SideB テンプレ嫌いの組織ども01
おかしいな……ただ人助けをしていたはずがどうしてこうなった……んだ?
「十字さん、何か言い訳はありますか? このままではあなたを
正座する俺を仁王立ちで見下ろす大きな存在、でも身なりは幼女……な
トントンッ
ちゃぶ台を小突くホワイトボードの音。その後ろでトマトよりも真っ赤に熟れた顔をする女性。うっすらと青みがかった黒髪は目元まで伸びており、俯かれると表情はわかりにくい。
『私は無実だ』
ホワイトボードに示された文字は手が震えた状態で書いたものとわかる。でもちょっと待ってほしい、その書き方だと必然的に俺だけが消去法という暴力で犯人扱いされる。
ドンッ
有栖がちゃぶ台を拳で打ち付ける。ぼろいのであんまり力を入れて叩かれると我が家の食卓を支える足が崩壊するんだが……まあ言える状況じゃないな。
「だからさっきもいっただろ。
まあ201号室の印野さんの場合、203号の零華の部屋の前に202号があるんだが……響のところにゃさすがに借りにはいかないよなこの人。仲悪いみたいだし。
「それじゃあ……なんで私が来たとき摩子さんが十字さんをおし……押し倒してたんですか!」
トントンッ
『押し倒してない!』
もはや流れるような手さばきでホワイトボードで反論する印野さん……はおいといて、それもさっき言ったんだがなぁ。
「トイレから出て玄関まで見送る際にお前がちょうどドアをノックしてそれに驚いた印野さんが俺のほうによろめいたから受け止めようとして倒れた。んでそこにお前がためらうことなく俺んちのドアを"クオリティ"で豆腐みたいにぐにゃぐにゃにして入ってきた。てかまた俺んちのドアを好き勝手……」
「問題はそこじゃないでしょう!」
「そこが大問題だろ!」
なんだか雰囲気に流され正座していたがそろそろいいだろ。足痛くなってきた。
「まったく、以前は印野さんの胸に顔をうずめて……今回はそれに飽き足らず……まったくもうっ」
「ひゃっ!」
小さな声で悲鳴を上げた印野さんは胸を押さえ、俺に背を向ける。おい、あれも冤罪だろうが。力也の馬鹿のせいで猫にされたところをお前らが勝手にもみくちゃにしたんだぞ?
「お前そろそろ俺の正義のデコピンが行使されるぞ?」
「ぼ、暴力反対!」
有栖は額を両手で防ぐように隠しながらすすっと後ずさる。まあそろそろこいつも頭が冷えただろ。
「ったく、昨日は山崎のアホが夜勤シフトに遅刻しやがったから準夜シフトの俺がしばらく延長で働いたんだぞ。そのせいで家に帰ったの夜中の3時頃だからな? まだ寝足りないからさっさと帰ってくれよ」
「でももうそろそろお昼ですよ?」
「ワガネムリハソンナモノデハタリヌ」
「なんですその台詞?」
くそう、魔王ジョークが通じないやつめ。あ、でも悪魔が祖先とかいう
「お前らなんかこの世界のことわかってるのかわかってないのかよくわからないな。前回もそれで"ランブル"とかいう存在もいて当たり前みたいに言うわそれに似たカメレオンは知らないわでひどい目にあったしな」
「うーん、私もこの世界のこと勉強してたつもりですが、まさか"ランブル"がそもそも存在しないだなんて思ってもみませんでしたよ。でもその調子だと"グランネウラ"とかもいるか怪しいですね」
「おう、さっそくまた"ご不在ワード"だぞ。なんだよそれ」
「え!? グランネウラもいないんですか!? ええっと、この世界で最も見た目が近いのはトンボですかね。まあ人が乗れるサイズで空を飛んで移動できる……っていえば想像しやすいですかね?」
「おう、想像したくねぇわそんな化け物」
頭痛くなりそうだな……他にもいろいろおかしい生き物がいると思うと。俺が呆れてため息をつくとその視界の端で印野さんがホワイトボードに何かを書いている……いや、描いている。
「こんな感じだな……」
絵、うんまっ! え? これも何かの術式なのか? 印野さんの手にしたボードにはトンボのようでトンボではない奇妙な生物とそれにまたがる鎧に身に包む騎士が描かれている。
「あ、これもしかして
「そうだ……あいつらはうちに来るときは大体これに乗ってくるぞ」
「あはは、まあ摩子さんのところまでは王都からはだいぶ離れてますしね」
冒頭のプライア? とかといい、このトンボといいクルーラーとかいう存在といい、どうして俺は眠いと言っているのにそう気になるワードを出すかなぁ。
俺はしばらく考える。それを見た有栖と印野さんが不思議そうにのぞき込んでくる。そんなに顔を近づけられると困るんだが……というか、この狭い俺の部屋に女性二人がいるって今思うとなんだかあり得ない状況なんだが。まあ、うち一名の女性、というか幼女は常連だが……あ、やばい、至近距離で怒った顔されるのすごく怖い。
「わかったわかった、せっかく来たんだからちょっとお前らが言うそのクルーラーとかいう存在。あとさっき言ってたプライアとかいうのも何なのか教えてくれ」
