SideA 愛国正義の階級制度03
「会議はそれはもう大荒れでしたよ……。あまり喋ることはありませんでしたが疲れましたよぉ……」
テーブルに突っ伏すようにしてアリスはうなだれる。それを見て同席しているエメル、そしてクロスが苦笑いを浮かべる。
「あはは、まあ特にうちのラグーンさんとアグロさんは犬猿の仲ですし、レングスさんもなんだか席に着く前から不機嫌そうでしたし」
「ああ、ごめんね。それはうちの子のせいかも」
今朝のシーアとレングスのやり取りを思い出したのか、エメルがあーっと口を開いたまま目を泳がせる。
辺りにはまばらに往来を行きかう人々。それを見下ろすように3人がいるテラス席はある。聖女という立場を考え、あまり人の目に触れないようにとアリスが好んで使う食堂の一席。そこで軽食を取りながら談話の真っ最中といった様子だ。
「はは、
「え、えーっと、運が悪いといいますかなんといいますか」
「あはは、アリスそこは違うでしょ」
「はい?」
「そこは『ちょっと私の前で私以外の女性の話はしないで』、とかじゃないかな?」
「え、え、え、エメルさん!? 何言ってるんですか!」
アリスは顔を真っ赤にしてしどろもどろといった様子でエメルに詰め寄る。その傍らでクロスはアリスほどではないが顔を赤くし、先ほどのエメルのように視線を泳がせている。
「そ、そういえば今日はエメルさんもご一緒ですが体調のほうは大丈夫なんですか?」
「ん? あはは、大丈夫大丈夫。少しは体を動かさないと。幸いこの店は聖堂から歩いて10分もかからないしね。まあ、今日はアリスのついでのついでのついでぐらいでいいからエスコートよろしくね、クロス君」
「もうっ! え、エメルさん」
「おうおう、照れちゃって。でもまあ、そのぐらい言っておかないと……」
「言っておかないと?」
「シーアが知ったらクロス君に今回の事件に便乗して襲撃とか平気でしそうだから」
「え、なんですかそれ? すごく怖いんですけど?」
「ああ、確かにシーアさんなら……気を付けてくださいね? クロスさん?」
「せ、聖女様までそんな!?」
アリスとエメルが笑う傍ら、あまり冗談として笑えないクロスはふと辺りを警戒する。彼を襲う悪寒に背筋がピンとなる。その
「それにしても、結局例の襲撃事件については何か進展はあったの?」
エメルはふと思い立ったように笑うのをやめ、アリスとクロスに交互に目を向ける。
「んー、なんだか各組織それぞれ言ってることが食い違っちゃってて……」
「どういうこと?」
「ええっと、
ばつが悪そうに言葉を詰まらせるアリスにエメルは首をかしげる。それを見たクロスが表情を険しくする。
「きづきませんかエメルさん? その黒いフード姿っていうのに」
「え? ま、まさかそれって……
「……はい。私たちの中では
それを聞いて頭を悩ませるように考え出すエメル。だが、クロスはそれを見て首を横に振る。
「でも、僕ら
「えぇ!?」
「僕たち
「その軽鎧ってまさか胸に……」
「はい……
「なにそれ……まさか報復に誰かが? ああでも、それなら
エメルの台詞を聞き、アリスとクロスは互いに横目で視線を交わし、こくんと頷く。それに気づいたエメルはこの後の流れを予想したのか顔を引きつらせる。
「ま、まさか
「……はい。
「なんなのそれ……もう別々の人による犯行がたまたま偶然重なって起きてるとかじゃないの?」
「今のところその線で進めようとの合意で何とか収まりました。各々の犯人の
「はは、その点は聖女様の功績ですよ。あなたじゃないとあの場は収まらなかったでしょう。ラグーンさんとレングスさんとかもう一触即発のところまで来てましたし」
エメルはげんなりとした様子のアリスの肩にポンと手を置き、そのまま手を頭へと移し優しく撫でる。
「がんばったねアリス。よしよし……」
「うーん、なんだかとてもお子様扱いされているような」
「そう? それじゃあクロス君に大人なタッチでもお願いする?」
「え!?」
「あ、聖女様が淫らな妄想をしたご様子。顔真っ赤だよ?」
「もうっ!」
さすがにクロスは返事のしようがなく、冷や汗混じりの笑みのまま無言で顔を背けている。照れて互いの顔も見ることができないアリスとクロスの顔をにんまりと満足そうな笑みを浮かべながら交互に見てすっとエメルは立ち上がる。
