Xデー
森本が何故そこまで頑なに、神木様の生まれ変わりに対して否定的なのか――洸太郎にはわからなかったが、自分の喉と唇の渇きだけは、はっきりと感じていた。
洸太郎が次の言葉を探していると、家と『カフェ忠』を結ぶ扉を叩く小さな音が聞こえ、扉の隙間から覗き込むように、腰を低くした忠が顔を覗かせた。
「良ければコーヒーでもどうぞ」
忠はマグカップをお盆の上に乗せ、その後ろには不安げな表情を浮かべる麻里の姿もあった。
家の中に流れていた穏やかな空気が、『カフェ忠』を漂う重く冷たい空気と中和されていくように、洸太郎の気持ちも少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「家の中の機械で淹れたモンで、味はお店程じゃありませんが良かったら」
忠が営業スマイルで森本に話し掛ける。
森本は「どうも、すみません」と言いながら、コメツキムシのように、首だけを数回ぺこぺこと軽く下げた。
「テレビ局の方なんですよね? うちの息子、なんかご迷惑をお掛けしてしまいましたでしょうか?」
忠はコーヒーを森本の前に置くと、顔色を伺うように森本の顔を覗き込む。
「いえ、そんな……。あ、申し遅れました。私、森本と申します。今日は朝から何度も申し訳ありません」
森本はスッと立ち上がり、余所行きの声で丁寧に名乗ると、ジーンズのポケットの中に閉まっていた名刺入れを取り出して忠と麻里に手渡した。
隣で大介が森本を見ながら「別人じゃねーか」と小さく呟く。
忠と麻里は「頂戴します」と言って、森本の名刺をしばらく凝視した後、「それで、息子が何か……」と改めて森本に問いかけた。
「お二人もニュースをご覧になられたかと思いますが、昨日、洸太郎くんと水源寺の前でお会いしまして、私も、いち報道の端くれとして今の状況を好転させられるようなお話が伺えるのではないかと思い、コンタクトを取らせていただいたまでです」
口調も表情も、今までとまるで違う森本の立ち居振る舞いは、大人を納得させるに十分の力を持っていた。
忠と麻里の表情が目に見えて明るくなっていく。
「いやー、そうでしたか。我が家にテレビ局の方が来られるなんて今までなかったものですから、てっきり何かしでかしてしまったのかと……。協力出来ることがあれば何でも致しますので、ごゆっくりしていって下さい。みんなもごゆっくりね。洸太郎、くれぐれも失礼のないようにするんだぞ」
洸太郎の苦笑いとは対照的に、森本は二人に安心を与えるような作り笑顔で頭を下げる。
忠と麻里は満足げの表情を浮かべると、「それでは」と言ってそそくさと家の中へと戻って行った。
相変わらず自由なんだから――と洸太郎は思ったが、タイミングを計ったかのような二人の登場は、少なからずこの場の空気を和らげていた。
森本は表情を崩し、立ったままため息をつくと、二本目の煙草に火をつけて腰を下ろす。
そして、目の前のコーヒーを啜り、吐き出す息とともに、「まぁ」と表情を一時前のものに戻して言った。
「俺だって別に、神木様を生まれ変わらせることを止めようってわけじゃない。ただ、そういうことも含めて、この世界の人は真実を知った方が良いんじゃないかって思ってな。その為にはまず、俺が真実を知りたい。そう言うことだ」
そう言うとまた、森本はコーヒーを啜った。
その表情からは何も読み取れなかったものの、一呼吸置いたことで、口調は多少穏やかなものになっていた。
「でも……、森本さんは人の命で生きたくなんてないんですよね? 神木様が生まれ変わったら――どうするつもりなんですか?」
おどおどしながら、千歳は少し小さめの声で言った。
「そ、そうだ。そうなったら結局、今と何も変わらないじゃないか」
大介も千歳に同調するように声を被せる。
森本は顎の無精ひげを中指で掻きながら、珍しく視線を泳がし、少し間を置いてから口を開く。
「確かにそうだ。今のままだと何も変わらない。だからこそ、こうして色々面倒くさいことも調べているし、こうしてお前らとも会っているんだ。お互い、知りたいことがあるってことなんだろ?」
洸太郎はその言葉で、ようやく当初の計画を思い出した。
早速探りを入れようとすると、瑠奈が洸太郎の思考に割って入るように話し始めた。
「この際、森本さんの考えについては否定しません。私たちは私たちのやりたいようにやります。その為に森本さん。あなたが何を知っているのか……教えていただけませんか」
瑠奈は予定よりも随分と単刀直入に聞いたが、森本がある程度の情報を知っていると分かった以上、逆に回りくどく聞くよりも効果的なのかもしれない。
何より、森本相手に探りは通用しなかっただろう――と洸太郎は思った。
「直球勝負とは気持ちが良いね。だが、こちらもタダで教えるってわけにもいかないな。それ相応の対価がないと」
「大人って汚ねえ」と大介は言ったが、「情報はお金も同然だし、社会人にとっては常識だ」と、森本は眉毛を上げ、大介をあしらうように言った。
それを聞いた瑠奈は、森本の真似をするように不気味な笑みを浮かべて森本に尋ねた。
「私たちは森本さんの知らない『モノ』を、情報の一つとして持っています。これと対等な情報を教えていただけますか?」
瑠奈は森本に対し、先に情報を提示させるような言い方をした。瑠奈の堂々たる心理戦の仕掛け方に、森本は笑みをこぼす。
「さっきから君は威勢が良いね。なるほど、相当に自信のある情報かつ、俺の情報を確実に引き出そうってわけか……。良いだろう、それじゃあ一つ教えてやる。お前ら水源寺の奥宮には入ったか?」
洸太郎がすぐさま「はい」と答える。
「その部屋の中に一本の大木が描かれている、一幅の掛け軸が飾ってあったはずだ」
「一本の大木が、大きな星に照らされていた……」
洸太郎が全てを言い終わる前に、「それだ」と森本が口を挟む。
「あれはな、星なんかじゃない。『月』と呼ばれるものだ」
「月……?」
洸太郎は復唱するように呟いてから三人の方に視線を送ると、三人ともいぶがしけに首を傾げた。
「月はこの世界に雨が降る前、まだ世界に陽の光が差し込んでいた頃、夜にだけ空に現れていたものらしい。月は辺りの星を全て取り込んだかのように大きく、強い光りを纏って輝くのだそうだ。雨が降るようになってからは月の姿を見た者がいないことから、雨の降り止んだ夜にしか、空には現れないとされている。といっても、空が雲に覆われていれば当然、見ることは叶わないがな。そして、その月の出る夜こそ――」
「神木様が生まれ変わる日となる」
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