好奇心に負け観念した俺は立ち上がると部屋を出てすぐの通路にある冷蔵庫を開ける。
「まあお茶ぐらいだしてやるから、いいだろ?」
「え? いいんですか? めずらしいですね、十字さんがすんなり滞在をゆるしてくれるなんて」
「そうだな、許可不許可の判断前にそもそもお前いつも俺の部屋に忍び込んでいたからな」
「え……有栖お前……」
俺の台詞にぎょっと驚く印野さんは頬を赤らめ、俺と有栖をしばらく交互に見たのち、顔をそらす。
「わ、私はいないほうが……いいよね?」
「摩子さんなにか誤解してません?」
「とりあえずその辺の弁明と説明も有栖にきっちりさせるのでできれば残って下さい」
俺はぽんと有栖の肩を叩き、にやりと笑顔を浮かべる。それをひきつった表情で振り返る有栖。
「そうだよな、今日もお前やったけど、貴重な切り札の"クオリティ"の使い方も含め話をしようか。あとお前、このあと正座な?」
「ええぇ!? い、いやです! 足痛くなるじゃないですかあの座り方!」
そういって床に転がりじたばたとあがく有栖。おそらく
* * * * * *
「
「はい、この世界でいうところの司法をつかさどる組織、それが
得意げに指まで立てて説明する現在絶賛正座中の有栖さん。しまらないな……まあ正座させたの俺だけど。その横では足を崩し、窓側の壁にもたれかかる印野さんが慎ましくお茶をすすっている。
「粛清機関って……なんだかまるでその場で刑罰執行! とかやりそうなイメージだな」
「ああ、それ正解ですよ。彼らは戒律院の定めた戒律に背くものを捕えますが、抵抗するようなら容赦しないですから」
「えぇ……」
「言っておきますけど、上位の階級の
「おう、今のところ帰りたい欲求駄々下がり中だし会わずに終わりそうだわ」
「ああでも、十字さんだって"第二位"の階級ですから相当な実力の持ち主でしたけどね」
「第二位? あとガドナーってまたなんか説明を要するものを増やしやがって」
「あはは、まあ順番に説明しますよ……あ、その前にそろそろ足限界です」
そういって足を崩しちゃぶ台においてあるお茶のグラスに口をつける有栖。まだ説明始まって五分と経ってないんだけどな。
「ええっと、
「ふむふむ……」
「
「ふふ……
「そうですね、ほとんどの
「ん? "ほとんど"ってことは例外みたいなのもあるのか?」
「そうですね、各組織には第一位から第七位までの七階級があります。第一位はどの組織でも最高戦力である一人に与えられる称号。第二位はそれに準ずる戦力たちに与えられます。そして第三位が各領土のトップ……といった感じですね」
「おお、なんかかっちょいいな」
「はは、でもまあ
なんだか急に有栖の声のトーンが下がった気がする。嫌な思い出でもあるのだろうか? まあ、ここでその辺突っ込むと長くなるし毎度話の本筋を脱線して長引くことが多いので……。さっさと先に進めるが吉!
「
「この世界だといい例えもないですね。聖教と認められるのは王国内で最も布教した宗教。それがイドルイマージュです。そして何を隠そう、その平和と愛の架け橋の象徴的な存在である聖女……それが私です!」
「あ、印野さん? なんかブレイクタイムに入ったみたいなのでお茶のお替りどうですか?」
「あ、ほしい……」
「もうっ!」
これもどうでもいい情報だろうしさっさと先に進めるのが吉……と思うもプレゼンテーターがものすごく不機嫌なのでしょうがなくお茶の入ったペットボトルをマイクに見立て有栖に向ける。
「わかったわかった、それでは聖女様、何かありがたいお言葉をどうぞ」
「……十字さんにこのあと地味にいやーな天罰が下りますように」
「おいその微妙に嫌な予告やめろ」
「まあ気を取り直して、その聖女という存在は襲名制で、四年に一度その時々の聖女が次の聖女を任命していました。でも……私が聖女になって一年ぐらいのときにその四年という任期が何故か撤廃されちゃいまして……」
「え? なんでだよ」
「私が愛されキャラだからですね!」
ウインク交じりに見事なポージングを決める聖女様。とりあえずこの場の重い沈黙を何とかしてくれないかな。あ、耐え切れずなかったことにしようとしてるようで、すっと元居た場所に座ると落ち着き払った"ふり"をしてお茶を口に含んでる。
「まあ……マスコットキャラだな確かに」
「なんだかニュアンスが違いません?」
「気にするな、それよりも
釈然としない有栖だがまあ今日はまじめに説明を続けてくれるようだ。
「聖教は王国の平和の象徴と教え。そしてそれに属する
「平和のために動く遊撃兵? おいそれってなんかある意味一番やばくないか? 平和かどうかの判断なんて人それぞれだろ?」
「そうですね……もとはその名の通り、王国内を巡回し、各地の困りごとを現地の民から聞き力になるというのがその成り立ちでした。でも……私よりもずっと前の聖女様が
トントンッ
お、なんだかホワイトボードを持つ印野さんがなんだかいつにもまして不機嫌なんだが?
