【書籍4/20発売】畑で迷子の幼女を保護したらドリアードだった。〜野菜づくりと動画配信でスローライフを目指します〜

k-ing🍅二作品書籍化

第一章 配信"畑の日記"始めました

第1話 配信者、追放される

 これで何度目だろうか。俺は上司の指示通りに働いていたはずだ。


 それなのに生産者からのクレームの電話が鳴り止まない。


 食品の卸売業者に勤めている俺は社畜奴隷のように働いていた。


「おい、森田くん聞いているのか?」


「はい」


 寝不足の俺はどうやら意識が飛んでいた。今日も、上司とともに社長に呼び出されている。


「それで今回も阿保あぼくんのおかげでどうにかなったんだろ?」


「やはり部下の尻拭いをするのが上司の役目ですからね」


 間違っていると言っても、聞く耳を持たない上司。最終的にはその後始末も俺がやることになる。


 さっきまで生産者に頭を下げに行った帰りだ。その足で直接本社に来ている。


 何日寝ていないのだろうか……。


 仕事をいつ休んだのかも記憶にない。


 ずっと働き詰めで、次第に俺のミスなのかも判断できなくなっていた。


「それで森田くんはいつ責任をとるんだ?」


 突然出た言葉に頭の中が冷静になる。田舎から出てきて、やっと就職できた俺にはここでしか働く場所がない。


 資格もなければ、学歴も業績もない。


 ここでしがみつくしか道はないのだ。


「もう少し頑張らせてください!」


 俺は急いで頭を下げる。


 プライドなんてとうの昔に捨てている。現に会社に損失を出している。


「それは聞き飽きたよ。君の謝罪はトイレに行っておしっこするようなものと一緒だろ?」


「さすが社長! その例えわかりやすくて最高ですね!」


 今日も媚を売る上司に反吐が出る。なぜ今までこの人の指示に従って働いていたのだろうか。


 ゲラゲラと笑う二人に嫌悪感を抱く。


 それでも働くために頭を下げるしかない。


「そこを何とか――」


 部屋中に冷たい空気が流れてくる。さっきまでの笑い声は消えていた。


 何かで叩かれ、頭に衝撃が走る。


 顔を上げると社長は紙の束を丸めて叩いていた。


「その痛みは今まで君がミスして庇ってくれた阿保くんの痛みだよ。これは彼がまとめたものだ」


 どうやら俺が今までミスしたものをまとめた資料らしい。


 紙を手渡された俺は書いてあることに驚愕する。


 品質管理の不備や価格設定のミス。


 読み進めていくと、たくさんの出来事が書かれていた。


 だが、どれも俺のミスではなく、上司の指示通りに動いた案件のミスばかりだ。全て俺が上司の指示を無視して、勝手に行動したとそこには書かれていた。


 そして、その処理も全て上司が対応したことになっている。


「阿保くんもこんな使えない部下を持って大変だね」


「いえいえ、私が愛する会社で選んだ人ですから、きっと彼も成長して立派な花になると思い、私も頑張ってました」


 ここまできてやっと気づくことができた。


 会社は簡単に俺を解雇できないため、自己都合退職を促していたことを。


 そして、俺は上司の踏み台のために存在していたことを。


 気付けなくなるまで、判断能力が落ちていたのだろう。


「今までお世話になりました」


 寝不足で思考が働かない頭使って、最後は捨てたはずの自分のプライドを守ることにした。


 あんな奴らのためにプライドを捨てた俺が馬鹿だった。





 次の日には荷物をまとめて会社の寮を出る準備を始める。


 辞めることになったら、今までなぜこの会社にしがみついていたのかもわからない。


 むしばまれた心は田舎に住む祖父母を求めていた。


 俺は小さい頃から祖父母に育てられた。


 あの頃はコンビニや遊ぶところもなく、あるのは大自然だけ。


 何もないあの田舎に嫌気がさして家を出た。


 その考えを祖父母は何も言わずに受け止めてくれた。


 だからこそ、今回も突然帰っても受け止めてくれると思っていた。


 荷物をまとめ終わった俺は実家に帰るために祖母に電話をかける。


 耳元で聞こえるのは呼び出しのコール音。


 電話をかけるのも久しぶりだ。


 だが、すぐに出るはずの祖母が中々電話に出ない。


「今日は忙しいのかな?」


 一度電話を切り、しばらく待っているとスマホの音が部屋に鳴り響く。


「突然どうしたの?」


 聞こえてくる声に俺は鼻水を啜る。


 久しぶりに聞いた声に涙が溢れ出しそうになるのを必死に堪える。


 働き始めた頃は定期的に連絡をしていたが、いつのまにか忙しくて電話をしなくなっていた。


 俺は今まであったことを祖母に話すことにした。


「直樹は頑張ってたんだね」


 俺はこの言葉が聞きたかったのだろう。ここまで心が蝕まれて辛かったんだと知った。


「だからそっちに帰ろうと――」


「今は帰ってこない方がいいわ。そのままそっちで暮らしなさい」


 しかし、返ってきた言葉は俺が求めていたものと違っていた。俺は受け止めてくれると思っていた。


「紀香から電話か――」


「お父さんちょっと静かにしてて」


 電話越しに聞こえてくるのは祖父の声だった。


 紀香は亡くなった俺の母親だ。亡くなった母が電話をかけて来ることはないのに、祖父は何を言っているのだろうか。


「忙しいからまた何かあったら電話ちょうだいね」


「そっちに帰る――」


 耳元から聞こえてくるのは、電話を切った時に聞こえる話中音だけだった。


 この時期は野菜の収穫もあるため、相当忙しいのだろう。

 

