SideB 隠し要素は早めに教えて下さい10

 カサカサと乾いた音が響く洞窟……体感だとこんな感じだ。鬱蒼とした木々が覆うこの石段を歩いてるとまるで外のはずなのにどこか狭い空間の中にいるような不思議な感覚。


「不思議です……前はこんないりくんだ道じゃなく、ただ真っすぐの石段だったはず」

「そうだな、これじゃあなんだかそびえたつ塔の周りを螺旋階段で上ってるみたいだぞ」


 飛鳥ちゃんのつぶやきに俺も考察をはじめ……たが10秒でやめた。うん、なんでこうなってるのか見当もつかない。そんな俺と違い何やらぶつぶつとつぶやく女性……零華だ。


「この感じ……まるであの時の地下道。それに……崖を上るような?」

「なんかわかるのか? 零華」

「……一種のデジャヴですわね。以前ランビレオンを追いかけた際にもこのような暗く長い道を歩きましたわ。そしてその先で……」

「うおっ! なんだよ、この草むら、水浸しじゃねぇかよ」


 一足先に石段を上りきったどら子の不満声に零華は「やはり」と意味深な台詞を仄めかす。どうやらこの世界がランビレオンをこの世界に調和させようと……いや、"上書き"しようと躍起になっているのか? だとしたらまずいぞ。


 ようやくどら子たちに追いつき、以前神社のある平地へとやってきた……はずなのだが、そこに広がる異なる世界。


 昔テレビで見た湿原。水に浸る地面の中生える鬱蒼とした草花。それが今俺たちの眼前に広がっている。そしてその先にあったはずの社は以前と異なり石造りの遺跡のよう。粗末なつくりだがそれが人工物であることは容易に見て取れた。


「皆様、聞いてくださいな」


 零華が足をとめ、緊張した面立ちで俺たちの顔を順に見回す。


「有栖さんがお持ちの手記にない情報が一つありますわ」

「え!?」


 真っ先に驚いたのは有栖。だが少し何かを考えだし、はっと零華のほうを見やる。


「志亜さんに聞いたんですか?」

「ええ、どうやら隠していたみたいですわ。聞いてくださいませ……ランビレオンの最大の特徴にして弱点を」


 それから零華は正直俺が待ち望んだこの後の化け物攻略の有力な情報をくれた。味とか見た目などではないたしかな情報……そう、"ランビレオンは濡れると透明になるがその間は軟化する"のだと。"姿を現している間の奴の鱗は恐ろしいほどに固い"のだと。


「なるほど……そんな能力が……」

「ふむ……厄介な能力のようだな今回の希源種オリジンワンも」

「はは、おもしろいじゃないか! あたしならどれだけ硬くてもこの拳でぶっ飛ばしてやるぜ!」


 百田兄妹、どら子の3人はもう戦闘モードのようで、湿原の中、ランビレオンを探し始める。俺は説明を終えてどこか不安そうな表情の零華を見てその肩をポンとたたく。


「それにしても教えてくれたのは嬉しいんだがどうして隠していたんだ? あいつは?」

「志亜さんは、いえ、シーアさんはランビレオンを殺せなかったのではなく殺さなかった……いえ、殺したくなかったようですわ」

「どういうことですか? シーアさんはカルレウムに現れた希源種オリジンワンは確かに討ち取ったと報告がありました」

「ええ、私もそう聞いていましたわ。でも、あなたたちがいないあの夜、シーアさんは教えてくれました。ランビレオンは……"神様"だと」

「神様……?」


 俺と有栖の考えと口にした言葉が重なった。零華はその様子を見てふと表情を和らげる。


「私もシーアさんから聞いて調べたのですが、ランビレオンがいた"ハビグマ湖"という地域では過去にそれはそれはひどい大雨があったといわれていますの。そして、その雨の影響でそこで生活していたとある集落が大飢饉に見舞われましたの」

