SideB チュートリアルのチュートリアル06
「なあ、そういえば俺ってどんな能力が使えるんだ?」
バイト先のコンビニへと向かう道中。まだ住宅街だからそこまで行き交う人も少ないし会話を聞かれることもそうないだろうと俺は横を並んで歩く幼女……おっと、女性の有栖に話しかける。
「なんだか一瞬不快な念を感じましたが……そうですね、十字さんは
「おお、なんだかすごそうだな」
「ふふっ、実際にすごいことなんですよ。あ、そうだ、これを渡しておかなきゃですね」
そういって有栖は肩から掛けていた小さなポーチから何かを取り出し俺に渡してくる。そしてすぐさま俺はぎょっとなる。
「あ……ええと、そのなんだ? 突然こういうの渡されてもだな?」
「はい? 何言ってるんですか? その指輪がないと"媒体術式"は使えませんからね?」
「え? 媒体? あ、ああなるほどそういう……」
俺は手にした二つの指輪に視線を落とし小さくため息をつく。そうだよな、そういうのなら渡すのは一個。しかも女性から渡してくるもんでもないしな。
「なんだか残念そう……? 何かおかしなところありましたか?」
気づいたら俺の行く手を遮る形で先回りし、ぐっと顔を近づけながら問いかけてくる有栖。たぶん俺の曖昧な記憶を遡っても女性経験はないっぽいのでそういう男性の心をくすぐる仕草はやめて欲しい。
「いや、二つあるけどこれどう使えばいいんだろうなぁと」
「ふーん……なんだかごまかされてるような気もしますがまあその指輪はあなたの能力"トライアル"にとって重要なものなんでなくさないで下さいね」
「トライアル?」
「まあ、本当は"アクセス"と呼ばれる『全種族の術式を対価無しで使える』というでたらめな能力なんですが、この世界では使えません」
「え? 何その残念な情報。じゃあ俺この後戦う術がないんじゃないか?」
「まあ、その"アクセス"の劣化版が今のあなたの能力"トライアル"です。そのリングをつけて他種族に触れれば対価を条件に、共鳴なしで"媒体術式"が使用できます」
なるほど、たしか人族は術式を使うのに"媒体"が必要とか言ってたしな。
「リングは二つあるので術式も同時に二つまで使うことができます。もし使いたい術式を替えたい場合は他の種族に触れて交換したいと念じれば使える術式が上書きされますね」
「なるほどな。まあ大事なものだしとりあえずつけておくか」
「そうですね……絶対なくさないでくださいね。絶対ですよ?」
「……善処します」
俺は指輪を両手の中指にはめる。間違っても薬指にはつけません。
「ふ……"トライアル"とやらの準備はできたか?」
後ろから待ってましたと言わんばかりの声が上がる。今回の対化け物要員としてついてきた力也だ。その横ではスティックキャンディを口にくわえたどら子も興味津々で俺の指にはまるリングを見ている。
「そうらしいな。とりあえずこれで俺にもお前らの言う術式が使えるってことだな」
「だったらあたしの竜化術式をさっそくセットしておけよ。最強だぞ!」
「何を言うどら子。ここは
顔を近づけあい睨み合う力也とどら子。君たち一応俺の護衛という形で今回同行してるんだから少しは連携というものを意識して下さい。
「お前たち、目的をはき違えるな。今回は十字の護衛が俺たちの使命。種族自慢をするなら帰って食堂ででもやっていろ」
先ほどから出会う女性の九割を振り向かせている美男子、こと、響が圧のかかった声で二人を制止する。やばい、頼れる常識人枠が決まったな。
「ちっ、あたし一人でも余裕だってのにうるさい野郎が二匹もついてくるなんてな。まあさっさとやることやって帰って飯だ。あ、そういえば十字? お前のところのコンビニ、確かフライドチキンのうまいところだよな? 終わったらいっぱい買ってくから揚げるのよろしくな!」
「ははは、無事終わったら景気づけに俺が五本ぐらい奢ってやるよ」
「五本か……足りないぞ!」
「えぇ……」
本当に胃袋だけは竜のままじゃないかこいつ? 俺が呆れていると横でくすくすと笑う声。
「しょうがないんですよ十字さん。
「はあ? なんだそんなデメリットというか弱点があるのか」
「まあ、術式を使用するにはそれなりの対価が必要なんですよ。例えば百田さんの変異術式は時限式。つまり連続で使用できる時間が限られています。そして、一度使うとしばらくは同じ術式を発動できません」
「そうなのか? おい力也、お前術式何分使えるんだ?」
「む、なんだ藪から棒に。まあそうだな、この世界では10分が限界であろう。その後は同じく10分も待てば再度使えるだろうな……まあ全身を変異させる場合はその10分も問題なのだが……」
いやに含みのある返しだが……まあ世の中そんなに甘くないってことか。たしかに便利な力にはそれ相応の苦労というかルールがあるというのもなんだか妙に納得できる。俺は無言のまますっと響の方に視線を投げる。それを察してくれたようで響はこくりと頷く。
「
ふむふむ、つまり整理するとどら子は力を使うとカロリー消費が激しい。力也や飛鳥ちゃんはその能力に時間制限があり、再度使うにはいわゆるクールタイムが発生する。そして響は声を酷使することになり喉がかれるとアウトってことか。
「はは、なんだかゲームにはない裏設定みたいで面白いな。ゲームだとよくMPが足りないって説明だけで能力が使えなくなるんだけどな」
「えむぴー? なんですかそれ?」
有栖が首をかしげて復唱している。なんだ、ゲームを知らないのか?
