静寂の後
高木のメッセージが届いてから何分が経過しただろうか。
あれから何の変化も一向に起きてはいない。
別の窓から外を見ている瑠奈からも、何の報告もない。
葉の枚数と何らかの現象が起きることには、互換性などなかったのかもしれない――と洸太郎の頭には楽観にも似た思考すらよぎっていた。
「ねぇ、洸太郎」
洸太郎が「何?」と振り返ると、瑠奈は窓の外を見たまま話していた。それを見て、洸太郎も外の世界へと視線を戻す。
「森本さんってさ――本当に嫌な人なのかな?」
「どうしたの、急に」
「いや、口調は悪いけど、神木様が生まれ変わるのを止めたいっていうわけでもないみたいじゃない? 今だって色々と協力してくれてる。なんか……悪い人には見えなくて」
洸太郎も似たような印象を抱いていた。
神木様の生まれ変わりを本気で阻止したいのであれば、わざわざ月の話を教えたりはしないだろう。無意識のうちに「何をしたいのかがわからない人」というフィルターを掛けているせいで悪い人に見えてしまっているだけなのかもしれない。
「それならもう少しだけでも、優しくしてくれれば良いのにね」
小さな笑い声がした後、瑠奈は「そうね」と言って、またお互い静かな外の世界へと戻る。
そして束の間の静寂の後、再び背後からの声が届く。
「洸太郎……、実は私もね――」
瑠奈の言葉は『ドン』という力強い音に飲み込まれた。
外では無数の鳥たちが、深い羽音を立てながら一斉に羽ばたき、空へと舞い上がる。
「な、なんだ」
洸太郎は叫ぶような声を出しながら辺りを見渡したが、変わった様子は見当たらない。
瑠奈の方はと瑠奈に問いかけるも、瑠奈も無言のまま首を左右に振っている。
しかし次の瞬間、ヘッドホンから大音量で流した重低音のように、身体の内側に轟く地鳴り音が響き、家が横に大きく揺れ始めた。
「瑠奈! 早くベッドの下に!」
洸太郎は瑠奈をベッド下に誘導すると、自分も机の下に身を隠す。
気分が悪くなってしまう程の大きな揺れが続いていく。
窓を開けていたこともあり、外からは「キャー」と言う声が幾度となく聞こえてくる。
早く収まることを強く願いながら、洸太郎は「大丈夫?」「あと少しだぞ!」「頑張れ!」と瑠奈に話し掛け続けた。
三十秒近く続いた揺れは、徐々に収まっていく。
机の脚を掴んでいた両方の手は、汗でぐっしょりとしていた――。
完全に揺れが収まった後、洸太郎はゆっくりと机の外へと出て部屋の中を見渡す。
幸いにも、部屋の被害は少なかった。
「瑠奈、大丈夫……?」
瑠奈は「うん、ありがとう」と言って、ゆっくりとベッド下から身体を出した。
「それにしても、凄い地震だったね。こんな揺れ、体験したことないよ」
「本当だね……、あ、大介たち!」
洸太郎と瑠奈は急いで部屋を飛び出し、三人の元へと向かった。
家の中は激しく散乱しているところもあったが、リビングの机の下に身を潜めていた忠、麻里、彩美に怪我はないようだった。
洸太郎は一安心した後、『カフェ忠』に繋がる扉のドアノブを捻り、強く引いた。
「洸太郎、瑠奈! 無事か?」
大介の声がマグカップやソーサー、その他食器類などがあちらこちらに散らばっている店中に響く。
声の聞こえた方向に視線を向けると、大介が右手を軽く上げていた。
隣に立つ千歳、森本にも怪我はないようだった。
「びっくりしたな……。マグニチュード七・五、震度六強だってよ。とてもじゃないけど、立っていられるレベルじゃなかったな……」
「こうちゃん、瑠奈ちゃん、無事で良かった……」
洸太郎は二人の顔を見て、胸を撫で下ろした。
「まだ電話が繋がらないが……ネット回線が生きてればチャット機能か何かで連絡は出来るだろ。お前らが無事だってこと、家族に連絡してやれ」
森本はぶっきらぼうに言ったが、洸太郎の眼には、この時ばかりは優しく映った。
瑠奈に視線を向けると、瑠奈も洸太郎を見て微笑んでいた。
各々自分の無事を伝えると、「うちは大丈夫みたいだ」「うちも」と、大介と千歳はすぐに家族と連絡を取ることが出来たようだった。
しばらくして、瑠奈も連絡がついた様子だったが、「部屋の中が散々なことになっているみたい」と顔を曇らせた。それでも「無事が一番だよ」と言う千歳の言葉に、「そうだよね」と、瑠奈は笑顔を見せた。
店についてあるテレビは、この地震の被害状況を伝えている。
五人は揃って報道内容を聞いた。
『速報です。本日、午後十五時七分頃、マグニチュード七・五、震度六強という、非常に大きな地震が発生いたしました。ご覧ください、この先の辺りでは地割れが起き、複数の深い溝が出来ています。更にここから、建物の屋根が崩れてしまっている
「予想通りの被害が出ているな。こう言っちゃ角が立つんだろうが……、ある意味、予想出来る分だけ、まだマシなのかもしれねぇ」
神妙な面持ちで、森本は言った。
「これも……葉が散ったことと関係しているんでしょうか」
洸太郎はテレビを見つめる森本に話し掛ける。森本はテレビを見たまま言う。
「偶然っつー見方も出来るが……滅多に起きない地震が、葉が散ってから起きたんだ。可能性は高いとしか言えないだろ」
――あの仮説は当たっていた……
森本の言葉に、思わず洸太郎は口をつぐむ。
繰り返し報道される地震の速報を見ていると、瑠奈が突然「あ、いけない!」と叫んだ。
「瑠奈ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと、部屋の中に大切なものを置いてきちゃってて……」
「部屋って僕の? 取りに行こうか?」
「違うの、私の部屋。さっき、部屋の中が大変ってお母さんが言ってたから……。私、ちょっと見に行ってくる」
そう言うと、瑠奈はこの状況の中、小走りで扉へと向かった。
「何もこんな時に行かなくても。いくら家が近いからって、危ないよ」
「そうだよ、瑠奈ちゃん。落ち着いたらみんなで行こう?」
瑠奈は洸太郎と千歳の制止に聞く耳を持つことも、振り向くこともせず、「大丈夫、また戻って来るから」とだけ言って、店の外へと出ていった。
「おいおい、流石に元気が良すぎるってレベルじゃないぞ」
呆れたような森本の言葉は、扉を開けた際に流れ込んだ暖かな空気を纏いながら、部屋の中を漂った。
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