野生の思考

@Eggplant_Radish

第1話

エイパスは奴隷として、鎖でつながれていた


鎖はエイパスの腕とその他の人間の腕を数珠つなぎにし、エイパスの前方に5人、後方に4人をつないでいた。


足にも両足を大きく開けないような鎖がされており、体の自由が奪われていた。


その奴隷集団は、つややかな獣の皮であしらわれたコートとズボン、自衛のためと思われる剣を装備した男、エイドリアンが率いていた。


エイパスはきずいた時には奴隷だった。周りに生きるのは生気のない人間ばかり、どうやって育ったのかわかっていない、奴隷商によって最低限の世話だけされたのだろう。


今つながれている奴隷の中には、生まれた時から奴隷であるエイパスには一人ものを教えてくれる奴隷がいた。


名をクウェルといい、国や町、民族、富む者、貧しい者など世界の常識的な概念を教えてくれていた。


なぜ、クウェルがそのようなことを教えてくれるのか分からなかったが、エイパスにとってクウェルは特別だった。


過去にエイパスはクウェルに尋ねたことがあった。


「クウェルはなんでそんなにいろいろ知っているの?僕がそんなこと知ってていいのかな?」


クウェルは困った様子で答えた。


「俺はお前とは違って外で自由に育ったんだ、知ってて当たり前だろ?そして、知ってちゃダメな知識なんて存在しない。エイパス、世界は広いぜ、お前はどうやって生きる?一生奴隷か?一生奴隷になるくらいなら死んだほうがましだぜ。いいかよく考えろよお前の人生。いつか時間が来るまでにお前の人生を俺に言ってみろ」


「なんの時間が来るの?」


「そりゃ、人間決断するときってのはどこかでくるんだよ」


この時のクウェルの言葉をなんとなしにエイパスは強く心に刻んでいた。


——————————————————————————————————————


エイパスとクウェルが奴隷の列となって町を歩いていたこの日は出荷の日だった。


クウェルはエイパスの後ろにつながれて歩いており、ときおり周りの状況を確認するようであった。


彼ら奴隷を所有している男、エイドリアンは、奴隷を売買することで生計をたてていた。


この日は隣町から護衛を雇い、モンスターの出る危険な道をどうにかぬけだし、やっと町についた所だった。


町については息をつく暇もなく領主の家まで歩いていく。


家の入口に立つと、家の前に立っている衛兵と思わしき人間に声をかけ、エイパス達奴隷一行は家の裏手の入口まで連れていかれた。


裏手の入口から中に入れられると、そこには、優美な絵画などがかけられており、精巧なデザインのあしらわれた机と椅子がある。

ゆったりとした着物に身を包み、色とりどりの宝玉があしらわれた指輪をつけた男とエイドリアンは精巧なデザインの椅子に座って話しをしていた。


奴隷一行が入ってきたのを確認すると彼らは話し合いをやめ奴隷達へと向き合う。


エイドリアンはまってましたと言わんばかりに話始めた。


「うちの中でも品質の良いものを取り揃えてまいりました。年齢は様々ですが、若いのが多く、身体的障害も抱えておりません。自由に御覧いただければと思います」


エイドリアンは奴隷たちが入ってくるのを確認した後、領主の機嫌をうかがうように大げさな身振り手振りでエイパス達を紹介し始めた。


領主は最後まで言葉を聞くと、じっくりと奴隷を端から端まで見て回った。


やがて、エイドリアンに向き合うと真ん中にいるエイパスを指さした。


「こいつにしよう、ほかのより若いし反抗的な意志も感じない。手間がかからなそうだ。」


「お買い上げありがとうございます」


エイドリアンは商談が成立したことをいい気に鼻歌交じりでエイパスを奴隷の列から切り離し始めた。


その時だった。


鎖が一瞬はずれ、手を下におろせる状態となったエイパスの後ろの男、クウェルが、エイドリアンの腰にあった剣を奪いエイドリアンを突き刺した。


エイドリアンは驚愕の表情で胸元に突き刺された剣が引き抜かれていくのを見守った。


クウェルは両腕はまだつながれており、足も大きく開けず歩くことができなかったが、彼は驚きで静まっている状態の中、剣で無理やり足の枷を壊し大きく動けるようになった。


領主は逃げ出し、衛兵がクウェルを取り押さえようと動く。しかし、クウェルは強く、だれも技術ではかなわないようで、1人、2人と着実に息の根を止められていった。


あまり広くない部屋の中は血だまりであふれかえった。兵士は応援を呼びにいったのか部屋はクウェルとクウェル以外の奴隷だけとなった。


クウェルは兵士が死んでいるのを確認すると、突然一緒に連れてこられた奴隷の首を素早い動きで跳ねていく。


「な、なんで?」


誰の声だっかはわからない。


奴隷の中のだれかだろう、奴隷たちはクウェルの動きに解放されるとぬか喜びしていたが、声を上げる前にほとんどが殺された。


エイパスが恐怖と驚きに身をすくめていた。


クウェルに対して今まで抱いていた人物像が崩れ去っていく。


あとは僕を殺すだけなのだろうかとエイパスは自分の死について考えた。


クウェルはゆっくりとエイパスのほうへ歩いていく。


その時、エイパスの中で過去の記憶がよみがえる。


「クウェル、僕は一生奴隷では終わらないよ。この糞みたいな世界をつぶしてやる」


エイパスは恐怖に押しつぶされそうな中でクウェルのほうへ向かって言った。


エイパスの頭の中にはクウェルに知識を与えてもらっていた時のことがめぐっていた。


エイパスにこれまで生きる理由なんてものはなかったがこの瞬間、死を覚悟することで心の奥底のなにかが発火した。


「次合った時にお前が奴隷だったら殺すぜ、詰まんない人生おくんなよ」


クウェルは少し笑うと、去っていった。


何かの気まぐれだったのだろう、または同情だったのだろうか?エイパスは生かされた。


エイパスは自分が生かされた理由については分からなかったが、クウェルの言葉が、エイパスに生きる目標を与えた。


「絶対に奴隷のみから解放されてやる」


クウェルの姿は鮮明に記憶にこびりつきエイパスの中の何かを強く燃え上がらせた。


だが、情けないことにエイパスはクウェルが居なくなったのを確認すると気絶してしまった。


この日はエイブルの町の領主の館から、森まで一筋の殺戮の道が出来上がった。


町の歴史で一番の悲劇の日となったのであった。

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