第三話 魔法と小包

「本当にこれ...飲めるのか」


賢也の目の前には泥水だったはずの水が大量にあった。それでも、さっきまで泥水だったため多少の抵抗感はあった。しかし、今は喉の渇きより優先できるものでは無かった。その上、異世界転移したのだから、泥水を水に変える魔法の一つや二つあるという自信があったため、その抵抗感は一瞬で消えた。


すぐに賢也は500mlペットボトルを取り出し、川の水をすくった。そして、勢いよく飲んだ。その豪快な飲みっぷりと言ったら、仕事終わりのサラリーマンのようであった。しかし、その飲みっぷりとは裏腹に味の方は最悪であった。


「うぇぇぇ...ぺっぺっ…なんだこれ」


賢也は口に入れた瞬間、水を吐き出した。水といっしょに胃の中の物まで出てきそうになった。賢也が飲んだ水は間違いなく綺麗な水だった。しかし、実際の味は泥水というのが近い感覚だった。とにかく水を口に入れた瞬間、不味くて不快な感覚が口の中に広がっていった。


賢也は勘違いだと思い、もう一度飲んでみた。


「なんで!?なんで!?不味い、くそまずい」


その後、何度試しても不味く、その度吐き出した。見た目は綺麗なままなのに味は泥水だった。


「本当に脱水症状で幻覚が見えてるらしいな。そんなに限界なのか...」


と絶望しながら独り言を言った。賢也は勇気を出してもう一度ペットボトルで、味が泥水の水をすくった。そして、勢い良く飲んだ。


本当に不味かったが、この幻覚を無くすためにも無理矢理飲んだ。何度も吐き出しそうになりながらも500mlを飲みきった。


「気持ち悪い」


本当に吐きそうだった。それでも、体力を回復するためにも全て飲みきった。味は最悪であったが、全て飲みきってみると多少の達成感を感じた。


すると、今まで綺麗な水に見えてたものが泥水に変わった。


「げっ!?やっぱり幻覚だったのか」


自分が本当に幻覚を見ていたことに若干戸惑いながらも、今は喉の渇きが消えたことを喜んだ。口の中には嫌な感覚が残っているが...


賢也はその川の水を再び500mlのペットボトルに入れ、再び歩き出した。


「とにかく次は寝れる場所・・・洞穴を探そう」


賢也の睡魔は限界であった。ここまで12時間近く寝ずに歩き続けていた。流石に限界が近かった。すぐにでも木にもたれかかって寝たかったが、先程から聞こえる何かの鳴き声のせいで眠るのは少々危険のように感じていた。


すると、突然目の前に洞窟が出てきた。普段通りの頭なら、この洞窟は幻覚か何かだろうと考えるはずだが、今の睡魔と疲労で限界の頭ではそれがおかしいことに気が付かなかった。賢也はすぐさまその洞窟に入り、泥のように寝た。


それから何時間した後、賢也は顔に何か湿った物が顔に当たるような気がして目が覚めた。気持ち悪い感覚だった。ザラザラとした物が頬や手など皮膚に触れていた。


「うん?なんだこれ?」


手を頬に当てると、頬が濡れていた。咄嗟に顔を上げてみると、鹿のような生物がいた。


その生物は︎"︎︎鹿のような生物︎︎"︎︎と表すのが正しかった。体は鹿のようなのだが、角が金色であった。その上、額には宝石もはまっていた。ただ、最もおかしいのは、その鹿には目玉が着いていなかった。目玉は着いていないようだが、周りは見えているようであった。


そんな生物に賢也は驚きながらもご利益があるのではないのかと思った。そして、触ろうと手を伸ばしたら急にその鹿は逃げてしまった。賢也は少し残念に思った。


賢也は周りを見渡してみた。そうすると、辺りに洞窟などなく、木があるだけだ。どうやら、賢也は体の疲労からか洞窟の幻覚を見てたらしい。しかも、時間がかなり経っているようで太陽が登りかけていた。さっきまで、太陽は賢也の頭の上にいて昼ぐらいだったというのに。


「また、幻覚を見ていたのか。一体どうしたんだ俺の体は?」


驚くのは無理もない。賢也は睡魔の限界とは言え、異世界の訳分からない森の中で長い間無防備に寝ていたのだから。賢也は自分の体の限界に驚きながらも、たっぷり眠ることが出来て体力を回復できて喜んだ。こういう時はポジティブにいようと思った。


喜んだのも束の間、ぐぐーっと腹の音が鳴った。喉を潤わせて、寝ることで体力も回復したので、次は空腹を満たしたくなった。さっきまでは睡魔の影響が大きすぎて空腹なんて感じなかったが、いざ睡魔が無くなると空腹の辛さが凄まじくなった気がした。


「なんか食べ物ないのか」


と周りを見渡してみたが、食べられそうなものは無かった。少しがっかりした。そのガッカリと同時に体の力が抜けた。


「えっ!? 体が動かない」


と慌てて体を動かそうとしたが動かなった。極度の空腹で動けなかった。


絶望した。もう歩けないことに… そして、ここで終わるという最悪の想像をしてしまった。


そこで賢也はあることを思い出した。後輩から貰った小包の事だ。


「確か食べてくださいとか言ってたよな。食べ物だ」


賢也は動かない体に鞭を打った。そして、身体中の力を使い、リュックを開け、リュックの奥に押し込んだ小包を取り出した。そして、持ってる最大限を使い、その包装を開いた。


その包装の中にはクッキーが何枚も入っていた。長い間歩いていたせいか、欠けているのが何枚かあったが、そんなことを気にすることなく賢也は口にそれを放り込んだ。


賢也は涙を流した。美味しかった。


今まで食べたどんなものよりも美味しかった。寿司、和牛ステーキ、キャビア、そんなものではこのクッキーには絶対敵わないと思った。


「おいしい、おいしいよぉぉ」


泣きながらクッキーを口に入れた。貰った時は感謝すらしてなかった賢也だったが、それを賢也は深く深く後悔した。おそらく、そのクッキーは特別凄いものでは無かったであろう。しかし、この極限状態の体にはしみた。


賢也はこのクッキーを食べたおかげで、再び体を動かすことが出来た。それだけでなく、異世界に来て何度も苦しい目にあったが、このクッキーのおかげで希望が湧いてきた。


賢也は万が一元の世界に戻ることが出来たらあの後輩の女の子に感謝しようと思った。そして、再び歩き始めた。


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