SideB 隠し要素は早めに教えて下さい11

 新しい来訪者である力也とどら子の力を警戒してか、ランビレオンも今回は最初から臨戦態勢のようだ。しっぽをぶんぶんと回し、接近を許さない構えだ。


「そいつは尻尾のほかに鱗を飛ばし睡淵アビスビズをまき散らしますわ! 警戒を!」

「ふむ、遠距離攻撃も持ち合わせているのか。まあ、そんなもの我が爪ではじき落としてくれよう」


 力也はぐっと右腕に力を込めているようだが、依然見たようにその手は逞しく隆起している。だが、その先に延びた爪は依然見た丸まった爪と違い小ぶりの刃物ほどの長さの鋭利な爪をしている。


「お前の腕、どうなってんだよ力也」

「ふん、我ら獣人族ビーズレイスの"変異術式"、その中でも体の一部を変化させる術式だ。我の武器はこの両腕の爪。相手に応じて様々な獣の力を宿す。そしてこの剣獅子の腕こそ我が真骨頂……」


キンキンッ!


 力也は素早く右腕を振るい、何かをはじき落とす。なるほど、その足元に落ちた赤い鱗を見るに、零華を以前眠らせた毒の鱗か。てか俺見えなかったぞ? どういう動体視力をしてるんだこいつは。


「なるほどこの硬さ……下手な鉱石よりも硬く剣では分が悪そうだな」

「ははっ! 斬れないなら砕けばいいだろ! あたしの出番だ!」


 どら子はぐっと拳をつくり、ランビレオンめがけ突っ込んでいく。だが敵も黙って接近を許すつもりはないようで、振り回していた尻尾でそのまま遠心力を生かし横薙ぎを繰り出す。


「なめるなっ!」


 どら子はそれを避けるどころか腰を据えて拳で迎え撃つ。耳をつく甲高い衝突音ののち、どら子が派手に水しぶきをあげながら反動で地面を転がる。だが敵も尻尾をはじかれ、その巨体をわずかに後退させる。


「くそっ! 丈夫な尻尾をしてんな」

「だがおかげで隙はできたぞ、どら子」


 地面に座り込むどら子の横を力也が駆け抜ける。そしてランビレオンの背に乗るとその鋭く伸びた爪を敵の背に走らせる。先ほどとは異なる耳障りな金属音……というか黒板を引っ掻くような不快音。


「浅いか……」


 ランビレオンの尻尾が力也目掛け突き出されるがそれを大きく飛翔し回避する。敵の背には切り傷のような線が残るもダメージとまではいかなかったようだ。敵は高音の威嚇とともに尻尾をまたぶんぶんと振り回しはじめる。


「難しいですわね。濡らせば軟化しますが敵の姿が見えなくなる。かといってあのままでは硬すぎる……」


 零華が腕を組み思考を巡らせているようだ。その横で飛鳥ちゃんも前回のように紅の翼をはばたかせ、敵を睨んでいる。


「兄様の爪であの傷程度だと、私の翼刃フェザーファングでも通りは悪そうです」

「え? 何そのかっこよさげな技名」

「ええっと……翼刃フェザーファングは翼を硬質させ、敵に放つ技です。数多の投げナイフを想像していただければ良いかと」


 なるほど、力也の斬撃であれだと確かに刃物の投擲では効果は望めない。やはり濡らして相手の防御を崩したいところだが。


「やはり敵も学習してますわね。明らかに尻尾を濡らす気配がありませんわ」

「"アンティ"の時もそうだが、あいつら一度やられた時の記憶が残ってるのかよ」

「ええ、シーアさんも尻尾を切り落として相手を撃退したといっていましたし」


 さらっと零華は言ってるけど前回のアンティといいこのトカゲといい、希源種オリジンワンを倒してたのはあの女なのか。くそっ、この世界でも働いてほしいものだ。


 俺はどうしたものかとすっと横でペンを片手に様々なポーズをとっている有栖に視線を送る。徐々に魔法少女のそれに近づいていっているのでそろそろ止めなきゃという気になってくるな。


「おい、そのペンもういい加減使うのあきらめてお前も知恵を貸せよ。というかなんで使い方聞いてこなかったんだよ」

「だ、だって! シーアさんがあんな雰囲気で渡してくるんですから、聞くに聞けなかったじゃないですか!」

「まあ、たしかにあの雰囲気は聞きづらいよななんか物語的に……」

「あなたたち、おしゃべりはその辺にして敵を見なさいな。このままじゃあ力也さんはともかく、どら子さんの体力が持ちませんわよ」


 はっと前を見ると確かにどら子は腹に手を当てて苦悶の表情を浮かべ始めている。でも俺知ってるから……あれ単純に腹が減ってるんだろうなと。


「おい有栖! なんか食べ物ないのか!」

「あ、ありませんよ! お菓子があったけど昨日十字さんにあげてなくなっちゃいましたし!」

「まじかよ! 十字おまえ、あたしのお菓子を!」


 いや、お前のじゃねぇだろうが……というつっこみは飲み込むとして、このままじゃあじり貧だ。飛鳥ちゃんも向かったが尻尾を警戒して力也ともども攻めあぐねている。どら子も動きが鈍り始めているし。これは今回も撤退か……?


