弱くてキツイニューゲーム

竜崎 龍郎

第一章 迷いの森編

プロローグ


どうしてこうなった?


彼は走って、走って、走りながらそんなことを考える。もう何キロ走ったか、分からないぐらい走っている。しかも、ただ走っているのではなく常に全力疾走だ。これが体育の授業の持久走ならとっくに走るのを辞め、木陰で休んでいるだろう...。


しかし、今は休むことは出来ない。何故かって、足を止めてしまった瞬間、彼の命の鼓動も止まってしまうからだ。彼の後ろにはドラゴンと呼ぶのが相応しい怪物が、目から血を流しながら追いかけている。体長は5メートルをゆうに超えている。そんな巨体が近くの木々を押し倒しながら追ってきている。映画顔負けの迫力だ。


その上、その生物の口には鋭い牙が何十本、いやひょっとすると何百本と生えていている。そして、その牙と牙を時折、カチカチと鳴らしている。その音が彼をいっそう恐怖させ、走らせる。


ただ、幸いなことに翼は退化しているのか、飛んで追ってくることはしない。しかし、足がとにかく早い。彼が一瞬でも全力疾走を辞めれば、その瞬間見える景色は汚い爬虫類の口の中であろう。そんなのは御免だと彼は考える。だから走る。一にも二にも走る。走っていれば助かるはず。


彼は一寸の希望を抱きながら走る。


しかし、現実は非情なり。彼は転んでしまった。普段なら転ぶことも無いような木の根っこだが、今の極限状態と疲労困憊のせいで転んでしまった。


彼は全身の血の気がひき、命の終わりを感じた。しかし、まだ死んでいなかった。そのドラゴンはあろうことか獲物を追い詰めたことを祝うかのように、雄叫びを上げていた。そんなうるさい叫び声を背に彼は後ずさりをしていた。普段はカッコつけている彼でも今はとても醜く、ダサく後ずさりをしていた。頭が正常に働いていたら、今すぐにも走り出すのだろうが、彼にそれは出来なかった。とにかく恐怖していた。ほんの数日前まで日本という国でぬくぬく育っていた男だ。死というものを一瞬たりと感じたことはなかった。


しかし、初めて死ということを感じ取った瞬間、身体中をガタガタと震わせてビビっていた。助けを呼ぼうとしても震えのせいで、声にもならない音が鳴っているだけだった。そうすると、それを嘲笑うかのようにドラゴンはニヤリとした。狩人として、獲物が弱っているところを見るのは楽しいのだろうか。はたまた、目を怪我させた張本人を殺せて嬉しいのだろうか。それは定かではないが、狩人もそろそろ獲物を頂こうと近づいてきた。


どしどしとさっきの速さが嘘のようにゆっくりとゆっくりと動いている。まるで、彼を怖がらせることを快感に思っているようだった。口がもう三十センチメートル前まで来ていた。もう臭いなどの感覚なんてものはなく、あるのは絶望だけだった。何か打開策を考えようとする力もなく、ただただ自分の死に方がダサい死に方だなと考えていた。そして、ゆっくりと力強くドラゴンは噛みついた。



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