生と共有
次々と明らかになる、真相という波に飲みこまれまいとするかのように、大介は必死の形相で洸太郎に尋ねた。
「洸太郎、あの日のことはあんまり覚えてないんだよな? 熱の葉のことだって、俺が言うまではずっと……。それなのに、何でお前は高木さんに千切られた葉っぱってことを知ってたんだよ?」
「あの日のこと――というより、当時のことはあんまり覚えてないよ。正直、記憶力はあんまり良い方じゃないし。信じてもらえないかもしれないけど、僕も最近まで……雨の種を手にするまでは、本当に何もわからなかったんだ」
洸太郎がそう言っても、大介の表情はこわばったままだった。
瑠奈と千歳も大介と似たような顔をして、静かに洸太郎を見つめている。
洸太郎はその視線に応えるように、小さく一つ、息をつく。
そして、三人の理解を促すような言葉を考えていると、「先日――」とまたも高木が話し始めた。
「先代の宮司が神木様の最後のお姿を見た時、『雨の種に導かれるように、神木様の元を訪れた』と言ったのを覚えているかい……? あれは文字通り、『雨の種に導かれる』ということ。何故なら雨の種にも熱の葉と同様――神木様の力は宿っている」
「神木様の力って――」
瑠奈が復唱するように、高木に確認する。
「そうだ。その力はより強くなった神木様の意思と言って良いだろう。しかし、この力には制限がある。そうだね? 洸太郎くん……?」
高木の視線に誘導され、全員が再び洸太郎へと顔を向ける。
纏わりつくような視線は、洸太郎が「今思えば」と口にすると、乱暴なまでにその力を増していく。
「熱の葉を触ったあの日からなのかもしれない……神木様の意思が――僕の頭に共有されていくんだ」
洸太郎の言葉は、いとも容易く向けられた視線の熱を奪い、絡みつく視線を解いていく。
大介が何かを伝えようと口を動かしていたが、言葉になることはなかった。
「昔は見えるモノもぼんやりしてた。一回一回の間隔だって、それこそ一年、二年の話じゃなくてもっと長く、不定期だった。それでも夢のように唐突に、イメージだけが襲ってくる」
自然と感情が表情に現れていたのかもしれない。
誰一人として疑う顔を見せることもなく、口をつぐんだまま、洸太郎の言葉を待っている。
「そのイメージが共有される感覚は、ここ数年で次第に多くなっていった。僕の元に雨の種が現れてからは一日に何回も、鮮明に流れ込んできた。熱の葉を手にした頃の記憶も……そこで客観的なイメージとして知ったんだ」
洸太郎の話が熱を帯びていくにつれ、空気は冷たくなっていく。
その空気を循環させるかのように、森本が大きなため息をついてから口を開く。
「洸太郎くんの話を想像することは難しいが……。ただ、恐らくその神木様の意思ってのは、神木様の寿命と比例しているんじゃないかと思う。つまり、神木様の『生』が強ければ意思の共有は弱く、逆に『生』が弱くなるにつれ共有が強くなる。だから雨の種が現れた時には、共有はかなり強くなった」
話の語尾に重ねるように、瑠奈が森本に問いかける。
「でも、私も熱の葉を触っていたのに、私にはそんな共有は――」
「君は葉っぱには触っていたが、『保持』はしていなかったからな。俺が見た記録には、実際に三人が意思の共有を受けていたことを
「そんな……」
瑠奈は一旦視線を落としたが、すぐさま顔を上げて洸太郎を見た。
「洸太郎……その共有っていうのは一体、何が見えていたの?」
その眼差しの中には、様々な感情が見え隠れしていた。
こちらを覗くように現れる感情が何なのかわからないまま、それらはまた、瞳の奥へと姿を消していく。
「断片的な『記憶』と『感情』って言えば良いのかな……。一つの一つの共有は映像としてはっきりとは見えないけど、その時の気持ちだけは、はっきりと伝わってくるんだ。特に雨の種を手に取って、神木様の前に立った時の気持ちはね……」
洸太郎は右の手のひらを返すと、その手に雨の種を持っているかのようにじっと見つめ、優しく拳を握った。
「あの日もこんな風に雨の種を持って、この神社にいたんだ。外は物凄い日差しが指していて、とてもじゃないけど、外を歩く人なんていなかった。目を閉じれば、悲しげな顔ばかりが浮かんできた。僕たちは何としても雨を蘇らせなきゃ……そればかりを考えていた」
洸太郎は今までに見た『記憶』と『感情』を思い返しながら、一つの文章を作っていく。
「僕を含めて、この場に三人。その真ん中には雨の種があった。一ヶ月近く、百八十度変わってしまった世界を見てきた。だからこそ、自然と気持ちは固まっていた。でも、中々言い出す勇気がなかった。そんな中、その場に居た二人が雨の種を持って立ち上がった。僕はやっぱり、この二人が世界を繋いで行くんだって思った」
「洸太郎くん。その後のことは話さなくて良い」
高木は洸太郎の言葉を遮りそう言うと、自分の右手を洸太郎へと差し出した。
「さぁ、君の雨の種を私に渡しなさい。ここで終わりにしよう」
高木を森本が睨みつける。
「高木さん。あなた、何をしようとしているんです?」
平然とした表情のまま、高木は言葉を返す。
「あれから千三百年もの間――何代にも渡って、私たちは虚の上に権力を纏い、この世界を統治してきた。こんなこと、あってはならないことなんだ。私にはここで決着をつける責任がある」
高木の圧力に、あの森本が一瞬、怯んだような表情を見せた。
しかし、森本はすぐに「高木さんが犠牲になると?」と切り返す。
高木は細かく首を振りながら「そのつもりはない」と言うと、途端に諭すような口調で森本に語り掛ける。
「『犠牲の中の生』を誰が望む? 雨を降らせてほしいなんて、人の勝手だろう。私はてっきり……森本くん、君も同じ意見だと思っていたよ」
高木は森本を見下すかのように顎を軽く上げ、視線だけを森本に向けた。
「つまり――あなたはわざとあの時と同じような状況を作り上げることで、過去を断ち切ろうとしている。そういうことですね?」
ようやく見せた高木の笑顔は、不自然な優しさを滲ませていた。
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