『
「……その節については本当に申し訳ありません。私がもっと統制が取れていればよかったのですが……私はどうも威厳がなくて彼らには舐められっぱなしで」
「あ、有栖を責めたつもりじゃないんだ……その……ごめんなさい」
互いにうつむいたまま向き合う二人。そして沈黙。ははは、どうして君たちはこうも話を脱線、そして時間を延ばすのか……ん、待て。
「あれ、そういやもう
「ん? まあそういえば大枠は説明終わりましたね」
「つまりもう今日のこの説明の場も終了でいいよな?」
「え!?」
「ほら、印野さんも元はただトイレ借りに来ただけだしこの後忙しいかもだろ?」
俺の投げかけに印野さんはふと何かを思い出したのか、ホワイトボードにまた文字を書き始める。
『この後図書館に志亜たちを連れていく。お前たちも来るか?』
「え? 志亜さんたちと? もうっ! 私聞いてないんですけど!」
「はは、省かれたなお前。同居人にもなめられてるぞ聖女様」
「そ、そんなことないですし! ちょっと志亜さんは報連相というか他人とのコミュニケーションに難があるみたいで。というか言っておきますが……私のほうが志亜さんよりもお姉さんなんですからね!」
「は?」
「いやだって私この世界に来る前は24歳で、志亜さんは23歳でしたし」
「え? 俺と同い歳なの君? 聖女って嘘ついちゃダメな職じゃないの?」
「嘘じゃないですー! ほんとですー!」
意地を張るように否定する有栖。いやいやいや、今まで得た情報で一番の驚天動地な情報なんだが……。さすがにその見た目でよりにもよって俺と同い歳って……。
トントンッ
『ちなみに志亜は昨日あなたも誘おうとしたが十字と約束があるからと誘う前に断られたとか言ってたぞ』
「ほう……有栖君?」
「……はい」
「俺そんな約束あるだなんて聞いてないんですけど?」
「ええっと……ちょっと情報伝達の系統に乱れがあったみたいですね」
「情報伝達って……お前毎回直でおれんとこに来てるよな? 何も介してないよな?」
「だ、だって十字さんスマホとかいう道具への連絡先教えてくれないじゃないですか!」
「いや聞かれたことそういやなかったし……そうだな、ほれ、俺の番号」
「え……?」
俺が自身の番号をスマホに表示させ有栖に渡す。それを見た有栖がぽかんと口を開けたまま俺を見たままそのまま……いやいやいや、いつまで固まってるんだよ。
「まあ来ることがあれば今度から電話ぐらい先にしとけよ」
「え、えへへ……そうします」
「おう、そうしたらそれを合図に俺も居留守の準備できるからな」
「もうっ!」
有栖は不機嫌そうに自身のスマホを取り出し、慣れない手つきで俺の番号を登録していく。そういやこいつスマホ使えたんだな。なんだかんだこの世界のことしっかり勉強しているようだな。
登録が終わったのか有栖は俺にスマホを返す。だがその後少しもじもじと手にした自身のスマホを両手で握っていたかと思うとすっと俺のほうに画面を見せてくる。
「これ……私の番号です。十字さんも登録しておいてくださいね」
「お、おう。なんだよそんな照れることか?」
俺が有栖の画面を見ながらスマホの番号を登録している傍らで印野さんがくすくすと口元を隠すように笑っている。
「な、なんかおかしなことしました俺?」
「いや……そうだな……次は"
「ちょっと、摩子さん! そ、そんなんじゃないですからね! スマホはあれと違っていろんな人と連絡が取れる道具ですからね!」
「ふふ……そうだな」
なんだかよくわからないがまたここにきて追加で"共鳴石"とかいう"ご不在ワード"が出たな。んでなんかこの有栖のおかしな態度はそれに関係するようだが……いかん、これは説明がエンドレスで続くやつだ。
俺は用が済んだスマホをちゃぶ台に置き、なおも一人でテンション爆上がり中で照れる有栖を見る。有栖はコホンと咳を打ち、落ち着きを取り戻す。そして……。
「ええっと、じゃあせっかくですし次は共鳴石の説明……いっちゃいますか?」
俺は満面の笑みを浮かべる。
「帰れ」
有栖は床にゴロンと寝転がり、本日二度目の手足じたばたという子供じみた抵抗を始める。それを見る印野さんもどこか微笑ましく見守っている。いやいやいや、せっかくなら有栖も管理人さんたちと一緒に図書館まで連行してくれよ。
俺が目で訴えようと印野さんのほうをじっと見つめると彼女はまた顔を赤くしてホワイトボードで顔を隠す……あー、だめだわこれ。今度は俺が手で目を覆いたくなってきた。
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