人類の寿命

 呼び出し音が耳に響くたび、洸太郎の胸の鼓動はまた活発になっていく。


 脳裏に焼き付くあの眼差しが、そうさせているようだった。


 五回目の呼び出し音が強制的に途切れる――。



『――はい、森本です』



 先程よりも低い声が、洸太郎の心臓を鷲掴みにした。


 洸太郎は絞り出すように、スマートフォンに向かって「木船です」とだけ伝えた。



『なんだ、随分と早い連絡だな。もう何かわかったのか?』



 森本の声は、微かに周りの騒音と混ざり合う。森本はまだ、外にいるようだった。



「いえ、そうじゃないのですが……。もう少し、森本さんとお話がしたいと思いまして」


『高木のじいさんから何か聞いたんだな? ……で、他のお友達三人も一緒にか?』



 怖いくらいに森本の察しが良く、会話はテンポよく進んで行く。


 森本は今、別の調べ物をしている最中とのことだったが、今日の十四時過ぎ頃にまた『カフェ忠』で会う約束をして、終話となった。


 もっと踏み込んだことを聞かれると思って身構えていた分、洸太郎は少し拍子抜けしていた。

 


 相変わらず森本が何を考えているのかが読めず、不気味な印象ではあったものの、今はこれしか情報を得る宛もなく、とにかく早く森本と話がしたいと洸太郎は思った。




 それから刻一刻と時間は過ぎ、待ち合わせの時刻まで残り三時間余りとなっていた。



 待ち合わせの一時間前に、瑠奈、大介、千歳の三人は『カフェ忠』に到着していた。


 森本が何を話して来るのか分からない以上、作戦も何も立てられないが、とにかく森本のペースで話が進まないよう準備と口裏合わせをする必要があったからだった。



「あの人が情報を持っているかもしれないっていうのは、あくまでも高木さんの憶測の範疇なのよね。何も知らない場合も想定して、余計なことは口走らないようにしないと」


「ちぃ、またあいつから詰められたら俺に合図しろ。適当にごまかすから」


「瑠奈ちゃん、だいちゃん、なんか頼りになる……、了解。まずは様子見ね」


「まずは僕から、話を切り出してみるよ」


 緊張はしながらも、各々やることを整理していく。


 とにかく、失敗するわけには行かなかった。



 そして、十四時を十分程過ぎた頃、お店の扉が開いた――。



「お、全員勢揃いしてんな」



 電話で言っていた別の調べ物の資料だろか、手には何やら大きめの茶封筒を持って、森本は現れた。


 森本の声に反応し、四人は席を立つ。



「呼び出してしまって、すみません」



 洸太郎はそう言って、軽く会釈をした。



「いや、今朝はこっちから押し掛けたからな。これでお互い様ってことで」



 森本は水色のレンズをした眼鏡を取ると、四人がいる席まで進み、改めて「森本です」と挨拶をした。そして瑠奈、大介、千歳の順にそれぞれ名乗り、全員着席する。


「よいしょっと」と森本が勢いよく腰を下ろした音で、千歳は肩をすくませた。


 森本は一人ずつに視線を流すと、煙草に火をつけながら「それで」と話し始めた。



「俺と話がしたいんだって?」



 森本の吐き出した煙草の煙が、床に向かって走っていく。


 森本が息を吐き切るタイミングで洸太郎は話し出そうとしたが、それよりも早く、森本は次の言葉を吐き出した。



「神木様ももう、千三百歳を超えているもんなぁ。いつ寿命を迎えられても、何ら不思議じゃない。そうなると、今度は生まれ変わってもらわないとならないよな。その為に――」



 森本は煙草の灰を落とし、座ったままゆっくり足を組むと、乱暴な視線を向けて言った。




「誰がになる?」




 今にも凍ってしまいそうな冷たい目線で、森本ははっきりとそう言ったのだった。


 森本が目の前に座ってから数十秒、たった一つの会話で、この場のペースは森本が掴むこととなった。


 そして、それと同時に洸太郎は確信した。


 この人は神木様について、自分たちの知らない「何か」を知っている――と。



「お前ら顔に出やすいな。ということはやはり、神木様の話を高木のじいさんから聞いているってことか。お前らもまた大変なことに巻き込まれちまってんだな」



 まだ森本しか話していないというのに、洸太郎は全てを見抜かれてしまったような感覚に陥った。それでも尚、何とか抵抗しようと洸太郎も必死になって言い返す。



「何で森本さんがそんな話を知っているんですか? というか、あなたは何がしたいんですか?」


「そういう環境にあったとしか言えないが……俺のしたいことか……、んー、難しいな。でも、お前らの望んでいる未来ではないんだろうな」



 森本は片方の口角だけを上げ、鼻で笑った。



「ちょっと……、はっきり言ってもらえますか?」



 そんな森本の煮え切らない態度にしびれを切らすように、瑠奈は声を荒げて言った。



「ったく、お前らはどいつもこいつも大声出さないと気が済まないのか……。じゃあ聞くが、お前らは『人の命』で生きていて、嬉しいのか? 生かされている人生、それで満足か?」



 視線だけでなく、口調までもが冷たいものになり、この場の空気をも凍り付かせていく。



 テーブルの上を漂う煙草の煙だけが重たい空気に逆らって、小さく左右にゆらゆらと揺れながらゆっくりと上がって行った。



「それってどういう意味ですか?」



 洸太郎は一気にカラカラとなった喉から、少し擦れた声を森本に向かって飛ばす。



「はっきり言ってくれって話だったな。なら言わせてもらうが、俺は神木様を生まれ変わらせようなんざ、これっぽっちも思っちゃいない。いいか、神木様は人の命で生きているんだぞ? つまり、そいつの命がなかったら、俺らは生きていられないってことだ。それで? 雨が降り止んだら次は誰かを差し出せって言うのか? バカバカしい。雨が降らないから生きていけないって言うんなら、人類はそれまでってことだ。俺は人の命を自分の命として、何も知らない奴らとのうのうと生きて行くなんてまっぴらごめんだね」



「人類は滅びても良いってことかよ」



 大介が強い口調で言ったが、森本は平然を保ったまま間髪を入れずに言い返す。



「さぁな。でも、それが人類の運命になるんじゃねえか? 『人類の寿命』ってことによ」



 森本の言葉に、またしても訪れた沈黙が不穏な空気を醸し、この場の空気は冷え込んだ。

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