第3話 クラス対抗ゲーム

 4月16日の月曜日の朝。


 僕が月影に完敗してから3日後。正直、土曜日と日曜日は少し気持ちが落ち込んでいた。僕だって少しはゲームが得意の方だった。何度も理事長と対戦した事もあるし、クラス内でも勝率はいい方だ。そして遺伝子的にも才能があるはずなのだが。


 僕は自分のクラスのいつもと同じ机にかばんを置き、椅子に座る。時間は8時20分。朝のホームルームが始まる10分前である。いつも1分、2分違いはあるがだいたいこの時間に教室に登校している。


 新学期が始まってまだ一週間だが、クラス替えがないこの学校では、一年生以外の教室は新学期とは言ってもただ学年が上がっただけで他に変化がない。クラスメイトのみんなもいつもだいたい同じ時間に登校し、いつもの机にかばんを置いて、いつもと一緒のメンバーと話す。話している会話は違うが話している場所や面子はほぼ一緒。それが習慣である。


 そしてそれは僕も一緒である。教室に入り、椅子に座るといつも一人の女子がとことこと嬉しそうにやって来る。


「おはよ~。今日も元気だね~」


 いつもこの挨拶である。少なくても今日はいつもよりも落ち込んでいる。元気とはかなり遠いと思う。


「いやぁ~。元気で何よりだね~」


 いや、だから僕は元気ではない。お前と違って。


 このいつも元気で、笑顔を絶やさない女の子の名前は恋歌。顔は高校生にしては幼い。それに性格も子どもみたいで子どもがそのまま大きくなりましたみたいな感じの女の子である。だが、誰にでも元気よく話しかけるタイプなのでクラスの人気者と言った感じだ。


「お前はいつも元気いっぱいだな」


 少し皮肉交じりに言った。


「はい。私は元気です。あなたは元気ですか?」

「お前は英語の教科書か!」

「でも、ようちゃんが元気ないみたいだから心配しているんだよ」


 因みにようちゃんとは僕の事だが、そんな呼び方するのはこいつしかいない。

そして元気がないと分かっていたのか。まぁー関係が関係だからな。ちょっとした変化でも気づくのだろうな。


「あっ! もしかしてようちゃん。昨日の晩御飯嫌いな食べ物が出たんでしょ? あれは嫌だよね~。嫌いなご飯が出ると気分落ち込むよね~」


 馬鹿だった。こいつは僕よりも馬鹿だ。


 ……いや、僕は馬鹿じゃない! 3日前、あの二人に散々馬鹿と言われたせいで自分自身馬鹿だと思っていた。怖い、洗脳だよ。

 

 しかし、今日元気がないのは、あの二人の内の一人、月影が僕のクラスに転入して来る事が理由の一つである。係わらなければいいだけなのだが、そうもいかない理由がある。


 3日前、月影に負けたので僕は理事長の命令を一つ聞かないといけない。その命令がこうだった。


「月影ちゃんと仲良くしなさい。月影ちゃんは理由があり、この新学期が始まって一週間後と言う中途半端な時期に転入する事になったのよ。だから、梶野くん月影ちゃんの力になってあげなさい。特に次の学校行事――クラス対抗ゲーム大会には一緒に参加してあげる事。分かったわね。よし! 今日の用はこれだけだから、早く帰りなさい。私はとても忙しいの。梶野くんと遊んでいる暇なんかないのよ」


 という事らしい。てか遊ばれていただけなのだが。 


 その理由とかは全く聞いていないが、正直気が滅入る。仲良くなれるならなりたい。その想いはあるのだが、僕が月影を嫌いなら僕が我慢すればいいだけだから問題はない。だがおそらく僕じゃなく月影が僕の事を嫌いだろう。そんな人と仲良くなれるのか。無理やり付きまとったりしたらストーカーだろう。


 そして休みの日にどうやって月影と仲良くろうかとかかなり考えた。女の子と仲良くする方法を考えるため普段はやらない、普段は滅多にやらない(大事なので2回言いました)ギャルゲーまでしたのにあんないきなり初対面で「変態で馬鹿」と言うキャラは一人もいなかった。こんなキャラとどうやって仲良くなればいいんだよ。


「はぁ~」


 僕はため息をついた。


「ようちゃん。ため息付くとシマリスが逃げるんだよ」

「どこにシマリスがいるんだよ! てか「し」しか合ってないし」

「間違えた。シアトルが逃げるんだ」

「どこにだよ! ため息一つで都市が逃げるってどんなため息だ!」

「辛いが逃げるんだっけ?」

「文字で見ると合っているっぽいが、間逆だ! 幸せが逃げるんだ!」


 もう嫌だ。こんな馬鹿が僕の……。


「もうお姉ちゃんうっかりさんだね~。ようちゃんがいないと駄目だわ~」


 そう姉ちゃん。姉である。恥ずかしながら僕の双子の姉だ。まぁー容姿は男と女って事もあり、全く似ていない。性格も似ていない。正直、姉弟と言っても信じて貰えないぐらいだ。


 僕は姉ちゃんと話をしているとチャイムが鳴り響いた。

 

 朝のホームルームが始まる。周りのクラスメイトも次々に自分の席に座り担任が来るのを待つ。そして先生がいつも通り出席簿を持ってやって来た。

 

 そんな当たり前の日常の中でいつもと違うのはあの月影を連れて来た事だろう。クラスのみんなも月影を見てかなりざわついている。

 

 ただの転入生だとしても高校では珍しいだろう。それに加えて美少女である。注目が集まるのは無理ない。


「は~い。まず最初に転入生を紹介します。この私と同じぐらい可愛く美少女で性格よさそうなこの娘は月影さんです。では、月影さん。まず軽く自己紹介お願いね」


 さりげなく自分を褒めるこの先生の発言はいつもの事なので誰も気にしていない。


 それよりも僕は月影がどんな自己紹介するのかものすごく気になっている。

 

 僕には毒舌だが、意外にクラスみんなには猫をかぶるのではないかと僕は思っている。


「月影一香」



『…………』



 クラスに沈黙が流れている。


「だけ!? 名前だけなの!? いや、確かに軽くって言ったけどもっと自分の事とか言えよ、い、いや別にお前の事知りたいとかじゃないからな。ただ単に一般的な事言っているだけだからな」


 びっくりして思わずツンデレになってしまった。


 だが、僕の言葉にクラス中が頷いている。僕と同意見なようだ。……しかしただ一人僕の姉は目を輝かせている。


「月影ちゃん、格好いい」

「どこが!? あのどこが格好いいんだよ?」

「えー。ようちゃん。分からないの? あの多くは語らず、背中で語るって感じの格好よさ」

「いや、全く分からないんだけど?」


 というか、真正面だから背中なんか見えないし。


「はい。梶野さんと恋歌さんは少し黙っていて下さい」


 先生に怒られた。

 

 この先生と言うか僕達を知っているこの学校のみんなは僕の事を梶野と苗字で呼び、姉ちゃんの事を恋歌と名前で呼ぶ。同じ苗字で分かりにくいし姉ちゃんは誰でも仲良くなって名前で直ぐ呼ばれるタイプだし。


「それと、月影さん。もう少し自己紹介お願いしてもいいですか?」

「先生がそう言うならもう少しだけ」


 意外に年上の人には礼儀正しいんだな。あの理事長の事もちゃんと敬っていたし。


「月影一香。女です」


『…………』


「見れば分かる!」


 また思わず突っ込みをしてしまった。クラスはまた沈黙だ。


「いや、今の時代性別は大切だよ。アニメキャラとかで、性別がどっちかよくわからないキャラとかもいるからね」

「いや、女だろ。あれはどう見ても女だろ!」


 そして姉ちゃんが言っているのはアニメの話。現実にそんな事あるはずない。僕の姉ちゃんは漫画とかと現実を一緒にする傾向がある。


「なら~、月影さんの自己紹介はこの辺で終了。みんな仲良くしてあげてね~。あっ。席は梶野君の隣の席ね」

「名前以外何一つ分かってないけど!?」

「だから女って分かったよ~」

「姉ちゃんは黙っていろ!」

「今日のホームルームは特に連絡ないから、これで終了ね~。今日も一日頑張って。辛かったら私の美貌を思いだしなさい。すぐに元気になるわ」

「先生は先生で生徒の話聞いてください!」


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 あんな、はちゃめちゃの自己紹介から4日後、金曜日である。


 月影は一部の女子達(特に僕の姉ちゃん)からとても人気者になった。クールな感じがいいらしい。女子の感性はよく分からない。


 僕は僕で月影が転入してきた日から毎日仲良くなろうと声を掛けた。 


 月曜日

「月影、学校はどうだ? 分からない事があったら訊いてくれ」

「話しかけないで下さい。あなたの事が嫌いです」

「お前はセリフ噛みがちな小学生か!」


 火曜日

「まだ教科書持ってないだろう? 僕は他のクラスの奴に借りるから貸してやるよ」

「そんな見栄を張らなくてもいいのよ。あなたみたいな人に友達なんているはずないでしょ」

「僕を何だと思っているんだ!?」

 

 水曜日

「お前さぁー。もう少し僕にやさしくしても罰当たらないと思うぞ」

「………………」

「無視は止めろよ!」

「あー。私に話していたの。てっきりエア友達と話していたと思ったわ」

「僕は隣人部じゃない!」

 

 木曜日

「なぁー、もうちょっと僕に興味をもってもいいんじゃないか?」

「ねー?」

「おっ! なんだ? どうした? 質問か?」

「あなた毎日私の近くにいるけど何? ストーカー?」

「クラスメイトだ!」


 そして今日金曜日である。

 

 僕は心が折れそうである。いや、もしかしたら折れているかもしれない。本当に僕じゃなければ自殺している人がいても不思議じゃない。

 

 だが、理事長の約束――月影と仲良くなる。これを破ると本当に後が怖い。これを破るぐらいなら毎日月影と話をした方がましだ。


「よし!」


 気合を入れて月影に近づこうとしたら、なんと月影の方から僕に近づいて来た。月影の方から僕に近づいて来た。びっくりしたので2回言いました。


「ちょっとお願いがあるから聞いてくれるかしら?」


 お願い? この僕に? 


「ちょっと付いて来て」


 そう言われると同時に腕を引っ張られた。


 教室を出て、あまり人がいない所で話したいらしく、僕達は1階の普段あまり使われないトイレに入った。


 ……トイレに入った。これもびっくりしたから2回言いました。


 僕はもちろん男。月影はもちろん女。

 

 トイレに入った。

 

「どうして僕を女子トイレに連れ込むんだ!」

 

 そう、当たり前のように学校のトイレが男女共有の訳なく、僕は月影に無理やり女子トイレに連れてこられた。

 

 本当に注釈すると僕は頑張って抵抗しました。それだけは知っていて下さい。


「そんなの些細な事よ」

「いや、この場面を他の誰かに見られるだけで僕の高校生活が終わるのですが」

「あなたみたいな彼女もいない高校生活なんてすでに終わっているわよ」

「全国の彼女がいない男子高校生に謝れ!」

「あなた以外には謝るわ。このトイレで土下座してもいいぐらいよ。でもあなたには死んでも謝らないわ」

「僕にどれだけの恨みがあるんだ!」


 興奮して大きな声を出してしまったけど、大丈夫か? 誰も来ないよね? てか誰も来ないで下さい。


 そしてさらにトイレの個室に入っているのでかなりせまい。月影が今まで以上に近くにいて少しドキドキしてしまう。


「それで? お願いって何だよ? 早く済ませてここから出たいんだけど」


 本音だ。このせまい空間に月影と二人と言うのは正直うれしい。僕も男だ。だが今はそんな場合じゃない。場所が女子トイレなのだ。一刻も早くここから出たい。


「早く済ませるってそんなトイレしたかったの? 大きい方かしら、それとも小さい方?」

「どっちでもねえ! お前話聞いていたか? お前のお願いと言うのを早く済ませたいんだよ」

「そう、じゃあ聞いてくれる?」


 そう言って月影は真面目な顔をした。 


「さっきのあなたのセリフ。興奮して大きな声を出してしまったってこの密室の空間で言うとなんかエロくないかしら?」

「お願いはどうした!?」


 てかその文は口に出して言ってないはずだ。


「うーん。でもお願いと言うのは少し違うわね」

「そうなのか?」

「お願いじゃなくて命令ね」

「はぁー?」

「だってお願いだと私の方が下手に出ているみたいで私が許せないわ。あなたには命令で充分じゃない。だから私が今から言う事にあなたはただ頷きなさい。命令よ」


 つまりこいつは僕にお願いするのはプライドが許さない。だから命令と言う言葉を使いたいのか。普通の人だったら怒るかも知れないが、僕は去年散々理事長に虐められてきた。こういう事に慣れている(慣れたくはないが)ここは素直に僕が下手に出て早くそのお願い月影にとっては命令を聞いた方が早く済むな。



「ああ。じゃあ、どんな命令を僕にするんだ?」

「そんなに命令が欲しいのかしら? 卑しい豚ね」


 ……我慢。我慢。ここで怒ったら、また長くなる。僕は一刻も早くここから出たいのだ。


「まぁーじゃあ。よく聞きなさい。このメス豚」


 メスじゃねえよ。いや、豚でもないけど。


「そういえば、太った人の事を豚と呼ぶ事あるけど、あれは豚に失礼よね。豚ってあの肉ほとんど筋肉らしいじゃない。だから筋肉質な人にこそ豚と呼ぶべきよ」


 そもそも人に向かって豚と呼ばなければいいと思う。


「で? 何の話だったかしら?」

「お前のお願いの話だ!」


 僕が突っ込みを我慢していたのにも係わらず全く話が進まない。


「いやね。だから命令って言ったでしょ?」

「はいはい。命令でいいですから、早く言ってくれ」

「なら、言うけど。もし私の命令を断ったりしたら私この場で大声で叫ぶわよ」

「それはもう脅迫だ!」


 まじでここにいる事をばれたら、これからの高校生活に支障をきたす。


「私と一緒にクラス対抗ゲームに出て欲しいのよ」


 うん? 

 

 クラス対抗ゲーム?


 それはあれだろ。クラス代表3人が出て、色々なゲームをして勝敗をつける、来週行われる学校行事だろ。


 そういえば、理事長にも月影と一緒に出なさいと言われていた。

 

 でもなんでそんな行事に月影は出たいのだ?

 

 そこまで学校行事に興味があるように見えないのだが。


「少し間違えたわ。一緒に出なさい。出ないと大声で叫ぶわよ」

「いや、分かった。出る。出るから大声で叫ぶな」

「あら、そう。ならいいわ」


 ふ~。こいつマジで叫びそうだった。


「でも、なんで僕なんだよ? お前だったら頼めば誰でも出てくれるだろう」


 まだ、こいつの性格は知り渡っていない。


 クールな女子みたいな感じのはずで女子からは人気あるし、男子からもかなり声を掛けられていたはずだ。

 

 こんな僕なんかに頼まず、普通にクラスメイトに頼めばよろこんで一緒に出てくれそうだけどな。


「本気で聞いているの? はぁー。本当にあなたは馬鹿ね。そんな決まっているじゃない」


 そう言いながら、僕の顔を見て頬を赤らめて、顔をそらした。


 えっ!? まさか、僕の事をす……。


「私、ゲームする時、誰か虐めていないと調子出ないのよ。それにはあなたが一番虐めやすいのよね」

「……そうか」


 がっかりなんかしていない。ああ。していないさ。


「自信持っていいわよ。あなたぐらい暴言毒舌を言いやすい人全世界探してもいないわよ。そこだけは褒めてあげるわ。虐めやすさナンバーワンよ」


「うれしくねー!」


 こうして僕は月影と来週行われるクラス対抗ゲームに出る事になった。


 最後に付け加えると、女子トイレに居た事は誰にもばれずに済んだ。


 本当に良かった。

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