 せっかくだから早めに帰って手伝おうと思った俺は、次の日には実家に帰ることにした。





 俺は電車を乗り継いで山奥の実家がある田舎に帰る。バスも数時間に一本しか出ていないため、乗り遅れるといつ頃に着くのかもわからない。


「ここに帰ってくるのも何年ぶりだろうか」


 見慣れた光景が懐かしく感じる。暖かい太陽の陽を浴びながらバスを待っていると、突然声をかけられた。


「ひょっとして直樹じゃないか?」


 軽トラックに乗ったおじさんが声をかけてきた。頭にタオルを巻いてくしゃくしゃな顔で笑う、その姿に見覚えがあった。


「えーっと、養鶏場の――」


「小嶋だよ! いつのまにか大人になったんだな」


 少し離れたところに住んでいる小嶋養鶏場のおじさんだ。あの鶏の鳴き声にいつも早起きさせられていたのが懐かしい。


「今から帰るところか?」


「ええ、実家にしばらく帰ろうかと思いまして……」


「なら送って行くぞ! バスもまだまだ来ないだろうしな」


 断ろうとしたが、すでに扉を開けておじさんは待っていた。昔の俺はどこかこの距離感を苦手に感じていた。


 それなのに、今となっては嬉しくなってしまう。


 都会に友達がいなかった俺には頼れる人がいなかった。風邪を引いても助けてくれる同期もいなければ、上司や部下もいない。


 俺が求めていた生活はなんだったのだろうか。


 トラックに乗り込むと、小嶋のおじさんは一人で話し出す。話好きなのは昔から変わりないようだ。


「そういえば、じいちゃんは大丈夫か?」


「じいちゃんですか?」


「ああ、最近認知症・・・が酷くなっておばあちゃんが大変そうだったぞ。きっと優しい直樹くんだから心配で帰ってきたんだろう?」


 俺は話に合わせてとりあえず頷く。


 祖父が認知症になった。その言葉が頭の中を何度もくるくると回るが、きっと嘘をついて帰った後に元気で働いていたというドッキリをさせるつもりなんだろう。


 昔からおじさんは俺を驚かせるのが好きだったからな。


 俺の部屋に鶏を置いて帰るイタズラをよくされていたもんだ。


 それに祖母は一言も言っていなかったし、今も元気に働いている祖父が認知症になるはずがない。


 しばらくすると実家に着いた俺はおじさんにお礼を伝えて家に向かう。


 久しぶりに古びた家を見ると、子供の頃に戻った気持ちになる。古くても俺にとっては思い出の場所。


 よく祖父と虫取り網や釣り竿を持って出かけたのを思い出し微笑む。


 あの当時は何をやるのも楽しかったが、大きくなるとそんな気持ちもなくなっていた。


 また、祖父を誘って釣りに行くのも良いだろう。


 俺はそんなことを思いながらも、玄関の扉を開けた。


「ただいま!」


 扉を開けた瞬間異臭を感じた。どこか公園のトイレのような臭いだ。


 玄関を開けると、そこにはゴミが散らばっていた。綺麗好きな祖母が掃除をサボっていたのだろうか。


 住んでいた時とは違う家の様子に俺は困惑する。


 扉を開ける音に反応したのか、奥から走ってくる足音が聞こえてきた。


「紀香か!?」


 出てきたのはパンツを履いていない祖父だった。


 その後ろにはパンツを持って必死に追いかける祖母がいた。


「直樹……」


 祖母は俺の姿を見て戸惑っていた。


 俺も二人の姿に開いた口が塞がらない。


 何も思っていないのはきっと祖父だけだろう。


「あれ? 紀香じゃないのか。直樹、お母さんは?」


 その言葉でさっき聞いたおじさんの言葉が嘘じゃないことに気づく。


 探索者だった母親は俺が小さい頃に、ダンジョンで亡くなっている。


 だから母親が帰ってくることはない。


「直樹、お母さんはどうしたんだ?」


 祖父は俺の体を強く握りしめる。まだ俺のことを子供だと思っているのだろう。俺が優しく微笑むと祖父はゆっくりと手を離した。


「母さんはまだダンジョンに働きに行っているから帰ってこないよ。それよりもパンツ履かないと風邪ひくよ?」


「ダンジョンってなんだ?」


 ああ、祖母が帰って来ない方が良いって言っていたのはこのことなんだろう。


 俺の言葉を信じたのか祖父はどこか寂しそうな顔をしていた。


 祖母からパンツを受け取ると祖父に履かせる。


