オルタナティブヒーロー

西順

オルタナティブヒーロー

 最初にその二択を迫られたのは幼稚園の頃だ。俺こと白岩コテツは、友達とヒーローごっこをしていた時に、年長の男の子三人組に笑われたのだ。ヒーローなんてテレビの中だけで、本当に成れる訳じゃないのに。そう笑われた。友達はそれに萎縮して、以後ヒーローごっこに付き合ってくれなくなってしまった。


 だが俺は違った。その年長三人組に殴り掛かったのだ。当然の帰結として年下の俺が勝てる訳がなく、俺はその三人組にボコボコにされた訳だが、どうにもそれが、いや、それ以外にも俺の素行は問題視されていたらしく、俺はその幼稚園を追い出されて、小さな保育所で幼い時を過ごす事になった。だがそれは俺にとって僥倖だったと言える。


 その保育所の先生はとても肯定的な人だった。俺が、将来絶対にヒーローになるんだ。と声高らかに宣言すれば、応援するよ。とにこやかに抱き締めてくれる人だった。俺はそれが照れ臭くてすぐに暴れてしまっていたが。


 その保育所は本当に小さな保育所で、俺の記憶には両手で数えられる程度の子供しかいなかった。男女だいたい半々だったが、皆仲が良かったと思う。ヒーローごっこが大好きな俺に付き合ってもくれていた。その後におままごとが待っていたが。何故おままごとにペットの猫役が必要だったのか、未だに疑問である。


 そんな保育所仲間の一人に、とても器用な子がいた。名前は平賀ヒカル。絵から工作まで、物作りはお手のもので、俺のヒーロースーツはヒカルが作ってくれた特注だった。


 俺はヒカルをとても尊敬していた。ヒカルのIQがとても高いと聞き付けた大人たちによって、ヒカルが他の施設に行く事になると聞いて、保育所の誰より大泣きしたくらいだった。


 ☆ ☆ ☆


 それから何年も経ち、俺は中学生になっても、ヒーローごっこの癖が抜けずにいた。クラスメイトの誰彼が他のクラスの誰彼とケンカしたと聞けば飛び出していき、ケンカの仲裁に入る。うちの中学のヤツが他所の中学のヤツと揉めたと聞けば仲裁に入る。俺は中学生にもなって正義のヒーローを気取っていたのだ。


 しかし現実は非情なもので、アイツがケンカをしている。アイツが他校と揉めている。と根も葉もない噂に尾ひれが付き、いつの間にやら俺の周りに人が寄り付かなくなっていったが、俺はそれを孤高のヒーロー気取りで乗り切っていた。心の奥では寂しかったけど。


 ☆ ☆ ☆


 その日は雨が降っていた。皆が白い目で遠巻きに俺を見る中、一人胸を張って家路につく。いつもの道をいつも通り帰っていたが、その日は違っていた。


『拾ってください』


「にゃあ、にゃあ」と消え入りそうな声に導かれて路地の奥へと行ってみると、ダンボールに書かれたその字。マンガなんかには良く出てくるが、現実で見たのは初めてだった。そのダンボールの中には、白いトラ猫が入っていた。トラ猫にはまだ首輪が付けられていた。しかも二つ。一つは首輪と言うより腕時計だ。何であれ俺に連れ帰らない選択肢は無かった。


 制服の懐に入れてアパートまで帰ろうとした所で、大通りから悲鳴が聞こえてきた。それも一つ二つではない。多くの老若男女の声だ。何事か? とそのまま大通りに向かうと、なんと怪物が暴れていた。何だあれ?


 一見するとロボットだが、体は赤い殻で覆われ腕には大きなハサミが付いている。ロボカニ人間と表現するのがしっくりくる。それこそ特撮ヒーローものに出てくる怪人だ。


 俺は驚きと共に心が高揚するのを感じていた。怪人が、確かな悪がそこにはいるのだ。何せ大通りで破壊活動をしているのだから。


「おい! どういう事だあれ!?」


 俺は逃げ惑う男の腕を掴んで尋ねた。


「こっちが聞きたいよ! いきなり現れて、あっちこっちを破壊し始めたんだ!」


 男は俺の腕を振り切ると、大通りを一目散に逃げて行ってしまった。


「た、助けて!」


 その声の方に目を向けると、女性が手を伸ばしている。伸ばした先には子供の姿が。子供は腰を抜かしてその場から動けず、それはカニ人間の進行上であった。俺は躊躇う事なく子供を助ける為に、子供とカニ人間との間に立ちはだかった。勝算なんてあるはずない。ロボットと人間。勝てるはずがないのだから。それでも俺は当然のように子供の盾になる事を選んだのだ。こちらへ振り下ろされようしているカニ人間のハサミ。


『やっぱり君ならそうすると思っていたよ』


 それは俺と同年代くらいの女の子の声だった。聴こえてきたのは俺の懐。この声が聴こえた瞬間、カニ人間の動きが止まった。


『間一髪かな』


 俺が懐を覗き込むと、トラ猫がこちらを見上げている。まさかこの猫が喋ったのか?


