SideB チュートリアルのチュートリアル05

「さて、皆さん少しは落ち着きましたか?」

「ちっ、摩子がわりぃんだぞ。あんなこと言うから……いや、書くから」


 椅子にどさりと苛立ちながら座るどら子。他の住人達も一気に熱が冷めたようで元の席についていく。


 『すまない』と書かれたフリップボードに顔を隠し若干顔を赤らめる印野さん。まあ、元はどら子の"竜人族が最強"とかいうニュアンスの表現に対抗してのあの態度とは思うが。


 俺がちらりとどら子を見るが当の本人は大きく欠伸をかいている。本当に自由だなこいつ。


「えっと、天魔族と天人族の説明に戻りますが、それぞれクインテッド公国と聖国ローファンという国を治めています。そして、天魔族には"印章術式"、天人族には"詠唱術式"と呼ばれる力が存在します」

「そうだな、俺たち天人族は声に乗せて様々な効果や現象を起こす詠唱術式を有している。その力で人族を正しき道に導くのが俺たち種族の使命だと……俺たちは考えている」


『黙ってろペテン師。お前たちはそうやって人族を都合のいい奴隷にしているだけだ』


「おい摩子、誤解を招くようなことを書くな。あと……」

「あ……」


 鐘谷さんはぐいっと印野さんからフリップボードを奪い取る。おいおい、なんかそれはまずい気がするんだが。ほら……印野さんが顔を真っ赤にして困惑しているのがわかるだろう。


「言いたいことがあるなら口で言え」

「か、かえして……それ返して!」


 蚊の鳴くような声とはこのことを言うんだろうな、というか弱く消え入りそうな声。もはや涙目で鐘谷さんの持つフリップボードに手を伸ばす印野さん。急な接近に鐘谷さんもどこか困惑している。俺が思うに……あいつ女性慣れしていないな。イケメンなのにな!


「あー、返してあげなよ鐘谷さん。まあなんだ……表現の自由だ。口よりペンの方がいいって人もいるだろ」


 まあ俺が知る限りは声がでない人以外そういう人はいないけどな。鐘谷さんからフリップボードを取り戻した印野さんはすぐ様ボードで顔を隠している。


「お、おい十字。なぜ響だけ"さん付け"で我だけ力也と呼び捨てなのだ」

「うるせぇ。お前俺と同じ24で同い年タメだろうが。鐘谷さんや印野さんはたしか27歳って聞いてるぞ。目上は敬うものだ馬鹿野郎」

「兄様……あまり細かいことにこだわるのは王らしくありませんよ」

「む? そ、そうか。よし、ならば今のままでよいぞ十字。我にさん付けは不要だ」


 安心しろ、お前に敬称をつける予定は生涯無いからな。てか王とか聞こえたが全力で否定したいので聞かなかったことにしておこう。


「ああ、俺もさん付けなど不要だ。鐘谷でも響でも楽な方で呼んでくれ」

「え? い、いいんですか?」

「ああ。もとよりこの世界での年齢など気にはならん。この世界に移り住んできたときの元の住人だかの特徴をそのまま引き継いだだけだ」

「そ、そうなんですか。じゃ、じゃあ今後は響さん……あ、いや響で呼ぶよ」


 そういやこのアパート、火災が起きた際になんか向こうの世界とごちゃ混ぜになったんだっけか。よくまあこんな個性の塊みたいな連中を受け入れられる状況があったもんだ。というかこの個性のオーケストラみたいな会場では有栖が一般人に見えてしまう不思議。


「ん? なにか私の顔についてます? あれ、なんだかいま私の株が少し上がったような」


 少しあってるだけに何だかむかつくな。まあ、この際だし利用させてもらうとするか。


「とりあえずこの中で説明が一番達者なのがお前だってわかった。だから説明を続けてくれるか。もう他の連中が間に入ると脱線ばかりするみたいだしな」

「ええっと、そうですね。あとはF子さんがいる幻妖族ファントムレイスですね。彼らは国というよりはエンドニア諸国と呼ばれる大小様々な島々が存在する地域に暮らしているのですが……まあ一言で言って一言で言えないくらいに色々な種族がいます」

