SideA プロローグのプロローグ06

「なあクーラ? あの女はいったい何者なんだ? もしかして国から派遣された巡回騎兵クルーラーってやつか?」


 倉庫の案内を終え、村の入り口でシーアと別れたクーラのもとに何人かの村人が駆け寄ってきた。昨日の宿の食堂でも聞かれたが、実際のところ少女も件の女性が何者かを説明するほど情報を持っていない。


「この村には傭兵が受けれるような仕事もないし、なんだか怪しいねぇその女。見たところ一人なんでしょ? 傭兵って少なくとも3,4人で組んで仕事するのが普通だって聞いてるよ」

「倉庫を見たいって、もしかして事件を調べるふりして他の倉庫に忍びこもうって算段でもしてるんじゃないだろうな」


 好き勝手なことをいう……クーラは表情こそ崩さなかったが内心激しい苛立ちを覚えていた。それまで彼女が村人に対してこんな嫌な気持を抱いたことはなかった。


 そして、それと同時に強い違和感も抱いていた。今までこの村には多くの傭兵や巡回騎兵クルーラーが訪れたが、こんなにも邪険に扱われたことはない。クーラの脳裏に自身に笑みを向けるシーアの姿が浮かぶ。


「昨日も結局村の宿に泊まらずわざわざ村の外で野営したってんだろ? 食堂では普通に食事をとってたわけだし金がないわけでもないんだろ?」

「倉庫を見終えたらお前とももう別れてどこかへ行ったんだろう?」

「俺、ここに来る前に見かけたぞあの女。なんだか別の倉庫に続く道を歩いて行ったな」


 クーラは別れ際のことを思い出す。シーアは確かに倉庫を見終えた後、この倉庫から一番近い倉庫の位置を聞いてきた。自分が案内するといったがシーアは道だけ教えてくれればいいと同行を許してくれなかった。自分が何もできないのは嫌だと伝えもしたが彼女は「危険だから」といってそれ以上取り合ってくれなかった。


「おい、こりゃあもしかしたらもしかするかもしれねぇ。ちょっと腕っぷしに自信があるやつ何人か今晩動けないか?」

「おう、俺は行くぜ。ただでさえこの失踪続きで気が滅入ってるんだ。そんな時に盗みでもしようっていうならたとえ女でも容赦しねぇぞ」


 なんだかまずい雰囲気を少女は感じていた。気づいたらなんだか異様な熱気がこの場を支配している。止めようと思ったが、なぜかそれは無理だと自身の中の何かが警告している。


 村人たちは仕事道具である農具の中でも武器に使えそうなものを手に何か作戦のようなものを話し始めている。クーラはあたりが騒がしくなっていく中、ふと自身の膝に目を落とす。たしかに彼女もひとつ疑問に思っていたことがある。


〈なぜ自分なのか?〉


 この事件について何かしらシーアが動いているのはわかる。だが、もし巡回騎兵クルーラーでないにしろなにか国の命で動いているのなら自分などではなく大人たちに協力を仰いでいるはずだ。


 傭兵であるならばただ働きなんてしないはず。それに、一人で活動しているのもたしかに傭兵では珍しいと感じていた。実際にクーラがいままで出会ってきた傭兵たちも3人から4人ほどで固まって活動していた。


 怪しくないとは言えない。何か自分に嘘をついているのかもしれない。それでも……自身のために動いてくれている。力になってくれているのは間違いないと強く感じている。


 だからこそ、少女は目の前で騒ぎ立てる大人たちに向かい、精一杯の勇気を振り絞る。


「私も行く! 駄目って言っても絶対ついていくから! 一人でだって行くんだから!」


 村人はすっと顔を合わせ、困惑の表情を浮かべる。だが、クーラからの圧力に似た決意にあてられたのか、首を横に振れる者はいなかった。村人から危険がないよう必ず自分たちの後ろにいるようにと何度も注意を受けたがクーラはそれを聞き流し、目の前の雑多を避けるべくあてもなく遠くへと目を向ける。


「どうせなら今の言葉……お姉さんに言えてたら」


 まだ会って三日も経たないというのになぜか一緒にいないと心にぽっかりと穴が開いたような不思議な寂しさを感じる。早くに母親を亡くし、父親しか家族と呼べる存在がいなかった少女にとって年の近いもの以外でできた初めての"友達"のような存在。


「いざというときは……私がお姉さんを守らなきゃ!」


 夜の見回りの算段をはじめた村の男性たちに知られることもなく、クーラはぎゅっと拳に力を込め決意を固めた。


* * * * * *


 普段であれば心地よいと感じるはずの夜風にクーラは自身をキュッと抱きしめる。前を歩く男性たちはそんな少女の仕草に気づかず、何かを話している。会話の内容に少女が耳を澄ますとよく知った名が聞こえ、悲しみからか不意に顔を俯ける。


「クレイさん、昔から真面目だったけども正直どこか俺たちとは違って別の世界を見てたっていうか……」

「ああ、それわかるな。どこか心ここにあらずみたいなものがあったっていうかさ」


 自分が後ろを歩いていることを忘れているのだろうか。前を行く男性たちは特に気にする様子もなく"父"のことを話し続ける。


「でもまあ、家庭を持って子供ができてからはまたなんか変わったよな」

「ああ、元から仕事ができる人だったけど、いよいよ本腰を入れて仕事に向き合うようになったっていう感じだったよな」

「そうだな……」


 懐かしむように顔を上げた男性。やがてすっと顔を下ろし、はっと後ろに歩く少女のことを思い出したかのように振り向く。だが、そこを歩くクーラの視線は夜風に揺れる麦畑に向けられているとわかり、どこかほっとした表情で前へと向き直る。


 それを確認し、クーラもまた前を歩く男性たちを観察する。これから荒事になるかもしれないというのにどこかのんきなその様子にクーラは小さくため息をつく。


〈多分この人たちじゃあのお姉さんの相手などできない……〉


 それが良いことなのか悪いことなのか判断はつかないが、クーラの心はだいぶ落ち着いてきた。出発してすぐは勢いに任せてついてきてしまったのかもしれないという少しの不安を抱えてはいたが、それでも今はまたシーアと会えるかもしれない、彼女の力になれるかもしれないという気持ちが勝っている。


「セーリス麦はこの村の宝だ。そろそろ倉庫だ、ぼちぼち気合い入れろよ」

「おう、そうだな。もし本当に盗みに入ってたらただじゃおかねえ」

「今晩は俺たちが狩る者ってやつだな、へへ」

「おいおいお前が狩る者って柄かよ。前に畑で見かけたネズミにビビッて尻もちついてたお前がよ」


 目の前の会話は実にたわいもなく、緊張感の欠片もない。むしろ本当にこの男性たちを倉庫に向かわせても大丈夫なのかと心配とさえ思えてきたクーラ。すっと顔を上げ前を向くと目的の倉庫が見えてきた。いよいよだ……そう少女が思った時だった。


〈倉庫にいるのは本当にお姉さんだけなのか……?〉


 唐突に浮かんだ疑問とその先に待つ恐怖。そう、シーアは自身の父がいなくなったその理由わけを探しているのだ。気づいた時にはすでに男性たちは何やら小走りで倉庫へと向かい始めている。


 クーラはそっと胸に手を当て、足を止めた。夜の静けさが男性たちの慌ただしい声に一気にざわめき立つ。


〈"狩る者の収穫"……〉


 嫌な予感は少女の中にみるみると夜の闇のように静かに音もなく広がっていった。

 

 

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