SideC エピローグ ー 死角に調和するもの -

 "二本足"のものたちがこの地にやってきたのはいつの頃だろう。最初はほんの十匹にも満たない数であったが、気が付けばその何倍もの二本足が集まっていた。山の麓の水没林ではたまに見かけたことはあったが、このような地にまで生活圏を広げるとは驚きだ。


 よくわからないのは、二本足たちの中には火や水を何もないところから生み出すものがいたことだ。天に輝く稲妻までも何もないところから生み出すものもいた。あれには最初驚かされた。


 彼らを注意深く観察していたらどうも同じ見た目だが2種類いるのだと分かった。それは火や水を生み出すときに何も身に着けずともそれを行えるもの。それは火や水を生み出すときに必ず耳にリング状の装飾品を身に着けて行うもの。


 さらにそれを注意深く見ていて気づいたが、どうもその装飾品は何も身に着けず不思議な力を使う者たちが丹精を込めて作った物のようだ。それは時として雄から雌に。また雌から雄に。そして……親から子に贈っているように見受けられた。


* * * * * *


 長い間、二本足たちを観察していたつもりだが、どうやら私もまた彼らによって観察されていたようだ。彼らは私を見ると何やら足を曲げ膝を地面につき、腕を器用に顔の前で組み目を閉じる。


 彼らは自分たちの住処から少し離れた平地に大きな石をいくつも積み上げ、一つの建物を作り上げた。彼らの住処にしては壁らしい壁もない。ただ、雨を防ぐのにはもってこいの場所だ。


 様子を見ていたが一向にそこで暮らす二本足はいない。中に何かあるのだろうかと一度中に入ってみたら何やらそれを見た二本足たちはこちらを指さし、ほかの二本足たちを呼んだように見えた。


 集まった二本足たちはその夜、体をくねくねと不思議に動かしたり手にした杯をぶつけ合い、いつにもまして大声をあげて騒いでいた。何事かと思ったが、どうにもこの言いようのない居心地に抗えず、ただじっと二本足たちをその日は眺めていた。


* * * * * *


 どうやらこの場所は二本足たちが我らのために用意してくれた場所なのかもしれない。気が付けば同胞たちもこの石の建物に数多く住み着いている。


 やがて二本足たちは定期的にこの場所に集まり、膝をついて一斉に例の腕を組む姿勢で目を閉じ静止するという動作を繰り返すようになった。


 いつからだろうか、この定期的な集まりのあとに二本足の幼い雌が一人、我らのいる建物の前で皆に見守られる中くねくねと不思議な動きをするようになった。


 それを見ている二本足たちはどこか穏やかな表情をしているように見える。そうだな、あれは腹が膨れて眠る前のような……そんな気分に満ち溢れている。なんとも心地よい。


 このような時間がいつまでも続けばよいと思う。


* * * * * *


 それはそれはひどい豪雨だった。長い間、多くの雨を見てきたがその日の雨はまるで湖の水をすべて空からひっくり返すかのような水量だった。


 おかげでこの地の多くが水没し、二本足たちも多くのものが住処を失ったようだ。そして、彼らが地面に植えていた草木や植物もその煽りで大半が水没した。


 おそらくあれらは彼らの食糧であったのだろう。その日を境に、彼らの多くが飢えに苦しんでいるようであった。だが、それでも最初のうちはそれまでと変わることなく二本足たちは共に暮らし、共に支えあっているように見えた。


* * * * * *


 いつからだろうか。同胞たちが気づいたら一匹、また一匹といなくなるようになった。そして……二本足たちが大声で威嚇しあうようになった。


 どういうことだ……二種類いる二本足たちのうち、装飾品をつけているモノたちは数少ないであろう果実や植物を食べ飢えをしのいでいる。装飾品をつけていないものたちの多くは湖の魚であろうか、肉を食べて飢えをしのいでいる。


 その後も二本足たち同士の大声での威嚇は続き、やがて二本足たちはこの地から一人、また一人と去り、やがて誰もいなくなってしまった。


* * * * * *


 二本足はおろか、同胞たちもまたこの地を離れどこかへ行ってしまった。もはや風化し朽ちていくだけのこの地とともに……私も逝こう。


 私は同胞たちに比べ、長く生き過ぎた。同胞たちの多くの別れを見てきた。いや、同胞たちだけではない。二本足の多くの別れもまた見てきた。


 二本足たちはなんとも不思議な生き物だ。言葉も通じないというのに、どこか彼らの思いを汲み取ることができたような気がした。


 種類の異なる二本足たちは最後まで……互いを尊敬しあっていたように思える。威嚇しあっているように見えたが、決して互いを傷つけあうような真似はしていなかった。


 望まぬ別れだったのかもしれない。だが今はもう望んでも彼らの仲睦まじい姿は……あの光景はもう見ることもない。


* * * * * *


この地に残ると決め、さらに長い時が過ぎたように思える。いよいよ私にも終わりの時が来た。もはやこの身を動かす力もない。私もまた後に続く命の糧となる時が来たのだろう。


 今宵、私はこの崩れた石の建物にて眠るが……もう目を覚ますことはないのだろう。


 ああ、懐かしき光景が閉じたはずの眼前に浮かぶ。はは、目の前で踊る小さな二本足の雌は豪雨の前、二本足たちが集まった最後の時のものだ。懐かしい……。


 願わくは……またこうして二本足を眺め、穏やかな時を過ごせるように……。


〈叶えなさい……その願い〉


 なんだ……口の中に水よりも冷たい何かが入ってくる。それになんだ……私の中に響くこの声は。同胞か? それとも……最後に私にも二本足の言葉がわかるように……。


〈それでは……ともに勤しみましょう。我らが創造主様のために〉

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