森本明孝
知っている男
森本の目は、全てを見通しているとでも言わんばかりに洸太郎を捉えている。
昨日向けられたモノとは全くの別物の、そのあまりの威圧感に、洸太郎は寒気すら感じた。
だからといって視線を逸らすことも出来ず、少しずつ呼吸が乱れていく。
洸太郎の異変に気が付いたのか、森本はわざとらしく肩を使ってため息をつく。
「俺がなんか悪いことでもしてるみてーな気持ちになるじゃねえか」
森本は頭を掻きながら、先程よりも長いため息をついた。
「今の反応で大体わかったけどよ……、お前ら、高木のじいさんから何か聞いてんだろ?」
「え、何でそんなこと……」
「やっぱりな」
洸太郎が「しまった」と思った時には既に遅く、森本は次の質問へと移った。
「そもそも、あの時間、あの場所にいること自体が普通じゃねえ。それで? 神木様は枯れていたのか?」
このまま一方的な質問に答えるだけでは、森本の思い通りになってしまいそうで、洸太郎は質問に質問で返した。
「そんなこと聞いてどうするつもりですか? また、あることないこと報道するんですか?」
洸太郎は精一杯力強く言ったが、森本は耳の中を小指で掻きながら、「そんな大声出さなくたって、ちゃんと聞こえるよ」と、簡単にいなした。
「まぁ、それが俺の仕事だからな。この世界の人間は知らなすぎる。お前もそうは思わないか? 真実だろうがなかろうが、もっと知っておかなけりゃいけないんだ。そうじゃないと、まともに考えることだって出来ないだろう?」
森本はまた、突き刺すような眼差し向けて言った。
「……それで、神木様はもう枯れてるのか?」
その威圧感に耐え切れず、洸太郎は「まだです」と小さく答えた。
「そうか。ということは、まだ雨は降らないってことか――そうなると、あの『日差し』がまた降って来るかもしれないわけだ……」
森本は天井に向かい、肺の中に溜まった煙を吐き出す。
「高木のじいさんは何て?」
「あの日差しについては特に……、ただ、まだ神木様の枝に残っている葉っぱに関係があるかもしれないって」
「今回もそうだった? 残りの枚数は?」
「憶測の域を出ないですけど……。あと三枚だそうです」
森本は数回小さく頷くと、「わかった」と言って残った煙草を灰皿に擦り付け、席を立った。
「急に悪かったな。また何か分かったら教えてくれ……おっと、あとお前の電話番号をここに書いて。また連絡する」
洸太郎が何かのレシートの裏に連絡先を書いて手渡すと、「俺の番号も登録しておけよ」と言い残し、森本はお店を後にした。
一体、森本とは何者なのだろう――。
洸太郎は不信感が消えぬまま、しばらく森本の後ろ姿を見ていた。
森本が帰ってから程なくして、森本は高木のことを知っているような口調だったことを思い出し、洸太郎は先程の一連の会話の報告と合わせ、高木に電話を掛けた。
電話はすぐに繋がった。
高木は洸太郎からその名前を聞かされるとは思っていなかったからなのか、高木が言葉を発するまで、暫くの時間を要した。
『森本明孝……? 今、そう言ったかい?』
冷静を装った、高木の低い声が耳を刺激する。
洸太郎は名刺に書かれている名前をもう一度確認し、「そうです」と返した。
『あの時取材に来ていたのは――そうか、やはり彼だったのか……』
そう言うと、電話越しに唸り声が聞こえてくる。
「あの……森本さんって何者なんでしょうか……」
長い唸りと、少しの沈黙の後、高木はまた話し始めた。
『彼はね――この神木様にまつわる話の一部を知る人物だ』
洸太郎は唐突に聞かされた、予想だにしない回答に困惑した。
「え、でもその話は歴代の宮司以外、誰も知らないんじゃ……」
『その通りだ。ただその理由は、この世界の『危険分子であると判断される』ためだと言ったね。その為に今まで一切公にはされてこなかった。しかし、それは逆を言えば『危険分子だと判断した側』が存在するという意味が含まれている。彼は――』
