SideA プロローグのプロローグ04

「えーっと、どこから話そうかな。まず最初に言っておくと、他の国の人間たちは他種族と別に仲良しこよしというわけではないの。むしろクーラがいった通り、一緒にいる"だけ"の国もあるの」


 クーラはシーアの意図が分からないのか無言で首をかしげる。


「まあ、各種族と人族ヒューマンレイスの間には暗黙のルールというか決まりがあるのよ。例えば、精霊族スピレイスと人族のルールは"不干渉"。まあ同じ領土内だから互いに交易ぐらいはしているけれど、原則精霊族と人族は互いのやり方には口出しなんかはしないの。それに統治も各々の種族で王を立てているしね」

「お、王様が二人いるの? でもそれじゃあみんな誰に従えばいいの?」

「言ったでしょ、人族は人族の王に。そして精霊族は精霊族の王、いえ、女王に従っているわ。まあでも、実際のところは好きな方に従うって感じかな。それもあって両種族が一緒に暮らしている村や町なんかもあるしね」

「一緒にいるのに、なんか変だね」

「でもそれで長年うまく同じ領土内にいるわけだし、種族間の違いもあまり考えなくてよくなるから共存の在り方としては一つのうまい方法ね」


 クーラにとって一緒にいるということは仲良く協力して生きるというイメージが強い。だがシーアにとって一緒にいることはどちらかというと調和をとってともに存在するというニュアンスを含んでいる。


「じゃ、じゃあ獣王国ラングスの獣人族ビーズレイスと人族は?」

「彼らと人族のルールは"弱肉強食"。まあ争いごとがあれば己の武勇で正義を勝ち取るって感じかな。もっとも、人族はまず他種族とやりあっても勝負にならないから、各々が主と決めた獣人族に従属しているって感じね」

「従属!? それって……奴隷ってことなの?」


 従属という不穏な言葉にクーラは不安を絵にかいたような表情でシーアに迫る。その切迫した様子にシーアは少し気圧される。


「か、彼ら獣人族は自分に従う者に関しては皆家族のように扱うわ。自分が従えるものは財産という認識だから従えば彼らの庇護下におかれるわ。だから人族にとって獣人族の下につくことは別にデメリットでもないの」

「ふーん……弱い人にも優しいんだね、獣人族は」

「そうね、血の気が多いのも多いけど、筋が曲がったこともしないし嫌いじゃないわ。少なくとも、同じく血の気が多い竜人族ドラゴレイスよりも100倍マシ!」


 終わりに近づくほどに語気が荒くなったシーアの台詞にクーラは思わず苦笑する。シーアもそれを察したのかこほんっとわざとらしく咳をし、落ち着きを取り戻す。


「あいつら、簡単に言うと我儘、いえ、自分勝手、いや、超マイペースなのよ」

「あ、あはは、なんだかすごそうだね」

「あいつらの信条は"自由奔放"。何ものにも縛られない存在ってことなんだけど、まああいつら力だけはバカ強いけど基本的に無害だからさ。人族は彼らを崇めることでその加護にあやかってるって感じかな。まあ実際に竜人族の強さは全種族の中でも折り紙付きだから好き好んで喧嘩を売るような種族もいないからね」

「へー、すごく強いんだね」

「でもあいつら馬鹿だからほんと気分だけで他の種族と力比べだ! とか喚くから私はもうごめんだわ」


 シーアももしかしたら経験があるのか、その表情はひどく渋い顔をしている。


「あとは天魔族ダークレイス天人族セインレイスはそもそも仲が悪いわ。どうも彼らの祖先である悪魔と呼ばれる存在と天使と呼ばれる存在の時からの因縁みたいね」

「私知ってる。天魔族と天人族は今でも争ってるんだよね」

「そうね。天魔族は人族を恐怖と力で"支配するもの"と考えてて、常に人族の国に目を光らせている。一方で天人族は人を"導くべき種族"と考え、自分たちのもとで統治・管理しようと考えてるんだけど、正直どっちもろくでもないってのが私の意見」

「天魔族はなんだか人族に対して攻撃的だって印象だけど、天人族も何か問題があるの?」

「……あいつら押しつけがましいのよ。何でもかんでも人族に対し自分たちの考えが正しいって。天魔族のほうがどついて力を見せれば大人しいからまだ楽ね」


 そういってシーアはぶんぶんと腕を回す。もしかしてシーアも血の気が多い人なのか、と思うもクーラは口に出すのはやめておいた。


「最後は……幻妖族ファントムレイスだけど、あいつらもう"その他族"って名前でいいんじゃないかしら。一言で幻妖族っていってもいろんな種族がいるのよね」

「そうなの?」

「有名なところでは角を誇りとし、幻妖族の中でも屈指の力を持つ万角族リドルホーン。不思議な能力を繰り出す三眼族トライアイ。あそこの女王はこの種族ね。まだまだいるんだけど、幻妖族でまとめられる理由は奴らは闇の中で本領を発揮する点ね」

