SideA 不透明に澄んだ心10

「これ……どうしたものか悩ましいですわね、ヴィア姉さま」


 目の前で倒れている10人ほどの男たちを見てレイアはめんどくさそうにため息を漏らす。それを見たヴァイアスは苦笑を浮かべ、すっと手を天へとかざす。


「まずはそうですね、事情聴取からでいいんじゃないでしょうか……"アクアスフィア"」


男たちが倒れるその数メートル上でぶくぶくと水の球体が気泡をあげながら生成され……ぐにゃりとねじられたかのようにして伸びたかと思うと重力に従い落下を始める。


「ぶはっ! な、なんだ!?」


 最初に目を覚ました男が勢いよく身を起こし、辺りをきょろきょろと見まわす。そして背後に立つ2人の女性に気づくと大きく後ずさる。


「さて、どうしてこんな精霊族スピレイスでも訪れない辺境の地に皆様いらっしゃるのでしょうか?」

「お前……いや、あ、あなたは……!」


 すぐ様膝をつき、腰に下げていた武器を地面に置きすっと胸に手を当てる。それは敵意がないことと敬意を示す暗黙のルール。もちろんそれをヴァイアスやレイアもわかってはいた。


「迷い込んだにしてはかなり難易度が高い場所ですし、目的を言いなさいな」

「く、五界統治精霊クイーンクルーラー!?」

「訂正しますわ。目的だけをさっさと言いなさいな」


 レイアが本日浮かべた瞳の中では間違いなく一番冷酷な瞳。それに捉えられた男は冷や汗をかき、顔を俯ける。それを見たレイアは小さく舌を打つ。


 周りで倒れていた男たちも徐々に目を覚まし始め、最初に起きた男同様に状況を察したものから順に膝をつき始める。一人起きてはまた沈黙の繰り返しで中々話が進まず、ヴァイアスも徐々にその表情に苛立ちが見え始める。


「そこまでにしていただけないか、精霊国スピリア第2王女、ヴァイアス姫よ」


 眼前で跪く男たちと違い臆した様子を感じさせない堂々たる声は崖のほうから聞こえてきた。そして次の瞬間、崖から飛び上がる数多の影。レイアは着地する新たな訪問者たちを冷ややかな視線で迎え入れる。


「あらあら、目を覚ましましたんですのね巡回騎兵クルーラーの皆様方」


 カチャカチャと着込んだ鎧の擦れる音が離れていても耳をつく。それはレイアたちが道中出くわした倒れていた者たちであることは瞬時に分かった。巡回騎兵クルーラーの数は六人。そのうちの一人が矢面に立つように前へと歩み出る。


 レイアはすっと取り出した扇で口元を隠す。相手からは笑みを浮かべたレイアの目元だけが映っているだろうが、その口は笑ってはいない。


「お初にお目にかかります。本部隊を率いております、巡回騎兵クルーラー第四位階級のクリスと申します。今回の件、そちらに連絡なく無礼な形で調査に来たことは謝罪しよう。だが、礼節を重んじて真実の探求を軽んじるわけにはいかなかった我らの立場にもご理解いただきたい」

「ふふ、礼節を重んじて……ですか。人族ヒューマンレイスの礼儀作法は私たちとは大分異なるようですね」


 ヴァイアスの失笑交じりのつぶやきに巡回騎兵クルーラーの代表と思しき男、クリスはすっと手を横に広げる。


「そうですね、私たちもまさか闇討ちをされるとは思ってもいませんでしたよ、何者かにね」

「あら、何やらいわれなき不名誉を着せられた気がしますわね」

「そう思われる心当たりでもおありですかな?」


パチンッ!


 レイアが手にしていた扇が勢いよく閉じられ、その怒りに満ちた口元が露わになる。それを見て後ろで控えていた巡回騎兵クルーラーの何人かがすっと腰にささる剣へと手を伸ばす。


「この国の王族でもあるお二方がこのような辺境の地に護衛もろくにつけず来た理由の方が私は気になりますね。この地を調べに来る者を良しとしないように思われてもいたしかたないのでは?」


 すっと手で後ろに控える巡回騎兵クルーラーに待機を促すクリスはじろりと疑惑の眼差しをヴァイアスに向ける。ヴァイアスも同じくレイアに自重するよう目で訴える。


「互いにもう少し冷静になる必要がありそうですね。どうですか? 一度日を改めてからお話をするというのは? 無論、場所は"そちらが安心できる静かな場所"でも構いませんよ?」

「……その旨しかるべき立場の者にお伝えしましょう」


 忌々しそうな表情で頭を下げ、クリスは踵を返す。


「あれ? なんか増えてない、人?」

「貴様は……どうしてここにいる?」


 状況にそぐわない抜けた声で現れた銀髪の女性に礼節の欠片もない憎しみを向ける巡回騎兵クルーラーたち。そしてそれに対し渋い顔で「どうしてこのタイミングで出てくる?」と頭を抱えるヴァイアスとレイア。


