SideB チュートリアルのチュートリアル04
夕食時には早い昼の三時。この時間に食堂に住人が集まるのは珍しいことだ。朝晩の二食の食事付きのアパートだが、食事以外でもたまにカフェがわりに食堂で時間を潰す者もいる。かくいう俺もまあたまに管理人さんがお茶とか出してくれるから……下心はないとは言わない。
「これで全員か?」
食堂には俺と
「やっぱり"F子"さんはこの時間だと来ませんね」
「ふん、相変わらずルールも何もない奴だな」
扉が開くと同時に少し憂鬱そうに入ってきた制服姿の少女。この食堂の真横、102号室に住む
「いいんじゃないのか? さっさと終わらせてさっさと飯にしようぜ? な?」
足を組みすごくダルそうに椅子にもたれかかっている女性は
まあ表札にも「Doraco」ではなく「どら子」と書いているあたり日本人寄りな気がするが。
前々から豪胆というか態度がでかい……あと胃袋がでかい食いしん坊なイメージだったが、こいつも異世界の住人かと思うと確かにそれらしい点はある……というか単に"この世"の常識知らずなだけかもしれないが。
「おいどら子。おまえ名前からしてもしかしてドラゴンや竜だとかいうんじゃないだろうな」
「お? なんだ十字? あたしのことは覚えてるのか?」
冗談を冗談で返したのかどうかわからない。え? この女ドラゴンなの? 黒髪にうっすらと緑のグラデーションがかかっていているような色合いだがこれももしかしてドラゴンっぽさを表現してるのか?
「ドラゴンじゃなくてその末裔。そう説明したほうがこの世界では十字さんに伝わるんじゃないかしら? どら子さん」
出されたお茶に口をつけつつすっと視線を俺に向けてくる凛とした態度の女性。気品の高さが伺えるこの女性は
「末裔? よくわからんがあたしはいつか竜に戻る。そして最強になるぞ」
「その竜とかいう大きなトカゲになったら我が国の守護獣として雇って差し上げますわ」
「馬鹿言うなよ零華。あたしは何ものにも縛られない!」
「はいはい、まあ
わかりそうでわからない異世界トークはやめてほしいな。あとヒューマンレイスとかいう異世界用語とかもな。
トントンッ
テーブルを小突く音とともに自身の前に文字の書かれたフリップボードを立てる青みがかった黒髪の女性。
『もう始めよう』
手にしたフリップボードで顔をかくしつつ時折こちらを覗いてきているのは
『← こいつといるの嫌だから』
自身の右隣にいる少々むすっとした顔つきの男性に視線も向けずフリップボードの文字を書き換えている。そういやなんかこの2人仲悪いんだよな。
「おい摩子。もしかしてそれは俺を指しているのか?」
零華と同じくブラウン色の髪だがこちらは随分と明るい色だ。昔どこかの教会で見たような……なんだか絵画に出てくるようなきりっとした顔立ちの男性だ。あまり話したことはないが名前は
『お前以外に誰がいる』
「俺のどこにお前を不快にさせる要素がある?」
あー、その質問は印野さんみたいな人見知りタイプにはご法度だぞ。ほら、すでに顔が赤くなって困ってるだろ。あんまり顔を近づけてやるなー、おーい。
『全部だ全部!』
「全部という言葉で安易にまとめるな。それでは俺のどこが悪いかわからないだろう」
顔だけでなく声もどこかイケボで少し嫉妬。まあそれはさておき、何の因果かこれだけ仲が悪いのにこの2人は部屋が隣同士。印野さんが201号室で響さんが202号室だ。
「"瞳さん"はまあ後で個別に十字さんに説明させるとして、始めますか」
「おい待て有栖。F子だけ個別とか一番いやな1to1ミーティングになるんだが」
「我慢して下さい。まあどうしてもというなら私が付き添いますよ」
「ちなみに二番目に嫌なのお前とだけどな」
「もうっ!」
お決まりのリアクションありがとうございます。さて、先ほどから話題に上がるF子こと
「とりあえずF子の話はもういい。そ・れ・よ・り・も? 有栖が行動に移ったってことは
どこか楽しそうな笑みでどら子が有栖に語りかける。
「はい、残念ながら。"一度目の夜"に……十字さんがやられました」
その場に座っていた住人がどこかぎょっと驚いたように見えるが、一度目の夜ってのは……おそらく俺が見た今晩起こっていたであろう出来事のことなのだろう。
「それが十字の持つ"コンティニュー"という能力か……どうも未だに信じきれんな」
力也が頭を掻きながらぼやく。よくわからんが"コンティニュー"ってのは俺の能力のようだ。
「十字さんは間違いなく英雄の魂を宿しています。その証拠に、彼はあらゆる術式を習得できる能力を有しています」
有栖は至極まじめな表情で俺を見ながら、その場の住人たちに俺の知らない俺のことを話し始める。
「ご存じの通り、十字さんは彼の
「共鳴? おい、なんだか早速俺だけ置き去りにされていないか?」
悪いがそろそろ俺に色々と説明してほしい。というかそのための場だよな? いまここ?
