エピローグ

エピローグ

「私の作品がわからない奴はね、バカなの〜!」


 ハーフツインテールを揺らしながら、胸元が開いたぴえん系の服装をしている女の子が大声でわめいた。

 猫目をメイクで垂れ目に変え、涙袋は3倍増しで強調されている。薄い唇には色付きリップが塗られ、首元は黒いチョーカーで締められている。


「莉里さん、飲み過ぎですよ」


 白髪混じりの長髪、ワイシャツにネクタイをした男は、ため息をついた。


「山田っちも同じだけ飲んでるの」


 莉里は山田のメガハイボールを指差した。

 ちなみに莉里が身につけているチョーカーは、山田が贈ったものだ。

 なんの記念でもなく、魂胆もなく、打ち合わせの帰り際にプレゼントした。「ふと見かけた店で、莉里さんに似合いそうなチョーカーがあったので。良ければどうぞ」と。

 莉里は大層喜び、打ち合わせの時以外も毎日身につけているが、山田は胸と顔と原稿ばかり見ているので気付いていない。


「俺はいいんです、酔わないので」


「山田っちお酒強いすぎるの。酔ってるところ見たことない」


「問答無用修行をすると毒が効かなくなるんです。とはいえ、俺も飲み過ぎれば酔いますよ」


「問答無用修行?」


「毒キノコを食べまくります」


「死んでしまうの」


「ギリギリ死なないように加減してくれますよ」


「なんでそんな修行を……じゃあ、もし莉里が酔い潰れたら、つおつおの山田っちは莉里のこと介抱してくれりゅ?」


 莉里は胸を寄せて、小悪魔な表情を山田に向けた。


「辞めてください。シラフでもその術は俺に効きます。嫁がいますんで」


「はいはい、どーせ莉里は子供なの」


 莉里は適当に流されたと感じて、不貞腐れた。歳の差は20を越えている。山田はごまかせたことにホッとして、メガハイボールをゴクゴクと飲んだ。


「お嫁さんのどこがすきなの?」


「んー、失格している俺の人生に、花丸をくれるとこですかね」


「……くっ」


これは勝てない。女の直感が警報を鳴らした。だけど、諦めることはできなかった。


「はぁ、どーして莉里の作品はダメなの? 山田っちの言う通りにBLいれたし、悪役令嬢だし、ざまぁもして逆ハーレムで溺愛されてるのに」


「腹が立つって理由で貧民に鞭打ちするのは、悪役じゃなくて悪令嬢です。BLも物語にまったく関係ない2人が、たまに出て来て突然股間を摩りあってるだけじゃないですか。女性層は行為を見たいんじゃないんです、行為をするに至る過程が読みたいんですよ。ざまぁも、本当にヒロインが悪いので、スッキリしません」


 憂う莉里に山田は早口で捲し立てた。莉里は頬を膨らませて抗議する。


「むー! ぜんっぜんわかってない! 4巻が出る頃には、ヒロインちゃんが本当は悪くなかったってことが分かるの!」


「4巻を発行するには1巻が売れなくちゃ無理です」


「じゃあ大丈夫なの。一巻売れるから」


「どこからその自信が来てるんですか」


 大きな胸をどんと叩いた。胸から来ているようだ。莉里は手を上げ、メガハイボールを2つ追加した。


「一緒にのんでくれりゅよね?」


「飲むのは構いませんけど、莉里さんはその辺でやめといた方がいいんじゃないですか?」


「莉里を酔わせたいと思ってくれないのー?」


「そんなこと、思ったことありませんよ」


 毎回思っている。山田は自分の性欲の強さに悩んでいた。莉里は小説ばかり書いているので、恋愛経験がほぼなかった。そのため、山田が自分に一切興味がないと誤解している。

 言葉を鵜呑みにし、はっきりと振られたと感じ、莉里は肩を竦めて落ち込んでしまった。


「……私の小説、退屈なの?」


 メガハイボールの氷を爪で回しながら莉里は言った。


「ええ」


「じゃあなんで、莉里に連絡してくれたの!」


「顔が可愛かったからです」


 SNSに載せられていた自撮りのことである。

 しかし、これは山田の半分冗談だ。そもそも連絡をとるためにSNSを開いたからだ。


「嬉しいなのー。じゃなくて! 莉里は山田っちに捨てられたくないだけなの〜!」


 莉里は両腕を机に置き、俯いた。


「莉里さんには才能があります。人が思いつかない展開や、逆張りが出来ます。女の子は自然にエロ可愛い。男性作家に、このナチュラルさはまず出せません」


「じゃあ!」


 と顔をあげると、莉里は驚いた。山田は期待していた表情とは違い、悲しい顔をして、莉里の顔を見てもいなかった。まるで思い出を独りごちるように、言葉を続けた。


「でも、それだけだとつまらない。それをどう面白くするかで、莉里さんの真価が問われると思って添削を続けていましたが……ここが俺の限界なのかもしれませんね。今日は俺が奢りますんで、そろそろ」


 山田は立ち上がり、その場を去ろうとした。


「ま、まってなの!! 莉里はもっとかけるから! 山田っちの言うこときくから! エッチなお願いもきくから!」


「エッチなお願いもですか?!」


 KADOMATUには2人の凄腕の編集がいた。2人とも名を山田と名乗っている。うち1人の山田は、めっぽう女性に弱かった。


「なの! 試しに言ってみてほしいなの」


「いやしかし俺には嫁が……」


「ちょっとならバレないの〜」


「……では、アヘ顔ダブルピースをお願いします」


「あへ〜。できてりゅ?」


 莉里はおでこの両サイドに指の曲がったピースを作り、口角をあげながら舌を出し、寄り目になった。だらしなく唾が胸の谷間に垂れていった。


「おおお素晴らしい! こんなこと嫁に頼めませんからね。ありがとうございます。約束は守ります」


 山田は席につき、酒を追加した。


「山田っちが変態でよかったの」


「俺は悔しいです」


 山田は膝を叩いた。それをみて莉里は嬉しそうに笑った。


「山田っちはどうして編集を始めたの?」


「女の子にモテるからです」


「確信犯なの」


 莉里は山田の頬をつついた。山田は照れて目線をタコワサに向けている。

 山田は女性作家からの人望が熱い。山田が担当じゃないなら移籍するとまで言わしめている。なので男性作家はもう1人の山田が担当することになっている。


「一区切りついたことと、嫁と一緒になる前に決めていたことですので」


「いいなあ、山田っちのお嫁さん。ねえ、もしアニメ化まで進める作品がかけたら、莉里もお嫁さんにしてくれりゅ? 5人いるって噂で聞いたの」


「おひれがついてますね」


「てことは、複数人いることはほんとなの?」


「まあ、そうですね。隠すことではないので」


「莉里にもチャンスがあるってことなの。頑張るの!」


 莉里は急に元気になり、とびっきりの笑顔で座りながら跳ねた。


「それより小説を書いてくださいよ」


 山田はこれ以上ほだされないように、白目を剥いて言った。視界を遮断すれば、山田は優秀な編集である。


「なんで白目なの? でも、これ以上は無理かもなの。気付いたらプロットを無視して、自分が書きたい話を書いてるの。小説家になれるなら、なんでもするのに」


「……そんなこと、軽率に言うもんじゃありませんよ」


 白目をやめて、山田は莉里をまっすぐに見て言った。いつになく真剣な声圧を感じ、莉里は言い返した。


「軽率じゃないの! 本気なの。莉里は小説家になれるなら、なんだってするの」


「それが例え、悪魔に魂を売ることだとしてもですか?」


「プロットだけ作って、残りをAIに書かせるとか? そっちの方が面白くなるなら、それでもいいの」


「いいえ、そんな可愛いものじゃありませんよ」


「他に何かあるってことなの? 教えてほしいの!」


 山田は躊躇った。飲み干したメガジョッキの取手を爪でトントンと叩き、伝えるべきか悩んだ。

 莉里はそれをみて、山田の手をとり、自分の胸に押し当て、しおらしく言った。莉里に胸を触らせる意図はなかったが、山田の手の甲が胸に挟まれてしまう。


「おしえて下さいなの」


 山田は唾をのむ。胸の感触が元々低いIQを更に下げてしまう。


「……クリエイターズダンジョン、ご存知ですか?」


「知らないの」


「うん、それがいいです。ではまた!」


 山田は莉里がクリエイターズダンジョンを知らないことに安堵すると、立ち上がった。このままいたら、性欲に負けてしまうからだ。


「ま、まって、見捨てないでなのー!!」


 莉里は去っていく山田の足にしがみついた。


「見捨てませんよ。また打ち合わせしましょう」


 山田は莉里の頭を撫でた。


「ほんとなの? 絶対なのー?」


 莉里は上目遣いで、足に胸と不安を押し付けながら言った。目尻には涙が浮かんでいる。

 しかし、山田は珍しく動じることなくしゃがみ、目線を揃え、頬に手を寄せた。大きな手のひらに莉里の小さな顔はすっぽりとはまり、山田は親指で莉里の涙を拭った。


「ええ、約束します。どうしてもダメな時は、一緒に悪魔に魂を売りましょう」


「わかったの! うるのー!」


「売るのは最後、まずは書いて下さい。せめてテンプレ通り、悪役令嬢が読者に悪人ではないとわかる展開を。全てがテンプレでも、莉里さんのキャラの生き方なら、通用します。ターゲットも男女両方狙えるので、売り上げも通常の倍が目指せますよ」


「むー、ちゃんと面白くかけるか心配なの……」


「大丈夫です、きっとかけます」


「でも……」


 莉里は顔を背けた。山田は両手で莉里の顔を掴み、無理やり目線を揃えさせる。

 莉里は驚き、目を丸くすると、優しく微笑む山田と目が合い、頬を染めた。


「俺は読みたいです。あなたの小説が」


 完

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