SideA 愛国正義の階級制度02
「シーアさん……戻ってきませんね」
「そうだね……まあ大方手持ちのお金じゃ足りなくて王都の外の川に魚でも捕って食べにいったんじゃないかな。本当にシーアは……あいかわらずのやんちゃ娘だよ」
退屈そうにゴロンとベッドに横になり、ベッドからはみ出す足をぱたぱたと動かす。そんなエメルのどこか子供っぽいしぐさにアリスは頬を緩ませる。
「そうですね、あの行動力は私も見習わないとですね。あと……私ももう少しこう使徒の皆さんに対して堂々とふるまえるようあのメンタルを……うぅ、自分で言ってあれですが真似できる気がしません」
「あはは、アリスはそのままでいいんじゃないかな? 可愛いしね!」
「そ、それも気にしてるんですから! もっとこう聖女として大人の女性っぽい雰囲気をですね……」
「え? 大人?」
「エメルさん……何か?」
アリスがピクリと眉を動かしたのを見てエメルはベッドに転がったまま大声で笑いだす。それを見たアリスが顔を真っ赤にして枕でエメルをはたく。それでもエメルの笑いは止まる気配はなかったが……。
「ねえアリス? 今朝のレングスのことだけど、何かあったの?」
「な、なんでもないですよ?」
「はい、アリスちゃんが嘘つけないのはお見通し。というかほんとわかりやすいねぇアリスは」
「うぅ……」
エメルは起き上がり、ベッドに腰かけていたアリスの肩をぽんぽんとたたき励ます。
「もしかして……シーアが
「うーん、正直その辺はあまり触れたくはないんですが、タイミングが最悪なんですよ」
「タイミング?」
アリスはため息をつき、首にかかっているペンダント、そこに取り付けられた小さな銀の十字架を手に取る。その十字架の交差する中心には翼の生えた剣の装飾が刻まれており、それを指で優しく撫でる。
「ここ
「ええ!? 誰よそんな命知らず……」
「
「
「恐ろしいことにその本拠点の近くでも過去に起きてるんですよ」
「は? よりによって各組織の本丸近くでドンパチしてるの!? うわぁ……そんなことするのって……まさか!? シーアが疑われてるの!?」
エメルはぐいっとアリスの肩をつかみ引き寄せると顔を肉薄させた。それに気圧されたアリスはどうどうとエメルを宥め落ち着かせ、ベッドに座らせる。その横に並んで座りぽつりと口を開く。
「正直に言いますと、これがもし
「……そっか……そうだね。
「はい……言い方は悪いですが、それがシーアさんが犯人じゃないという証明だと私は考えます。彼女は"エクシズダリア"の皆さんとは険悪ですし……それに仕える
「あはは、アリスの”お気に入り”の第二位君とはまだ上手くかみ合ってないみたいだけどね」
「そ、それはエメルさんが彼に会ってすぐの時にあんなこと言うから……」
「あれあれ~? "お気に入り"の部分はすんなり受け入れちゃったみたい?」
「え? あ、いや別に私はそんな……って、もうっ! エメルさん!」
頬を膨らませたアリスが顔を赤くしてエメルを睨む。それを見るエメルの表情は……実にご機嫌な様子だ。呆れ顔でため息をついたアリスは静かに立ち上がる。
「気が重いんですよ……このあと各組織の代表が集まって今回の事件の対策会議。でも皆さん癖が強いですし……」
「絶対ひと悶着ありそうだね……」
「まったくです。まあ、とりあえずシーアさんについてはできる限りのことは
しますが……しばらくは聖堂には近づかないよう伝えてもらえますか? あなたには申し訳ありませんが」
「わかったよ、アリス。ありがとうね」
エメルのお礼の言葉を背中に受け、アリスは小さくこくりとうなずき部屋を後にした。
* * * * * *
〈うん、もう私今日は聖堂には帰らない〉
「即答って……」
〈だってそんなめんどくさそうな連中・会議・事件の三拍子がそろったら……ねぇ。付き合わなきゃならないアリスに心底同情するわ〉
「まあ確かに……私もそんな集まりはごめんだけどね」
〈……よしっ! 刺し終わった! うひひ、これで豪華なお昼ごはん〉
「あー……まさか本当に魚を捕りに行ってたなんて」
燃え盛る炎の前にずらりと並ぶ串刺しにされた大量の魚。それを見て邪悪な笑みを浮かべるシーア……を想像し、エメルは苦笑いを浮かべる。
〈でもそのとち狂った犯人様の顔も見てみたいわね。懸賞金でもかかってくれれば私も追い回してあげるのに〉