「あー……ちなみにそれってシーアさんは調べたんですか?」

「ふふ、決まってるじゃありませんか。シーアさんにそんな事務作業は無理。彼女ですわ」

「はぁ……それじゃあ知らなかったのは私だけ。もうっ! あの二人は!」

「ふふ、本当に困ったお二方ですわね」


 有栖がなんだか仲間外れ? にされたようで拗ねているが、それなら俺もそろそろ拗ねていいころだな。


「よし、とりあえず二人だけの世界に入るのはお前らが言う仲良しペアだけにして、俺もそろそろ会話の輪に入れてくれないか?」

「ふふ、そうですわね。まあ、そのハビグマ湖の付近にあった集落は"ハクア"という小さな集落でしたの。そこは当時にしては珍しく、精霊族スピレイス人族ヒューマンレイスが共存していた場所でしたの」

「そういや精霊族スピレイス人族ヒューマンレイスは"不干渉"が暗黙のルールだっけか?」

「それはだいぶ後の話。当時は単純に"不仲"といってもよろしいですわね。"マテラ"姉様や"イドラ"たち兄様がそうあったように……ね」

「あー、登場人物を増やすな増やすな。よくわからなくなる。意外に思われるかもしれないが、俺は理解力が無いほうだぞ」

「"そうでした"わね」


 即答かよ……自分で言ってあれだが、異議ありと心の中で叫んだのは秘密にしておこう。有栖もなんだか笑いをこらえてるようなので後で小突いておこう。


「まあ、"ハクア"はそんな暗黙のルールを良しとしない……精霊族スピレイス人族ヒューマンレイスが興し、それに賛同した者たちが集まりできた集落。そしてそこでは……ある一匹の特殊な"ランブル"を"神様"として崇めていたそうですわ。ふふ、なんでもそのランブルを崇めるお祭りみたいなものもあったみたいですわ」

「……それってまさか」


 有栖の推察と同じ疑問を浮かべ、そしておそらく同じ答えを予想している。そう、その特殊な個体が"ランビレオン"なのだろう。零華も無言でこくりと頷き、話を続ける。


「彼ら"ハクア"の人々は精霊族スピレイスからも人族ヒューマンレイスからも自らを隔離した者たち。だからこそ、現地でひっそりと生きる温厚で臆病な"ランブル"を自分たちの境遇と重ねたのかもしれませんわ」


 そんなエピソードが……ん? まて、今何の話をしてたんだっけか。あーそうだよ、なんでシーアがランビレオンを匿うような真似をしたかだっけか。


「その話がシーアのこととどういう関係があるんだ?」

「いったでしょう、ランビレオンは集落の"神様"のような存在。そしてそんな存在だからこそ、大飢饉の際の精霊族スピレイスのとった行動が人族ヒューマンレイスとの決別につながりましたの」

「決別……?」

「ええ、大雨が起きたことで農耕が主な食糧源であったハクアの集落はそのほとんどの土地が水没したと聞きましたわ。ちょうどこの場所のように」


 気が付けば靴に水がしみ込んだのか、なかなかに足元が不快だ。水捌けが悪く、地面も浅めの田んぼのようだ。草で自分の足すらよく見えないのも不快感を高めている。


「食料がまともに取れず、ついには集落の全員にまともに食料がいきわたらなくなったとき、精霊族スピレイスはある生き物の肉を食し、生き永らえましたの。そう……"神様"の同族の肉を……ね」

「ちょ、ちょっと待ってください!神様って言いましたよね?」

「ええ、だからこそ人族ヒューマンレイスは蛮行とみなし、精霊族スピレイスとの亀裂が生じましたの。でも……本当の決別は人族ヒューマンレイス精霊族スピレイスの真意とその"自己犠牲"に耐えられなくなったのが原因ですわ」

「"自己犠牲"?」


 なんだかそのワードにずきんと頭が一瞬痛む。


精霊族スピレイスはランブルの肉を食べ、残り少ない農作物や他の食べ物を人族ヒューマンレイスに譲りましたの」

「そ、そんなことって。それじゃあ精霊族スピレイスは……」

「ええ、精霊族スピレイスにとっては自然の全ては生きるための糧。そこに尊敬の差異はあれど、その命に上下はありませんわ。だからこそ彼らは"神様"を食べて生き永らえ……そして"ランブル"を崇拝するという考え方は人族ヒューマンレイスに委ねましたの」