 俺は横でなおポージング研究にいそしむ有栖を見てため息をつき、すっと手にしているペンを抜き取る。


「あ、ちょっと返してくださいよ。もう少しで何か目覚めそうなのに!」

「それ目覚めたらたぶんやばいやつ……ん?」

「ど、どうしました?」

「な、なんか新しい技というか術式? に目覚めたみたいなんだが……」

「ええ!? なんで!?」


 リングで力也やどら子に触れた時と同じ感覚。勝手に頭の中にその術式の使い方がわかるというものだ。そして、覚えたのは"リターン"という能力。それは希源種オリジンワンをもといた世界に戻すというもの。だが……そのためには相手を元の世界に帰らせたいと思わせるか、倒してしまう必要があるみたいだ。


 俺が手にしたペンに視線を落としているとその視界の端でぷっくりと頬を膨らませる小動物……のような有栖がこちらを不満そうに睨んでいる。


「どうして十字さんがここにきて新しい術式に目覚めるんですか……私の輝かしい活躍の歴史がここから始まると思ってたのに。これは帰ったら志亜さんにクレームですね」

「そういう黒歴史フラグはいいから。それより結局このペンがあってもあいつをおうちに帰りたいと思わせないとダメみたいだぞ。どうするよ? 戦力外フレンドたち」


 俺の視線に有栖は相変わらず不満なご様子。そして零華は……「え? 私も戦力外?」と思わず自身に指をさし確認している。いや、だってお前子供たちいないと何もできないじゃん……。


「シーアはどうやってあいつのしっぽを切り落としたんだ?」

「ええっと……右腕でペチッとはたき落としてそのままもう片方の手で持ってた剣でこうスパッといったそうですわ」

「だってよ、お前ら! できそうか!」


「できるか!」


 はい、満場一致で却下。まああのトカゲもそれを警戒してか尻尾を水に浸けないよう常に横薙ぎの攻撃しかしていない。


「うぅ……もう駄目だ。今日は朝早かったからトースト5枚とおにぎり3つしか食べてないから……きゅ~」


 あ、やばい、どら子さんダウン。てか何そのいつもと違ったかわいいボイス。とりあえずその様子を見て飛鳥ちゃんが慌てて駆け寄り、どら子を避難させているようなので一安心。


「こんなことなら志亜に言って弁当代わりのサンドイッチでも頼んでおけばよかった……あるいはケチャップたっぷりホットドッグ……」

「お前言い残す言葉が全部食い物ってどうよ……」


キンキンッ!


 はっと俺が音の鳴るほうを見ると力也が敵に立ちふさがる形で俺たちの前で左腕を構えている。どうやら飛んできた鱗をはじき落としてくれたようで……あれ? さっきまで右腕じゃ?


 俺の疑問にどら子を連れてさがってきた飛鳥ちゃんがこくりと頷く。


「兄様の術式は10分使用するとその後10分間、同じ部位での変異術式は使えません。なので右腕と左腕を交互に使ってるんです。でも……兄様は右利きなので」

「飛鳥よ、案ずるな。あれの攻撃をしのぐだけなら左腕一本でも十分だ。いざとなれば"完全変異キングスタイム"もある」


 やばいぞ、俺の中の頼もしい仲間ランキング、現在力也の株が爆上がり中だぞ。だが、それでも一人であいつの相手はいつまでもできなさそうだ。早いとこ何とかしないと……。


「こうなったら十字さん、"アクアスフィア"で敵を程よく半身だけ濡らして差し上げなさいな! はずして尻尾にでも当たろうものなら終わりますが……」

「そうか! その手があったか! 狙いまだうまくいかないけど……撃ってもいいか、力也?」

「貴様ら……」


 はいプランBもお気に召さない様子。まあ失敗したとき一番被害被るのあいつだし気持ちはわかる。軟化してもあの太さの尻尾だ。あれで殴られたらたまったものじゃない。


 俺はどうしたものかと力也となおも戦闘中のランビレオンに視線を向ける。足や下腹部こそ水につかり透明にはなっているが、あの位置はしっぽが邪魔で攻めるのも難しいだろう。