「さて……そろそろ帰ろっかな、私は。あんまりお二人の邪魔をしちゃ悪いからね」
「え、あ、それじゃあ送りますよ」
「はは、大丈夫大丈夫。この距離なら一人でも帰れるし、道中も私の"対価"なら襲われることもないんじゃないかな」
あとは楽しんでとひらひらと手を振って階段を下りていくエメル。突然の二人きりの状況に固まっていた二人はやがてエメルの姿が見えなくなった階段を見て慌ててその後を追って下へと降りていく。
「ま、待って下さいエメルさん。私もやっぱり一緒に行きますから」
店を出てすぐの通りでエメルの背中を見つけ、呼び止めるアリス。アリスの声に周囲を歩いていた人も何事かと足を止める。それを見たエメルは少し気まずそうに肩をすぼめる。
「あ、あはは、さすがにそれじゃあはるばるやってきたクロス君に悪いでしょ」
「で、でももし途中で体調が悪くなったら……」
アリスの不安そうな表情を見てエメルは小さく息を漏らし、アリスのそばまで歩み寄りそのままぎゅっと抱きしめる。
「これでも3人の中じゃ一番お姉さんなんだから。あんまり心配ばかりされるのもつらいんだよ。まあ、こんな私が言っても頼りないかもだけどさ」
「うぅ……そんな頼りないだなんて」
エメルの抱擁に顔を
「いたっ! なんだ……ってうわっ!?」
キンッ!
慌てて抜いた剣を襲う重みと殺意。クロスの眼前に肉薄する剣先、その向こうには頭を覆うフルフェイスの兜で顔を隠す
辺りにいるものが悲鳴を上げ、それまで穏やかだった光景が慌ただしく動き出す。そんな中、刃を交えたまま静止するかのようなクロスと襲撃者。
「な、何のつもりかな……くっ!」
差し迫る刃を押し返し、体勢を崩した"襲撃者"へとすかさず前蹴りを繰り出す。敵もそれを察知し、衝撃を逃がすように大きく後ろへとさがり勢いを殺す。
「その身なり、それに紋章……なるほど、噂通り
襲撃者の身に着ける軽鎧に刻まれた翼剣の紋章をクロス……そしてアリスが睨みつける。
「あなた、何をしているかわかっているのですか! 仮に
アリスがクロスの背後でエメルをかばうように前に立ち、首にかかっていたペンダントの十字架を手に前へとかざす。それは
「その紋章……
兜の中から聞こえるその声は男性とも女性とも判別しがたい不思議な声。そして襲撃者は手にしていた剣を地面に突き刺す。
「"父"? それよりも、降伏か……? いや、なんだ……?」
突き刺した剣を起点にそれをつかむ手、さらには腕、体へと空間が歪んでいく。そして刹那、地面に刺さっていたはずの剣が体を支える足へと変わる。
「三つ足……三つ足の剣士!? まさか
その異様な姿にクロスは剣を構え、警戒を強める。だが、さらにそこから変化は続く。襲撃者が足をあげるとそこからまたぐにゃりと空間が歪み、それは全身へと広がると再び二本足の人型へと変化する。
「あ、あれは……
アリスの驚愕の声。敵は先ほどよりも身の丈は小さく、黒のフードを深々とかぶっているためその顔が見えない。だが、その胸元に刻まれた天秤の紋章が
その手に握る武器は身の丈に反し先ほどよりも長く、異様。対をなすように伸びた剣先。それを繋ぐ中間の柄。俗に
「
その言葉が開戦の合図と言わんばかりに姿を変えた襲撃者が襲い掛かる。クロスの腰よりも低い姿勢で疾走し、クロスへと接近する。その低さに対抗するためか、クロスも足を広げ腰を落とし、剣を構える。
キンキンキンッ……
対をなす剣をふるうその姿はまるで舞のように見るものをどこか魅了する。もちろんそれに対峙するクロスにそんな余裕などなく、はじいてはもう一方の剣が来るという隙のない連撃に歯を食いしばる。
「く、クロスさん!」
「さがってて! アリスさん! くっ!」
あまりの速さに剣で捌ききれず、体をそらし回避するが、その最中視界に移るアリスとエメルに表情を引き締める。
「アリス! 私たちじゃクロス君の邪魔になる。離れないと!」
エメルは心配で今にも駆け寄りそうなアリスの肩を掴むもアリスはなお、クロスのほうに今にも走り出しそうな様子だ。エメルはすっと目をつむり、ふと視線を上げる。
エメルは首を小さく横に振り、声を出さずに口を動かす。そしてその後、アリスを力の限り引き寄せる。
「アリス! 私たちがいると……クロス君は私たちを命がけで守ろうと"してしまう"んだよ?」
