意思を持つかの如く
ニュース番組では連日、ここ最近の異常気象について報じている。
「過去最大級の雨雲」だとか、「過去に類を見ない雨量」など、どれも昔と比較しては、雨の荒々しさを伝えようとしていた。
番組によっては視聴率欲しさからか、若手スタッフが外での中継を強いられ、その度に炎上する事態となっている。
皮肉なことに、どんな表現をするより、どの番組の、どの報道を見るよりも、窓の外を見た方がよっぽど事の深刻さは伝わってくるのだった。
洸太郎が熱の葉が枯れたことを知った翌日の夕方から、天候は荒れ始めた。
時に突風を、時に落雷をも伴いながら、大粒の雨が地面へと落ちていく。
窓から外を見ようにも、強い雨が視界を遮り、隣の家でさえ多少ぼやけて映る。
当初は木目のように真っすぐと降っていたが、今ではそんな「お利口な雨」も見ることはなくなった。
この影響を受け、学校は臨時休校に、企業も翌日から全面在宅勤務に切替えるよう報道されていた。
臨時休校で自宅に籠るようになってから、早くも今日で五日目を迎えている。
臨時休校となった二日後には学校の公式サイトに学年毎に課題がアップロードされ、洸太郎は静かな部屋で「こんな時だけ対応が早いな」とぼやきながら、黙々と課題をこなす日々を送っていた。
最初の二、三日はグループトークで四人の会話もあったが、特に何の進展もなく、ここ二日間はスマートフォンが震えることも無い。
時折、窓の外を覗くと、雨が降り止むことなどないのではないかと思う程、その都度、天候は悪くなっているような気がしていた。
洸太郎は今日もその日の課題を片付けると、引き出しの中に閉まっていた熱の葉をおもむろに取り出し、降りしきる雨と交互に眺めていく。
外の騒がしさより、熱の葉の静けさの方が、洸太郎の心を刺激する。
以前のように、「また熱の葉に何らかの変化があるかもしれない」という思いを抱いていないわけではないが、正直、今ではその思いも文字通り「心の片隅に小さくある」程度しか、残ってはいなかった。
無心のまま熱の葉を眺めていると、久しぶりにスマートフォンの画面が光りを発しながら小刻みに振動し、洸太郎は視線を向ける。
『明日でちょうど一週間になるね』
瑠奈からだった。
「もうそんなに経つのか……」と洸太郎は呟く。
部屋の時計は黙々と自分の役目をこなすよう、懸命に右へ右へと針を進めているが、目を覚ましてから眠りにつくまで一日中外が暗いので、この短期間で日付の感覚が可笑しくなっている。
「みんな元気にしてる?」
直接顔を見て話をしていないと、長い間、会話もしていなかったような感覚に陥ってしまう。
洸太郎はつい二日前まで連絡を取っていたにも関わらず、気付けばそう入力し送信していた。
『元気だよ。さっき今日の課題が終わったところ』
『俺はまだ、一昨日の課題をやってる』
『大介くん、さすがにそれはちょっと……』
他愛のない会話が続いていく。
集まって話していれば十数秒の会話も、画面越しだと平気で「分」を跨ぐ。
この環境で誰かと繋がっていると感じることが出来るのは、僕たちの世代くらいなのかもしれない――と洸太郎はふと思った。
これも今や、一つの「当たり前」になっている。
この「当たり前」が無くなることを想像するととても不安に思うのに、降りしきる雨が止むことを考えても、感情が芽生えることはない。
これは、脳が想像出来ない程の非日常だからなのかもしれない。
窓の外で赤子のように泣きじゃくる雨も、いつの日か「新しい日常」になってしまうのだろうか。
洸太郎の想いとは裏腹に、互いの近況報告に似たメッセージをやり取りしたその日の夜、そんな「新しい日常」など決してやって来ることはないということが、目に見える形として証明された――。
今日のニュースのトピックスは、『この大雨にも関わらず、現状、建物の崩壊などの報告がなされていない』というもので、過去に建てられた様々な建築物とともに、この世界の技術の高さが報じられている。
そして、『この雨を経験し、更なる発展に努めていくことが出来れば良い』と、前向きなメッセージで番組は締められた。
「テレビ局の人は大変だよな。今も会社で寝泊まりをしながら働いているって、ラジオで言ってたぞ」
つい数日前まではどの番組もこぞって騒いでいたのに、今では番組で報じられる内容も、家庭の会話も少しずつ、どこかこの状況に「順応」してきているようだった。
もしかすると、日々変化する日常を生きて行くための、人類の知恵なのかもしれない。
そして、自分もまたその内の一人なんだ――ということに、洸太郎は不意に気が付いた。
夕食を食べ終え、洸太郎は自室へと戻る。
カーテンを少し開けて外を覗くと、窓の外では相変わらず風と雨が激しく踊っている。
『明日で一週間』
瑠奈のメッセージが、ふと頭をよぎった。
時計を見ると、時刻はまもなく二十時になろうとしている。
――この雨は、どこまで強くなるのだろう……。
そう思った瞬間、ブレーカーでも落ちたかのように、窓の外がぱたりと静かになった。
あまりにも急だったので気のせいかとも思ったが、洸太郎の意識とは反して、手は自然とカーテンを開き、窓を開けていた。
外は数日振りの柔らかな雨と、温かな風が吹いている。
空には一面に星が見えていた。
久しぶりの星空に見とれていると、心地よい風が吹き、その優しい風に包まれるように、洸太郎の視線の中にそれは姿を現した。
辺りの街灯や家の光をチラチラと反射しながら進んでくるその様は、まるで蛍の光のようにも見える。
突然の出来事に、洸太郎は空から星が落ちて来たのではないかと思った。
その光はゆっくりと、それでいてしっかりと意思を持つかの如く、洸太郎の元へふわふわと進んでくる。
光が部屋の近くまで来た時、洸太郎は手のひらを返して両手を合わせ、包み込むような形を作った。
明確な着地点を見つけたそれは、音もなく舞い降りる。
「雨の種――」
高木の言っていた通り、洸太郎は一目でこれが「雨の種」だとわかった。
洸太郎の手の上にふわりと乗った雨の種は、親指程の大きさだが見た目以上に重たく、米粒のような形をしている。
全体は薄い膜のような柔らかな感触で透けており、中は水のような透き通った液体が手の振動で左右に揺れ、部屋の光に反射していた。
洸太郎はそのあまりの美しさに、言葉を失った。
それと同時に、雨の種は自分を選んだんだ――と、手のひらの温もりをもって感じていた。
そして洸太郎が雨の種を手にした翌日――
世界から雨が消えた。
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