嫌な予感
「月の出る夜に、神木様が生まれ変わる――」
洸太郎は一点を見つめたまま固まる。
やはり、雨の種を持っているだけでなく、生まれ変わる為には条件が存在していたのだった。
「その情報は確かなものなんですか? 月なんて聞いたこともないし……」
「疑うのもわけないよな。実際に月というモノを見たことのある人間は、もうこの世にはいない。ただな、今は存在していないだけで、昔は誰しもがその存在を知っていたんだ。そして、あの状況を後世に残すため、掛け軸に記録した」
「あの状況? それってつまり――」
「そうだ。あの絵はな――その場を見ていた者が、実際の状況を残したものだ」
掛け軸にも意味があったとは、思いもしなかった。
何より、あの掛け軸の存在、そしてそこに描かれているモノを知っている時点で、この話は信憑性が高い――ということになるのかもしれない。
「森本さん、あなたは一体――」
「おっと、質問は交互にしていかないとな」
洸太郎の言葉は途中で宙に浮いたまま、森本に遮られて姿を消した。
「私たちはさっき話した情報の続きで良いですか?」
森本にペースを渡すまいとして、森本が話す前に瑠奈が口を開く。
「いや、その自信のある情報はまだいい」
森本の言葉に、洸太郎は耳を疑った。
こちらのペースを乱すために、わざと拗らせて言っているようにも思えた。
「じゃあ……別の情報ですか?」
洸太郎がそう尋ねると、「それも違う」と言って、森本はわざとらしく首を左右に振る。
「まず俺からは、簡単なお願いだ」
「お願い?」
人からの要求というだけで身構えてしまうことがあるのに、それが森本からとなると尚更だった。「簡単な」という言葉をわざわざ使うところに、森本特有のいやらしさが見え隠れする。
「何でしょうか」
洸太郎はいつも以上に身構えて、森本の言葉に備えた。
森本は「本当に簡単な話だ」と、急に真剣な顔つきになって言った。
「神木様の葉の枚数を、逐一、俺にも共有して欲しい」
思わず反射的に「え?」と声を漏らし、洸太郎は三人の顔を見た。
三人とも驚きからか、目が合った瞬間は表情が固まっていたが、お互いを確認しながらゆっくりと頷く。
「……わかりました。高木さんから連絡が来たら、森本さんにも連絡します」
「本当にそれだけで良いんですね?」
洸太郎の回答に繋げる形で、瑠奈は念を押した。
「あぁ、それで構わない。ある意味、今一番重要な情報だからな」
森本は満足そうに煙草に手を伸ばし、半分近くまで伸びた灰を落としてから口に運んだ。
それを見てから、瑠奈が次の質問へと話を進めようとする。
「私たちはまだ情報を持っていますけど――」
瑠奈がそう言った時、洸太郎のポケットの中でスマートフォンが小刻みに揺れた。
瑠奈、大介、千歳のスマートフォンも同じように振動し、四人はスマートフォンを顔の前へと移動させる。
画面には『新着メッセージ』と表示されていた。
洸太郎は内容を確認する前に、森本へと視線を移す。
森本は何かを感じ取ったかのように目を細め、洸太郎を見つめ返した。
「洸太郎……、まずいかも」
瑠奈の言葉に洸太郎がスマートフォンへと視線を戻すと、短くも強いメッセージ性を持った文章が、洸太郎の視界に広がった。
『葉がまた一枚、散ってしまった』
スマートフォンを持つ左手が、先程のスマートフォンと同じように震える。
洸太郎は絶望の言葉が外に漏れないように、思わず右手で口を覆った。
「おい、どうしたんだ?」
森本は座ったまま上半身を乗り出し、四人それぞれの顔を見る。
しかし、別の世界にいるかのように全く反応のない洸太郎らを見て、森本はもう一度「おい!」と大きな声で言った。
森本の声が届くと、洸太郎は脳に強い指令を出し、やっとの思いで口を覆っている右手をどかす。
「また一枚……散りました」
森本は灰皿に置いていた煙草の火をすり消すと、「くそ」と言って、物凄い剣幕で立ち上がった。
「今朝一枚散ったばかりだろう。こんなにも早く……」
「やっぱり……神木様はもう限界に近いんだ――」
独り言のように、洸太郎が画面に向かって小さく声を落とすと、もう一件、高木から別のメッセージが入る。
『神木様の周りの地面が殆ど乾いてしまった。神木様の死期が、近いのかもしれん』
洸太郎の独り言は、高木によって全員に共有された。
森本ですら頭を抱えるように、片手を額に当てている。
そんな中、瑠奈が「あ!」と大きな声を出し、慌ててスマートフォンを操作し始めた。
「瑠奈ちゃん、どうしたの?」
「もし葉っぱが散るのと、今日の日差しに何らかの関係があるなら、何か事件が起こっているかもと思って」
「そうか」と洸太郎、大介、千歳の三人も慌てて様々なソーシャルメディアで色々な言葉を検索にかける。
しかし、まだこれといった情報は載っていなかった。
それを見ていた森本が、「前回がどうか知らんが」と冷静に話し始める。
「葉が散ることと、何らかの現象が起こることに互換性があったとしても、葉が散った直後だとは限らないだろ。一先ず、暫くはここを動かない方が良い。俺は局の奴に連絡してみるから、お前らはそのままネット検索を……、そうだな、あと外の様子を見ていてくれ。前回みたいに、急に日差しが指し込むかもしれない」
そう言うと、森本は直ぐにどこかへ電話を掛け始めた。
洸太郎は森本の意見に従うように頷くと、二人一組で分担して行うことにした。
大介と千歳はここで継続して各ソーシャルメディアと店のテレビをつけてニュースの確認を、そして、洸太郎と瑠奈は外の様子を確認する。
大介が「何も起こってくれるなよー」と画面に話し掛けながら検索を続ける中、「ここより少しでも高いところの方が良いだろう」と、洸太郎と瑠奈は急いで二階の洸太郎の部屋へと向かった。
部屋に入ると、「瑠奈はあっち」と入口に向かって右側の窓を指し、洸太郎は勢い良く正面のカーテンを左右に開けた。後ろから瑠奈もカーテンを開ける音がする。
見える限りでは、日差しはどこからも差し込んでいない。
「こっちはまだ全体的に曇ってる。そっちはどう?」
「こっちも同じ。日差しは入り込んでいないみたい」
暫く無言のまま、大きく身体ごと左右に振りながら確認する。
窓を開けていても部屋へと風が入り込むことはなく、生暖かい空気だけが纏わりつく。
洸太郎の額には押し寄せる緊張と不安で、じんわりと汗がにじんでいた。
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