神木様
「なんだか、随分と冷えるな」
「神聖な場所に近づいてる感じがする」
四人は自然を肌で感じながら、奥宮の近くまで来ていた。
まだ昼間だというのに、高い木々が光を奪うのか、この辺りはやたらと薄暗く、霧も掛かっていて視界も悪い。
奥宮に行くにも石段を上る必要があるのだが、本宮に向かう石段と比べ、春日灯籠の朱色には黒色が混じり、辺りの緑はより深くなっている。
視界から入ってくる情報は限られているにも関わらず、四人の足取りはどこか重たくなっていた。
洸太郎と大介が先を歩き、その後に瑠奈と千歳が続く。
男子二人が淡々と前を進んでいくのに対し、女子二人は辺りを確認しながら進むので、若干の距離が生まれていた。
洸太郎は後ろを振り返り、一旦、足を止める。
大介も二人との距離に気が付き、洸太郎の一段下で後ろを振り向いた。
「あと少しだぞー」
大介の声に、瑠奈と千歳は手を上げて返事をし、歩くペースを少し速める。
二人が追い付いついてから、再び四人は揃って残りの道を進んでいく。
先頭を歩く洸太郎は既にぼんやりと奥宮の社殿を捉えていたが、その光景に、どこか違和感を覚えていた。
「着いたー」
上り坂になっていることで、十五分の道のりも長く感じる。
特に走ったわけでもないのに、石段を上り切ると千歳は膝に手をつき、肩で息をしていた。
「ちぃ、ちょっと運動不足なんじゃねーの?」
「女の子にはきついの」
「瑠奈はあそこでピンピンしてるけど?」
大介が親指で瑠奈を指しながら、小ばかにするように言う。
千歳は涼しい顔で奥宮を見つめる瑠奈を確認し、少し間を空けてから「瑠奈ちゃんは、特別枠でお願いします」と、今にも消えそうな声で言った。
本宮の社殿もそれ相応の雰囲気があったが、ここがより神様に近いからなのか、はたまた、この社殿の背後に一本の巨大な木の一部が見えているからなのか、奥宮の社殿はまた違った空気を纏っている。
「やっと見えてきたね、神木様」
千歳は呼吸が整うと、額の前に手で屋根を作り、遠くを眺めるように言った。
四人はゆっくり社殿へと足を進めていく。
奥宮の周りは特に霧が濃くなっていたので、石段を上った直後はしっかり認識することが出来なかったが、奥宮に近づくにつれ、推定千三百歳と言われる神木様は徐々に色を帯びていく。
神木様の一部をはっきり肉眼で捉えられる距離まで来たところで、大介が口を開いた。
「あれ、神木様ってこんなに大きかったっけ? まだ全部は見えないからよくわかんないけど……、なんか、ここからでも威圧感が半端じゃねーよ」
先程感じた違和感は、このせいだったのかもしれない。
洸太郎も大介と同じ印象を抱いていた。
――昔より大きくなってる?
