雨の種

熱の葉

 神社からの帰り道。


 あまりにも突拍子もない話は、四人の間に束の間の静寂を連れてくる。


 冷たい静けさとは裏腹に、雨はまた更に、強さを増していた。


 洸太郎は久しぶりにレインウェアに響く雨の音を聞きながら、高木の話を思い返す。



 ――高木の話が真実だとするなら、近い将来、この世界の雨は降り止むのだろう。もし本当に自分が神木様に選ばれた人なのだとしたら――この命を差し出すことが出来るのだろうか。


 

 答えの出ない質問に、洸太郎は小さくため息をつく。


 すると突然、隣を歩く大介が「なぁ」と言って洸太郎に話し掛ける。



「今頃、も枯れちまってるのかな……」



 思いもよらないその言葉に、洸太郎は大介の左肩を強く引き、正面を向かせて両肩を掴んだ。



「今、何て言った?」


「びっ……くりした。なんだよ、急に。だから、お前んちにある葉っぱも、高木さんの言ってた通り枯れてるのかなって」



「僕の家にある葉っぱって、一体、何のことだよ!」



 洸太郎の大きな声に、瑠奈と千歳も足を止める。



「あ、お前まだ思い出してないのか? 幼稚園の遠足の時、記念だとかなんとか言って、絵に描いた葉っぱを家に持って帰ったろ? それで、おじさんとおばさんに自慢げに見せてたじゃねーか。二人ともめちゃくちゃ喜んでくれて、絵も葉っぱも大切にしてたよな? 高木さんの話が本当なら、あれは熱の葉ってことになるんだろ?」



 洸太郎にとって、まさに寝耳に水だった。


 驚きのあまり、自然と口調が少しずつ荒くなる。



「どうしてそんな大事な事……、もっと早く教えてくれなかったんだよ!」


「ちょっと、こうちゃん。そんな言い方しなくても……」



 千歳が不安な顔をして、二人の会話の間に入る。


 洸太郎も大介に悪気がないことくらいわかっていた。


 それでも、全く思い出すことが出来なかった自分に対する腹いせのように、大介に八つ当たりをしてしまったのだった。



「わ、わりぃ……、てっきりその葉っぱを見たから、高木さんのところに行ったのかと思ってた」



 大介は両手の手のひらを上げ、なだめるような仕草をする。


 大介の怯えるように驚いた顔を見て、洸太郎の頭に上った血は、元あるところへと帰っていった――。



「ごめん。大介が謝ることじゃないんだ……。今、ちょっとどうかしてた。ちぃもごめんな」



 二人は洸太郎の気持ちを察してくれたかのように、それ以上、洸太郎を責めることはしなかった。



 そして、今まで会話に入ることもなく静観していた瑠奈が言った。




「洸太郎。その葉っぱ、今から見に行こう」




 洸太郎は頷くと、逸る気持ちを抑えながら、早足で家へと向かった。





 着いた時、『カフェ忠』はまだ営業中だった。


 洸太郎は店に入り、忠と麻里に当時の絵と葉っぱが残っていないか、急かすように確認をする。


 二人は突然のことに驚いていたが、「納戸に昔のアルバムと一緒に保管している」と教えてくれた。


 洸太郎は「納戸」と小さく呟くと、二人に礼も言わず、急いで納戸へと向かう。



「どこだ?」



 洸太郎を先頭に、瑠奈、大介、千歳の順番に納戸に入室する。



「結構、物が多いな」


「昔は僕と彩美の子ども部屋でもあったから」



 納戸は比較的整理されていたものの、物自体がとても多かった。


 収納棚も一つ、二つの話ではない。



「でも、この部屋のどこかにあるんだから、よく探さなきゃ」



 瑠奈はそう言って、両袖を捲った。


 

 それから四人は、それぞれ担当エリアを分けて探し始めた。


 昔のゲームソフトや、当時人気だったカードゲームなど、懐かしいものが次から次へと顔を出す。


 洸太郎はそれらを手に取り視線を落としては、別の場所へと投げ捨てていった。


 物が多いとはいえ、特段、広い部屋というわけではない。


 この部屋にあるのであれば、見つかるのは時間の問題だった。



 そして、探索から十分としないうちには見つかった。



「おい、これじゃねーか?」



 大介が叫んだ。


 それと同時に、四人が一か所に集まる。


 大介は「洸太郎 幼稚園」と書かれた段ボールを持っており、何も言わずにそれを洸太郎へと渡した。



「開けてみよう」



 洸太郎は段ボールを封じていたテープの端を掴み、勢いよく引っ張っていく。


 テープは段ボールの表面を捲り上げながら、音を立てて剥がれていった。



 段ボールの中には、幼稚園に通っていた際のアルバムや遠足のしおりなど、思い出の数々が綺麗に並んでしまわれている。


 その中に「発表会作品」とだけ書かれた、一冊の厚いファイルが入っていた。


 洸太郎は丁寧にこのファイルを掴んで取り出すと、ゆっくり中身を確認する。


 中身の一つに、ファスナー付きの図面ケースに入った一枚の絵があった。 



「これだ」



 洸太郎はその絵を取り出し、三人に見せた。


 ファイルに入ったその絵には、神木様の前で嬉しそうに笑う洸太郎と、一緒に遠足に行った子どもたちが描かれている。


 

 絵の中の洸太郎の手は、囲われていた。



 洸太郎が絵の入っていた図面ケースを傾けた時、中で何かが動く音がした。


 その音に反応してケースを覗くと、絵の他に、チャックの付いた透明のポリ袋が入っている。

 


 中には一枚の葉っぱが、大切に保管されていた。



「葉っぱだ……」



 洸太郎の言葉を聞き、全員がポリ袋に注目する。



「枯れてるのは葉先だけ――」



 瑠奈は震えた声で言った。



「ということはつまり、これが――」




「熱の葉だ」




 このような保管状態であったにもかかわらず、葉全体が枯れることなく残っていることを考えると、この葉っぱが「熱の葉」で間違いがないようだった。



 そしてこの「熱の葉」の存在が、高木の話が紛れもなく真実であるということを証明していた。



「高木さんの言っていた通りなんだ……。神木様は枯れ、雨は降り止む――」



 高木の話していた内容が、近い将来の「映像」となって、洸太郎の脳内を走る。


 四人は言葉を失い、部屋の中に、雨の音だけが広がった。

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