SideA プロローグのプロローグ03
"狩る者の収穫"という言葉はこのセリスの村においては皮肉のきいた言葉ともとれる。辺りに野生動物の宝庫である森もなく、主に農業に依存するこの村では狩猟の文化は栄えていない。食肉は牧畜による牛や豚。たまに行商人が売り歩く肉の加工品ぐらいである。
それもあって作物を"刈る者"はいても狩猟で生計を立てる"狩る者"はこの村にはいないのだ。ここ数年で多発するこの失踪事件でいなくなったものは依然として誰一人亡骸は見つかっておらず、何かが村人を狩り連れ去ったのではという噂がいつの間にか生まれ、それが"狩る者の収穫"という言葉をこの村に根付かせた。
「もしかしたら……どこかにみんな閉じ込められてたりするのかな」
風に吹かれてなびいた前髪をかき分けながらクーラはすっと目だけを横に向ける。横を歩く女性は押し黙ったままこちらを見る気配はない。聞こえなかったのか……聞こえていないふりをしているのか。
昨晩の別れ際の出来事もあり、少し気まずそうにクーラは視線をもとに戻す。今朝に再会してからというもの、横を歩く女性、シーアはずっとこの調子だ。
「お父さんが最後にいたっていう倉庫はあれ?」
女性が指をさす先に見える大きな建物。麦畑を抜けた先の平原に立つ
土壁のそれはこの村の倉庫の一つだ。一般的な住宅と違い荷車等も入るため
両開きの大きな扉が備え付けられている。
「うん……あ、でも中にはいま何もないかも」
「そうなの?」
「失踪事件があった倉庫には収穫した作物を置かないようにしてるの。昔、失踪事件が起きた倉庫で立て続けに失踪事件が起きたの。それ以来最後に失踪事件が起きた倉庫には何も保管せず人が立ち入らないようにって」
「なるほど……その"狩る者"ってのが何か生き物だとしたら餌を求めてそこに居ついたという可能性も……」
"狩る者"と呼ばれはじめた存在を見た者はいない。だが、クーラも詳しくは知らないがこの大陸"セブンスフォード"にはここ数年で奇妙な化け物の噂が各地で広まっており、"狩る者"の存在の信憑性を後押ししているのだ。
「そういえばさ、この国にはいないけど他の国にはいるんだよね?
「ええ、このセントガルド国以外の国や地域には様々な種族がいるわ。私は一応すべての種族を見たことがあるよ」
「そうなの? いいなぁ、お姉さん」
少しむすっとした顔で俯くクーラにシーアはポリポリと頭をかく。
「まあ国境近くの都市ならまだしも、他国の種族がセントガルド王国のこのセリスの村みたいな内陸部に来るのは稀だからねぇ」
「他の国に
「……そうだ、クーラは人族以外にどんな種族がいるか知ってる?」
シーアは今日初めての笑みを浮かべ、クーラの顔を覗き込んでくる。それまでのどこか気まずい雰囲気を打ち消すその表情にクーラは慌てて指を立てて何かを数えだし、考えをまとめ始める。
「えっと、近くにあるのはこの国の南西にある精霊国スピリアの
「へぇ、しっかり覚えてるんだね、クーラ」
「えへへ、いつか私も会ってみたいなって思って」
「あとはわかるかな? 結構この村からは距離があるけれども」
まだ文字の読み書きはおぼつかないクーラだが、傭兵や行商人に聞いた話、昔父に見せてもらったこの大陸の地図を思い浮かべる。
「えっと、北のほうには
「あってるあってる」
「あとは……この大陸の西の果てにあるエンドニア諸島にいるっていう
「……そうだね。それで全部。正解だよ」
少しの沈黙があったため少しヒヤリとしたが、正解という言葉にどっとクーラに笑顔が浮かぶ。シーアはすっとクーラの頭に手を乗せ、ぽんぽんと頭を撫でる。
「そうだね、クーラが大きくなって各地へ行けばきっと会えると思うよ。でもまあ……天魔族と幻妖族あたりはあまりお勧めしないけども」
「え? なんで」
シーアは何か嫌な思い出でもあるのか、苦笑いを浮かべている。
「今クーラが言った六種の種族の国や地域だけど、そこにはクーラたち人族も一緒に住んでるのは知ってる?」
「うん! すごいよね、種族が違っても一緒にいられるなんてさ」
「あはは、まあその一緒にいる方法というか、在り方が実は結構違うのよね」
ここまでいってシーアは再度クーラの方を見てぎょっとなる。
それまで年齢の割には大人びた態度や雰囲気を漂わせていた彼女だが、いまクーラの目の前にいるのはまごうことなき少女。そう、未知への興味に目を輝かせ、シーアに肉迫する好奇心の塊。
小さく鼻を鳴らし反応を待つその姿にシーアは思わず失笑を漏らす。
気が付けば件の倉庫についたのだが、これはうやむやにできないなと観念したシーアはちょいちょいと道端の柵を指さす。どうやらそこに腰かけて話そうかという合図のようで、それを察したクーラは小走りで柵へと向かっていく。
「まあ……このくらいはいいでしょ。エメル……」
空を見上げ誰に伝えるでもなく呟くシーア。小さくなっていく少女の背中にどこか安堵の混じった笑みを浮かべ、シーアもまたゆっくりと自身を待つ少女のもとへと歩いて行った。
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