宮司の高木さん
学校を出てから凡そ四十分。
洸太郎たちは水源寺に到着していた。
神木様の葉っぱの話が出てからというもの、三人の足取りは明らかに軽やかなモノになり、洸太郎は三人のペースに合わせて歩いた。
結果、先に学校を出ていた三グループを追い越し、一番乗りで到着したのだった。
「うわー、久しぶり」
四人は声を揃えて言った。
自然の木々に囲まれた水源寺は、洸太郎の一番新しい記憶のそれと、全く変わっていなかった。
降りしきる雨が、木々や岩、美しい色をした葉っぱなどに当たっては水滴となり、更に下へと滴り落ちて行く。
それぞれが異なる音を奏で、時折、鳥たちのさえずりがこだまする。
その全ての音が耳の奥で重なり、目を閉じると、どこかに吸い込まれてしまいそうだった。
美しい朱色をした鳥居は後退りしてしまう程の存在感があり、鳥居の両脇、そしてその先に続く石段には両側に等間隔で
この鳥居の前に立つだけで、何かしらの御利益がありそうな雰囲気すら感じてしまう。
「ここに立つと、ちょっと緊張しちゃう」
千歳が辺りを見渡しながら言った。
「わかる。急に別の世界に来ちゃった感じがする」
「小さい頃だけの感覚だと思ってたけど、この感覚は昔も今も変わらないんだね」
暫くの間、四人は静かに、この感覚に酔いしれていた。
続々と他のグループも水源寺へと到着し、写真を撮ったり、昔を懐かしんだりしながら、松木の到着を待つ。
洸太郎たちが到着してから凡そ十五分、ようやく松木が最後のグループとともに水源寺に到着した。
「全員いるか?」
松木の問いに、それぞれが「はーい」と気の抜けた返事をする。
「それではこれから水源寺の中へと入って行くが、グループ毎になって、しっかりついてくるように。足元は滑りやすいから気を付けろよ」
そう言って松木を先頭にして、全員一礼をしてから鳥居を
ちなみに、この時「
このことは神木様の話とともに毎回聞かされていて、全員が進む道に応じて踏み出す足を変えていた。
鳥居を潜るとすぐ先に石段があり、緩いカーブとなっている石段は別の世界へと
この百段近い石段に足を踏み入れると、必ずといって良い程、段数を数えながら上る者が出てくる。
一体幾つになったら、この不思議な現象はなくなるのだろう――と洸太郎は段数を数えて進む大介を見て思った。
美しい緑と真っ赤な春日灯籠に彩られた石段をやっとの思いで上りきると、すぐに社殿が姿を現す。
ここに来ると、どこからとなく神様に見られている気がして、自然と背筋が伸びる。
本殿の前に、装束を纏った男性が一人、立っているのが見えた。
松木は男性に近づき一礼すると、振返って男性の前に集まるよう呼びかける。
「本日は水源寺の
少し白髪の混じった優しそうな小柄の男性は、こちらに向かってにっこりと笑った後、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「初めまして、高木です。本日は水源寺にお越しいただき、ありがとうございます」
高木はとても物腰の柔らかい話し方で挨拶をし、小さい頃から繰り返し聞いてきた神木様についての話をした。
「高木さん、ありがとうございます。それではここから十二時までの間、グループでの見学時間とする。十二時になったら、またこの場所で集合だ。足元に気を付けるのはもちろんだが、ここが神聖な場所ということを忘れるな。決して失礼のないよう行動するように」
松木は高木の前ということもあってか、教師の威厳を保つかのように語尾を強めた。
松木の言葉を聞き終えた後、ほとんどのグループが迷わず神木様のところへと足を向けたが、「まずはこの社殿の周りから見て、最後に神木様のところに行こう」という瑠奈の意見に全員が賛成し、洸太郎は本宮から見学を始めた。
瑠奈は混雑を避け、静かに回りたいという気持ちがあったのかもしれない。
「建物自体の造りはどの神社も結構似たり寄ったりだけど、どれも不思議なオーラというか、独特な雰囲気があるよな」
「うん。何回来ても、神様に近づいてるって感じがする」
大介と千歳はそう言うと、しばらく無言のまま視線だけを動かし辺りを見渡していく。
洸太郎も二人と一緒になって社殿を見つめていたが、瑠奈は一人、神木様のある方向を見ていた。
「どうかした?」
洸太郎は瑠奈に問いかける。
一人の世界に入り込んでいたのか、洸太郎の声に驚いて身体を震わすと、慌てて洸太郎に視線を向けた。
「う……ううん。ちょっと雨が気になって」
「雨?」
「最近、雨の弱い日が続いてるじゃない? 私がこの神社に来るときはいつももっと強いというか、生気を感じるような雨が降っていることが多かったから、なんか気になっちゃって……。雨に生気っていうのも可笑しいんだけど」
眉をひそめ、瑠奈は苦笑いをする。
「たまたまじゃねーの。神木様だって、生きているなら疲れることもあるだろうて」
大介があっけらかんと会話に割り込んでくる。
「だいちゃんの感覚と、神様の感覚を一緒にしない」
千歳に怒られ、大介は下唇を突き出しながら両手の手のひらを上に向け、「すみません」とまるで反省の見られない表情で言った。
「確かに、こんなに雨が弱い日が続くことって私も記憶にないから……心配になるよね」
千歳は瑠奈の心情を図ったかのように言う。
「まぁ多分、私の考えすぎ? 思い過ごしだと思うけどね」
「神木様も千三百歳だし、ここ最近、神木様の寿命の話を聞く機会が多かったから、余計に不安になっちゃうのも仕方ないよ」
「変な空気にしてごめんね。私たちが心配したって、何も変わらないよね」
この雨量はニュースにもなる程だ。
雨のない世界を生きたことのない人にとって、不安に思ってしまうのは当然である。
こういう場合、どうしても最悪の状況を考えてしまうのが人間という生き物なのかもしれない――と洸太郎は思った。
「そろそろ神木様のところに行こうか。神木様を見れば、心が晴れるかもしれないし」
何一つ根拠はなかったが、今の洸太郎にはこのくらいしか、瑠奈に掛ける言葉が見つからなかった。
「そうしようぜーい」と言う大介の声に続いて、四人は奥宮のある方向へと歩き出した。
奥宮は本宮からは歩いて十五分程のところにある。
距離は然程離れているわけではないが、背の高い木々が
既に見学を終え、楽しそうに戻ってきているグループとすれ違いながら、洸太郎はゆっくりと神木様に近づいていく。
神木様はさらにこの奥、木々に囲まれた神聖な場所で、自然に守られるように、立っている。
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