「なんだそれ?」

「今言ったとおりです。彼らは多くの種族からなるのですが、共通して夜を好みます。この世界でいうと夜行性というらしいですね」

「あやつらは本当にルールというか……まあ統治という概念がないのだろう」


 力也がやれやれといった感じで手を横にする。統治がないって、無法地帯かよ。


「まあ、実際にあそこは人族の無法者も集まりますから。私は死んでも関わりたくありませんわね」


 零華もうんざりとした表情でつぶやく。おいおい、そんなこと言われたら今後F子と会った時どうすりゃいいんだよ。


「さて、最後に人族も少し説明しておきましょうか」

「なんだ? いわゆるただの人間ってことだろう?」

「そうですね。でも人族には"共鳴"と"媒体術式"と呼ばれる力が存在します。そして十字さん。その力は、あなたにも存在します」


 ようやく軽い気持ちで聞いた"共鳴"というワードにたどり着いた気がする。ここまでの紆余曲折……長かったな。


「人族は他種族と心を通わせること……"共鳴"を行うことで媒体術式を使うことができます。まあ、自身が身に着ける装飾品などを媒体にし、他種族が用いる術式の一部を使うことができるといえばわかりますかね? この世界でも魔法使いが杖などを使っていますよね。ああいった感じですよ」

「ほほう。なんだよ人族ってなんだか弱いイメージだったけど強いんだな」

「それでも他種族との共鳴が条件となりますので実際はかなり大変ですよ」


 そういってちらりと住人たちに目を向ける。あー、確かにこちらにおわす皆様と心通わせれるかといわれると……難易度高そうだな。


「それに、人族は必ずしも皆が他種族との共存をしているわけでなく、人族だけの国も存在します。それがセブンスフォードの中央に存在するセントガルド王国です」

「へー、人族だけの国か。でもそれじゃあ他種族との交流もないし、その媒体術式ってのは使えないんだろ? そんなので他種族から侵略とかされないのか」

「え、えーっとまあ一時はそういった動きもあったみたいですが」


 ここにきてなんだか有栖がばつの悪そうな表情を浮かべる。


「良くも悪くも我らの国々はパワーバランスが取れていたのだ。そこに人族の国を襲い勢力を拡大させてみろ」

「あー、他の国が黙っちゃいないな。というかそれを機に他の国々が手を組んで攻め入るとかありそうだしな」

「そういうことだ。迂闊に手を出せない存在なのだよ人族の国は」


 力也が少し忌々しげな表情を浮かべている。それに、他の住人もどこか苦い顔をしているのはなんでだ? 何か隠していないか諸君?


「あ、そろそろ十字さんバイトに行く時間ですよね?」

「え、あ! もうそんな時間かよ。てかお前らの説明はまあ多少はわかったけど、今晩の対策が何もできてないじゃねぇか!」


 テーブルを囲む住人たちの視線が一斉に俺に向けられる。なんだその今日一番の連携は。住人たち全員がどこか不敵な笑みを浮かべている。


「だからこそ我らがこうしてきたのだ」

「やってやりましょう! 兄様!」

「ははっ! やっとこの世界でも暴れられそうだな!」

「忌々しい希源種オリジンワンにこの世界まで好き勝手されたくはありませんね」

『喧嘩を売ったことを後悔させてやる』

「お前の命、俺たちが守り切って見せる」


 な、なんだよなんだか頼もしいじゃないか。そ、そうだな。こいつらも他種族ってことでなんか色々な力があるみたいだしな。


「あ、ちなみにこの世界だと元の世界の術式がなんだかうまく動作しないみたいで」

「うん?」

「ま、まあみんなの力があれば問題なしですよ!」

「おい有栖。お前今みたいな台詞この世界でなんていうか知ってるか?」

「え? ええっと……女神の祝福?」

「死亡フラグだ! は? え? 君たちこの世界だとその術式とやらは使えないの?」

「ちょ、ちょっと術式の効果が不完全だったり制限がちょっとどころじゃないくらいあるだけですから安心して下さい!」


 体感時間およそ30秒前に言った台詞撤回な。やっぱ頼りがいないわ。


「あ、ちなみに十字さんの能力の一つ、"コンティニュー"ですけど」

「おう、そういやなんかそんなのがあるって言ってたな」

「あれ、同じ日に3回まで死んでもやり直しができるって能力なんですけど」

「おお、なんだよそれすごいな」

「やり直しの際は記憶を持ち越せるのは私と十字さんだけですから」

「お、そうなのか?」

「もしこのあと死んだら……また今日のこのくだり全部やり直しですから」


 ……生き残ろうなんとしても。この悲劇というか喜劇のようだった時間を繰り返さないためにも。めんどくさいことになってきたな……。

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