第2話 初めてのゲーム

 月影と勝負――ゲームをする事になった。


 今の時代ゲームが強いと言うのは頭がいい学力が高いよりも社会的地位が高い。ゲームと言ってもテレビゲームとかではなく、トランプとかの心理戦に近いゲームだ。なんでもいいが一番有名なのはじゃんけんだろう。じゃんけんだって相手の心理を読む、立派な心理戦のゲーム。


 そしてそのブームから生まれたのが勝負師――ゲームをやるプロの人そう呼ぶ。世界中でこの勝負師は大人気の職業である。オリンピックの種目の一つにゲームが加わったほどだ。


 そしてその勝負師を育成する高校が増えてきた。僕の高校もその1つだ。昔は、偏差値が高いとか野球が強いとかサッカーが強いなどで生徒が集まったが、今の時代は勝負師の育成に力を入れている学校に生徒が集まる。


 この理事長もかなり有名な勝負師らしい。僕の心を簡単に読める所からも分かるようにかなり強く有名らしい。実際たまに遊びでゲームしたりした事もあるけど1度も勝てた事がない。


 しかし、何故いきなり僕はこの月影とゲームをする事になったのか意味が分からない。


「それで時間の無駄だと思いますが、私はどんなゲームをこの人とやればいいのですか?」

「時間の無駄って、自信満々だな。正直僕だって強い方だぜ」

「はいはい。少し黙っていて下さい。このやられキャラ」

「やられキャラ!? もういい。どっちがやられキャラか分からせてやる」

 

 なんだか今のセリフは確実にやられキャラのセリフだったような気がするが構わない。僕だって自信はある。


「では両者やる気みたいだしね。早速やりましょう。そうねえ~。負けた方は私の言う事を何でも聞くと言う事でいいかな?」


 理事長の提案に月影は「何でもいいです」と自分が負けるはずがないと言う自信満々な感じで頷いた。僕もそれに負けないよう自信満々に頷いた。


「では、ゲームはこのトランプを使いましょう」


 理事長は机の引き出しからトランプを取り出した。まだ、新品らしく封がしてある。


「ゲームのルールを言うからよく聞きなさい。特に梶野くんは頭が少し……普通の人より少しあれな感じだから、頑張ってね」

「馬鹿と言いたいのですか?」

「違うわ、理事長さんは大馬鹿と言いたいのよ」

「それはお前だけだ!」

「さて本当にいいかしら月影ちゃんと大馬鹿くん」

「梶野です!」


 理事長まで俺の事を大馬鹿呼ばわりして来た。畜生絶対勝ってやる。


「ではルール説明。お互いA~10のカードを持ちます。そしてお互いカードを一枚出して数字が高い方が勝ちというルール。これは例だけどまず梶野くんがその10枚の中から裏のまま1枚を出したとするわね。そしたら月影ちゃんがその後1枚だす。それでただ単純に数字の大きい方が勝ちと言う訳よ。梶野くんが3、月影ちゃんが5ならば月影ちゃんの勝ち。それを10回やって勝ち数が多い方が勝者よ。もちろん1度使ったカードは2度は使えないわ」

「一番強いカードはAなのか?」

「それでもいいけど、面倒だし、ここはAを1と考えましょう。つまり一番弱いカードはA。一番強いカードは10ってことね」


 普通の極普通のゲームだ。最初に強いカードを出しまくって連勝しても結局最後の方には弱いカードが残ってしまう。それでは駄目だ。理想は相手の出した数字よりも1つ上の数字を出して勝っていく事だな。……それが出来たら全く苦労しないけど。


「そうそう、これは絶対のルールだからよく聞いてね。このゲーム本質は心理戦だから、カードを全く見ずに運任せでカードを出すのは反則よ。絶対に何を出すのか自分の心で決めて出すこと」


 そんなの言われるまでもない。僕は対戦相手の月影を観察した。やっぱり黙っていると美人……じゃない。何を考えているんだ僕は。まだ会ったばかりだが今までのやり取りから分かるように月影は絶対に僕に負けたくないはずだ。僕の事を散々馬鹿にしたのにゲームで負けたなんてお笑い者だ。月影は僕に快勝したいはずだ。だから最初から強いカードを出しまくって勝つようにするか? それともそう僕が考えていると思いわざと最初は小さい数字を出すのか。それとも……。


 あ~。頭がこんがらがって来た。


「あら? 頭抱えているけど、もしかしてルールが理解出来なかったのかしら? しょうがないわね。ルールも分かってない馬鹿を倒しても面白くないから私が簡単に説明してあげるわよ」

「ルールは理解出来ているよ! 簡単に言えば、1~10の手札から1枚カードを出してそれが相手の出したカードより数字が大きければいいのだろ」

「へー。サルよりは頭いいみたいね。少しびっくりだわ」


 月影のやろう。余裕こきまくって。


 いや、もしかしたらこれは月影の作戦かもしれない。クールに行こうぜ。クールに。


「えっ!? 何、梶野くん。この場面で泳ぎたいの?」

「プールに行くんじゃねえ! クールに行くんだ。てかそこまで心読むな!」


 この理事長半端なく怖い。


「いや、梶野くん口に出してわよ」

「マジ?」

「う・そ」


 ムカつく。いや、落ち着け。落ち着け僕。クールだ。クールになれ。

「いや、いきなり冷房や暖房の機能をついた機械になれと言われても困るわ」

「それはクーラーだ。僕はクールと言っているんだ!」

「さて準備はいいかしら? もう始めましょう」

「進行早すぎる! 僕の話聞いていますか?」


 僕の抗議も虚しく理事長はトランプの封を開け、箱からトランプを取り出し慣れた手付きでトランプを扱い、スペードのA~10を僕に渡し、ハートのA~10を月影に渡した。    

 

 一応確認のために手札を左から右にきちんと目をやり、A~10が全部あるのを確認した。

 

 そういえば、一つ疑問がある。


「引き分けの場合もあるだろ。例えば5勝5敗同士とか4勝4敗2引き分け同士とかある訳だろ。その場合はもう一度やるのか?」

「そんな心配するだけ無駄よ。てかそんな心配するのは私に対して失礼よ。あなたが私と勝負して引き分けになるかもなんて考えるのは失礼すぎるわ」


 こいつ僕と勝負して引き分けにもなるはずないと考えているのか。どれだけ自分に自信を持っているんだ。そしてさらにこう続けた。


「そうね。もし、万が一だけど引き分けになったならあなたの勝ちでいいわよ」


 本当にかなりの自信家だ。


「さあ、では本当にゲームスタート」


 理事長のスタートの発言。それを機に空気が変わった。特に月影の空気が違う。かなり真剣だ。これが勝負師なのか。


 空気に呑まれている場合じゃない。僕だって負けたくない。さあ、どうしよう。正直最初は勝ちたい。だから大きい数の数字、8か9ぐらいを出したい。だが相手も同じ事を考えているかも知れない。だったら逆に小さい数を出して様子を見るか……。


 僕は自分の手札の左から4枚目のカードを裏側で出した。僕は月影に目をやると月影は「ふっ」と笑った気がした。


「こういうゲームは性格が出るのよ。特に最初の一枚は顕著に出るわね。そして日本人の8割がこう考える。最初は勝たなくてもいいから低い数字で様子見をしよう。そしてあなたもおそらくそう考えたはずね」


 こいつ僕の考えを見抜いている。やばい! 僕が出したのは数字の4だ。


「しかし本当に様子見をしたいならAを出すべきなのよ。それなのに人間は欲がでる。そしてあわよくば勝てたらいいと思い、Aや2ではなくほとんどの日本人は3か4を出す。あなたはその典型よね。だから私は5を出せば勝てるのよ」


 月影はそう自信満々に言い、手札から5を出した。


 そして出したカードをすり替えられないように出したカードは理事長が表にする。そして僕の数字の4が表になる。

 

 当然僕の負けだ。1敗だ。


 月影に僕の心を読まれている。だがここで弱気になってはいけない。


「偶然今回だけお前の考えが当たっただけだろ。次は僕が勝つ。次はこのカードだ」


 次は僕が連敗をしないように高い数字を出すと月影は予想するだろう。僕はその逆をついて弱い数字を出す。結果的には2連敗になるが、相手は強いカードを使う事で最終的には僕が有利になるはずだ。


 僕は手札の左から2番目のカードを出した。


「さっきとカードを置く場所が3ミリほど後退しているわよ。自信がない表れよね。なるほど、あなたは今回も勝つつもりないようね。そしてさっきの4よりも小さいはず。だから私は4を出せば間違いなく勝てるはず」


 そして4を出す月影。そして理事長が僕の出したカードを表にして僕の出した2のカードが表になった。


 また負けた。2連敗だ。


 本気で出したカードが3ミリ違ったのか? もしそうだとしてもそんなの分かるものなのか? 


「今回は私に強い数字を出させて、あなたはわざと負けるつもりだったのね。そんな考えは簡単に読めたわ。でもあなたは2を出した。さっきも言ったけど、勝つつもりがないならAを出しなさいと言ったはずよね。それなのにまた少しの欲を出して2を出した。あなた本当に勝つつもりあるのかしら?」

「うるさい! 黙れ! いちいちお前はなんか言わないとカード出せないのか? ほら次のカードはこれだ」


 正直僕はイライラを隠せない。焦っている。2連敗している。もう次は必ず勝ちたい。


 僕は手札の左から5番目のカードを出した。


「イライラしているわね。でも逆にあなたの感情が揺れすぎていて次のカードが読めないのよね。いい方法じゃない。うーん、しかし3連敗は避けたいだろうしね。だから私はこのカードで十分ね」


 月影が出したカードは10だった。僕がどんなカードでも月影の勝ちは決まった。

僕のカードは7だ。強いカードだが、10に勝てるわけなく僕は3連敗である。

だが、正直これはこれでいい。月影が初めて僕のカードを読めなかった訳だ。


「10を出すとは。よっぽど僕を恐れたのかな」


「あなた何にも分かってないわね。相手のカードが読めないからこそ、最も強いカードもしくは弱いカードを出す。当然よ。今回の場合は3連敗を避けたいあなたはある程度強いカードを出すと予想できたからね。中途半端な数字じゃ負ける。勝つ気持ちがあるのなら中途半端では駄目なのよ。あなたはゲームを分かってないわね」


 偉そうな事を言っている月影だが、僕はまだ1勝もしていない。月影にこういう事を言われても仕方ない。そして次は本当に勝たないとまずい。


 僕は左から4番目のカードを出した。


「あなた、弱すぎてつまらないわ。さっさと負けを認めなさいよ。相手の力量を見極めるのも賢く生きるコツよ」


 そう言いながら月影は6を出した。


 僕はその数字を見てよろこんだ。


 僕の出したカードも6である。

 

 勝った訳ではない。だがそれでも月影の連勝を止められた事が大きい。


「何が負けを認めろだよ。あんなカッコいい事言っておきながら勝ってないじゃないか!」


 今まで散々言われたので少しきつめに皮肉を言った。


 そして次の勝負は一度連勝をストップした影響か、それとも様子見からか月影は一番最弱のAを出した。それに対して僕は手札の左から2番目のカードの3を出していた。僕は初めて月影に勝った。


 こうしてゲームの半分が終わった。僕は1勝3敗1引き分けだ。これだけだと僕が不利みたいだが、僕は強いカード9とか10を残している。残りの5回は勝ちやすいはずだ。

 

そして後半戦がスタート。だが、どうすればいいのだろうか? 今残っているカードは1と5と8と9と10である。う~ん。ここは一番真ん中の5でいいか。様子見も合わせて。


「ほら僕はこのカードを出すよ」

「おめでたい人ね。まだ勝つ気があるのが不思議よ。まあ、あなたとの勝負飽きてきたしそろそろ終わりにしましょう」


 月影は9を出した。月影の残りの手札は2と3と7と8と9であるその中で一番強いカードの9を出したのだ。


 僕は5だったので負けである。これで1勝4敗1引き分け。しかし僕は笑みを浮かべていた。


「もうお前にはほとんど強いカードは残っていないだろ。確かに僕は追いつめられたがお前に必ず勝てる9と10はまだ持っているし、8だって悪くて引き分けだ。僕の3連勝は決まっている」


 今の勝負だって僕の手札で2番目に弱いカードを出して相手は一番強いカードを出した。それだけでも僕の方に流れがある。そう思っていた……。


「はぁー。本気でそう思っているのね。やっぱり馬鹿よあなた。計算も出来ないなんて。理事長さん、教えてあげてよ。この馬鹿にね」

「梶野くん。残念だけどね。この勝負は月影ちゃんの勝ちよ」

「なんでだよ。ここから僕が4連勝、もしくは3勝1引き分けなら僕の勝ちだろ? まだ分からないじゃないか」


 だってそうだろ。僕の手札は8と9と10と言う絶対負けないカードが残っている……。


あっ!!!!


「気づいたのね。そうあなたの手札には必ず負けるAが残っているのよ。どんなにあなたが頑張っても1敗は確定しているの。つまり私の勝ち。はい。残念でした」



00000000000000000000000000000000000000

 


 僕に勝った月影はすでに理事長室から出ていた。色々と転入手続き等忙しいらしい。


 僕は負けたのか。でも惜しかったはず。確かにあの時必ず負けるAが残っていたから最後までやらなかったが、僕の3連勝はほぼ間違いなかった。

 

 つまり4勝5敗1引き分けぐらいにはなったはず。後1勝できるかどうかだったはず。月影だってギリギリ勝ったに過ぎない。

 

 もう一度やれば、僕が勝つはずだ。


「もしかして梶野くん、もう一度やれば勝てるとか思っていない?」

「いや、実際惜しかっただろう?」

「はぁー。梶野くんは馬鹿ね」


 理事長がいつもと少し違う感じである。少し真面目な感じだ。


「梶野くんは完敗よ。何度やっても月影ちゃんには勝てないわ。月影ちゃんは梶野くんの手札をずっと見ていたのよ」


 手札を見ていた? 意味が分からない。 


「梶野くんは私が配った手札をシャッフルしなかったでしょ。それが駄目なのよ。そのせいであなたの手札はあなたから見て左から順にA~10と言う風に綺麗に並んでいたでしょ」


 確かにそうだ。どの数字を選ぶのに綺麗に並んでいた方が選びやすい。トランプをやる時、僕はいつも配られたカードは左から小さい順に並べる。こういう人は多いと思いが……。


 それが駄目なのか?


「左から順に並んでいるのだから、左から何番目のカードを出したかを見るだけでいいのよ。もし左から2番目だったら数字の2だし。その後も同じよ。次に左から2番目だったら数字の3よ。つまり梶野くんが出す数字は月影ちゃんにばれていたのよ」

 

 マジか。


「いや、だが引き分けとかがあっただろ。そんな事をやっていたのなら、全勝できただろう」

「う~ん。まあいいか。これは言っても。それは月影ちゃんのやさしさなのよ」


 月影のやさしさ? そんなのあるのか?


「つまりね。実際月影ちゃんは全勝する事は簡単だったのよ。でも、月影ちゃんが勝つためには6勝をしなくてはいけない。つまり6回戦わないといけないのよね」


 そうだな。引き分けだと僕が勝つ事になっていたから6回は少なくても戦わないといけない。それは分かる。


「そして思い出して御覧なさい。梶野くんと月影ちゃんの勝負も6回で決着付いたでしょ。面倒だと言っていたのは本当だったみたいだけどね。そしてどうせ6回戦うのなら、あなたに少し気を使ったのよ。つまり全勝できたのに月影ちゃんはあなたに少し花を持たせたのよ」


「じゃあ。僕が勝ったり、引き分けになったりしたのは月影が遠慮して、僕に気をつかっただけなのか」


「まぁー簡単に言えばそうね。あの一つ一つのセリフもそうね。無言で戦えばいいのに、梶野くんにその事を気づかれないようにしていたのね」


 なんだろう? 僕は月影に完敗だったんだな。それすら気づかせず僕に勝っていった。あいつ本当にすごいやつだ


 だが、一つ疑問に思った事がある。


「なぁー、なんでお前今回そんな丁寧に僕に解説してくれたんだ?」

「えっ!? そんなの当然じゃない」


 やっぱり、理事長という立場上、生徒に教えてくれたのかな?


「女の子に気を使わせたなんて知ったら、梶野くんが惨めになるでしょ?」


 あ~。この人は本当Sだ。 

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