心臓の鼓動が、洸太郎の胸を締め付ける。
『――その判断を下した側の末裔だ』
洸太郎は開いた口が塞がらなかった。
スマートフォンを当てた耳が、どんどん熱を帯びていくのがわかる。
そんなことを知る由もなく、高木は『だから――』と淡々と話を続けていく。
『本来、私たちは会ってはいけないんだ。これもまぁ、古いしきたりのようなものなのだけどね。お互いに距離を取ることで、この話が出る機会すらも起こらないようにしていた。それは彼も承知しているはずだ。それにも関わらず堂々と、正面から会いに来るなんてね』
高木の話は洸太郎に届いていたが、理解するには至っていなかった。
考えることを諦めたように、時計の針が規則正しく時を刻む音だけが脳内を支配していく。
『まぁしかし、そちら側の人間がこの話をどこまで受け継いでいるのか、私にはわからない。「一部を知る」と言ったのは、そういう意味だ。それでも彼は、この話を独自に調べ上げ、深いところまで把握しているのかもしれないね』
「では、全てを知っている可能性もあると?」
『ありうる。が、洸太郎くんに会って、雨の種の話をしてこなかったところを見ると、そうとも言い切れない』
――森本がもし全てを知っているのなら、わざわざ自分の元を訪れる理由があったのだろうか。
洸太郎はますます混乱していく。
「高木さん、あの人は一体、何がしたいんでしょう」
『これは私の推測に過ぎないが……、もしかすると、私が知っている話と森本くんが知っている話が異なるとも考えられる。私の話はあくまで、古書に基づくものだからね。もし、何らかの方法で彼がそのことを知ったとして、今の洸太郎くんの話を合わせて考えると、森本くんが君に接触してきた理由は――』
『真実を知ることなのかもしれない』
――あの鋭い眼差しには、何が見えているのだろうか。
洸太郎が抱く森本の印象は、昨日、今日で大きく変わることはなく「嫌な男」のままだが、森本の視る真実が必要になる時が来るのではないか――と洸太郎は直観的に感じていた。
高木との電話が終わると、洸太郎は瑠奈、大介、千歳にも、森本という男についてグループ通話で話をした。
『朝の映像の件もあるし、神木様の葉っぱもまた散った。こんな時にあの嫌味な男まで出て来るのかよ』
『何か企んでいるんじゃない? あの人、なんか怖いよ……』
大介と千歳は直接会話をしていたこともあり、洸太郎と同じく印象は悪かった。
そんな中、瑠奈は一人、冷静に言う。
『でもその森本って人は、何かを知っているのかもしれないのよね。逆に私たちは何の策もないわけだし……。ねぇ、その情報――上手く引き出せないかしら』
『瑠奈、本気か? あいつ、何してくるかわかんないぜ?』
『世界がこんなに大変な時に、取って食うようなことはしないでしょ? それに、向こうにばっかりやられて悔しいじゃない!』
この発言だけを取れば一種のゲーム感覚にも思えるが、瑠奈の強気な言葉に、洸太郎は触発されていた。
「瑠奈の言う通り――今、僕たちは高木さんからの情報を待つだけだ。考えていたって仕方がない。それならリスクを冒してでもやってみる価値はあるんじゃないか?」
『……そうだね。私もこのまま何もせず家にいて、ニュースで悲しむだけなんてもう嫌だよ……。こうちゃん、瑠奈ちゃん、やろう』
『多数決ならもう決まりじゃねーか。あとちぃ、俺のことも忘れるな』
こうして、再び四人で森本に会ってみようということになった。
洸太郎はゆっくりとスマートフォンを耳から離して終話ボタンを押すと、数回、大きく深呼吸をする。
そして、必要以上に電話番号を確認してから改めて、通話ボタンへと指を運んだ。
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