SideB チュートリアルのチュートリアル07

「この希源種オリジンワンはとある農村にて発見された鼠のような化け物とのことです。なんでも視界にとらえたものを"自身よりも小さな存在へと変える"能力を持っていたそうです」

「ネズミの化け物? 単に小さくする能力と違うのか?」

「そうみたいです。なんでも自分よりも大きな存在への憧れ……いえ、妬みのような感情がこの能力の原因ではと言われています」

「原因?」


 なんだかシンプルそうでややこしい能力のようだ。たしか希源種オリジンワンの奴らはそれぞれが固有の能力を有していると言っていたな。


「希源種はそもそも万物に宿る強い願望や悪意といった感情が"増幅"され、それが原因で生まれるとされる"独創術式"を有した存在。今回の敵である"アンティ"が鼠のような姿というのも何かわけがあるのかもしれません」


 なるほど……たしかに鼠はこの街でも生息している。そして奴らはいつだって自身より大きな存在である俺たち人間に恐れを抱いている。いや、中には自身より大きいというだけでこの世界を闊歩する人間たちに嫉妬や苛立ちのようなものを感じる奴がいてもおかしくはなさそうだ。


「おい、いつまで話している貴様ら。くだんの場所はここなのだろう?」


 そうだ、"一度目の夜"に俺が見た景色。目の前に静かに流れる川。その先に広がる住宅街。その光景にどこか妙に心が落ち着いた……そう、あれは俺が求めた……。


「くっ……こんなときに……」

「十字さん? なんだか顔色悪いみたいですけど大丈夫ですか?」

「あ、ああ。たまにある頭痛だ。ったく、色々な情報に頭の処理が追い付かないんだろうよ。ほら、俺のことは気にするな。それよりどうするんだこの後は?」


 パシンッ!


 小気味の良い音が鳴り響く。後ろにいた力也とどら子が奇しくも同じタイミングで右こぶしをもう片方の手のひらに打ち当てた。どうやら臨戦態勢といった感じでどこかわくわくしているように見えるんだが? こういう時だけなんだか息が合う奴らだ。


「我が獣人族ビーズレイスの武勇を見せてくれよう。鼠ごとき我の敵ではない」

「悪いがお前の出番はないぜ"リーガー"。あたしにかかればそんなの秒殺だ」

「おい、この世界ではその名で呼ぶなと注意されただろうどら子」

「ああそうだったっけか? わりぃな、ええっと……りきお?」

力也りきやだ、たわけが」


 力也の異世界での呼び名はリーガーなのか? そういやこいつら元の世界からこっちに来た際に偽名でも準備したんだろうか? いや、そうだろうな。いずれその辺も含め元の世界での立場などもゆっくり聞くのもいいな。まあそのためにはこの後を乗り切らなきゃだけどな。


「よくわからんが視界に入ったら小さくされるんなら離れた場所から攻撃できる能力とかはないのか?」

「ふん、そんな姑息な攻撃手段などあいにく持ち合わせてはいない。我は己が肉体で戦うのみよ」

「あたしはまあ炎ぐらいは出せるけど……この世界だとあんま建物は燃やしちゃダメなんだろ?」

「やめておけどら子。このコンクリートとやらでできた構造物はあまり火攻めには適していない」

「いや、元の世界でも何でもかんでも燃やしたらまずいし火攻めに適しているかどうかだけで判断するのもおかしいだろうが」

「む……そうだったか。いや、そうだな」


 響を常識人枠と判断したのもまずかったのかもしれない。本人は終始シリアスな表情だがどうも常識からは何かがずれている。


「まずは我とどら子が先行しよう。その後頃合いを見て来るがいい、響」

「まあそれが妥当だろうな。あたしは響と違って後ろから援護とかできないからな」

「ふむ、任された」


 なんだか俺が口を挟むまでもなく作戦が決まったようだ。戦闘が近づきどこか引き締まった表情の力也がどら子を顎で促す。なんだよ、ちょっとかっこいいと思ってしまったじゃないか。


 力也が警戒した様子ですっと路地裏へと消えていく。その後ろで依然余裕な表情のどら子が頭の後ろで手を組んだまま無警戒でついていく。


「力也は大丈夫そうだが、どら子は本当に大丈夫なのか? あんな様子で」


 二人の姿が完全に消えるまで見送った後、俺は響に問いかける。響は路地裏に視線を向けたまま小さくこくりと頷く。


「力也は獣人族ビーズレイスだ。特に奴は危機察知に優れている。奴が王として持つ素質の一つだろうな」

「なあ……力也って元の世界じゃ王様なのか?」

「正確には王子だな。いずれ王となる立場であり王としての素養を学ぶため励んでいたと聞く」

「まじか……正直全然そうは見えないんだが」


 それまで無表情を保ち続けていた響の顔が緩む。貴重な笑顔だ……イケメンのな。


「そういってやるな。元の世界では本当に王族らしい威厳と礼節を重んじる立派な人物だった。まあ……この世界にきてどこか気楽に、いや、あれが本来の奴の姿なのだろうな」

「どういうことだ?」

「元の世界では皆さん大変な立場でしたからね。響さんだって随分と苦労されてたんじゃないですか?」

「そんなことは……ないさ」


 途中から会話に加わった有栖の問いに響の表情がどこかもの悲しいものへと変わる。


「まあそれでも……この世界での暮らしは悪くない。いや、叶うならば永久とわにいたいと思うほどにな」

「なんだ? いつか響や他の連中は元の世界に帰るのか? てか帰れるのか?」

「……帰りますよ。私も響さんも……他の共会荘の住人達も」


 あれ? 今すべき質問じゃなかったか? なんだか響と有栖の表情が憂鬱げだ。でもこの点は正直はっきりしておきたいところではあった。そしてもう一点……。


「俺もいつかは元の世界に……そのセブンスフォードとかいう世界に帰るときがくるのか?」

「それはあなた次第ですよ……十字さん。この世界はあなたがあなたの"存在"を取り戻すための……そう、チュートリアルみたいなものでもありますから」


 どういう意味だと率直に思うが、有栖のどこか寂しそうな笑みに俺はこれ以上聞く気にはなれなかった。有栖は俺が気を遣ったのを察したのか無言のままにっこりと笑みを向ける。


「む……?」


 響がすっと羽織っているジャケットの懐からスマホを取り出す。そして少し顔をしかめながら電話に出る。


「どうした力也? わざわざ電話など……なに?」


 嫌な予感がした。電話の相手が力也とわかった段階で俺の中にピリッとした衝撃が流れるのを感じた。


 響はスマホを切ると険しい表情で俺と有栖を交互に見遣る。


「どうやら"アンティ"はあの路地裏を根城としているらしいな。二人とも入って早々に襲われたらしい」

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