 やはりあの鬱陶しい尻尾を切り伏せるのが一番楽だろうが、あの尻尾が透明だと軌道も見えず脅威な気はする。特にあの尾針は濡れても絶対硬さ健在っぽいしなぁ。


「うぅ……喉も乾いたしここの水、綺麗そうだし飲んでもいいか?」

「だ、だめですよどら子さん! おなか壊しますから」


 空腹で目を回しているどら子……ほんといつもと別人のようなか弱さが……てかいくら綺麗そうでもだめだろこんな水飲んだら……綺麗?


「おい有栖、喜べ。お前に活躍の機会をくれてやろう」

「はい?」


 俺はどら子の介抱をしようとそばで膝をついていた零華の肩にポンと手を置く。零華が慌ててこっちを向く。顔を真っ赤にしてな。


「な、なんですのいきなり! い、言っておきますけどそう気軽に女性に触れるものでは……」

「喜べ零華……おまえにも活躍の機会を進呈しよう」

「は、はぁ?」


 俺はあいた手を広げ、水の球体を思い描く。すると俺の眼前に大玉とまではいかないまでも、バランスボールぐらいの大きな水球が浮かび上がる。零華が先ほど言っていた"アクアスフィア"だ。


「有栖、"クオリティ"だ」

「え、ええっと何をすれば?」

「この水に色を付けろ。できればどぎついのがいいな……その方が"濡れても見やすい"からな」


 俺の意図を察したのか有栖が表情を引き締め、すっと俺の前に浮かぶ水球に手を触れる。そして有栖が瞳を閉じ、祈るように何かをつぶやく。そして……水はワインのような鮮やかな紫へと変わっていく。


「以前あなたのせいで買いそびれたブルーベリーの恨み……果たします!」


 あ、そういうご理由でその色……はい。


「おい力也! そいつの動き、止めれそうか? 悪いがそう何度も撃てそうにないから一発で決めたい。てかすでにもう眠いんだよ俺!」


 精霊術式の対価による睡魔がすでに俺を襲う。前回は小さなビリビリ電球、もとい、エレキスフィアでもくらっと来たが、今回はその比じゃない。


「ふっ……こらえろよ、十字」


 力也は不敵な笑みとともにランビレオンへと接近する。それを迎え撃つようにランビレオンは振り回すしっぽの高度を落とし、力也をけん制する……が。


「なめるなよトカゲ! 王爪キングスラッシュ!」


 引っ掻くように振り下ろされる力也の剛腕。刹那、力也の爪が金色に輝いたかのように見えたが、それに脅威を感じたのはランビレオンも同じようだ。尻尾での衝突を避け、大きく後ずさる。


 空を切った力也の腕はそのまま地面へと打ち付けられ、水しぶきを上げる。それが敵の視界を遮断する。その隙を力也は見逃さない。


 尻尾が止まりがら空きになる敵の背へと再度乗り上げる力也。それを嫌いじたばたと暴れだすランビレオン。そして、力也からのアイコンタクト。


「撃て! 十字!」


 力也はランビレオンの頭を思いきり足で踏みつける。それに怒ったランビレオンが体を持ち上げ大きくのけ反りこちらから視線を外す。俺は力也が敵の背を離れた瞬間、変化した水球を敵へと投げつける。


 若干軌道は怪しかったが、うまいこと敵の背に着弾するように放物線上に飛んで行った水球。パシャっと水風船が破裂するような音とともに水がランビレオンを包む。はは、思ったとおり濡れてもその液のせいで完全に透明とはいかないようだ。


 それに気づかないのか、ランビレオンは濡れたことでいったん距離を置こうとこちらに背を向けて走り出す。だが、そのせいで敵は背中ともども無防備な尻尾をこちらに向けることになる。


「飛鳥!」

「はい、兄様!」


 飛鳥ちゃんは大きく飛翔し、その深紅の翼を広げる。前回の光輝フレアと違い、その翼から氷が固まるようなピキッという音が響き、羽の色が黒く変質していく。


翼刃フェザーファング!」


 無数の黒い羽根がランビレオンへと飛び、紫色に濡れるその背に突き刺さる。鳴り響く驚愕と苦痛の悲鳴。だがそれは足止めに過ぎない。本命の力也の斬撃がぴんと立つ尻尾を薙ぎ払う。