子どもの頃の記憶では大きく映っていても、成長してから改めて見ると意外と小さく感じる、ということは良くあるが、今回は全く逆の印象だった。
「いや、前より大きくなってるような気がするけど……」
「うん、そのせいかな……? 私が小学生の時にここで撮った写真の社殿よりも、今の方が少し小さく感じちゃう」
洸太郎と瑠奈は、目を合わせて首を傾げる。
霧ではっきりと見えないだけだと思っていたが、神木様の樹冠部分が横に膨らんだことで、社殿全体が小さくなったかのような印象を与えている。
千三百歳にもなろうという木がまだ成長しているのかと思うと、洸太郎は少しゾッとした。
「取り敢えず、神木様の前まで行こう」
洸太郎がそう言うと三人は無言で頷き、後に続いた。
神殿の左手を奥へと進むと、横に長い石段が現れる。
といっても社殿に続く石段とは違い、十段程の短い石段なので、上る前から頂上を視界に捉えることが出来る。
石段の頂上付近までは濃い霧が掛かっているが、不思議と神木様の周りだけは霧が晴れていて、周りの木々より一回りも二回りも大きな、堂々たる全貌が既に見えていた。
「やっぱり……大きいな」
洸太郎は神木様の圧力に言葉を詰まらせながらもなんとか呟いたが、その後、しばらく誰も言葉を発することはなかった。
ただただ、神木様の迫力に押し倒されないよう、踏み出す一歩に力を込めながらゆっくりと前に進んでいく。
「この距離で見ると、やっぱり圧巻だよな」
ようやく大介が口を開く。
「あぁ。この木が千三百年もの間、世界に雨を降らせているんだもんな」
「良くわからないけど……瑠奈ちゃん。神木様はまだ成長されているみたいだし、一先ず、雨のことは心配いらないんじゃないかな?」
千歳は瑠奈に問いかけたが、瑠奈は暫く神木様を見つめたまま固まっていた。
「……瑠奈ちゃん?」
千歳の心配そうな声に、瑠奈はハッとした表情を見せる。
「ご、ごめん。ちょっと今神木様の――」
そう言って瑠奈が視線を上に戻した時だった。
「君たち、もうじき時間になるよ」
突然、後ろから声を掛けられ、四人は驚いて振り向いた。
声の主は、宮司の高木だった。
「どうだい? 君たちも神木様を見るのは久しぶりなんだろう?」
石段を上り「よいしょ」と言いながら、優しそうに高木は尋ねる。
「そうですね。あ、高木さん。寿命が近づいていても……成長するものなのでしょうか?」
ここぞとばかりに、洸太郎が高木に確認をする。
「成長……神木様がかい? 何故そんなことを?」
洸太郎は神殿の前で感じたことなどを、高木に話した。
「なるほど。それで神木様が成長していると。ふむ……」
高木は少し言葉に詰まっていた。
「どうかしましたか?」
瑠奈は高木の表情を覗き込むように尋ねた。
「いや、なんでもないんだ。そうだね……記録としては残ってないが、生きている以上、神木様も成長されると思うよ。例え、ご寿命が近づいていたとしてもね」
「そうですか。ではそれほど驚くことではないんですね」
「じゃあ、神木様の葉っぱが温かい……というようなお話を聞いたことはありませんでしょうか」
「葉っぱが温かい?」
「それは僕らの勘違いかもしれないだろ」
「そうだとしても……」
洸太郎は高木の回答を待たずに瑠奈に言ったが、瑠奈はどこか気になることがあったのか、洸太郎の制止も聞かずに、過去の体験について高木に話した。
「ほう、そんなことが……」
高木にとっては突拍子のない話であろうが、最後まで真剣に話を聞いてくれた。
「私だけじゃなく、洸太郎も同じ体験をしているみたいで、もしかしたら今までも、同じ境遇の方がいたんじゃないかと思って……」
「私がここの宮司を務めてからは、君たちが初めてだが……」
先程とは変わり、高木は神妙な面持ちで四人を見つめる。
しばらく沈黙の時間が流れた後、高木は「ふむ、そうか……」と言って顎に手を当て、再び話し始めた。
「君たちに少し話したいことがあるんだが……また日を改めて、ここに来ることは出来るかい? 今話しても良いんだが、もう時間もないだろう?」
含みを持たせた言い方とは裏腹に、高木はすっきりとした表情をしている。
洸太郎は予想していなかった提案に多少驚いたものの、断る理由もなく、快く了承した。
「本当だ! まずい、時間が!」
話に夢中になり気が付かなかったが、洸太郎が時計を確認した時には、既に十一時五十五分を回っており、四人は急いで集合場所へと戻ることにした。
足早に戻る四人の背中を見送った後、高木は神木様を見上げて呟く――。
「神木様……、一体どちらを、選ばれるおつもりですか……」
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