『コテツくん、その腕時計を腕に付けるんだ!』


 いや、聴こえてきたのは猫の首輪からだ。


「だ、誰だお前!?」


 今にもカニ人間に襲われそうだと言うのに、思わず首輪相手に誰何していた。


『ええ!? 忘れちゃったの? 私だよ! 平賀ヒカル!』


 ヒカル!? あの保育所の!?


『悪いけどコテツくん、この場で呑気に本人確認している場合じゃないんだ。私を信じて!』


「お、おう」


 俺は急かさせるように白いトラ猫に巻かれていた腕時計を左腕に付ける。


「付けたぞ」


『なら、腕時計に向かってこう言うんだ! 『ヴァイスティーガー! 纏装!』』


「ゔぁ、ヴァイスティーガー、てんそう?」


 ヒカルに気圧される形で俺がそう口にすると、懐の白いトラ猫が光り始め、その姿が霧へ変わったかと思えば、霧は俺の周りにまとわりつき、次の瞬間には、それは消えて無くなっていた。


 どうなったのか? と確認したくてキョロキョロ周りを見ると、都合良く通りのウインドウガラスに俺の姿が写っている。白い虎の鎧を着込んだ俺の姿が。


「これって……」


 メッチャカッコイイ! これだよ! 俺が憧れたヒーローの姿だ!


『コテツくん、今は説明している時間がない! あのクラブロイドを倒してくれ!』


 はっ! そうだ! 喜んでいる場合じゃなかった! 俺はカニ人間と向き直る。


「いくぞ!!」


 しばし動きを止めていたカニ人間だったが、俺が動き出したのを契機にあちらも動き出した。そしてバトルが始まったのだ。


 向かってくるハサミを拳で粉砕し、蹴りで動けなくし、連打で反対側まで吹き飛ばす。


『さあ、コテツくん! 必殺のティーガーシーセンだ!』


「ティーガーシーセン!!」


 どうやら音声入力で自動的にその動きをするらしく、俺の右手がグワシ! と爪を立てたと思ったら、それを体勢を立て直そうとしているカニ人間に向かって突き出した。すると俺の右手から白い虎が飛び出し、その虎がカニ人間に直撃すると、カニ人間は爆発して破壊されたのだった。


「やった……。凄え!!」


 自分のやり遂げた事に大喜びする俺だったが、はたと周りのざわめきが耳に入って来た。


『ここに長居は出来ないね。どこか落ち着いて話が出来る場所に行こう』


 ヒカルにそう諭され、俺は大通りを後にした。虎鎧の俺は凄え速く走れた。


 ☆ ☆ ☆


「どうなっているのか、教えてくれよ」


 俺はアパートまで戻ってどうにかこうにか白い虎鎧を白いトラ猫に戻すと、首輪に向かって話し掛けた。


『あはは、下手やっちゃって』


「下手?」


『私って、保育所に通っている途中で、他の施設に行く事になったでしょ?』


「ああ」


 俺は濡れているトラ猫をバスタオルで拭いてやりながら答える。


『その施設が悪の施設だったんだよねえ』


「は? マジ?」


『マジ』


 俺のトラ猫を拭く手が止まる。


『それでさ、色々と強制的に研究をさせられていたんだけど、嫌になっちゃってさ。逃げ出したんだ』


「当然だな」


『…………ありがとう。それでさ、逃げ出した時に、色々持ち出してきて……』


「腕時計の事か?」


 俺は自分の左腕に付けられたままの腕時計を見遣る。見た目はカッコイイスマートウォッチだ。


『それとか……、まあ、色々?』


「! もしかして街でカニ人間が暴れていたのって……!」


『うん。私を捜していたんだと思う』


 なんて事だ。俺は天を見上げた。見た感じ死人や怪我人が出ていなかったのが幸いだな。


「それで、俺は何をやれば良い? 今すぐその悪の本拠地を叩けば良いのか?」


『コテツくん……。流石にいきなりはコテツくんでも無理だよ。まずは仲間を集めて」


「仲間? もしかして、この腕時計、他のやつにも配ったのか!?」


『うん。信頼が置ける四人にね。だからその仲間が揃った時が、奴らを倒す時だよ』


 はあ。なんてこったい。そう言われると、俺の中のヒーロー魂がむくむくと膨れ上がってくるじゃないか。やってやる!


「ヒカルは安全な所にいるんだろ?」


『うん。奴らには一生見付けられないだろうね』


「なら、後の事は俺とその仲間たちに任せておけ。絶対にその悪の組織をぶっ壊してやる!」


『ありがとう、コテツくん。私もサポートくらいはするから、皆で奴らの野望を打ち砕こう!』


「ああ!」


 こうして俺の、俺たちの戦いは幕を開けたのだった。

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