 先ほどまでの硬さが嘘のように、力也の爪は敵の尻尾を切り飛ばした。悲鳴を上げつつ、敵は慌てて力也のほうを向き直る。力也はその様子を見て、すっと腕を下ろし、俺のほうを見て小さくうなずく。


「もう十分だろう、十字」

「ああ、そうだな」


 俺にもわかる。それまで感じていた殺気のようなものが消えた。目の前にいるのは体こそ大きいが、どこか温厚な小動物のようなか弱き存在。


「何度も痛い目に合わせたようで悪いが、元の世界でまた穏やかに過ごしてくれよ」


 俺は有栖がそうしたように、ペンを指揮棒のように持つとその先をランビレオンに向ける。仄かにペンが青白い光を放っている。行けそうだな……。


「元の世界に帰るといい……"リターン"」


 俺の言葉を皮切りに、ランビレオンの体がまるで無数の蛍でできていたかのように、小さな光の球体へと分散し、すっと天に昇るようにして消えていく。うまいこといったみたいだな……よかった。


* * * * * *


「しかしなんだ……要するに濡れても色がつけばいいのならちょうど後ろの荷台にペンキが転がっていたからそれを使ってもよかったのだな」

「まったく、そんなものがあるのなら先に言ってくださいな」

「いや……貴様もそもそもあのような作戦を思いついていなかっただろう、零華。というか敵の弱点を言ったのも神社に向かう階段だったろうが。なぜもっと早く言わん」

「……う、後ろで有栖さんや飛鳥さんと重要な作戦会議をしていて失念していましたわ」

「あのどうでもよい戯言のことか?」

「……その、ちょっと会話が弾んでしまいまして。その……ごめんなさい」

「に、兄様! 私もあの時は戦いを前に気が緩みすぎていました! なので、零華さんをそう責めないであげてください」

「ああすまんな。責めているわけではない。我もどうも会話というか冗談というものの勝手がまだわからんのでな。戦い自体は無事勝利したのだ。被害も皆無に等しい。だから気にはしていない」

「……"リーガー"さん、あなた中々にお優しいのですね」

「む、そ、その名で呼んではまずいだろう、"レイア"よ」

「ふふ、どうせ十字さんや有栖さん、どら子さんまで寝ていますし良いんじゃないですの? こんな時ぐらい。元の世界ではまともに会話なんてありませんでしたし……ね」

「……そうだな。この世界ではつまるところ我らは人族ヒューマンレイスのような存在。種族の違い……まして国の争いとは無縁。気楽なものだ」

「そうですわね。どうせなら"ヴィア姉様"もいてくれたなら……私は案外このままこの世界での生活も悪くはないと思えますのよ」

「おいおい、お前も王族としてこのままここでというわけにはいかんのだろう」

「あら、私は別に王族であることにこだわりはありませんのよ? どこかのご立派な王子様と違いましてね」

「立派だと? また心にも無いことをいう」

「ふふ、これが冗談というものですのよリーガーさん?」

「なるほど、あらためて精霊国の王女の気品というか人間性がわかった気がするな」

「ど、どういう意味ですの?」

「ふむ、これが正しき冗談というものかと思ったが、間違えていたか?」

「……獣人族ビーズレイスの未来は王子様共々明るそうですわね」

「ふ、それは誉め言葉として受け取っておこう」

「なんだか仲がよろしいですね、兄様。あ! そういえばレイアさん? 結局昨晩の有栖さんと十字さんってその後何があったんですか?」

「あ、飛鳥よ……お前もその手の話題が本当に好きだな」

「それはそうですよ。いつかは王女としてよそに嫁ぐ身ですから。その手の話題は好きというか研究対象のようなものなんですよ」

「そうなのか? 精霊国の王女よ?」

「な、なんでそこで私に私に振るんですの?」

「あ、そういえばレイアさんも王女でしたね」

「そ、"ソラ"さん!? あなたお兄様に似て不躾じゃなくて!?」

「ふ、それでこそわが妹よ」

「いい性格してますわね……あなたたち」

「それよりも……ね? レイアさん? 昨日の続き!」


 神社からの帰りの車。最後部座席には目を瞑り眠る……つもりだったがなんとか起きてる俺と横で寝息を立てている有栖。その前には飛鳥ちゃんとぐったりと空腹で眠るというか力尽きているどら子。そして運転手の力也と助手席に零華。


 まあ、いまさら起きて邪魔をするのもなんだか悪いし、こうやって力也や零華が仲睦まじく話しているのを聞いてるのも悪い気はしない。そうだな、しばらくはこの他愛もない平和な会話を子守唄に、俺も眠るとするか。

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