36話

 外のプールでは色とりどりの花びらが浮かび、まるで幸福論をマーブルしているようだ。水面に反射する晴れた空で、小鳥の鳴き声が反響する。

 その景色をぼんやりと眺めながら、俺は尼崎先生と談笑していた。


「やっと落ち着きましたね」


「ええ。まだ映画公開が残ってますけど、脚本は美希さんですし、あの俳優陣と監督なら、心配はないでしょう」


「続編を書いてくれと各所から言われるのがしんどいくらいですね」


「大御所になりましたねぇ〜」


「ええ、誰かさんのお陰様で」


「ははは。俺も長編書かないとですね」


「え?! 書いてくれるんですか?」


「だってそうしないと、フェアじゃないでしょう。共犯者の約束ですから」


「尼崎先生……」


 俺はショートで充分すぎるほどに満たされてはいた。しかし、尼崎先生はきっともう、どんなに苦しくても書きたいのだ。作家魂に火がついていた。あとは覚悟だけ。俺はそれを邪魔してはいけないと思った。


「タキシード、大変お似合いです」


 気の利いた返事を返せずにいると、察してか話を変えてくれた。本当に優しい人だ。


「ありがとうございます」


「さあて、俺はそろそろ向かいますね」


「俺も尼崎先生に迎えられたいくらいです」


「またまたぁ。では、後ほど」


「はい」


 俺は咳き込んだ。そわそわが止まらない。ちょっとした暇にすら耐え切れず、目の前のハゲでメガネの人に話しかけた。


「あー、ジャパン語、おっけー?」


「日本語で大丈夫です」


「あー、おーけーおーけー」


 おい、ペラペラにもほどがあるだろ。在日歴20年はあるぞ。


「だから日本語で大丈夫ですよ」


「あ、すみません。あの、失礼なお願いかもしれませんが__」


「カタコトをお望みですか?」


「そう! そうです、そのイメージなんです」


「ワカリマシタ」


「それそれ! ベリベリセンキュー」


 ぐっと親指を立てウインクされた。ノリがいいな。

 しばらくすると、パイプオルガンの生演奏が始まった。俺は向き直り、入り口を見た。

 くる、くるぞ……。当日までのお楽しみとかいって、まだ見せてもらってないんだ。


 じっと見つめている扉が開かれると、尼崎先生をセンターに、2人の天使がベールに包まれて現れた。あまりの美しさに、ここは死後の世界かと疑うほどだ。


 そう、俺たちは今、チャペルを貸し切って、撮影だけの結婚式をしている。日本の法律では一夫多妻は認められていない。けど、俺たちの気持ちは間違いなく同じだった。


 俺のひょんな一言から話は転がっていき、3人で結婚式をあげて、尼崎先生に父親役をお願いすることになったのだ。

 思い返せば、2人に対して付き合おうとか結婚しようとか、言ったことなかったからな。どっちかを選べなかっただけなんだけどね。あっちが勃てばこっちが勃ってしまう。


 2人は皐月がデザインしたお揃いのウェディングドレスを着ている。プリンセスラインで整えられたデザインで、花の蕾のようなスカートがヒラヒラと踊っている。


 尼崎先生が2人をエスコートし終わった。俺は頭を下げた。尼崎先生も頭を下げた。

 なんだか俺は泣きそうになった。皐月が右側、美希が左側に立ち、俺をセンターに腕を組み神父の方をみた。


「ィアナタガタハ〜ヤメルトキィモゥ、スコヤカァナルゥトキィモ、オウイェーイ」


 皐月と美希は吹き出した。

 やりすぎだよ神父!

 ちょっとたどたどしいだけでいいんだよ、ペラペラなら塩梅わかんだろ!


「___チカイマスゥカァ?? ッカモン!」


「チカイマスゥ」


「チカーイマス」


 なんで2人もカタコト?!


「チ、チキャゥイマウス!!」


 俺も空気を読んだ。


「では、誓いのキスを」


 神父が急に普通に喋った。それをきいて2人がまた吹き出した。


 おほん!!


 俺が咳払いをすると、2人はお互いを肘でつつきあい制し、静かにしてくれた。神父を横に、同じく俺の右前に皐月、左前に美希が移動する。


 同時にベールを掴むと、2人は腰を屈める。

 俺は細心の注意を払い、同時にベールアップした。

 緊張してガチガチの俺と違い、2人は子供のように屈託のない笑顔をしている。幸せでしょうがないといった様子だ。今日までの辛かった全ての思い出が、それでよかったんだと思えた瞬間だった。

 なのに、声を揃えて2人は恐ろしい言葉を口にした。


「「どっちが綺麗?」」


 えぇぇえええぇぇええ?!

 今それ聞く?! 

 どう答えても角が立ってしまう。


「え、それはその、いや、あのね、え」


 めちゃくちゃテンパっていると、2人は顔を見合わせて笑った。


「どっちも綺麗でいいんだよ」


「どっちもがポイントだよ」


「ね!! それな!! うん! どっちも綺麗だよ」


「凌さんも素敵です」


「凌くんもかっこいいよ」


 俺は胸を撫で下ろした。恐ろしい。

 イタズラに成功し、心底楽しそうな笑顔を向けてくる。凌さんと呼んだのは皐月だ。これは同棲を始めてすぐこうなった。葛城くんだと結婚式っぽくないからな、良い変化だった。


「誓いのキスを」


 神父に急かされた。

 2人は頬を寄せて、唇の両端だけを重ね、目を閉じた。

 それはそれは、この世のものとは思えない美しい光景だった。俺はこの瞬間を、生涯忘れないだろう。 


 神よ。百合の花に挟まる男を、お許しください。


 俺は磔にされたJesusに懺悔しながら、2人の唇の間に唇を重ねた。


 パイプオルガンの生演奏が鳴り響き、聖歌隊が熱唱し、小鳥達が旅立つのだった。


 ○


 その日の夜。

 呑気に欠伸をしながら寝室に行くと、2人がキングベッドの上で、正座をしてまっていた。ウェディングドレス柄の、露出度の高いネグリジェを着ている。


「え、どうしたの畏まって」


「初夜ですから」


「ですから」


 ……まずい。

 どっちと先にするかで選ばされるやつだ。

 この選択で、これからの生活が左右されると言っても過言ではない。


「「どっちと先にする?」」


 ほらきた!!

 神の試練は続く。


「私だよね?」


「えー、私だよね?」


 右手を皐月、左手を美希にとられ、胸に導かれた。


「っお!!」


 左手にG、右手にD。俺は口でOを作った。


 GODにすがると、結婚式のワンシーンが再生された。まさか。いやでもそうだ、おそらく。あれはこの時への布石。2人はクリエイターだ、無駄なフラグは立てない。そしてこれはたしかに、初夜になる。


「どっちもだ。選べないよ」


 2人は見合って、また笑った。


「「せいかーい!」」


 助かった……。緊張の連続で寿命が縮む。常に選ばされそうになれば、どっちも選べばいいんだな、覚えたぞ。

 なんてことを考えていると、2人に肩を押されて押し倒された。


 俺の片足ずつを太ももでがっちり挟まれて、密着する。

 頬や耳にキスをされたあと、悪魔の囁きがはじまった。


「「どっちと先に結ばれる?」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る