SideB テンプレ嫌いの組織ども05

「十字さんはまだ動けないでしょうしここで絵芽に付き添っていてください。力及ばずながら私も向こうのお手伝いに行きますので」

「待てい!」


 離れようとする有栖のバッグを掴み事なきを得ようと逃げる聖女様を捕まえる。喉を詰まらせたようなくぐもった声を上げる有栖。その小さな体で俺の制止を振り切れるわけがあるまい。


「お前はこっち担当だ。むしろ俺もう役に立ちそうにないし先に帰って皆の無事を祈ろうと思う」

「い、祈るなら聖女の私が!」


 目の前の激しいつばぜり合いに負けてないと思うぞ、この醜い責任転嫁の擦り付け合い。


「摩子、緊急事態だ。二人がかりで行くぞ」

「ちっ、仕方ない。足を引っ張るなよ」


 そういって印野さんは手にしていた剣を一本響に放り渡す。


「剣か……できれば"グレイブ"の方が助かるんだがな」

「贅沢を言うなら返せ」

「いや……感謝するぞ、摩子」

「……ふん、口ではなく手を動かせ」


 美男美女ペアでなんだかいちゃついてるみたいで軽く嫉妬。んでそっちに混ざれないことにものすごく嫉妬。二人は普段の様子からは想像できぬほどの息の合った動きで敵へと斬り込んでいく。


「あ、私今から先に志亜さんのところに言って説明してきますよ。絵芽とここで待ってて下さいよ」

「いやいやいや、それなら俺が竜承ドラゴナイズでパパっと行ってくるって。響のおかげでだいぶ楽になったしな」

「そんなこと言って家に帰るつもりでしょ? そうはいきませんからね十字さん!」


 くそう、ときたま見せる剛力で俺の腕をつかんで離さない有栖。向こうのペアと違い普段通り息も意見も合わないやり取りだがなんか泣けてくるな。


「ちっ……さすがに2対1では分が悪いか」


 印野さんと響から距離をとると剣を地面に突き立てるトライド。また変身かと思ったが……どうやら様子が異なるようだ。


「しょうがない……」


 トライドは再度剣を振り上げ、そのまま地面に突き刺す。再度繰り広げられる変身。そして……現れたのは巨躯の姿。手にした極大剣グレートソードをぶんと横に薙ぎ払い、接近を試みていた二人を牽制する。


「悪いがそろそろお遊びは終わりだ」

「ふん、でかくなったところで勝てると思っているのか」

「ああ、俺たちに脅しは聞かんぞ」


 印野さんと響は奇しくも同時に剣先を敵に向け、にやりと笑みを浮かべる。頼もしい限りだが、なんだか違和感を感じる。


 敵は剣をすっと腰に下げ、居合切りでも行うかのように深く腰を落として構える。それを見た二人が受けて立つといわんばかりに今にも突撃せんと前のめりに構える。


「私は首を、お前は胴を狙え」

「わかった、合わせよう」


 そのやり取りののち二人はクロスするかのように走り出す。相手の左右に分かれ、攪乱を狙ったのち飛び掛かる。


「……何故だ」

「何のつもりだ?」


 二人に襲い掛かったのは迎撃の一撃ではなく違和感。二人の狙い通り、敵の首元と心臓部に突き刺さった剣。だが、敵はまるで二人の剣がまるで見えなかったかのように微動だにせずそれを受けた。それが二人の圧倒的実力によるものならよかったが……。


「悪いな……私は剣士であってもう剣士ではない」


 剣が刺さったのをものともせず、手にした剣で力強く薙ぎ払う。それがカウンターとなった。印野さんは深く刺さった剣を手にしていたため、その場をすぐに離れようとしたが敵が力を込めたことですぐに剣が抜けなかったのだろう。そのほんのわずかな遅延が回避の妨げとなった。


 大きく下がるがそれでもそこは敵の手にした極大剣グレートソードの間合い。印野さんが舌打ちし、なんとか抜いた剣でいなそうと剣を縦に構えるが……どう見ても無理だ。


 それをとっさに判断したのは俺だけではない。響は手にしていた剣を捨て、後ろから印野さんを抱きしめ、くるりと敵に背を向ける。


「"シールドフレーズ"!」


 敵の手にした剣と響の間に見えない壁状の歪みが発生する。だが、敵の渾身の薙ぎ払いはその壁もろとも響たちを吹き飛ばす。壁がなかったら二人仲良く真っ二つだったかもしれない。それを考えるとナイスな判断ではあったが、それでもダメージは深刻だ。


 吹き飛んだ二人はごろごろと転がるように吹き飛び、激しくフェンスへと衝突する。


「ちっ……あれでダメージがないだと……。というかいつまでくっついてる! そろそろ離れろおま……おいっ! "ベルーゼ"!?」


 自身を抱きしめていた響の抱擁をほどき、その姿を見て青ざめる印野さん。やばい……頭を打ったのか、流血している。おまけにどこか他にも痛めたのだろう、その表情は苦痛に耐えようと必死な形相をしている。


「ば、馬鹿かお前は! あんなの私一人でも……ああいや違う、だ、大丈夫か……おい!?」


 そこにいるのはいつものどこかおどおどした彼女の姿。涙を浮かべた瞳で自身を身を挺して守った響を見下ろし、何度も"ベルーゼ"という名を叫んでいる。


「認めよう。剣の腕は貴様たちが上だ。だが、それでも今の私に負けはない」

「くそっ! ハウリ……」


メキッ!


「ぐっ……なんだよ……これ」

「十字さん!」


 突如俺の足元が隆起し、体勢が崩れる。俺は不自然に高く盛り上がった地面、そしてその先で俺に向け手をかざす巨躯の姿を睨む。


「後学として……いや、冥途の土産に教えてやる。それが"アースプロテクト"というやつだ」

「せ、精霊術式!?」


 俺の背後で有栖が表情を曇らせる。こんな芸当を持ってやがったのかよ、くそっ!


「そうだ……兄はアース系統の精霊術式。父は竜化術式の竜承ドラゴナイズ。そして私が剣尾猫ソードテールキャットの変異術式。互いに信じた正義と種族は異なるが……それでもこの国のためにと鍛えた力だ」


 トライドは手にした剣を地面にそっと突き刺し、姿を変える……本来の姿、小柄な体型へと戻っていく。そして剣を地面に突き刺さしたままヘルメットに両手を添えたかと思うとすっと脱ぎ捨てる。


「それも今や全て我が復讐のための力。私が属し……信じ……そして裏切った戒律等兵プライア! そしてそれに従いとち狂った正義を掲げた者たちをほふるための力!」


 ヘルメットの下から現れたのはまだ幼さが残る少女の顔立ち。ブロンズヘアーのボーイッシュなショートカットで一見すると美男子にも見える。だが、その眼は人のそれと異なり、真っ赤な眼球に浮かぶどす黒い瞳が見るものを戦慄させる。


 とりあえず男性女性どっちかと思ったが、おそらく女性なのだろう。潤んだ瞳はどこか泣きじゃくる少女のそれ……そう、先ほど見た絵芽の泣き顔を彷彿とさせた。


「さあ、引導を渡してやる! 私の邪魔をしたことを悔いて死ね!」


 手にした剣を俺たちに向かって突き出すトライド。狙いは動けない響と動こうとしない印野さん。俺はようやく力の戻った足を動かし、二人へと駆け寄る。それを見たトライドもこれ以上時間をかけるつもりはないといわんばかりに向かってくる。


「じゅ、十字さん! 無茶です!」


 俺は一足先に二人のそばによるとポンと印野さんの肩に触れ、なおも響の名を呼び続ける彼女を横目に二人の前に躍り出る。そこに振り下ろされるトライドの凶刃。俺に刃を受ける武器はない……だが、受ける術はある。


ガキンッ!


 俺の眼前で制止する刃。それを受け止めたのは空中に浮かぶ輝く直線。


「貴様……それは」

「おう、"ライトライト"って言うんだ。後学として……いや、冥途の土産に教えてやるよ」

「……いや、知ってはいるんだが、それをお前が使えるとはな」

「あ、ご存じでしたか、はい」


 俺の決め台詞……ほんとしまらないな。俺がガクンと肩を落とすその前で刃が消え、俺は反射的に左手を縦に振り線を描く。それと同時に響く衝突音。


「せ、セーフ……」

「しつこい!」


 しびれを切らした敵が大きく剣を振り上げる。俺を守る"ライトライト"共々両断しようと思ってるんだろうが……俺のほうが早い!


「至近距離でお見舞いしてやる! "ハウリング"!」

「ぐっ!」


 もろに真正面から空間の歪みに飲み込まれ、そこから生まれた衝撃に地面とさよならしたトライドが吹き飛んでいく。奴が衝突した落下防止のフェンスが激しく軋み、めり込むほどの威力だ。流石にノーダメってわけには……いくんかい。


 地面に落ちるとすぐさま何事もなかったかのように受け身を取り、服についた汚れを払う敵の姿に思わず舌を打つ。


「しつこい奴だな」

「ふふ……並の剣士ならあれで決着はついていただろうに、気の毒だな」

「そう思うなら詫びの菓子折りでも持って来い……いや、もう来るなよな」

「おかしな奴だ……強いのか弱いのか測りかねる」


 悲しいことに、先ほどの会心の一撃の成果を一切感じさせぬ足取りでこちらへと歩み寄るトライド。背後の印野さんも依然響を抱き上げ取り乱したままだ。あれ? これやばくない? というか詰んでないか?


「さあ、今度こそ覚悟はいいか」

「死ぬ覚悟なんざできるかボケ!」


 脳裏によぎるコンティニューという言葉。ああ、不思議だな……死ぬっていうのにこれほどまでに強気でいられる俺自身が。


 トライドが剣を振りかぶり、俺の首目がけその刃を振る。有栖の言葉に鳴らぬ悲鳴が聞こえた気がした。ああ、目の前が真っ暗になっていく……。


 また目が覚めたら今日という日のやり直し……のはずなんだが、もう目を開けていいのかこれ? なんか前回の寝ぼけ眼でのやりなおしと違ってやけに脳がすっきりとしたままなんだが。


「とりあえず、今は失せろ、"トゥーレ"。私はお前に用はない。用があるのは……ここにいる"エメル"以外の四人だ」


 あ、今更なんか目の前に浮かぶ思い出たち。そうだな、死んだことにして潔くリセットしたい。そんな俺のささやかな願望をぶち壊す側頭部を襲う衝撃と痛み。


「し、"シーア"さん!」


 目を開けると空が広がっていた。俺は大の字になって地面に転がっているようだ。なるほど……目を瞑ったままの無抵抗の俺を蹴り飛ばしやがったなあの女。


 視界に映った管理人さん、もとい、シーアは怒りで血走るどころの騒ぎじゃなく、その肌のいたるところにまるで血管のような赤い紋章が浮かび上がっている。なんだよあれ……。


「貴様、まさかあの時の……"シーア"か!?」

「もう一度言う……失せろ」


 うわぁ、あの威圧だけで並大抵の人間ならぶるって逃げ出すか気を失いそうだな。その眼差しがこの後俺たちに向けられると思うともう俺がトライドの代わりにこの場から失せたいんだけど。


「なるほど、あのときは立ち合いに努めた貴様が……この世界では私に引導を渡し……いっ!?」

「余計なことは言わなくていい」


 目の前で今起こったことを簡潔にお伝えすると、喋ってる途中のトライドさんの胸ぐらをつかんだシーアが力任せにトライドをぶん投げた。んでトライドはまるでボールのように飛んで行き、すでにもう見えない。どんな腕力だよ……。


「し、シーアさん……落ち着いて下さい。絵芽はこうして無事ですし」


 シーアの登場に顔をくしゃくしゃにしたまま押し黙る絵芽。その両肩に手を添え、有栖が訴えかける。うん、さりげなく絵芽を盾にしているぞあの聖女。


「しあー……しあー……絵芽よくわかんないけど……ここにいたの」

「……」


 絵芽の呼びかけにシーアは無言を貫いたまま絵芽、そしてその後ろに立つ有栖のほうへと歩み寄る。これで怒りを収めてくれればと淡い期待を抱いたが……甘かった。


「わ、わわっ! た、タイムタイム!」

「おいよせっ!」


 二人の前に立ち、シーアがふと手を伸ばしたので絵芽の頭を撫でて大団円かと思った。だが、その手は有栖の胸ぐらを掴み引き寄せる。それを見て制止に入ろうと膝をついたところでガン見され、鮮やかに正座へとスライドする。


