第2話
それは、恐ろしく美しい刃の動きだった。
踊るように兵士の間をすりぬけ、たどった軌跡には鮮血の花が咲いている。
クウェルはやがて自分の元までやってくるそしてその美しい刃を首の根元にゆっくりとあてる。
その動きに僕は見とれているだけでなにもできない、クウェルの顔を見ると地獄の審判のようになにかを見定めている。
クウェルがなにか口にしようとするところで僕は現実に引き戻される。
エイパスがあの日から何度も見る夢だった。
自分の死を暗示しているようにも見えたが、あの美しき刃には切り刻まれてもいいかもしれないとも思っていた。
あの日エイパスは領主の奴隷となる手続きを正式に踏んだ。
この時の事件は蛮族の奴隷の反乱ということで処理され、奴隷に対する行動規制の強化がすすんだ。
奴隷たちは鎖だけでなくいくらかのおもりまで付け加えられた。
常に足ではおもりを引きずらないといけない状態となった。
しかし、あの惨劇のなか、気絶していたことで運よく死を免れたとしてエイパスは縁起物として扱われた。
領主は行動規制をかけず特別奴隷として所有した。
領主の名前はマフカスといい、演劇などのストーリーを大層好んだ男だった。
この町では奴隷に武器を持たせたり鍛えたりすることは常識として外れていた。
反乱をおそれるため、死ぬか生きるか、働けるぎりぎりのところで生かしておくのが常識だった。
しかし、エイパスはマフカスのお気に入りだった。
マフカスの頭の中では英雄の物語が紡がれていた。
惨劇のなか運よく生き残った奴隷がマフカスの手によりその才能を見いだされ、あの日の殺戮者を倒す物語として。
マフカスにとってエイパスは自分の見栄や才覚を民衆に知らしめることができる種だった。
領主のために、殺された衛兵のために、そして殺された奴隷仲間のために領主の剣として成長してゆく。
奴隷の中から才能を見出した慈悲深き領主、英雄の産みの親。
奴隷のなかから生まれた悪魔と英雄、悪魔のまいた種が英雄を生み、町を助ける。
マフガスにとってエイパスを育てることはただの酔狂だった。
たとえダメだったとしても殺してしまえば良い。
一人の奴隷の生殺与奪の権利など彼の手の平の上で自由自在だ。
一種のお遊び、それは世界に衝撃を与えることとなる。
モンスター、その存在は人間の暮らしと密接にかかわっているとされている。
大なり小なり、超常的な能力を身に着けている。
太古の昔、動物という存在がいたとされるが、それはすべてモンスターに食いつくされたとされている。
人間はあらがった、動物とは違い団結することができた。
そして一部の人間はその超常的な能力を獲得しモンスターを倒した。
その歴史は今の今まで拮抗している。
エイパスはまず、モンスターの知識についてを教えられた。
教師は同じ町外警備兵のトリタスという男で奴隷を忌嫌っていたが領主からの多額のボーナスをもらうことで渋々、教育係として働いていた。
「いいか、どうせモンスターに食われて死ぬんだろうが、俺が仕事をしてなかったとは言わせん。テストは絶対に点数を取れ、できなければむち打ちだ。」
エイパスはどうにも出来が悪かった、今まで勉強ということをしてこなかったために覚えるのが苦手で何度も無知に打たれた。
その反面トリタスは要領の悪い馬鹿でエイパスの受けたテストの偽装の報告など欠片も頭になく、真面目に教えていた、こいつもバカだった。
戦闘訓練もひどかった。
「いいか、戦闘は逃げ出した奴から死んでいくんだ。」
トリタスらには戦闘の美学というのがあるらしく戦ったら死ぬか勝かそれ以外しかなかった。
これはトリスタ個人が悪いというよりこの町の人間の文化だった。
たまに、エイパスは戦闘から逃げ出した兵が処刑されるのを見たほどだ。
トリタスの教育は過酷であった、いやこの町の兵士に求める素質は異質だった。
強い体、一切逃げない精神、そして戦ったなら勝つか死ぬかの2択しかない。
エイパスにとってはそれが常識となった。
その心には常にクウェインの姿と濃厚な死の気配がしがみついていており、もともと死ぬか戦うかの2択しかなかったともいえる。
そしてなにより、エイパスはすべての訓練の厳しさを楽しんだ。
僕はまだ生きてる。
痛みを感じられるんだと。
「教官、一刻も早くモンスターを倒したいのでご指導お願いいたします。」
エイパスの顔は苦痛に歪んでいた。
しかし、見方によっては愉悦に浸っているようにも見えた。
トリトスは次第に恐怖に包まれ始める。
しかし、逃げること、逃げた心を見せることは恥である。
正面からエイパスにぶつかっていく。
訓練はどんどん過酷な方向へとすすみだし、エイパスは稚拙なあゆみながらも成長していく。
やがてそれは兵士の訓練の中でも一際厳しくなっていった。
エイパスは厳しさに喜び、トリトスはその姿から感じる恐怖に逃げなかった。
トリトスとエイパスの訓練は周囲でも浮き始めた。
戦闘に最適な行動を追及する、苦痛に対する対処法を学んでゆく。
エイパスは誰とも話さなかった、トリトスすらも何か訓練以外で話すことはなかった。
ただ、トリタスや兵士達はその心の奥底にある戦闘の美学、兵士の美学からエイパスを陰で応援していた。
次第に兵士の皆はエイパスが奴隷だったことを忘れていた。
そんなこんなで過酷な日々が約五年程続いた、そんな時だった。
「エイパス、そろそろよかろうあの奴隷を倒す旅にでよ、一週間分の食料を用意した。」
マフガスは突然5年程訓練をつけた時に言い出した。
まだ、モンスターのすがたすら見たことないエイパスは少し驚いた。
約10年の訓練、それがこの町で行われているモンスターを倒すための訓練だった。
一部の都市国家においては魔法使いという存在がいるらしいが、このような小さな町では集団戦でしかモンスターに対抗できなかった。
そのため、本来は10年ほどの訓練をつんだものから町外警備隊の本隊に組み込まれていくのが通常のながれであった。
だが、マフガスの熱はあの事件から次第に覚めていっていた。
エイパスも特に魔法が使えるということもなく、戦闘の腕もそこらの兵とかわらない。
あの時ただ幸運に生き残っていただけということに落胆していた。
あの惨状の中生き残った存在、奴隷とはいえ期待していた、特別ななにかを。
しかし、5年待ったが何も咲かないではないか。
一部の兵士はその異質さにわずかながらも他とは違う何かを感じていたようだが、マフガスや多くの兵はその感覚をもてなかった。
マフガスはもう待てなかった、時間がたつにつれ奴隷一人に払わなくてもいい経費を払うのがいやになったのである。
マフガスはエイパスを外に行かせることにした。
大体の確立で死ぬだろう。
だが、死なずに何かしらの成果を持って帰ってくれば、当初の予定どおりにことが運ぶ。
なにしろマフガスの中では英雄にしたて上げるには今のままでは、花がたりなかった。
このままあと五年鍛えて警備兵の一人として使ったところでそれは英雄ではない。
あの奴隷の蛮族をしとめる存在でなければ価値はない。
そしてその奴隷の蛮族は警備隊程度、造作もなく殺していたではないか。
マフガスは飽きた奴隷を始末することに決めた。
モンスターのいる町外にでて1週間くらせる存在などこの町には一人もいない。
事実上の死刑宣告だった。
だが、エイパスにとって外の世界はわからなかった。
ただ、ただ喜んだ。
自分が認められたのだとモンスターを倒せるレベルになったのだと。
「はい、必ずや領主様のもとへモンスターの死体を持って帰ります。」
エイパスは周りの憐れみの目線にきづくことはない。
エイパスにとってそれは5年という月日から順当にも思え、言われたから外にでるとう感覚であった。
その心は好奇心がすべてを支配していた。
トリトスやその周りのエイパスにかかわった兵は胸のなかにさざ波のようなものを感じていた。
野生の思考 @Eggplant_Radish
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