SideA プロローグのプロローグ02

 カチャカチャと木でできた皿が目の前に積み上がっていく様をクーラはただ唖然としてみている。開いた口が塞がらないとは言うが実際は驚きのあまり自分が口を開いているのも忘れてしまうというのが正しいのだろう。


 この宿の食堂に来てからというもの、シーアの視線は目の前に提供される料理にすべて吸い込まれている。


 クーラの村は農村として栄えてはいるが規模としては大きいとは言えない。それでもこうして旅人を受け入れる食堂が潰れずに残っているのはひとえにこの村、セリスの村が王都へと続く街道上に位置しているおかげでもある。


 各地を転々とし、様々な品を売りまわる行商人。巡回騎兵クルーラーと呼ばれる自国内の街や村を定期的に巡回しては警備をして回る"聖教"所属の軍。そして……傭兵と呼ばれる各地で様々な依頼をこなし生計を立てている旅人などが頻繁にこの村を旅の中継地として訪れているのだ。


 シーアも恐らく傭兵なのだろう……目の前で依然として料理と戦闘中のシーアを眺めつつクーラは想像する。改めてみるとその身なりは村の女性達と大きく異なる。


 マントの下には新品とは思えぬほどには使い古された革製の軽鎧ライトアーマー。以前村に来た女傭兵が酔いの陽気で話してくれたが、男性に比べ女性は機動性を防具に求める傾向があるのだとか。


 フルアーマーと呼ばれる全身を覆うタイプは重すぎてそもそも旅をするのには向いていない。それこそ、王都に続く要所を守り続ける"王都"所属の門番重兵ガドナーのような兵士向けである。


 彼らは決してどんな相手が現れようとその場を離れることなく戦い続ける国防の最後の砦と広く知られている。


 クーラはシーアの胸元の鎧からマントへと目を移す。マントは旅の防寒のほか、野営時は簡易的な布団代わりにもなる。雨が降った時はマントについたフードをかぶれば雨除けにもなるのだ。


 あちこちとシーアを見回しては次々に傭兵に聞いた言葉をその顔共々懐かしむように思い出すことに没頭していた。だからこそ油断していた。


「それで? クーラのお父さん以外にも突然いなくなった人がいるって本当なの? たしか、"狩る者の収穫"って言ってたっけか」


 いつの間にか口に含んでいた食材を片付け、少し満足げな笑みを浮かべたシーアが皿からクーラに視線を移す。それまで一切自身に向けられることがなかったシーアの黒い瞳がまっすぐに自身を捉え、驚きのあまり固まる自分を映している。


「この辺りで野盗が出るなんて噂は聞いたことはない。それに、この村の近辺は猛獣がいる森からも距離は離れているし襲われる可能性も少ない。となると……何かこの村で最近変わったことはない? クーラ?」

「か、変わったこと……?」


 考えて出たというよりはシーアの台詞をただ反復するようにでた自身の言葉。それを反芻するように口をもごもごとさせる。今の今まで今回の件について何も口を開かなかったというのに……ただ食べ物を入れるためだけに使っていたシーアの口は真実に向けて動き出していた。


 気が付けば出会った時のどこか力強い不思議な雰囲気をまとっている。慌てて最近の記憶に思いを巡らせはじめるクーラだが、その後ろから店の給仕の女性が笑顔で「お待たせしました」と料理を運んでくる。


 香ばしい香りを放つ肉を包んだパイにシーアの視線が吸い込まれていく。


「あ、思い出すのはゆっくりでいいよ。いよいよメインの料理が来たみたいだから。ふふ、食べたかったんだよね。この辺ってセーリス麦っていう麦が特産品なんでしょ。だったらそれを使ったパイは美味しいに決まってるよね!」

「まだ食べれるの……」


 思考停止。どうしても目の前の新鮮で強烈な光景に思考というか神経がやられてしまう……そんな不満げなクーラの視線も気にせず、無邪気な笑顔で新たな料理に手を伸ばし始めるシーア。


「あはは、なかなか話が進めれなくてごめんね。旅の間はどうしても食料を節約しなきゃいけないから。こうして街や村に着くと思いっきりおなか一杯食べれることが嬉しくってね」

「あ、あはは……」

「それに……いつ戦いになるかわからない以上補給はこまめにしておかないと」

「戦い?」


 シーアの表情が一瞬険しくなったように見えた。だが軽く目をこするとそこには新たに運ばれてきたパイを口いっぱいに頬張りうっとりとした恍惚の表情を浮かべている同じ人物の姿。


「お姉さんってなんだか他の傭兵の人と違って変わってるね」

「え? そうかな」

「そうだよ。だって、気さくな人は多いけどやっぱり傭兵ってお仕事でしょ? それなのにお金はいらないって。私が言うのもあれだけどそんなんじゃお金が無くなって美味しいものも食べられなくなるんじゃないの?」


 そう、今回の事件の相談及び解決についてシーアはクーラに一切の報酬を要求していないのだ。どれだけ人が良い傭兵であっても無償での仕事は絶対にしない。どんな些細な用件であれ必ず何かしら、それこそコップ一杯の水でもよいので対価を求める。


過去に村から依頼を受けた傭兵たちも善意で対価を下げてくることはあったがゼロにすることだけは無かった。


「あれ? 私傭兵だなんて言ったっけ?」

「え? ち、違うの? その恰好、私てっきり……」


 思わず素っ頓狂な声を上げ、すぐさま口を手で覆うクーラ。それを見たシーアはコップの水を飲み干し、空になったコップをテーブルに置くと空いた手で自身がまとっているマントをひらひらとめくって見せる。