「アリス……この世界では私は"何もしない"つもりだ。それはわかるな」

「は、はい」

「私がこの世界であまり好き勝手すると元の世界の二の舞だ。それは私もわきまえている。だが……それでもエメルに危害が及ぶなら私は世界よりもエメルを優先する」

「うぅ……すみません。まさか絵芽が、いえ、エメルさんがついてくるだなんて思ってもなかったので」

「そ、そうだぞ! 言っとくけど俺たちが連れ去らったわけでも頼んでついてきてもらったわけでも……」

「それがどうした……それが故意であれ偶然であれ何であれ……エメルが私の手の及ばない場所で危機に晒されていい理由などない」

「お、おいそれめちゃくちゃ理不尽じゃ……ないでしょうか?」


 俺の話してる最中に体感温度10度近く下がるレベルの怖い目つきと尋常ならざる殺気を向けてきたシーア。そりゃあ後半敬語になってもしょうがない。


「そうだ、世界は理不尽だ! 私を嫌っている! だから……だから壊してやった。私からエメルを奪ったあの世界……この世界も私からエメルを奪うというのなら……」

「う、奪うというのなら?」


 咄嗟に聞き返してしまったが有栖が必至な形相で俺を見てくる。ごめんって、そういやお前今現在地イコール爆心地だったな。シーアはにやりと狂気じみた笑みを浮かべ、首を傾ける。


「何度だってやり直してやる……エメルを取り戻すまで。何度でも、何度でも、何度でも!」


 とりあえず目の前で笑うこの女がぶっ壊れた思想の持ち主だというのは分かった。だが、ぶっ壊れてるのはおつむだけじゃない……シーアの足元から伸びる影。それは人ならざる異形の化け物を形どり、炎のようにゆらゆらと揺らめいている。


 その影を見る俺の視線に気づいたシーアは自分の影に目を落とし、そっと有栖をつかんでいた手を放す。有栖は慌ててシーアから離れ……いまだ正座中の俺の背後へと回り隠れるようにしゃがみ込む。


「ど、どうしましょう十字さん」

「どうするったって……なんで状況が刻一刻と悪化してるんだよ。なんだかまだトライドの方が相手をするのが楽な気がするんだが」

「私もそう思います……」

「そこは嘘でもそんなことないですよって言ってほしかったな」


 たとえるなら負けイベント。どうあがいても絶対に勝ち目のない戦闘。まだあの女の術式を聞いたことはないが、それでも全く勝てる気がしない。


「ぐっ……ここは?」


 ようやく目が覚めたのか、響。どうせならそのまま気を失っていたほうが幸せだったかもしれないという状況だぞ。あと、気をつけろよ響。そろそろ顔を真っ赤にした印野さんがお前を支える腕を離すだろうから。


「うおっ!?」


 それまで響を抱き起こす形で抱擁していた印野さんがばっと胸を隠すようにして響に背を向ける。それすなわち響を支える力がなくなり、地面に再度帰っていく響。


 横たわったまま頭を押さえ、いまさらながら印野さんに介護されていたことに気づいたようで。小さくため息をつく。


「面倒をかけたようだな」

「ま、全くだぞ! でもまあこれで貸し借りなしだ」

「……そうか」

「そ、そうだ!」


 もしかしてこの二人実は仲がいい? あれ、これは印野さんが俗にいうツンデレというポジションの? ねえ?


「これでちょうど当事者全員が起きたようだな……」


 あ、真っ赤だった印野さんの顔が一気に青くなってる。あと響がなんかうつらうつらと気を失いそうに見えるが俺にはわかるぞ。あれは"ふり"だと。


「さあお前ら、選ばせてやる。首ちょんぱとギロチン刑……あるいは首と胴体がお別れする……どれがいい?」


 どれも嫌だしどれも同じじゃねぇか。なんだか依然勝てる気はしないのだが、それでもどうやら体は動くようだ。はは、恐怖でぶるって動かないってお約束はなしか。


「どれも選ぶ気はない。というか選ばされる理由もないだろうが。頭冷やせ。あと俺がいだいていた清楚で可憐な管理人さんのイメージをついでに返せ」

「……臆してないのか?」

「馬鹿にするないまもなお絶賛ガクブル中だ。だが、何もしないでも死ぬなら動いたほうが得だろう。あと……」

「あと?」

「仮にもてめぇの同居人に脅しかけるなよ。後々気まずいだろうが」

「じゅ、十字さん……」

「もしそれで居場所なくなって俺んち来る割合増えてみろ……今でも過剰訪問なのにマジ許さねぇぞ」

「十字さん?」


 なんだろうな、不思議と恐怖が和らいでる。今ではシーアよりもむしろ後ろで俺の服をぎりぎりと握る有栖のほうがなんか怖い。


「本当に……この世界のお前のほうが私はタイプだな……"クロス"」

「誉め言葉として受け取っておいてやろう」

「だが……エメルを危険にさらした報いはうけてもらうぞ。"インテンシファイ"」


 先ほど見た印野さんの"ウェポンライト"のようにシーアのかざした腕の周りに浮かぶ紋章。そして紋章が通過すると同時に奴の手に浮かび上がる剣。あっはっは、危機的状況の脱却失敗!


「し、シーアさん! 暴力はだめですよ!」

「あなたたち、この世界だと一日三回までは殺っても問題ないんでしょう。証拠もなく元に戻るから便利じゃない」

「おま、ほんとやめろ。その一日三回までならオッケーみたいなノリで人を殺そうとするの」

「安心しろ、私も鬼じゃない。殺す気はない……だがうっかり殺してもまあ問題なしだからちょっと加減を誤るかもしれないというだけだ」

「誤ったやる気……というか殺る気満々なのほんとやめろ」


 俺の説得も虚しく、絶対殺る気なのがその表情の笑みから容易にうかがえるシーア。剣を手に死を告げる死神のごとく、俺たちへとゆっくりと歩み寄ってくる。よくよく考えたら殺されなくても痛いじゃすまないのは確定だからどう転んでも嫌な未来しか見えない! なにこれひどい!


《だめだよ……シーア》


 それまで黙っていた絵芽……いや、"エメル"の声が響く。まず最初に反応したのはシーアだ。手にした剣を落としたかと思うといつになく驚いた表情で絵芽の方を振り向く。そして有栖もまた尋常じゃないほどに驚いた表情のまま固まっている。印野さんと響は……うん、俺同様何が何だかといった様子だ。というか、あのきょろきょろと辺りを見ている反応を見るに……もしかして今の声が聞こえなかったのだろうか。


「え……エメル!?」

《ふっふっふ……私復活!》


 それはまさに成長のタイムラプス。幼い姿をしていた絵芽がまるで早送りで成年の女性へと成長していく。ちなみにこんな状況で悪いが体つきというか豊満さはどら子の上を行く。幼い幼女服をパンパンに張ったその容貌はまさに大人の女性という感じだ。反射的に有栖のほうを見そうになったがなぜか見る前からすでにこっちを睨んでいるので目を合わさないようにしておこう。


「ふう、やーっと戻れた! あははっ、久しぶりだねぇ、シーア、アリス」

「ああ、え、エメル……エメル……」


 シーアがその場に力なく膝をつく。その瞳からはぽろぽろと大粒の涙が止めどなく溢れている。それを見たエメルがにっこりと微笑み、シーアの傍へと寄りぎゅっと抱きしめる。


「迷惑をかけちゃったね、シーア」

「め、迷惑なんかじゃない! 迷惑なんか……」

「そっか。あはは、愛され者だね、私は」

「うん……うん……」


 先ほどまでの狂人ぶりがまるで嘘のようで、むしろ今のあの姿がシーアという女の……いや、少女の本質なのだろう。俺じゃない俺、"クロス"がそう囁いた気がした。


 俺の横に立つ有栖も口を手で覆い、涙ぐんでいる。先ほど俺の前で有栖の暴走を止めたときにもあの声を聴いたが、どうやら二人は知らなかったのだろう。エメルがいう復活とやらを。

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