第2話 配信者、幼女を拾う

「大丈夫だったか?」


 俺は女の子に声をかけると、どこか嬉しそうだ。あれだけ怖い目にあったのに、泣かないとは将来強い子になるだろう。


「パパ? パパ!」


 どこかに父親がいるのかと思ったが、どこにも父親らしい人物はいない。


「パパはどこだ?」


 女の子は俺の方を指差していた。だが、後ろには誰もいない。


「俺がパパか?」


 俺の言葉を肯定するように頷く。


 あれ?


 俺はいつの間にこの子の父親になったのだろうか。田舎育ちで都会でも友達がいない俺はそういう経験もない。


 戸惑っている俺に女の子は抱きついてきた。傷ついた小さな体は震えていた。


 今まで頑張って泣かないように耐えていたのだろう。


 抱きかかえると、弾けるように泣き出した。


「よく頑張ったね」


 俺も聞きたかった言葉を彼女に伝える。こんな小さな体でも頑張っている。


 世の中生きているだけで、みんな頑張っているんだ。


 しばらく待っていると彼女は泣き止んだ。迷子になっているなら、どこから来たのか分かれば近くまで送り届けることができるだろう。


 きっと今頃両親も探しているはずだ。


「君はどこから来たの?」


 俺の問いに彼女は畑の奥を指差す。そっちには山しかなかったはずだ。


「本当にあっちで合っているのか?」


 彼女は小さく頷く。山から来た謎の女の子。


 俺が都会に出た間に新しい家が出来たのかもしれない。


 そう思った俺は迷子にならないように、そのまま抱きかかえて向かう。


 どこか太陽に照らされた彼女の髪が緑色に見えるのはなんでだろう。


 そんなことを思いながらも、着いた先には家はなかった。


 あるのは大きな穴のみだ。


「ここに住んでいたのか?」


 小さく頷く彼女に俺はある言葉が頭をよぎった。


――ダンジョン


 それは探索者である両親が亡くなったところだ。ダンジョンにはたくさんの鉱石や資材、食料が眠っていると言われている。


 実際、さっき倒した魔物も電気の代わりになる魔石というエネルギーの素を持っている。


 それを生活の収入源にする人達を世間では探索者と言われるようになった。


 出生率が減り、生産業の後継者が少なくなったことでダンジョンの価値が改めて見直された。


 今では探索者が子どもの人気職業になるぐらいだ。


「君は本当に人間?」


 ダンジョンに住むこの少女は本当に人間なのか。


 ただ、魔物にも良い魔物も存在している。実際に懐いた魔物と区別するために首輪を付けているぐらいだ。


 少女は首を傾げていた。まだそれはわからない年頃なんだろう。


 俺はゆっくりと少女と共にダンジョンに入っていく。


「ヤーヤー!」


「帰らないのか?」


 少女は服を掴み必死に俺がダンジョンに入らないように抵抗している。その力に少女がただの子どもではないことに気づいた。


 大人の俺が足の一歩も出せないのだ。


 成人男性の中では、そこまで小さい方ではない。むしろ体格は大きくないが、身長は175cm以上はある。


「ヤーヤー!」


 また泣き出しそうになる少女を優しく撫でる。そろそろ夕日も落ちて夜になるだろう。あまりにも震える少女が可哀想に思えてきた。


「一緒に家に帰るか?」


「かえりゅ!」


 少し舌足らずなところが幼さを感じる。見た目はまだ園児ぐらいだろうか。


 まずは家に連れ帰って、両親を探す方が先になるだろう。


 俺は緑色の髪に花の髪飾りを付けた幼女を連れて家に帰ることにした。





「ばあちゃんただいま!」


 玄関を開けるとやはり誰も出てこなかった。祖母は祖父の介護で大変なんだろう。


「タオルを持ってくるから待ってて」


 素足で泥だらけでは家の中に入れないため、上り框に座って待ってもらう。


 洗面台でタオルをお湯で濡らし、持って行くと祖父と少女が楽しそうに話していた。


「君はドリちゃんって名前なんだね。お家はどこなんだい?」


「パパ!」


 俺を見るとそのまま家の中に入ってきそうになった。すぐに駆け寄り足を急いで拭く。くすぐったいのか少女は少し笑っていた。


「直樹はいつ子どもができたんだ?」


「いや、ひろ――」


 流石に拾ってきたといえば、認知症の祖父はさらに混乱するだろう。いや、認知症じゃなくても幼女を誘拐してきたような感覚だ。


「ちょっと色々あってね」


「そうか。曾孫の顔が見れてよかったよ。それで紀香はどこに行ったんだ?」


 俺が子ども連れて来たことに関しては疑問に思わないようだ。やはり母に関してのみ記憶が混乱しているのだろう。


 そして、少女は自分の名前をドリと呼んでいた。本当にドリならこの国の子ではないだろう。


「ばあさんがご飯を作ってるから、ドリちゃんも一緒に食べようか」


「じいじ!」


 ドリに呼ばれて嬉しそうに祖父は手を引っ張っていく。どこかその姿が昔の俺と被る。元気そうな祖父の顔を見れて、ドリを連れてきてよかった。


「あら、おか……紀香?」


 祖母はドリの姿を見て時が止まったように固まった。


「ばあちゃんどうしたの?」


「いや、ひょっとしてじいさんが誘拐でもしたのかと」


 俺はドリと出会ったことを説明する。魔物に襲われていたこと。助けて一緒に帰ろうとしたらダンジョンに住んでいたこと。そして、ドリが人間ではなく、魔物かもしれないってこと。


 ちゃんと説明しないと、俺まで誘拐したのかと勘違いするだろう。


「とりあえずわかったわ。それにまずはダンジョンができたことを役所に連絡しないといけないわよ」


 ダンジョンができたら基本的には地方自治体か行政機関に連絡をすることで、ダンジョンの調査がされる。


 その結果、国の管理になるのかダンジョンを閉じるのか決まるらしい。


 詳しい話はわからないが、そのまま放っておくと今日みたいに魔物が外にたくさん出てきてしまう。


 ドリもその一人なのかもしれない。しかし、魔物に襲われていたのは何かあるのだろうか。


「パパ!」


「ほらほら、ドリちゃんも呼んでいるから直樹も座りなさい」


 祖父に呼ばれて昔懐かしい座布団に座る。みんなでご飯を食べるのはいつ振りだろうか。


 テーブルに出された数々の料理に涙が出そうになる。


 大好きな肉じゃがにひじきの煮付け。どれも昔から変わらない祖母の味だった。

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