 俺が祖父にパンツを履かせる時が来るとは思いもしなかった。


 渋々パンツを履くと奥の部屋に戻って行った。


 きっと祖母は俺に黙りながらも、認知症になった祖父の面倒を見ていたのだろう。


――老々介護


 少子化で子供が少ないこの時代には珍しくない言葉だ。


「直樹ごめ――」


「ばあちゃんただいま!」


 俺は立っている祖母を抱きしめた。俺より少し小さかった祖母の体がさらに小さく感じる。


 伸びていた背中はいつのまにか曲がっていた。


 祖母も一人で頑張っていたのだろう。


 それなのに俺ばかり辛い思いをしていると思っていた。


「おかえり」


 祖母は震える手で俺を抱きしめていた。


 家を出てから数年間しか経っていないのに、俺達の家族は変わっていた。





 少しずつ冷静になった俺は外に出てある場所に向かった。


 それは祖父母がやっていた畑だ。


 俺の祖父母は生産者として様々な野菜を作っている。


 その影響だったのか、俺も無意識に食品の卸売業者で働いていた。


 今となってはそんなことはどうでもいい。


 これからは俺も手伝いながら、祖父の面倒を見ることにした。


 大好きだった祖父の記憶は、母親が最後にダンジョンに行った記憶まで戻っているのだろうか。


「えっ……これがあの畑なのか?」


 荒れ果てた土に伸び切った雑草。


 畑の縁にはそのまま放置された道具達。


 俺の記憶にある畑はすでに無くなっていた。


 畑は家から少し離れたところにある。


 トラックで送ってくれた小嶋養鶏場の反対側に位置する。そのため畑が無惨な姿になっていたことに気づかなかった。


 少しでも残っていれば、ここから俺はスタートしても良いと思っていた。


 だが、荒れ果てた畑を見るとそれも難しいと感じてしまう。


 そんな中、誰かの叫び声が聞こえてきた。


「いやああああ!」


 俺は近くにあったくわを咄嗟に持ち、周囲を警戒する。


 山が近くにあるため、獣が降りてくることは小さい時から稀にあった。


 声がした方に向かうと、傷だらけの小さな女の子が犬に襲われていた。


 野犬はあまり見たことなかったが、熊とかでないなら森に帰すのは簡単だろう。


 雑草が足に絡まりながらも必死に走る。


「うおおおおおお!」


 俺の声に犬は反応して振り返った。


 いや、あれは犬じゃない。


 犬なら目は二つのはずだ。しかし、目の前にいる犬の額にはもう一つ目が存在していた。


「あれが魔物か」


 昔母親から聞いていたことを思い出す。


 ダンジョンには犬に似た魔物がいる。


 見た目は普通の犬と変わらないが、敵を捕食する時には、額にもう一つの目が出てくると。


 あの当時は見た目が犬なら可愛いねって言っていた。


 だが、実際見てみると不気味で気持ち悪い。


 初めて見た魔物に俺は足がすくんでしまう。


 俺よりも目の前にいる女の子の方が、美味しそうと思ったのだろう。


 よだれを垂らして彼女を食べようとしている。


 急いで彼女の元へ走るが、すくんだ足は何かに躓いた。


 普通であれば畑にあるはずのない拳サイズの石。


 それだけ畑の手入れをしていないという証拠だろう。


 俺は石を持ち、魔物に向かって投げた。


『キャン!』


 見事に石は当たった。魔物でも鳴き声は犬に似ているようだ。


 彼女は食べられずに済んだものの、俺を完全に敵だと認識された。


 大きく吠えながらこっちに向かって走ってきた。


 獰猛な顔が少しずつ近づいてくる。


 俺が鍬を構えていると、魔物は勢いよく目の前で転んでいた。足元には絡まった雑草。


 長く伸びた雑草に足が引っかかっていた。


 チャンスだと思った俺は勢いよく、魔物の顔を目掛けて何度も鍬を振り下ろす。


 次第に魔物は動かなくなった。どうやら、魔物を倒したようだ。


 俺は鍬を置いて急いで女の子の方へ向かう。


 少し緑がかった黒髪に、花の髪飾りをつけた幼女がにこやかに笑っていた。


 無事だったことに安堵したのか、俺はその場で力尽き座り込んでしまった。


──────────

【あとがき】


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