「なんだ? 普段お疲れで癒しを求めてはるばる観光にきた私に何か罪でもあるのか?」

「聖女様や"使徒様"にも自重するよう言いつけられたと聞いているぞ」

「そうだな、聖女様の言うこと"だけ"は守らないと後が怖いから大人しく観光に来たんだ。はは、まさかこんな悪だくみを抱くような奴しか来ない辺鄙な場所で巡回騎兵クルーラー様と会うとは思ってもみなかった」

「貴様……覚えておくぞ」

「私は覚えてないけど大丈夫?」


 明らかに相手を煽るようにして頬に両手を当てて露骨に不安な表情を浮かべる"シーア"。それに対し隠すことのない舌打ちの音が響く。


 巡回騎兵クルーラーたちは跪いている男たちに崖を降りるよう指示を出す。それが差し伸べられた救いであるかのように、それまで彫像のように静止していた男たちは各々道具を手に崖を降りる準備を始める。


「良かったんですの? 一応お忍びで来てるんじゃなかったんですの?」

「そうだな、人族ヒューマンレイス精霊族スピレイスの関係を荒げないよう言われてる。だが……"あいつらと私の関係"が悪化する分には問題なしだ」

「その考え方もどうかと思いますわよあなた……」

「はは、まあどうでもいいのよ……あいつらにどう思われようが」


 シーアが浮かべた笑みはどこか狂気に包まれている。それを見たレイア、そしてヴァイアスが刹那戸惑う。嫌な予感がする……そんな気持ちを抑えるよう、すっと胸に手を当てる。


「あ、あのー……もうここでてもいいでしょうか?」

「むぐ、むぐぅ! はーなーせーイグルー!」


 再度響く状況にそぐわないどこか抜けた少年・少女の声に三人は思わず「あ……」と声を漏らし口に手を当てる。その後、完全に忘れていたと互いの顔を見合わせ、失笑を浮かべたのは言うまでもない。


* * * * * *


「やーだー! アノ、この人きらいー!」

「お前、どうしたんだよいきなり。あんだけじゃれついていたのに」

「むー! やーなの!」


 イグルの腕の中でじたばたと暴れるアノ。それを何とかなだめようとするイグルもそれまでこのような不機嫌な少女を見たことがないのか困惑の色を隠せない。


「はは、いいってイグル。どうせここでの用事も終わったし、私はもう行くから」

「は? 何言ってるんだよ。ちょっと待ってろよ! ほら、アノ。あの人はお前を助けるのに一緒に……」

「やー! あの人嫌いー!」


 なおも暴れて逃げようとするアノ。それを見てヴァイアスは何が何やらと首をかしげている。レイアは……すっと少し離れたところでその様子を見ているシーアのもとに近寄る。


「あなた、苦戦しましたの?」

「そうだな……少し"力を使いすぎた"かな。アミティ、ブラッディ、インテンシファイ……ああ、道中にカラミティも使ったし。まあ、しょうがないだろうね」


 イグルやヴァイアスに見えないように顔を俯け寂しげな笑みを浮かべるシーア。それを傍で見たレイアもまたどこか居たたまれない気持ちですっと自身の腕を抑える。


「まあ、あまり悠長にしていたら仕事が終わらない。私はもう行くとしよう」

「あ、し、シーアさん待って……」


 レイアが慌てて制止するもシーアはひらひらと手を振り、背を向けたまま巡回騎兵クルーラーが数十分前にそうしたように崖へと歩いていく。


「え、お、おい嘘だろ待ってくれよ! 俺はまだ何にもあんたにお礼を……」

「私は観光に来ただけだ。まあ、お忍びの旅でもあるから私のことは内緒ね、イグル」

「な、なんだよそれ! おい!」

「アノとのかくれんぼも中々に壮大で楽しかったよ」


 その言葉を最後に、シーアはひょいっと崖から飛び降り姿を消した。それを見たイグルは抑えていたアノを放し、崖へと駆けていき、大声を上げる。


「レイアちゃん……あの子のあの様子……」

「ええ、あれが以前お話しした彼女の"対価"ですわ……ヴィア姉さま」


 シーアが姿を消した崖を見つめヴァイアスは近くの岩に腰掛ける。そしてなおも悲しみに暮れるレイアを見上げるようにして微笑む。


「レイアちゃんはこれからもずっとあの人のお友達でいてあげてね」

「……ええ、そうありたいですわ。いえ、そうなってみせますわ。でないと……あまりにも報われないでしょう、彼女が」


 レイアは崖の傍で呆然とするイグルとそれを見てどこか困惑するアノを見たのち、視線をはるか遠方に向ける。それは奇しくもセントガルド王国のある方角、シーアが向かったその先であった。

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