「マジックポイントの略語だったはずだ。まあ、能力を使うのに必要なポイントがあって、それが足りないと能力を使えないってことだ」
「ふむふむ……あ、もしかしたら十字さんの"ステータス"を使えば十字さんのえむぴーっていうのがわかるかも」
「ん? なんだ、それも俺の能力か?」
「はい。十字さんがこの世界で使えるのはトライアルとステータス。そしてコンティニューの3つです」
コンティニューは食堂での話し合い中に聞いたな。たしか同じ日を3回までやり直せる……つまりあまり実現はしてほしくないが1日3回までなら死んでもセーフってやつだ。
「そのステータスってのはどうやって使うんだ?」
「ええと、聞いた話では自身の表示したいステータスを念じて『ステータス』と唱えればいいはずですよ」
なるほど。物は試しにやってみよう。俺はHPやMPなど、ゲームをやったことのあるものなら一度は耳にしたような用語を様々に思い浮かべる。
「ステータス」
「ひゃっ!」
「な、なんだ十字それは!?」
うおっ! なんだなんだ? 俺の目の前に青い透明のウインドウが現れ、今ほど俺が思い浮かべた体力や力、俊敏さなどが数字で表示されている。
ここで問題なのがこのウインドウが見えているのは俺だけではないということだ。
「び、びっくりしました。これ、もしかして十字さんの"ステータス"の力ですか?」
「お、おうそうみたいだな……って、あれ? お前見たことないのか?」
「な、ないですよそんなの。自分のステータスは自分にしか見えないって聞いてましたし」
そりゃそうだよな……自分の状態が相手に筒抜けになってしまうなんてどんな罰ゲームだよ。というか本来は"他人には見えない"んだよなこの能力は。あれか、さっき有栖が言っていたがこの世界だと元の世界での力が劣化するとかいうやつか?
「な、なあ有栖。お前確か俺がチートな能力持ちだって言ってたよな?」
「え、ええそういえば……う、嘘は言ってませんよ!実際にまさにチート
のような能力を持っているわけですから!……元の世界限定ですけど」
最後の台詞だけ小さく言うのはやめろ……。あと顔をそらしながら言うのもな?
「あ、安心して下さい! 相手は確かに未知の能力を持つ化け物ですが……攻略法はあります! というか、攻略本といったほうがいいんですかねこの世界では?」
また何かおかしなことを、と思っていたら有栖は再びポーチを漁るようにごそごそと手を入れ、一冊の分厚い手記のようなものを取り出した。随分と年季が入ったもののようでところどころ表紙に綻びがある。あとそのちっこいポーチのキャパシティどうなってんだよ……異次元収納?
「ふっふっふ……この手記にはなんと全ての
「え? マジ? 騙されてない俺? というかお前が?」
「もうっ! 流れるように失礼なこと言わないでくださいよ。これはデマじゃありませんから。確かに
おそらく有栖が書いたものじゃないだろうし、なんとなく有栖が実際に希源種と戦って得た情報とかでもないだろう……まああまりその辺をつっこむと目の前のドヤ顔少女がまた機嫌を悪くしそうなのでぐっとこらえる。
「十字さんが今回襲われたときの状況から察するにおそらく今回の相手は"アンティ"……『最強にして最弱なもの』と言われた化け物だと思われます」
「アンティ……?」
「お? また白紙の手帳なんか見てんのか?」
俺の背中に何やらとても柔らかいものが触れているようで、続けざまに俺の肩越しにひょこっと顔を出し手帳を見て笑うどら子。
「は、白紙じゃありません! 私にしか見えないだけです! 前にも言ったじゃないですか」
「はは、何度聞いても信じられないな」
「どういうことだ?」
有栖は冷やかしてきたどら子を恨めしそうに睨んだのち、手記を開き中を俺に見せてくる。なるほど……確かに中は白紙のようだ。
「有栖……なんかごめんな俺文句ばっかり言って。そんなにお前を追い詰めていたなんて……」
「だーかーらー! 嘘じゃないですって! これは私にしか読めないんですってば!」
「んー……そうだな。お前の情報頼りにしているからな」
「その可哀そうなものを見るような眼をやめてくれませんか?」
有栖が頬を膨らませぷんすかと怒っているが……まさにリスそのものに見える。さすが『人間界の小動物』の名を体現したような……あ、まずいこぶしに力をこめ始めた。
「信じてやれ、十字。有栖は間違いなく俺たちの中でも特殊な部類の能力を有している。おそらく何か彼女にしかわからぬものがあるのだろう」
「そ、そうなのか? てか有栖が特殊?」
「……響さん? そういうのは秘密だっていいましたよね?」
「む……そうだったか。すまない、以後気をつける」
有栖がきっと響を睨む。その視線に少し委縮されたように響は後ずさる。な、なんか有栖さんちょっと怖いんですけど?
「あはは! 馬鹿だなぁ響! 有栖が"はぐれもの"ってのは内緒だってこと、あたしだって覚えてるのに」
「うむ……油断したな貴様。有栖がセントガルド国の……」
「あなたたち全員黙って! 私はただのか弱く可憐で儚げな女の子ですから! ね? 十字さん?」
有栖が呆れつつ必死に三人を制止し、振り向きざまに慣れない色目で俺の方を見てくる。いずれその辺問いただそうとは思うが、まずはこの後の危機回避だ。そろそろ問題の起きた路地裏の道の近くだ。
「"か弱い"の部分だけ認めてやろう。その後のは却下な。んで、そろそろお前が食堂で言ってた"一度目の夜"に俺が殺された場所につくんだが、その手記にはその化け物について何が書かれてるんだ?」
有栖は少し不貞腐れた表情だったが本来の使命を思い出したのか手記をめくる。すぐに該当のページを見つけたようで開かれたページに目を通し始めた。
やれやれ……こんなんで本当に二回目の今晩大丈夫なのか。
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