「あはは、まあこの身なりじゃ国お抱えの兵には見えないし、傭兵と思われてもしょうがないか」

「国のお抱えって……お、お姉さんもしかして巡回騎兵クルーラー!?」

「ううん違うよ」


 からかわれているような感覚に陥り、思わず「じゃあ何者なの?」、そう続けそうになったがぐっとこらえる。


 目の前の女性は既に追加の料理を食べ終えたようで、空の皿を指さしながらクーラの方を見つめている。刻一刻と雰囲気や表情が変わるシーアにクーラは小さくため息を漏らす。


「最近変わったことがないかって話だけど……特におかしなことはないと思うの」

「お父さんにも何か変わった点は?」

「この時期は麦の収穫でみんな忙しくって。お父さんは力持ちだから刈り取った後の麦の運搬をしてたの。麦の載った荷車に私が一緒に乗ってもお父さんは全然平気で笑ってて……笑ってて」


 クーラの頬が赤みがかる。彼女自身も目じりが熱くなるのを感じていた。


〈いけない。もう泣くのは父の墓の前で終わりにしたはずなのに……〉


「私が知りたいのはクーラのお父さんとの思い出じゃなくってお父さんがいなくなった理由わけ。ねえ、クーラ?」


 それまで優しかった彼女のものとは思えぬほどに突き放すような台詞。

だがそのおかげですっと零れそうになった涙が止まった。


〈そう……私が欲しいのは哀れみでも嘆きの言葉でもない〉


 クーラはぐっと目をこするとうつ向きがちになっていた顔を上げ、まっすぐとシーアの方を向き直る。その少女の顔にシーアはうっすらと口の端に笑みを浮かべる。


「お父さんを最後に見たあの日……お父さんは麦を保管しておく村の倉庫で夜遅くまで麦を片付けていたって村のみんなは言ってた。あと少しだからあとはお父さんがやるって言ってみんなを先に帰らせてあげたって」

「……一応確認するけれど、お父さんが村の人に恨まれてるって話は聞いたことはない?」


 店内に響く強い打撃音と木の皿が床に落ちる音。辺りにいた他の客や店員の視線が一斉に音の発信源、クーラに向けられる。両手をテーブルに叩きつけたまま立ち上がるクーラはふるふると体を震わせ無言で目の前で座る女性を睨む。


「なるほど、その線は無さそうね。だから座ってくれるかな?」


 悪びれた様子はなく淡々とした口調と視線でシーアはクーラに訴えかけている。クーラは深呼吸をし、辺りの客に小さく謝罪のお辞儀をしてから椅子に座る。それと同時にシーアもすっと深呼吸をしたと思うと素早くクーラに顔を向け口を開く。


「今夜はもう遅い。明日明るいうちにその倉庫とやらに一度案内してもらえるかな? あと、今回のような失踪事件……過去の事件の起きた時期なんかも明日でいいから聞かせてくれないかな」

「え、わ、わかりました……」

「集合場所はそうね……明日の朝8時ごろに出会ったあの丘でまた集合でいいかな?」

「あ、うん」


 急なシーアからの矢継ぎ早の伝達にクーラは中々思考が追い付かないといった様子だ。それでもお構いなしにシーアはなおも続けていく。


「このあとだけど、今晩はこのまま宿に泊まろうかと思ったけど少し村の周りの地理を確認したいから私はそろそろ行くわ」

「この後って……もう随分と暗いけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫。さっきも言ったけどこの辺りに野盗や猛獣といった類がいるとは聞いていないし、そのまま野営で済ませるわ」


 立ち上がると踵を返すようにシーアはクーラに背を向け、出口へと向かう。給仕の女性がトレイを手にしたまま慌てて会計をしにシーアのもとへと駆け寄っていく。その姿を眺めクーラはすっと胸に手を当てる。


〈彼女を怒らせてしまったのだろうか……〉


 まるでその場を逃げるようにも見て取れるシーアの態度の急変はやはり先ほどの自身の行動で悪目立ちしてしまったからだろうか。


「ああ、クーラ、あと……」


 はっと顔を上げると店のドアをくぐり夜の闇と店の灯りの狭間に立つシーアの背があった。


「ごめんね。色々教えてくれてありがとう」


 それだけ言い残し、クーラの返事を待たずシーアの姿は完全に夜の闇に消えていった。それを合図にしたかのようにそれまで辺りで様子を見ていたクーラの顔見知りの大人たちが駆け寄ってくる。


「誰だいあれは? なんだか怒ってたようだけど何か言われたの?」

「お父さんがいなくなって大変なのはわかるけども、そういう時だからこそあまり変なのにかまっていてはだめだぞ」

「なんだか奇妙な奴だけどもしかして何か事件に関係があるのか?」


 押し黙るクーラをよそに大人たちは頼んでもいないのに、各々意見やクーラへの助言のような台詞をがやがやと言い合っている。


 だがクーラはそんな騒々しい中、なぜか自分でも驚くように冷静に落ち着き払っていた。シーアを見送ったあともまだギィギィと小刻みに揺れる店のドアを見つめ、ふと瞳を閉じる。


〈どうしてお姉さんはわたしを助けてくれるの?〉


 しばらくの沈黙。そしてクーラは目を開く。


「違う。きっとお姉さんは何か目的があって私を手伝ってくれてるんだ」


〈あなたのお父さんがいなくなった理由わけを、私がきっと見つけて

あげるから……〉


 出会った時のシーアの台詞が脳裏をよぎる。彼女が探しているのは

いなくなったお父さんではなく……その理由わけなのだ。 

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