「あはは、そしたら心底犯人に同情してあげるわ」
〈エメルさん……何か?〉
数分前にアリスからも出たシーアの台詞にエメルは刹那驚きの表情を浮かべ、手にした透き通る青い石を愛おしそうに撫でる。
「シーアもなんだかんだアリスと仲良くなったねぇ。ふふ、話し方まで似ちゃって」
〈え、なに突然? 私何か変なこと言った〉
「ううん、ただちょっと嬉しいような……寂しいような」
〈え? え? どうしたのよエメル?〉
「ふふ、例えるなら子供の成長を感じる母親の気持ち……かな」
〈待って、なんかその例え絶対用途違うから!〉
涙を拭う真似をしながらエメルは「よしよし」となおも石を撫で続ける。石からはギャーギャーと喚くシーアの声が響いていた……が。
〈……たく、エメ……いかわらず……〉
「あれ? おーい、シーアー? 聞こえてる? シーア?」
〈……れ? エメ……さか、誰かそっちに……を持った……〉
コンコンッ
突如石から聞こえる音が乱れ、エメルは首を傾げていたがドアをノックする音にはっと我に返る。
「エメルさん、すみません。こちらにアリスさんはいらっしゃいますか?」
「その声は……ああ、なるほど。"
エメルの返事にそっとドアが開く。そこに立っていたのはクロスと呼ばれた黒髪の青年。纏った鉄製の
「すみません、エメルさん。どうやらアリスさんはすでに会議室の方に行っちゃったみたいですね」
「ふふ、あともう少し早かったら会えたのにねぇ。あ、でもそれじゃあ二人きりになれなかったか。あはは、お邪魔虫でごめんあそばせ」
「よ、よして下さいよからかうのは。ただ久々にお会いできるんで会議前に聖女様に先にご挨拶をと思っただけですよ」
「おうおう、アリスと違って嘘がお上手なことで。アリスとの共鳴石をまた肌身離さず持ってるんでしょ? クロス君?」
「え? あ、もしかして邪魔しちゃいました?」
「あーあ、シーアに今は戻らないほうが良いって伝えたばっかりなのに……」
「えぇ!? 本当に会話中だったんですか? あちゃー、またシーアさんに嫌われちゃうな」
クロスは苦い表情で鎧の中にしまっていた青い石のペンダントを手にする。それは一見するとエメルが手にするそれと同じように見える。
「まあ早く会議室に行ってあげなよ。アリスも今回の会議は苦労しそうだから力になってあげてね」
「言われるまでもなく、任せて下さい。なので……」
「なので?」
「シーアさんには上手いこと言っておいてくださいね?」
「ああ、大丈夫大丈夫。ちゃんと会議中は戻ってきたらだめだよって言っておくから」
「あー、そっちじゃなくて」
「ん?」
クロスは困った笑みで自身の青い石をちょんちょんと指さす。
「エメルさんとシーアさんの会話を邪魔したのは僕じゃなくて他の共鳴石を持った人がちょうどこの部屋の近くを通ったからってことに……」
「あ……ああ、あはは。そうだね、"
エメルの返事にほっと胸をなでおろしたクロスはお辞儀をしたのち、部屋を後にし静かにドアを閉めた。
しばらくして、石から微かに音が聞こえ、エメルは手のひらの上に石を乗せ、顔に近づけてほほ笑む。
〈エメ……、エメル聞こえてる?〉
「聞こえてるよシーア」
〈ああ、よかった。もう、この石は便利なんだか不便なんだか〉
「あはは、しょうがないよ、他の共鳴石があるとどうしてもね」
〈ほんと浮気嫌いの石ね。一つの石を割ってできた
「そういわないの。いいじゃない、おかげでこうして離れていてもおしゃべりできるし。それにロマンチックでしょ?」
〈ん?〉
「だって……"互いに思いあった者同士"じゃないとつながらないんだしさ」
エメルは少し頬を赤らめ、シーアの返事を待つ……が、なおも続く沈黙。
「ええっと……? シーアさん? さすがにこのタイミングで沈黙は気まずいのですが?」
〈むぐ? ああ、ごえんごめん、いいかんひに魚がひゃけてたから……もぐもぐ〉
エメルは大きくため息をつき、頭を抱える。
〈あれ? エメルー?〉
「口にものを含んだまましゃべらないの!」
〈むぐ!? は、はい……〉
ピシャリとしたエメルの物言いにシーアの慌てた声が聞こえる。その後、再度つながった石による会話はそのほとんどがエメルによるお説教へと変わり、何度も石からはシーアの弱々しい返事が聞こえていた。
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