雨と生きる意味

「お喋りはここまでにしようじゃないか。洸太郎くん、君一人の力で何が出来ると言うんだい? 神木様を生まれ変わらせ、この世界に雨を降らせる方法を思いついているとでも? 神木様に祈りを捧げたところで、何も変わりはしないよ。それならいっそ全員で、この世界をやり直す一歩を踏み出そう。今日の決断が、新しい世界を創るんだ」



 高木は洸太郎をも諭すように話していく。



「今の世界を見てわかったろう? 自動車や電車は止まり、食料も日に日に減少していく一方だ。これが、何をするにしても雨ありきの生活になってしまった『人類の末路』だ。我々は雨に頼り過ぎた。初めて神木様に祈りを捧げた日、本当にこうなることを望んでいたと思うかい? 雨に頼り切る世界を心から切望していたと? だとしたら、とても愚かだ。今や雨にすがり、怯える日々じゃないか。人類は間違った道を歩み続けている。そうは思わないのかい?」



 高木の瞳孔は開き、操り人形のように、両の手のひらが胸の前で上を向いている。


 今までとはまるで違う高木の姿に、洸太郎は恐怖を覚えた。


 それでも雨の種を渡すまいと、震える手でリュックサックの紐を強く握りしめ、洸太郎は抱いた感情を殺して言う。



「高木さん――あの日、あなたのご先祖は命欲しさに逃げたわけじゃありません」



 洸太郎の言葉に、森本が反応する。



「いや、確かに二人ともが君のご先祖に押し付けてしまったと残っていたが……」


「お二人がそう感じただけでしょう。結果として、今の世界に影響を及ぼすこともない、僕のご先祖が神木様となったのですから。ただ、あの決断は――だった」


「何だって?」



 高木の表情が一変する。



「あの時、雨の種を持って立ち上がった二人を見て、『この二人は、これからの世界に居なくてはならない存在』なのだと強く思った。ここで居なくなってはいけないと。だから私は、二人から雨の種を奪い取った。あの姿を見たことで、私の中にある最後の歯車が動き出したんです」



 洸太郎は自分に集まり固まった視線の、一つ一つに頷いていく。



「今の世界があるのは、間違いなくお二人のご先祖が築き上げた功績のお陰です。二人は私のことを忘れずに、いつも感謝してくれていた。私が神木様になったことを隠したことは事実です。ですが、この世界のあらゆるものが雨で成り立つようになっているのは、彼らなりの、せめてもの償いだったのだと思います。私はその気持ちだけで嬉しかった。彼らは『私と共存していく世界』を残してくれた。それにね、高木さん――」



 洸太郎は視線を泳がせながら話を聞いていた高木へ、柔らかな視線を向ける。



「高木さんにはまだ言っていなかったけど、雨の種は一つじゃないんです」



 洸太郎が瑠奈の方を見ると、高木は目を見開いて、洸太郎の視線の先を追う。


 瑠奈は鞄の中から小さな雨の種を取り出し、高木へと見せた。



「あなたが千切った熱の葉は、どちらも息絶えることなく、二つの雨の種を生み出しました。神木様が意思を持つのだとすれば――これはあの日から繋がるなのだと思います」



 高木は大きく肩を落とし、呆然とした様子でこちらを見ていた。


 そんな高木を横目に見ながら森本は言う。



「この子たちに、雨の種が二つ存在していることを隠すように言ったのは私です。あなたの気持ちも知るべきだと、洸太郎くんに言われてね。私も最初はあなたと同じで、雨を降らせてほしいなんて、こっちの都合だと考えていました。でもね、このことを私なりに調べて、そして、この子たちと関わった短い時間の中で、彼らが真剣に向き合う姿を見て思ったんです。神木様を生まれ変わらせるための『犠牲』と捉えるか、世界を守る……いや、『繋ぐ』と捉えるかで、その意味は全く違うものになるって。この雨は、これからも人類を繋ぎ、育んでいくのだと思います。だからこそ、雨の種を芽吹かせていく。それが真の、私たちの責任なんじゃないですかね」



 森本の言葉に、高木は上を向きながら「わからないものだな」と言って目を閉じた。


 洸太郎の目には、高木がどこか嬉しそうな表情に映っていた。



 そして次の瞬間、突然千歳が大声で叫んだ。



「あれ、影が……こうちゃん! 外にが出てる!」



 千歳の声に、全員が部屋の外を覗き込む。外はいつの間にか稲妻が消え去り、足元には自分の影が伸びていた。



「でっけー……。もしかして、これが月なのか? すげぇ綺麗だ……」



 大介が空に浮かぶ大きな月を見て声を漏らす。


 初めて目にする月は美しい程に丸く、恐ろしい程に輝いていた。



「行こう」



 洸太郎がそう言って部屋を出ると、全員は洸太郎の後に続くように、神木様の元へと急いだ。


 神木様の下から見上げる月は、一段と大きく、全てを包み込むかのような強い光を放ち、枯れた神木様を照らしている。


 暫く神木様越しの月を見ていると、暖かく優しい風が、空に向かって吹き抜けた。


 その風に煽られるように、洸太郎の視界は次第に滲んでいく。


 洸太郎はリュックサックから雨の種を取り出すと、隣で月を眺める瑠奈の横顔に、優しく声を掛ける。



「瑠奈……僕は『この先』に行こうと思う。僕も、僕のご先祖と同じ気持ちなんだ。この世界が好きだし、この先も、この意思を繋いでいきたい。雨の種は二つあるけど、二つとも芽吹かせる必要はないよ。もし少しでも迷いがあるなら、僕は行くべきじゃないと思うから」



 瑠奈は真っすぐと洸太郎の方を向き、目に涙を浮かべながら、偽りのない笑顔で言った。



「私は――……」




 温度の違う手のひらの温もりが一つになり、次第に熱を帯びていく。


 その熱は心まで浸透し、二つの涙が綺麗な雨のように、直線的に地面へと落ちる。


 辺りは強い光に包まれた――。

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