「そうですね、まず私たちがいた元の世界ですが、そこはセブンスフォードと呼ばれる大きな大陸でした。そこにはこの世界でいう人間を指す
「ふむふむ……」
「まずは
「
零華がすっと胸に手を当て、小さく会釈してくる。
「私たちは火や水、雷といった属性を司る精霊と共に生き、そして精霊の力をこの世に具現化する"精霊術式"という力を持っていますの。精霊たちこそが私たちのかけがえのない友……まあ、不干渉という条件で人族も同じ領土内で暮らすことは認めていますので、人族と仲が悪いというわけではないですから安心してくださいませ」
「不干渉って……仲が良いわけでもないよなそれって?」
俺の間髪入れない質問に零華は無言で顔をそむける。零華は確かにどこか俺に対し高飛車に振舞うことがあったが、今この話を聞いた後だとなんだか種族の特徴なんだろうなと思える。
「次は様々な動物の力を宿す
「ふっふっふ……我の番だな!」
勢いよく立ち上がる力也。ガタンと勢いよく倒れる椅子。そしてそれをため息交じりに起こす飛鳥ちゃん。苦労してそうだなこの馬鹿兄のせいで。
「というか有栖よ! 先ほどの死闘で決めた順番だと零華よりも先に我の国の紹介をすべきではないか!?」
「兄様……もうあのじゃんけんは忘れて下さい」
不満げな力也をなだめる飛鳥ちゃん。どうせならこの後の説明も彼女がしてくれた方がいいんだがイキる力也相手にそう頼むのも難しそうだ。
「おい力也。まだこの後何人も控えてんだ。自分とこの紹介は100文字以内に簡潔にまとめろよ?」
「おい、なんだそのルールは十字!」
「……私たち獣人族は力こそ正義で、弱肉強食が統治における絶対のルールです。種族固有の"変異術式"という力を持ち、動物に姿を変えたりその能力を用いることが可能です」
以上、飛鳥さんからの簡潔かつ分かりやすい説明でした。
「あ、飛鳥? お前我の出番を……」
「有栖さん、兄は
有栖は苦笑を浮かべつつすっとどら子に視線を向ける。それに気づいたどら子がふふんと鼻を鳴らし胸の前で偉そうに腕を組む。
「あたしは
「……え? 説明終わり?」
「おう!」
何も情報のない説明を説明と呼んでいいものか……。俺が困った眼を浮かべ有栖を見ると向こうも察したようだ。なんだか哀れな目でどら子を見ている。
「竜人族の国は竜帝国ヴィンタニア。竜人族を神のように崇める人族によって興った国です。まあ、彼らは自由奔放過ぎる性格で統治なんて無理なので
「なんか食べ物とか美味いものいっぱいくれるし人族はいい奴が多いから好きだったぞ」
「餌付けみたいなもんか……?」
どうやら餌付けがなんなのかどら子はわかっていないようだがそのままわからないままでいてもらおう。
「まあ、たしかに竜人族の力は全種族の中でも随一です。彼らの庇護下にあれば安全と考えた人族が興した国のようなものです」
自分から他種族に従属とか……考えられない気もするがまあ戦争時に大国を味方につけるため同盟を結ぶようなものか。
トントンッ
テーブルを強めに小突く音が響く。フリップボードをつんつんと指さす印野さんがどこかふふんとどやった顔をしているように見える。
『天魔族も最強だ! 天人族なんか目じゃない!』
「ん? "テンマゾク"……? それと"テンジンゾク"でいいのか読みは?」
漢字で書かれているがおそらく読みはこの世界通りではないんだろうな。俺の疑問に気付いたのか有栖はくすりと印野さんに笑いかける。
「
「ふむ・・・漢字の字面からなんか悪魔と天使みたいだな」
