第一話 何でも出来た男の異世界転移

「賢也は流石だな」


彼にこの言葉をかけた人々は今まで何人いただろうか。おそらく数え切れないだろう。なぜなら彼、獅子王賢也ししおうけんやは何でも出来る高校生であったからだ。勉強なんて満点が当たり前であり、仮に満点が取れないものなら、それは賢也の責任ではなくテストを作った先生が悪いのだ。


運動だって賢也は一度も努力ということをした事はないが、どんなスポーツでも高い水準でこなすことが出来た。その癖、部活に入部してないため、勧誘を何度もされた。


その上、彼は日本の経済をコントロールしていると言われる獅子王財閥の御曹司でもあった。そのため、欲しかった物を手に入れることが出来なかったことはない。


そんな何をやらせても完璧な男を見て、普通の人なら嫌悪を抱くだろう。しかし、そんな嫌悪を抱けなくなるほど、賢也の美貌は凄まじかった。その美貌は女が惚れるのは当たり前で、男でさえうっとりしそうになるものだった。その顔を見るためだけに遥々海外からやってきた人がいたとかいないとか。


そんな完璧超人なら性格も良いのだろうと考える人がいるだろうが、それはおあいにくさま、はずれている。それもそのはず、幼い時から欲しいものが手に入り、なんでもそつなくこなせていた男が逆に人々に優しくなるだろうか。いやならない。賢也は端的に言えばクズであった。自分以外の人間を見下している野郎だった。ただ、賢也はそれを決して表に出さないため、彼が性格悪いと気づく人はいなかった。


そんなクズ野郎の賢也も幼き頃からはまっている物があった。それはネット小説だ。しかも、強くて楽しいニューゲームが好きなのである。


なぜゆえ、現実でも無双している男が俺tuee系が好きなのか。それはどんな物でも持っている男でも唯一魔法という物を手に入れることが出来なかったからだ。


魔法に初めて出会ったのは小学五年生の頃だった。その当時から彼は大人を見下していた。そのため、同年代の子供なんて以ての外、鼻くそ以下の存在だと思っていた。そんな鼻くそ達と放課後遊ぶこともせず、図書館で本を読んでいた。そこで、出会ったのがライトノベルだった。


そのライトノベルには自分より圧倒的な力で他者をねじ伏せている姿があった。そこに彼は痺れて憧れた。


「タイムストップ、タイムストップ」


と幼き彼は手を前に出しながら、全力で叫んでいた。ライトノベルを読んでからというもの、彼は努力が嫌いなくせに、魔法を手に入れるため魔法の練習をした。今となってはそれは彼の黒歴史であるが…… だが、その当時は本気で手に入れようとしていた。 それほどまでに欲する魔法が、ネット小説では簡単にしかも圧倒的な力を持っていた。そのため、賢也は魔法というものに強く惹かれていた。


そんな憧れを抱きながら、賢也はラノベを何冊も何冊も読んだ。そして、異世界へ行くことを密かに妄想していた。勿論ネット小説が異世界への知識のため、全く異世界での苦労なんて考えたことは無かった。とにかく魔法という便利な物で他者を打ちのめし、賞賛されることだけを考えていた。しかし、彼のこれから待ち受ける運命は、無双とは無縁の、苦労が付き纏うものだった。



それはある日の事だった。賢也はいつも通り退屈な学校生活を終え、帰路についていた。賢也は部活にも入ってないため、速攻で家に帰ろうとしていた。理由は勿論ラノベ漁りのためだ。しかし、帰る直前、後輩の女子から呼び止められた。


「賢也先輩!! あの・・・」


と顔を真っ赤に呼び止められた。賢也はラノベタイムを邪魔され、少し嫌な気分になったが、それを表に出さずに


「ん? どうしたの?」


と優しく言った。傍から見てもその後輩は緊張していた。しかし、彼女は緊張しながらも


「こ、これけっけんや先輩のために作りました。よかっかったら食べてください」


どもりながらも言い、何か小包を渡してきた。後輩はそれを渡した瞬間、走って行ってしまった。その小包は綺麗に包装されていて、彼女がどれだけの気持ちを込めて作ったのかわかるものだった。


賢也は またか... と思った。彼はこのような物を何度も、何度も、何度も、貰ってきていた。そのため、女子からそのようなものを貰っても全く嬉しくなかった。それが例えどんなに気持ちがこもっている物だったとしてもだ。その上、手作りは苦手だなとまで思っていた。最低である。


賢也はその後輩から貰った小包を乱雑にリュックに押し込み、帰路に着いた。


賢也がいつも通りの道を歩いていた。すると、一瞬眩しい光が見えた。とても眩しい光であった。その眩しさに耐えられず、目をつぶると、目の前に緑色の物が見えた。


「森だ」


と賢也は呟いた。辺りは薄暗いが、その暗さに負けじと木々が力強く生い茂っていた。


賢也は無意識で来たのかなと思ったが、賢也の帰り道には森と呼ばれるような場所はないため、無意識で入ったということは考えづらかった。そもそも、賢也はさっきまで歩道を歩いていたはずだ。前の方には犬を散歩しているおばさんが歩いていたし、数秒前の住宅街の談笑の声は耳に残っている。


しかも、時間は夕方頃で空はオレンジ色に染まっていたが、今は真っ暗な夜だった。それだけ賢也の周りは一瞬で変化した。普通の人ならここで驚くだろうが、賢也は違った。彼は一通り周りを見た後、


「よっっしゃあぁぁ。遂に遂に遂にー異世界に来たぞぉ」


と叫びながら、彼は大はしゃぎで喜んだ。そのはしゃぎようは普段のクールな彼とは違っていた。


「異世界転移ってことは魔法が使える。どんな魔法が使えるかな。楽しみだな。俺は時間を操作してみたりしたいなぁ」


と玩具を買ってもらった子供のような反応をした。彼は一瞬で自分が異世界転移をしていることを理解した。ただ、それは彼が完璧人間だから理解出来たのではなかった。恐らく、普通の人でも自分が異なる世界に来たと判断出来ただろう。なぜなら、それは真っ暗な空に光り輝くお月様が三つあったからであった。


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