エメルのなだめるような声にアリスはうつむき、下唇をかみしめる。ようやく落ち着きを取り戻したアリスはエメルの手を取り、そっとクロスたちに背を向けて走り出す。
「クロスさん! すぐに誰かを呼んできます! だからそれまで持ちこたえて下さい!」
アリスは振り返ることなくそう言い放つ。その言葉にクロスの口の端が緩む。
「さあ、これでようやくお前に専念できるな。覚悟はいいか?」
「……
その言葉が終わるや否や、再度手にした
「またその姿か? いいのかい、僕としてはそちらのほうが戦いやすいけど」
「……
「なに?」
それまでの動きがスローモーションと思えるほどの素早い動き。そして繰り出される高速の一閃。だが、早送りの世界の住人は襲撃者だけではなかった。
「まさか君も
敵の一閃を受けず、逆に向かうようにしてかわし襲撃者の背に素早く回り込んだクロス。そのまま剣を突き出し敵の武器を持つ腕を狙う。敵は器用に腕をひねり、それをかわすと前に転がり再度クロスから距離をとる。
仕切りなおすかのように剣を構えにらみ合う二人。互いに探り合い、円を描くように剣を構えたまま歩く、そんな時間がどれだけ続いただろう。やがて互いの距離が徐々に近づきだし、構えた剣がピクリと震える。だがそこに飛来した何かが襲撃者へと襲い掛かる。
キンキンッ!
剣ではじかれ落ちたのは血のように真っ赤な結晶でできた投げナイフ。横やりのような奇襲に襲撃者はゆらりと立ち、クロスの後方、そこに建つ建物の屋上を見るかのように頭を上げる。
襲撃者の視線の先に何かいるのかとクロスは眉をひそめる。だが彼の視線が向けられたのは背後ではなく地面に落ちた赤い結晶のナイフ。そして……琥珀色に濁る小さな塊。それは最初にクロスの頭にぶつかり、彼に危機を知らせたもの。
「これは……
思考を巡らせつつ敵への警戒は怠らないクロス……その眼前を通り落ちた小瓶。それがパリンと割れる音とともに凄まじい煙が巻き起こる。咄嗟に口を覆うクロスだがその目には涙が滲みでる。
「てぃ、
「くそっ……いったい何が……」
涙を拭い、辺りを見回すも襲撃者の姿はない。その代わりに見慣れた小さな女性、そして
「クロスさん!
駆け寄るアリスだが、それを手で制止するクロス。
「まだこっちに来ないほうがいいです聖女様。どうやら
クロスの制止に構わずアリスはクロスへと駆け寄っていく。はた目からは抱きしめているかと錯覚させる程に近づいたアリスはすっとクロスの顔を見上げる。その瞳には涙が浮かんでおり、走ってきたこともあり少し息が荒くなっている。
「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
アリスが
「ごめんなさい、あなたの警告を無視し、足を引っ張ってしまって……あなた一人なら敵を取り逃がすなんてことは……本当にごめんなさい」
クロスの無事に安堵したのち、がくりと
「僕は
覗き込んだアリスの顔は嬉しさと悔しさ、そして悲しさでくしゃくしゃになっている。中々立ち直れない様子のアリスにクロスはまだ仲間の
「大丈夫です……あなたを一人にはしません。僕って意外と臆病ですから、勝ち目が無い場合はそもそもあなたを担いですぐに逃げてますよ」
クロスの言葉にアリスの瞳からはいっそう涙が零れ落ちていく。それを見たクロスはそっとアリスが他の仲間に見えぬよう自身の背で隠し、その背に手をまわし優しく引き寄せた。
「絶対に……絶対にですよ……クロスさん」
「ええ、絶対に絶対です」
やがて二人へと
「すまない、聖女様が
「さて、それでは聖堂までお連れしますよ、アリスさん。そろそろ顔を上げてください。せっかくこうして並んで街を歩けるわけですし……ね」
クロスの言葉にうつむいたままそっと手を伸ばし、腕をつかんだアリス。それを見たクロスは微笑みを浮かべ、ゆっくりと歩きだす。
「この状況……はは、みんなには怒られちゃうかもですが、襲撃者にはちょっと感謝しちゃいますね」
「……もうっ……クロスさんは……ほんとにもうっ」
か弱い声で呆れたアリスの台詞にクロスは照れたようにあいた手で頭をかく。なおも俯いたまま歩くアリスだが……その口元は微笑んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます