貸しを作るとかなんとか言って……むぐっ」


 カグラが羽交い絞めの体勢からシーアの口を塞ぎ苦笑いを浮かべる。


「あはは……首と胴体がおさらばしたくないわよね? 黙ってなさい」


 今日一番のカグラの猫なで声と首もとに這うカグラの爪の感触にシーアが大きく首を縦に振る。それを見てカグラが突き放すように抱擁を解くと体勢を崩したシーアはふらつく足取りでラグーンの方へと倒れそうになる。


「はっはっは、わしを前にその態度の変わらぬ豪胆さ。お前らも見習ってもいいんじゃぞ?」


 ラグーンがゆっくりと門番重兵ガドナーたちに視線を向けるも見られた門番重兵ガドナーたちは気まずそうに目を背け、かぶっている兜越しに頭をかく。


「この国を守ろうという気持ちだけはあるが、まあそれに伴う実力、心の強さがまだまだじゃの。もっと訓練に励めよ、お主ら」


 ラグーンのどこか困った口ぶりに門番重兵ガドナーたちは一斉に敬礼をし、城壁の損害の確認や逃げた襲撃者の落ちたあたりへの捜索を始める。


 そんな世話しない人波の中、ラグーンの目がまっすぐにカグラ、そしてシーアへと向けられている。それを見た二人がしょうがないと小さくうなずき、腰かけているラグーンのもとへと向かう。


「やれやれ、やはり門番重兵ガドナーにももっと戦力が欲しいところじゃの。明らかに巡回騎兵クルーラー、それに戒律等兵プライアと違い戦力が足りておらんわい」

「お前だけで巡回騎兵クルーラーのあの"馬鹿6人"や戒律等兵プライアの第2位以上と対等に渡り合えるだろう」

「ははっ、そうじゃな、言い方が悪かったわい。儂以外の人手が足りとらんのじゃよ。どうもこやつらは儂を門番重兵ガドナーの象徴と崇める傾向がある。"尊敬をする"のはいいことじゃが、"崇拝"は駄目じゃ。それは追いつこうという気概がないということじゃ」


 親が子を見るような穏やかな瞳で辺りを行きかう門番重兵ガドナーたちを見つめ、すっと俯くラグーン。それを見てカグラはどう励ましたものかとシーアのほうを見るもいつの間にかシーアは再び仮面をつけ、その表情が読めなくなっている。『なんでよ?』とカグラが睨むもシーアは手を横に広げ『わからない』という仕草で応える。


「え、ええっとほら、あんたの所の第二位の! あいつがまだいるじゃない」

「ああ、"クロス"か。まああいつは儂への崇拝はないが聖女様への崇拝がのう。そのうち巡回騎兵クルーラーに移籍でもしたいというんじゃないかとあれはあれで頭が痛いところじゃ」

「ああそういえば今日もその聖女様と街をふらついてたみたいだぞ」

「ふむ、そうなのか?」


 反射的に応え、シーアは内心ひやりとする。カグラも横でシーアを肘で小突き、その失態を咎める。


「まあどうせお主らのことじゃ、街でさぼってるところにあの襲撃者を見かけて追いかけたというところじゃろ」

「うぐっ!」


 今度はカグラが核心を突く言葉に動揺の声を漏らし、仮面をかぶったシーアの無表情の視線を向けられる。


「わ、私は巡回、そう、街を警備のためまわってたのよ!」

「菓子を食いながらな」

「ちょっ! シーア!」


 慌ててシーアの両肩をつかみ、その体を揺さ振るカグラ。仮面の下からは微かに漏れた笑い声が聞こえてくる。その様子にラグーンもプルプルと体を震わせていたが……。


「くっ、はっはっは! 相変わらずの素行の悪さじゃの、カグラ。それでよくもまあ法に律せよと謳えるもんじゃの」

「ほんとにな」

「あ、あんた裏切ったわね!」

「いやぁ、よく考えたらお前は仕事があるのに街をぶらついていたが、私はそもそも仕事でも何でもないからさぼりとかじゃないんだよな」

「むぅ! そーいうこというなら、あんただってあんな屋根の上で聖女様やクロスを隠れて追跡して、不審者そのものじゃない!」

「なんじゃ? そんなことをしておったのかお主?」

「お、おい待て! あれは偶然、そう、偶然あそこに居合わせてだな? あっ……」


 カグラがそっとシーアの仮面を外し、にんまりとした笑みを向ける。その傍らのラグーンもどこか悪だくみを思いついたような顔を浮かべている。


「おいカグラ。おぬしあの襲撃者に"勾玉"はつけたのか?」

「もちのろんよ!」

「ふっふっふ、カグラよ? わしはこの後今回の襲撃の件と犯人について聖教と戒律等兵プライアどもに報告に行こうと思うんじゃ。どうせまだ王都にいるじゃろうしの。そこでなんじゃが……お主は会議に向かう途中偶然屋根上にいる不審者を見かけ追跡。そして襲撃の瞬間に立ち合い、その後の門番重兵ガドナーの拠点を襲撃の際に救援した……というシナリオでどうじゃ?」

「おい待て。その屋根上の不審者がなんだか襲撃した犯人と同一っぽく見られないか」

「そうね、そして門番重兵ガドナーの拠点での戦闘で苦戦が続く中、駆け付けた門番重兵ガドナー第一位の協力で犯人を撃退。その際にあなたの指示で犯人捕縛への布石を打ったというシナリオでいいかしら?」

「おい、なんだか功績だけ二人で山分けして不名誉な部分だけ私に押し付けていないか?」


 カグラとラグーンががしっと眼前で握手を交わす。それを見てシーアが頭を抱える。


「これがお偉いさん特有の悪だくみとか言うやつか」

「あらシーア? 報酬が欲しいなら私が琥珀糖をあげるわよ?」

「さっきも言ったが茶ぐらい出しちゃるぞ?」

「なんだか割に合わない報酬だな」


 不満から大きくため息をつき、どかっと地面に腰を下ろすシーア。それを見おろす二人の笑顔に一層あくどさが増していく。


「いいじゃない、あなたどうせ組織にも属さない一般人なんだから。功績や名分なんていらないんだし」

「そうじゃぞ。というかカグラ第二位様の話がほんとならお主お縄ものじゃぞ?」

「そうね、戒律等兵プライア門番重兵ガドナーの合同尋問が始まるわよ?」


 そういってシーアの両肩をがっしりと掴みにやにやと覗き込むカグラ。


「おう、牢屋なら空いとるし使ってもらって構わんぞ」

「だってシーア。しばらく宿代タダっていう報酬もつけてくれるってさ」

「それ食事ついてこないダメな宿泊先だろ!」

「茶ぐらいつけるぞ。自白剤入りのな?」

「わかったわかった! 私はそもそも今回の件には居合わせていなかった! それだけ保証してくれるならもう好きにしろ!」


 『勝った』と言わんばかりの笑みのままハイタッチをするカグラとラグーンにシーアはそのまま大の字になって倒れた。


「これだから組織というやつは……」

「あんたも入りたくなったら私に言いなさいよ。口添えぐらいしてあげるわよ」

「おう、門番重兵ガドナーも大歓迎じゃぞ? 人手が欲しいのはほんとじゃからの」

「誰が入るか……誰が」


 力なくがくっと首を横にし、死んだふりのように目を閉じるシーア。その様子にカグラとラグーンが大声で笑い声をあげた。

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