 俺は精霊族スピレイス人族ヒューマンレイスの"不干渉"という考えを誤解していたのだと思う。それは相手に興味がないとうわけではない。相手の考えを肯定こそしないが否定もしないということ。いや、むしろ種族の違い、考え方の違いを尊重していたのかもしれない。ちょっと精霊族スピレイスを見直したな……なんていうと偉そうか、はは。


「ふふ……さすが精霊族スピレイス、我が種族……ですわ!」


 もっと偉そうなのいたわ。なんだか有栖と零華のどや顔はもう見慣れてきたな。まあいつみても腹立たしいけど。


「おい、種族自慢はいいから結局のところ……ああ待て、そういうことか。つまりランビレオンはそんな2種族をもう一度"仲直り"させたかったのか?」

「ご名答ですわ、十字さん。先ほどお伝えしたランブルを崇めるお祭りでは代表の少女がランブルに踊りを捧げたのち、集落の者たち全員で宴を催していたそうですわ」


 最後の零華の補足説明でランビレオンがとった行動、その全貌が見えてきた。つまりあいつはこの異世界で元の世界の少女である有栖を連れ去ったのだ。またお祭りとやらをやれば精霊族スピレイス人族ヒューマンレイスが手を取り合うのだと信じて……。


「ええっと……すみません、今度は私がなんだか置き去りにされてる感じがするんですけど」


 俺よりも理解力の少ない少女は首を傾げどこか輪に入れないことに焦りを感じている。しょうがない……教えてやるか。


「まあ要約するとおまえはランビレオンに少女認定されたみたいだぞ。やったな!」

「は? え? もしかして何やら馬鹿にされてます?」


 有栖が怒りで徐々に顔を赤らめていくが、さすがに今回は零華も俺の味方のようだ。すっと有栖の肩をポンとたたき、同情の目を向ける。


「な、なんなんですか零華さんまで!? もうっ! もうっ!」


 まあ帰ったらゆっくりとこの幼女、おっと失礼、少女、おっとこれまた失礼、女性に教えてやるとしよう。それよりも……。


「お前も気づいたか十字。そろそろおしゃべりはやめておけ」

「おう、そうみたいだな」


 カサカサと揺れる木々の音に潜む水の音。そして、揺れる波紋。


「さあ、元の世界に還してやるぞランビレオン」

「ええ、この"ディペン"であなたを還します。それがあなたを殺さなかったシーアさんからのお願いです」


 有栖は手にした黒い万年筆、"ディペン"を指揮棒のように先を持ち、草むらの中から現れた大きな深紅のトカゲ、"ランビレオン"へと向ける。


「さあ、やってやれ! 有栖!」

「はい!」


 有栖はすっと目と口を閉じ、ペンを向けたまま沈黙を貫く。それはまるで聖職者の敬虔けいけんなる祈り。それを見てランビレオンはシュルシュルとその長い舌を出し入れし、有栖の様子を窺っている。


 言葉無き戦いはどれぐらい続いただろう。その均衡を破ったのは零華だった。


「ねえ、十字さん?」

「なんだ?」

「"ディペン"の使い方……あれであってますの?」

「え?」


 なんだか俺と零華のやり取りが聞こえたのか有栖の体がピクリと震えた。これは……幾度となく俺の期待を裏切り続けてきた……歴戦の……。有栖はすっと俺と零華のほうに向きなおり、手にした"ディペン"でペン回しを始める。


「これ、どうやって使うんでしょう? だれかご存じです?」

「えぇ……」


 げんなりとした俺と零華の声に有栖が慌てて弁明を始めているが、どうやら他の3人は元から"ディペン"に頼るつもりはなかったようで、素早く分散し、ランビレオンを囲い込むように陣取る。


「おうちに帰りたいと思わせてやれば勝手に帰るんじゃないか?」

「ふむ……あながち適当とも思えんな。まあ、おとなしく帰るつもりのないこの世界への客人なのだ、それ相応にもてなしてやらねばな」

「手伝いますわ、兄様!」


 どうやらランビレオンも危機を察したのか、それまでとは明らかに違う威嚇音じみた高音の鳴き声を上げる。俺はすっと有栖の前に立ち、腰に手を伸ばしそのままファイティングポーズをとる。そうだな、また丸腰だわ俺……。

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