「闇の中って……夜のほうが元気なの? この村じゃ考えられないな。夜はみんなすぐに寝ちゃうから」

「夜行性の種族が多いし、実際に明るい時と夜とであいつらの力は随分と差が出るわ」


 この村では朝も早いことからあまり夜更かしをする者はいない。それこそ村の祭りなどで夜通し騒ぐような行事でもなければまず夜遅くに活動する者はいない。クーラも夜遅くに表に出ることはなく、すぐに床に就いている。


「あ、そういえば幻妖族もあまり会うのはお勧めしないっていってたけど、なんで?」

「あいつら、種族が多すぎて正直まともに統治されていないのよ。一応さっきも言った三眼族の女王が治める国もあるけど、まだまだ統治は行き届いていないわ。そしてそこに住まう人族もいわゆるいわくつきが多い。まあ、"無法地帯"なのよねあそこは。クーラも行くのは構わないけど、遺書ぐらいは書いていったほうがいいわね」


 冗談で言っているのかそうでないのか。シーアの表情は真顔だ。そしてそんな忠告をされていきたいと思う者はいない。クーラは大きく首を横に振り、訪問を全力で拒否した。


 それまで寄りかかっていた柵につかまり立ち上がるクーラ。どうやら休憩代わりの雑談はおしまい……それを感じたシーアも腰かけていた柵から降りる。


パキッ


 小枝を踏んだような音にシーアはピクリと眉をひそめる。振り向いたクーラはその場でかがむシーアを見て首をかしげる。


「どうしたのお姉さん?」

「いま何か踏んだみたいで。これは……」


 柵の根元の草をかき分けシーアは険しい表情を浮かべる……が、不安そうに自身を見つめる少女に気づきすっと何かを手に立ち上がる。


「なにかあったの?」

「ええ、どうやら何かの小骨みたいね」

「ほ、骨? や、やだそんなの見たくない!」

「この倉庫の周りは麦畑ばかりで木は生えていないからね。踏んで折れるような音をあげるものなんてないって思ったんだけど」


 ひきつった表情で後ずさるクーラを目に、シーアはふとクーラに少々意地の悪い笑みを浮かべる。


「この骨……何の骨だと思う?」


 クーラには見えぬように骨を持つ手をゆっくりと近づける。案の定クーラは手で目を覆い背中を向ける。


「し、知らない知らない! ね、ネズミとかじゃないかな! この辺にいる生き物なんてそれぐらいじゃないかな」


 手にした骨をすっと腰に下げた革袋に入れ、シーアは骨を拾った辺りの地面をまたがさごそと探し始める。


「な、何してるんですか! お姉さんは!?」

「もっと骨が落ちてないかなって」

「そ、そんなものどうするんですか!」

「そうね……あるべき場所にかえしておこうかなって」

「はい?」


 シーアは見つけるたびにわざわざクーラに聞こえる声で「あった!」、「見つけた!」と知らせている。だが当の声の受け手であるクーラはすでにその圏外、声の届かぬ場所まで離れシーアを不満そうに睨んでいる。


「お姉さん、もうその辺で骨拾いはいいんじゃないかな?」

「そう? まあ、それでいいか……」


 立ち上がって膝をぱんぱんとはたき土を落とすシーア。拾った骨は全て革袋に入れたようだが、空になった手に視線を落としシーアはどこかもの悲しげな表情を浮かべる。


 その表情になぜかクーラは悲しみとも不安ともとれない気分になる。どこか出会ってから感じた違和感。それが何なのかをクーラは理解した。


〈お姉さんの顔を見てると……なんだか心を揺さぶられる……〉


 彼女が笑えば自身もなんだか気楽な気分に。彼女が悲しめば自身も悲しくなる。彼女が怒ればなんだか気まずさや申し訳なさのようなものが芽生えてしまう。


 初めて少女がシーアに出会った際に不思議と悲しみが吹き飛び、立ち向かう勇気のようなものが全身に溢れた。あれはもしかしたら……目の前の女性に"共鳴"したのかもしれない。


「さあ、このままじゃあ何も進まないし、そろそろやることやっちゃいましょうか、ねえ?」


 心の中で考えていたことと目の前の女性の台詞が重なり思わず驚くクーラ。しかもシーアはいつのまにか自分の横を通り過ぎ、倉庫のドアの前へと向かっている。


 あまりの突然のことですれ違いざまに思わず背筋がぴんとなる。


「さて、鍵をあけてくれるかな?」


 倉庫は多くの作物を保管することもあり、一般的な民家の何倍もの大きさをしている。だが、道中でクーラが言った通りいまは中に保管されている収穫物はない。だからこそ、少女からの旅人の女性に倉庫の中を見せたいというお願いに村の者は倉庫の鍵を貸したのだ。


 無論、村人はシーアのことを信用したわけではないし、この失踪事件についてあてにしているわけでもない。ただ、自分たちがどれだけ慰めても立ち上がれなかった少女が元気が出た。それを見て少しでも少女の気が晴れるならと彼らは思ったのだろう。


「どうせなら少しくらい食べ物とか残しといてくれてもよかったのにな。もう食料無いから……」


 真顔でぼそりと呟くその女性にふと本当に信用してよいものか、と疑問、いや、不信感のようなものが少女の心に芽生えたのは言うまでもない。

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