「言いえて妙ですね。実際私たちの元の世界では悪魔と天使と呼ばれる存在がいたとされました。そして彼らはその末裔と言われています」
「へー、そういうのやっぱいるんだな」
トントンッ
もはやこのテーブルを小突く音が合図みたいになってるな。
『私たちは人族を超越した存在。よって貴方も私に従うべき』
「おい摩子。十字は貴様の
「そうだぜ摩子。十字はあたし達竜人族のもんだぞ」
「何を抜かすかどら子。十字は獣人族の英雄になるべき存在だぞ」
なんだか俺って人気者なのか? 気づいたら住人たちが俺がだれのものかという嬉しくない議題で論争を始めている。あー、だれかどら子と力也をおさえろー。取っ組み合いでも始めそうだぞ。
「ちょ、ちょっと皆さん! 話し合いの場ですよここは! それに、その話はまだしないって約束でしょ!」
「なんか俺の知らないところで俺の絡んだ約束事してるみたいだな。ってかこれ収拾つくのか?」
依然として続く住人たちの論争を止めようと有栖も仲裁に入っていく。まあ、無理だわな。この中で一番小柄な幼女、おっと、女性が止めれる状態じゃない。やれやれ……。
俺も場の鎮静に努めるかと立ち上がると同時に食堂の引き戸がガラガラと開く音が聞こえた。
「皆さんなんだか楽しそうですね。十字さんがだれのものか……で争ってるみたいですけど、私も参加してもいいんですか?」
「なになに? 何かゲームでもしてるのありす?
突然の声と急に訪れる沈黙。少々熱くなっていた零華や飛鳥ちゃんが反省からすぐに黙るのはわかるが、どら子や力也までぴたりと止まるとは驚きだ。そういやF子の他にまだこの場にいない住人がいたな。
ドアの前で絵芽という幼女の頭を撫でながらすっとこちらに視線を向ける黒髪の女性。この
「あー、そういうわけじゃないよ絵芽。ほら、早く志亜さんと部屋に戻ってようね」
「むう、なんだか絵芽だけ仲間はずれにしようとしてる? ねえ、しあー」
笑みは浮かべているがなんかもう絶対怒ってますよね? と思われた管理人さんの表情がふと緩んだように見えた。ナイスだぞちびっ子2人! おっと失礼、幼女とレディー。
「食堂は自由に使っていただいて構いませんが、あまり騒がれるとご近所さんの迷惑にもつながるので気を付けてくださいね」
ただの笑顔のはずなんだが、なんだか俺以外の住人たちが顔を引きつらせている気がする。俺が有栖に視線で問いかけるもその視線に気づくことはなく、志亜さんに連れ去られていく絵芽に手を振っている。
〈管理人さんも異世界からきた人……なのか?〉
ふと浮かぶ疑問。まあ、他の住人たちのリアクションを見るに少なくとも無関係ってことはなさそうだな。そういえば有栖は管理人さんとこに住んでるんだよな……うらやまし……じゃなく、どんな関係なんだ?
「相変わらず仲良しさんですね。あの2人は」
緩んだ笑顔で俺のほうを振り向く有栖。俺の疑惑とも不満ともとれるであろう視線にようやく気が付いたようだ。そうだな、流石にわかるよな俺のこの疑問。管理人さんの正体について……。
有栖は何かを悟ったのか小さく頷き、任せて下さいと言わんばかりに胸をポンと小突いた。
「えーっと、せっかくですしちょっとトイレ休憩にしましょう。ね、十字さん」
気を利かせたつもりでウインク付きで俺を見てくる有栖。オッケー、なにもわかってくれてなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます